グランドソード~巨剣使いの青年~
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第3章
2節―”神殺し”を追い求めて―
深春の過去
痛い。
イタイ。
いたい。
射たい。
鋳たい。
痛い。
遺体。
――痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
――そんな目で見ないで。
そんな――
――そんな人として見ていないように”私”を見ないでっ!
ふわり。
身体が、何か暖かいもので包まれる。
優しくて…安心できる温かみ。
知らない。
そんな”温かさ”なんて知らない。
そんな”暖かさ”なんて知らない。
――知りたく…ない。
どうかお願い。
私を、私を――
――人間不信のままで居させてください。
光が、溢れだした。
目を覚まして、一番初めに映ったのは勝負をしたはずのソウヤだった。
どうやら、膝枕をしてもらっているらしいと気付く。
「――”私”、負けたのか」
小さく、誰にも聞こえないようにそう呟いた。
…視界が涙で一杯になる。
そうして、私は泣いた。
何故泣いているのかわからない。
ただ、彼は私が泣き止むまで優しく微笑んだ状態で動こうとはしなかった。
「――気分は、済んだのか?」
「あはは、ソウヤ殿には見苦しいところを見せてしまって、本当にすまないでござる」
深春が起きて、不意に泣き出してから十数分後。
すっかり泣き止み調子も戻ってきたらしく、脳天気に彼女は笑っている。
「――”私”、負けたのか」
小さく、ほんの小さく呟いた言葉を、ソウヤの超人的な耳は捕まえていた。
彼女の一人称の呼び方は”小生”で、後には胡散臭い”ござる”口調が染み込んでいたはず。
だが、それは自分を偽る鎧で、本来は”私”と言って普通の女子らしく話していたはずだとソウヤはその言葉から考えていた。
「でも、本当にソウヤ殿は律儀な人でござるね」
「…どういう意味だ?」
ソウヤは深春を睨みつける。
彼女はそれをなんとも思っていないようで、肩を軽く上げてみせるとニヤリと不敵な笑みを見せた。
「小生が気を失っているうちに行けばよかったでござるのに」
「出来るかよ」
ソウヤは短く深春の問いに答えると、鼻を鳴らす。
「一度決まったことに対して裏切りたくないだけだ」
「それを普通は、律儀っていうんでござるよ」
深春は、クスクスとソウヤを見て面白そうに笑った。
もういいやと溜め息をついたソウヤは背中に預けている木から身体を離すと、横目で見ていた深春に向けて姿勢を正す。
それを見た深春は、察したのか真剣な表情になる。
「――いいでござるよ。何でも聞いてくださいでござる」
「じゃあ、暁月…お前の――」
ソウヤは、最も深春に対して疑問に思っていたことを問う。
「――お前の、過去を話して欲しい」
「――――――!」
その言葉を聞き、静かに目を見開く深春。
そして、やがて小さく笑うとどこか遠い目をした深春は語りだした。
「いいでござるよ。小生は――」
ポツリと深春は言葉をこぼす。
「――誰からも愛されない子供でござったよ」
誰からも愛されない。
その一言がとてつもなくソウヤには重く感じられた。
だからこそ、ソウヤはその言葉に対して何一つ口を出さない。
「小生は、アイツが母を強姦し偶然孕んだ子でござる。当然、そんなことを思いもしなかったアイツは母が孕んだことを知ると、すぐさま逃げ出したのでござる」
深春の瞳には、何も映っていないように感じられた。
そう感じさせるだけの虚無が、彼女の目にはあったのだ。
「それでも母は、小生を産んでくれたのでござる。そして、何とかシングルマザーとして小生を育ててくれたのでござる。貧しながらも幸せな家庭だったのでござった。」
だが、幸せだと語った深春の身体は震え、目には怯えを潜ませていた。
”母”という存在に恐怖感を抱いているように。
一体、これからどうなったのかソウヤにはわからない。
「でも、元手の金もないのにシングルマザーなんて、世知辛い世の中では無理な話だったのでござる。段々、生活が苦しくなり母の貯金も無くなると――」
彼女の瞳に、透明な液体が溜まっていき…流れる。
そんな深春をどうにもしてやることは出来ず、ただただソウヤは真剣に聞き続けた。
「――時を待っていたかのように現れた男が、母をあの地獄に連れだしたのでござる」
「…地獄?」
思わず口を開いてしまったソウヤの言葉に、深春身体を震わせながら頷いた。
「女性でも、簡単に金を稼げてしまう…売春でござるよ」
「――――――」
ソウヤは、言葉が詰まったのを感じた。
―なんだよ、それ。
「売春で稼ぐ。それはとても効率が良いことでござった。特に、母は美人でござったから。瞬く間に小生たちの生活は平均の家庭並みに安定し、小生は高校生になることも出来たでござった」
確かに、だいぶ生活も楽になっただろう。
それだけ女性が身を売る行為は、金になってしまうのだ。
だが、それでハッピーエンド…なるはずもないのがこの世の中なのである。
「でも、その生活が続いたのは小生が高校2年生になるまででござった。丁度、2年ほど前に10万人の人々が一気に行方不明になっていたのでござる」
そこで、ソウヤは疑問が頭に湧いてくる。
だがそれを聞くのはこの話が終わってからだと、考えなおして聞くのに専念した。
「母が、壊れたのでござる。度重なって見知らぬ人と身体を重ね、もうとっくに母の精神は狂っていたのでござったが…それに、止めが入ったのでござるよ」
壊れた。
たったそれだけの言葉に、どれだけの思いがこもっているのだろうか。
ソウヤにはそれが、わかってやれなかった。
「小生が家に帰ると、家で首を吊って死んでいたのでござる。そして、グチャグチャな文字で私宛の手紙が置いてあったのでござる。『貴方が居なければ』そう…ね」
「――――――っ」
ソウヤは静かに息を飲んだ。
「それから、小さな…本当に小さな葬式を上げて母を埋葬し、小生は母の貯金とバイトで働いてたのでござる。でも、そんなのはすぐに金が尽き、もう食べ物を買うお金も無い――」
ギリッ…と深春は歯を鳴らすのを深春は感じた。
「――そんな時に、突然母を強姦したアイツがやってきて…私は」
深春は、両肩を自ら抱きこれまで無いだろうと言うほどに身体を震わせる。
目が完全な怯えに染まっていた。
「私は、私は、私は私は私は私は私は――!」
急に、何かに深春は叫びだした。
泣き叫ぶ。
それを見て、ソウヤは思わず――
「落ち着け、暁月っ!」
――深春を抱きしめていた。
「ッ!!!!」
深春は、その身を一気に震え上がらせとてつもない力でソウヤを引き剥がそうとする。
「止めてっ!止めてッ!私を”犯さないで”ッ!!!」
その言葉を聞いて、ソウヤは全てを察する。
そして、それを聞いて更に深春を強く抱きしめた。
「大丈夫だ…!お前が今いるのは地獄じゃないっ!あいつらの居ない世界だっ!」
その声を聞いて、深春は震えが弱まった。
徐々に頭を上げてソウヤと目が合う。
「ソ、ウヤ…?」
「あぁ、俺だよ。ここは地獄じゃない。あいつらも居ない」
安心したように、深春はソウヤの胸に顔を預けると、背中に手を回す。
「あったかい…」
そうして、しばらくすると、小さく深春は呟いた。
「私は、アイツに力任せに見知らぬ車に載せられて、廃ビルに連れられて…集団で強姦された」
輪姦。
そんな言葉がソウヤの頭によぎる。
ソウヤは無性に苛ついて、地面を全力で殴ろうとして――
「っ!」
――ここの地形をどれだけ破壊するのか分からないので、ギリギリの所で止めた。
それを見た深春は小さく笑う。
「そして、アイツは強姦してきた奴らからお金をもらい、私は廃ビルに置いていれた。そんな時――」
深春は、顔を静かに上げるとソウヤの瞳をしっかりを見つめ、口を開く。
「――あの男…ウィレスクラが現れたの。『こんな腐った世界なんかじゃなく、もっと良い世界に来ないかい?』ってね。当然私はそれに乗った。ウィレスクラから出された、1週間の間この場所を守るという条件を出されてね」
―1周間の間?どういうことだ?
「それは、何日前の話だ?」
「んと…4日前…かな?」
ということは、今日は頼まれてから5日目ということになる。
1週間の間ここを守ってくれ…その言葉に、ソウヤは嫌な予感を禁じ得なかった。
深春は、抱かれたままの状態から身体を離すと先ほどと同じように笑う。
「…これで、小生の過去話は終わりでござるよ。じゃあ、次は小生からの質問、良いでござるか?」
「あぁ」
頷くソウヤに、深春は問う。
「ソウヤ殿は、ここを通って何をしたいんでござるか?」
「――――――」
深春の過去を聞いたうえで、この質問はソウヤには答えづらかった。
元の世界に戻りたくない深春と、元の世界に戻りたいであろうソウヤを初め多くのトリッパー達。
考えたうえで、ソウヤは――
「俺は、ウィレスクラを倒して元の世界に戻りたい」
――あえて正直に答えた。
沈黙がこの場を支配する。
そして今、ソウヤの説得の幕が上がった。
後書き
――その出会いは過去を打ち捨てるために。
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