グランドソード~巨剣使いの青年~
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第4章
1節―変わった世界―
帰還
――夢を見ていた。
忘れたくても、忘れられない夢。
今も脳裏に残り続ける夢。
視界は今も暗く、音も聞こえない。
さぁ、行こう。
視界が暗いなら目を開け、音が聞こえないなら鼓膜に意識を向けろ。
身体が重くて、脳が鈍く動かない。
さぁ、歩こう。
体が重いなら力を入れろ、脳が鈍く動かないなら脳に血を集中しろ。
「…ぁ」
久しぶりに声を出した気がする。
身体も久しぶりに動く筋肉に付いていけず、重い。
だけど、行かなければ。
「…ッ」
動け、動け。
ここで動かなければ、俺は何のためにここにいるのか。
ここで動かなければ――
「…ッ!!」
――後悔するだろう!
全身に力が入る。
血が脳に上った。
意識が鮮やかに。
視界が明るくなる。
耳に音が聞こえる。
身体が軽く感じる。
脳が高速でまわる。
「――行こう」
ソウヤは一言呟き、立ち上がる。
身体を見下ろせば真っ白でゆったりとした服を着ていた。
周りを見渡すとそこには誰も居ないが、湯気を出すカップがあるので先程までいたようである。
「…見つけた」
と、ソウヤは視線を左右に揺らしている中で見慣れたものを見つけた。
それを手に取り腕の中で抱きしめる。
――おかえり。
そんな言葉が聞こえた気がした。
「行こう、雪無。迷惑かけてすまなかったな」
ソウヤは腕に抱えた相棒をベッドの上に、優しく置く。
そして雪無が置いてあった机に重ねられている服を広げると、自分のものだと確認した。
手早く着替えたソウヤは、雪無を忘れず腰に刺すと身体の感触を確かめる。
「…少しだけ、身体が鈍ってるな」
どこか、動かす身体につっかえた感覚を覚えたソウヤは眉を潜めると部屋を出た。
視界に入るのはどこまでも続きそうな廊下で、その装飾は普通の屋敷とはわけが違っている。
つまりこの廊下だけで言うならば、
「ここ、どっかの城か」
というわけになるのであった。
状況を把握しきれていないソウヤは、右手を顎に置くとあてもなく歩き始める。
同じような部屋が何回も続く中でソウヤは一回も人に出会っていないのに気付く。
1人ぐらい使用人とすれ違ってもおかしくない筈なのだが…とソウヤは考える。
「緊急事態にでもなっているのか…?」
そう思っても、中々簡単に答えには至らない。
頭を捻り続けても良い答えは出ないと諦めたソウヤは、不意に気付く。
「窓が無いな」
結構長いこと歩いてきたはずだが、一度も窓が視界に入っていない。
この廊下を照らすのは魔法による照明だけだ。
そうして、歩き長い時間が流れる。
何分、いや何十分か歩き続けたソウヤの精神は病み始めていた。
物理的行動にでても問題ないのではと思い始めたのである。
―ぶっ壊していいかな。
イライラし始めてきたソウヤは、はぁと溜息をつくと雪無を抜く。
流石に物理的行動に出るわけではないが、ここまで長い廊下などあるはずがない。
つまりたどり着く答えはそう多くないのだ。
廊下の壁を雪無で軽く叩くと、コッコッという音が聞こえる。
その音を聞いたソウヤは大きくため息をつく。
「これ、地下か」
後、幻もかかっている…とソウヤは決断を下す。
地下にこんなものを作り幻もかけるなんて、ソウヤの記憶の中ではアイツらしかいない。
ルリとレーヌだ。
「だが、なんでこんなことを?」
自問自答しようと口で呟いてみるが、何も思いつかない。
次第に脳を働かせることに疲れ、ソウヤは雪無を巨剣化させると同時に振り上げる。
まるで鋼をカチ分けたような凄まじい破壊音が聞こえると、天井が崩れた。
そこから入ってくるのは光。
びっくりするほど綺麗な青空がソウヤを歓迎していた。
「――――――」
久しぶりに見た本物の青空を見て、ソウヤはなんとも言えない感慨に飲まれる。
しかし、すぐに呆けた顔を元に戻すと雪無を鞘に戻し軽く跳んで廊下をぬけ出す。
周りに視線を向ければ果てしない草原が広がっている。
はぁ…とため息をソウヤはつくと、人生で一番大きな伸びをした。
そして疲れたように、吐いた息と共に呟く。
「帰ってきた――」
久しぶりであるこの世界への帰還。
実に2年ぶりなので、ここまで感動してしまうのは仕方ないのだろう。
ソウヤは再度周りを見渡しなにもないことを確認すると、どうしたものかと考える。
まず今の状況すら分かっていないので、理解することが先決だろう。
だが、ここがどこだがまず分かっていない。
―仕方ない、跳ぶか。
ソウヤは結論を出すと、地面に肩膝をつき大きく息を吸う。
そして――
「――ッ!!」
現状の全力で空を跳ぶ。
なお、”現状”なのは本当の全力は今封印しているからだ。
一気に地面が遠くなっていき、周りの景色も良くなっていく。
その中で、ソウヤは1つの街を見つけ――
――絶句する。
まるで、巨大なハンマーに潰されたかのように街の中心にクレーターが広がっていた。
身体を固めたソウヤはアイテムストレージから適当に大きな物を取り出すと、それを足場にして全力ジャンプする。
身体中に負荷がかかり、無意識に力んだ。
ほんの2秒で1km以上離れた場所から到着したソウヤは、雪無を抜いて相棒の中にある空間魔法を放ちある程度減速する。
到着すると同時に巻き起こる凄まじい土煙が上がる中で、ソウヤは周りを見渡した。
「――ん?誰か来たようだね」
不意に聞こえる声。
それを意識した瞬間、ソウヤは雪無を背中を向きながら振るう。
まるで楽器を奏でるような、甲高い音が響いた。
「…お前、誰だ」
「君こそ僕の剣撃を受け止めるなんて、何者だい?」
土煙が晴れた中、見えたのは太陽のように輝く純白の翼を持つ男性。
見るものを惹くそのあまりに美しい美貌をした男性は目を細めた。
チリンッと、黄金に輝く1つの腕輪が鳴る。
「俺が聞いているはずだ、お前は誰だ」
ソウヤは静かに告げると、力を込め雪無を振るう。
男性は顔を驚愕に染めると吹き飛ばされた。
「ぐっ…!」
優男風の男性は、空中で体勢を整えると地面を削りながら止まる。
そして、怒りに震えたようにその美貌を醜く汚すとソウヤを睨みつけ…再び驚愕に染めた。
「黒髪に黒目で、羽無しの人間…!お前が…ソウヤ!」
「なんだ、俺のことは知ってるのか」
ソウヤは目を細めると、雪無の刃先を男性に向ける。
「もう一度聞く、お前は誰だ」
「僕、かい…?僕は――」
優男風の男性は嫌らしげに笑うと、純白の翼をはためかせる。
そして、空中へと飛び立つと同時に叫ぶ。
「――君を殺す…”天使”さ!」
常識をあまりに無視した速度。
それはもう音速は軽く超え、光速に至っていた。
だが――
「…はっ?」
――足りない。
天使と名乗る男性は、視界が地面に向いていることに気付く。
意識が、はっきりとしない。
体が動かない。
「熱…い……?」
何故、身体が熱いのか。
何故、身体が重いのか。
何故、意識が遠いのか。
何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故――
「予想以上に、弱かったな」
――何故、死んでいるのか。
最後に、憎きソウヤの声が聞こえ天使は意識を暗転させた。
ソウヤは心臓のある胸から血を出している、天使と名乗った男性を地面に放り投げるとため息をつく。
「間違って殺しちまったな」
これでは情報を聞くことが出来ない…とソウヤは反省する。
雪無に付いた血を振るって飛ばすと鞘に刺す。
周りを見渡すが、人が全く見えないのでいないのだろうか…と考えたところで、ソウヤの耳はとらえた。
瓦礫が動く音に。
ソウヤは急いでそこに向かうと、瓦礫を弾き飛ばす。
その下には頭から血を出した青年が、赤く染まった目でソウヤを見ていた。
青年を瓦礫から引き出すと地面に優しく下ろす。
「ここの住民か?」
コクリと青年は小さく頷く。
ソウヤはそれだけ確認すると、雪無を取り出した。
「…ッ!?」
青年の顔が絶望に染まる。
何を勘違いしているのだろうかとソウヤは考え、雪無から傷を治す水を出現させた。
それを使い青年の傷を治したソウヤは雪無を鞘に戻す。
「痛いところは?」
「い、いえ…大丈夫です」
びっくり仰天したような顔でソウヤを見る青年。
ソウヤは右手を青年に差し伸べる。
「立て、とにかく生きてる人がいるか確認するからな」
「は…はい」
状況を掴めない青年だが、とりあえずソウヤに従うことにしたようだ。
ソウヤの手を取り立ち上がる。
そして、青年は何かを決意した顔でソウヤに問う。
「あの、貴方は…ソウヤさん……なんですか?」
「――あぁ、そうだ」
青年に軽く答えるソウヤは、背を向け歩き始める。
それに青年は付いて行く。
「…お前たちの知る、ソウヤは居ないがな」
そんなソウヤの呟きを、知る余地もなく。
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