グランドソード~巨剣使いの青年~
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第4章
1節―変わった世界―
遅すぎた代償
見るも耐えないほど破壊された街でソウヤは出来る限り情報を集めた。
今この世界を一言で表すなら――
「――天使に支配された世界」
天使が徘徊し、抵抗を見せるものを殺す世界。
魔物の代わりに天使が現れたのだ。
「魔族よりも普通に強いってのが悪意しか感じないな…」
ソウヤはそう1人呟くと、周りを見渡す。
総勢100名少し、それが栄えていたであろうこの街の現在の総人口だった。
ウィレスクラの非道さに、ソウヤは無意識に舌打ちをする。
家族も、友も、知り合いも、それ以外の他人も全て失った彼らの表情は、世界の終わりを表しているようだ。
多くの修羅を体験してきたソウヤでさえ、ここまでの表情は初めて見たのである。
そんな彼らに、ソウヤは無言で地面に正座をして手を前に出し頭を下げた。
「すまなかった」
「――――――」
この街の人々は無言でソウヤの謝罪を受け止める。
だが、その静寂も長くは続かなかった。
「なんで…!」
「お前が早く来れば…!」
「家族を返せよ!」
「お前の…お前のせいで!」
「なんで2年も前に唐突に消えて、こんな時にいるんだよ!」
次々に吐き出される罵倒の数々。
だが、これはソウヤが受けるべき憎悪であった。
否、”受けるべき”という綺麗な言葉でなく”受けて当然”である。
「すまない…!俺が、もっと強ければっ!」
「そうだ!」
「お前が弱いからだ!」
ソウヤの自虐を町の人々は同意し、それに加えて更に言葉を突きつける。
そう、全てがソウヤが悪いのだ。
他人よりも強い力を手に入れて、努力も無駄にしようとしなかった堕落者は、いつかその報いを受ける。
―何故、この世界の人々も巻き込む…!
町の人々の悪意を真正面から受け止めながら、ソウヤは内に憎悪を貯めこむ。
街を潰さなくとも、ソウヤを誘い出す方法は多く有ったはずなのだ。
だが、考えうる限り最悪の方法であの男はソウヤを誘き出している。
…これ以上力をつける時間を与えないために。
「どんな罰も受ける。それだけのことを俺はしている。だが――」
ソウヤは必死に頭を地面に擦りつけながら謝罪した。
力を入れすぎて歯茎が割れ、握りしめた拳から血がにじみ出る。
「――せめて安全な所に移動するまで待ってくれはしないだろうか」
「――――ッ!」
町の人々が拳を握りしめる。
「その後に、どんな罰も受ける。死で謝罪しろというならそれでも良い」
徐々に、町の人々の力が抜けていく。
だがその表情は苦痛で染まりきっていた。
1分待った後、ソウヤは立ち上がると「ありがとう」と一度頭を下げると口や掌から出た血を拭き取る。
不意に、クイクイと服を引っ張る感触をソウヤは感じ、その方向へ視線を向けた。
「――兄ちゃん」
「…どうしt」
パンッ!!
軽快な音が鳴って、ソウヤは軽く体が空に浮くのを感じた。
ついでに同時に襲い掛かる、左頬の熱も。
そして、ソウヤは自分が引っ叩かれたと知る。
たたいた張本人を見れば、ボロボロの衣類を着たおっさんが右手を振りぬいていた。
「…俺には、家族がいた」
「――――――」
その言葉に、ソウヤを含めこの場の全員が絶句する。
あまりに重々しい言葉に、誰もが家族がいなくなったことを異様なく突きつけられたのだ。
「大切な仲間が居たし、一緒にバカ騒ぎする奴らが居たし、愛する嫁が居たし――」
涙ながらに呟く壮年の男性は、震える唇で息を吸う。
「――希望である、娘がいた」
「――――――ッ…!」
誰もの涙腺に、それは響いた。
唐突に嗚咽を漏らす人であふれ、憎しみは悲しみとなって吐き出される。
「兄ちゃんのことは絶対許さない。子が親よりも先に死ぬなんて、絶対に許されないはずだ」
「ぁ…」
当たり前の言葉に、ソウヤの心は穿たれた。
何の言葉も出てこない。
「すまなかった」も「ごめんなさい」も、この場ではまったくの意味を持たないと知ったのだ。
目を大きく開き、口を震わせるソウヤに「でも――」と男性は続ける。
「さっきの分で、とりあえず我慢してやる。だが、約束してくれ」
最後にそう言う男性の瞳は悲壮よりも願望が多く籠っているように、ソウヤは見えた。
”約束”の内容もわからないのに、ソウヤはしっかりとした動きで男性に向かって頷く。
少しでも、罪滅ぼしをしたかったから。
「俺たちをこんなにした、アイツらをぶっ飛ばしてくれ」
「――――――」
力強く発せられた彼の言葉に、ソウヤはまたもや絶句する。
父も母も、奥さんも娘も亡くした彼は、それでも他人を思いやったのだ。
ソウヤの視界が歪み、嗚咽が漏れる。
「あぁ…!あぁ…!約束、する…ッ!」
「そう、か…。それならいい」
安心するかのように男性はため息をつくと、我慢が出来なくなり涙を流し続けるソウヤの肩に手を置く。
「俺らのことは俺らが何とかする。だから、行ってくれ」
「え――?」
男性の言葉に、ソウヤは惚けたようにおかしな言葉を吐く。
安全な所まで送らなくて良いのか、生きていけるのか。
そんな疑問を余所に男性は優しげに笑う。
「子供は誰でも失敗する、違うか?」
「俺は…20だ」
たった20か、と男性はポンポンとソウヤの頭を軽く叩く。
「お前の年じゃまだ子供だ。そして、子供の背中を支えるのは大人の役目だろ」
「何千人も…死んだ。罪の重みが違う…!」
「だからって、お前みたいな子供が全部背負う決まりはないだろう」
その言葉に、ソウヤは何かがキレる音がしたのを感じる。
「俺は…俺は……!」
気づけば、男性に掴みかかっていた。
圧倒的な握力と筋力によって持ち上げられているのに、男性は顔色を変えずソウヤの瞳を見る。
「俺は強いんです!誰もよりも…!上級魔族や将軍魔族をたった1人で倒しましたし、熾天使だって仲間と協力して倒しましたッ…!」
「でも、お前は子供だ」
「――――――ッ!」
思わず素の言葉になったソウヤに、男性は気にせず言葉を吐く。
あまりに痛烈なその現実に、ソウヤは思わず男性を睨みつけた。
ソウヤから発せられるその殺気を受けながら男性は真剣な表情で言い放つ。
「子供が責任だの何だの、調子乗ってんじゃねぇよ」
あまりに冷徹な声に、ソウヤは思わず力を緩める。
地面に降り立った男性は絶句したソウヤを見つめると、目を細めた。
「確かにお前は間に合わなかった、人殺しと言われて当然だ」
「だから…!」
「でもな、全部の責任がお前にあるわけじゃない」
そうだろ?と男性が後ろにいる街の人々に聞くと、彼らは何かを言い当てられたかのように言葉を濁らせる。
「アンタにも責任はある。だが、元々の根源は兄ちゃんじゃない、アイツらの親玉だ」
気力を無くしたようなソウヤの顔を見て、男性は笑う。
「…頼むよ。何よりも早く、その親玉を倒してくれ」
「っ…!」
「それが、俺の願いだ」
ソウヤは流れる涙を袖で拭うと、アイテムストレージを操作する。
次々と現れる肉や野菜、木材などに周りの人々が度胆を抜かれたようだった。
「――これで、当分は生きていけるはずだ。俺には、これくらいしかできない」
「十分だよ兄ちゃん」
「アンタらも、それでいいだろ?」と男性が笑顔で街の人々に振り向くと、彼らは嫌々ながらも首を縦に振る。
彼らも嫌なのだ、自分と同じ境遇に立たされるのが。
「行ってくれ、兄ちゃん。ここは俺たちで何とかする」
「あぁ…。早くアイツをぶっ飛ばしてくるよ」
優しげに笑う男性は、ソウヤに近寄ると軽く背中をたたく。
「行って来い。そして――」
男性の言葉に続けるようにソウヤは叫ぶ。
「――もう誰も、傷つけさせない…!」
一瞬でソウヤの身体は掻き消えた。
もう、男性の傍には誰もいなかったのである。
「…あぁ、行って来い。死の恐怖に怯えていた俺を救ってくれた妻と、俺の希望であった娘を奪っていったアイツをぶっ殺しに」
彼はそうつぶやくと、不安げに揺れる人々の元へ歩き出す。
ふと、風が吹きポケットから1枚の紙が地面に落ちる。
そんな異世界の紙にしてはあまりに上等な質の紙には――
――”浅野勇太郎”と書かれていた。
後書き
――男性は想いを彼に託した。
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