グランドソード~巨剣使いの青年~
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第3章
1節―最果ての宮―
100層 ―中編―
戦いが始まり、すでに数分という破格の時間が流れていた。
ウリエルは自身の炎を細く長い針へと変え、それをソウヤに放つ。
巨剣を手にして突っ込もうとしていたソウヤはその針に抑えられ前に出ることが出来ない。
「『氷晶連銃』」
ルビは白銀に輝く籠手を敵に向けると、多量の結晶の礫が現れ止めどなくウリエルに襲いかかる。
それに対しウリエルは簡易的な壁を炎で作ると、いとも容易く結晶の礫は弾かれた。
それを見て数より質を優先したほうが良いとルビは気付き、ソウヤと一瞬目を交差させる。
ルビの瞳を見て一瞬で何をしたいのか理解したソウヤは、わざと気合の声を上げてウリエルへと突っ込んでいく。
「はぁっ!」
その手に持つ巨剣のリーチを思う存分利用した遠距離からのソウヤの上段斬りが、ウリエルに迫る。
圧倒的質量を目の前にウリエルは――
「――甘い…!」
――巨剣を炎の剣で跳ね返した。
まさか跳ね返されるとは思っていなかったソウヤは身体が後ろに押されるのを何とか抑えながら、もう一度…次はウリエルに対し薙ぎ払いを仕掛けた。
先ほどより近い距離で薙ぎ払いをソウヤは行ったことで、ウリエルが行える行動は2つだ。
1つは上に跳躍し避けることで、2つ目はさきほどと同じように跳ね返す。
当然、跳躍を選んだら不利になることは想像に難くない。
だが跳ね返しをしたら、それも相手の術中に嵌る予感がしてならなかった。
刹那の思考。
その結果答えとして出したのは――
――巨剣に対し跳躍することだった。
それを見たソウヤは即座にルビに叫ぶ。
「――行けっ!」
「『雷を纏う氷晶の柱』…!」
ゆっくり時間をかけて詠唱された雷を纏う結晶は、今までの中で最も濃密なエネルギーを持っていた。
それを今…解き放つ。
ウリエルに対しレーザーが突き進んでいく。
それを元々練り込んでいた炎を一時的な壁にすることでウリエルは避けた。
だが、ウリエルの元にはいつの間にか巨剣が目の間に迫っている。
「――っく!」
初めて苦しそうな表情をしたウリエルは先ほどと同じように、練りに練った炎の剣で弾き飛ばすしかなかった。
炎の剣を両手で持ち、横から迫り来る巨剣を弾き飛ばそうとし――
「なっ――!」
――巨剣が目の前から無くなっていることに気が付いた。
そして、全てを理解したウリエルはすぐさま炎の剣を盾にして頭を抱え込むように防御態勢に移る。
凄まじい衝撃がウリエルを襲う。
だが、初めとは違い練りに練った炎で作られた盾は巨剣の攻撃を守り通した。
そして、目の前が明るくなる。
その光の束はルビの手から発せられていた。
この状況をソウヤたちは狙っていたのだ。
初めに巨剣による薙ぎ払いを行えば、そのリーチゆえに後ろに下がるという手段は選べない。
その際ウリエルに選べるのは2つのみ。
跳躍を選べばルビの魔法が襲いかかり、そちらに一瞬でも注意を引かせれば、その隙を利用してもう一度薙ぎ払いを行う。
そこで体制を崩した状態であるウリエルは1つしか選べない。
また、跳ね返すことを選べば今の状況が作られるのが早まるだけである。
目の前に迫る魔法を見てウリエルは――
「…やっぱり、貴方達本当に楽しいわ」
――炎を一気に噴出させ、魔法も巨剣も一気に退けた。
それを見たソウヤは冷や汗が流れるのを感じる。
―さすがに簡単には行かないよな…。
チラリとルビに視線を向けると、ルビも動揺のことを思ったようで頷いた。
―なら…この一撃に掛けるしか無い…!
ソウヤは後ろに大きく下がると、ルビが逆に前に出る。
まさかそう来るとは思わなかったのだろう、ウリエルは驚いた顔を見せた。
「…時間稼ぎかしら?」
「――ソウヤには、触らせない」
ルビはそう言うと、右手に着けている籠手を外す。
金属とは思えない軽い音が部屋に響いた。
そして――
「――『魔貴解放』」
この世のものとは思えないほどの濃密な魔力が吹き荒れる。
それは目の前に居るウリエルと同等とまでは行かないが、それでも目を疑うほどの魔力の量と質だった。
「貴女、やはり――」
ウリエルの問いにルビは小さく頷いた。
「私は魔貴族…。もっと詳しく……王の御身、守る騎士。その娘」
魔族の王。
それは誰にでも予想はつく。
このルビこそ、魔族の王…つまりは魔王の側近の騎士。
人でいうところの近衛騎士の娘である、吸血姫なのだ。
「魔族の…しかも高位の魔族が人と慣れ合うなんてね」
「ソウヤは…私の、恩人。だから…助ける――!」
無詠唱で創りだされた無数の結晶のエネルギーの束。
それは、魔貴族として覚醒状態にあるルビだからこそ出来る芸当。
「二重詠唱…」
ウリエルが関心したように呟く。
本来、人は1つの物事しか考えられない。
複数の物事を考えようとすると1つ1つの思考が曖昧になるからだ。
それは脳が焼き切れないためのリミッターであり、そこまでの思考演算を人は出来ない。
だが、この”世界”では違う。
高位の魔法使いになればなるほど、複数の物事を考えるのが苦ではない。
それは魔力によって脳が補強され、なおかつ無意識に擬似的な脳を高位の魔法使いは作り出しているのである。
しかし、複数の物事を考えられる魔法使いはほとんどいない。
魔力のみで、複雑な人体の一部を複製することなど人が出来る芸当ではないからだ。
それを可能としてしまう少数の魔法使い。
それがルビ達高位の魔族…魔貴族と呼ばれる者達と魔王である。
「『重なる雷を纏う氷晶の柱』」
まるでガトリングガンのような速度で結晶のレーザーは次々と撃ちだされていく。
それを見たウリエルは――
「――――――。」
――何かを紡いでいた。
後ろに下がったソウヤは、地面に片手剣ほどの長さになった雪無をストレージに仕舞う。
そして、急いで頭に張り付いている魔法陣を指を噛み切り血で描き始めた。
魔法陣を描き終わると、丁度陣の中心が盛り上がり剣の台座のように形を成していく。
それを見届けたソウヤはストレージから雪無を取り出すと台座に突き刺した。
遠くで、破壊音が鳴り響き続ける。
―ルビ、無事でいてくれよ。
ソウヤは切にそう願うと、準備を進めていく。
結果、ソウヤが作ったのは3つの魔法陣。
そして中央には雪無が、両端には初期の頃にお世話になった薙沙と――
―力を貸してくれ、エルト。
――エルトの剣がある。
この魔方陣は、実はソウヤが最初期…つまり瞬死の森に飛ばされた時からこびり着いていたもので、利用方法も理解していた。
ソウヤは右手を自分の胸に当てると、目を閉じる。
「――我に集いし数多の魂よ。ここに…」
ソウヤの周りに、小さな光の球が浮かび上がる。
この光の球の1つ1つがソウヤが殺し続けてきた魂だ。
「この世界の理をもたらす四属性よ、我が手の元へ――」
魔法の四属性―それぞれに、火・水・土・風―を持つ最も強い魂が集まる。
ソウヤはそれを雪無の側へ移動させると、更に紡ぐ。
「我が友の魂よ、我が手の元へ――」
エルトの魂がソウヤの手に移動し、同じように雪無へ動く。
「この世界に恐怖をもたらした龍の魂よ、我が手の元へ――」
99層にて突如として現れた伝説扱いされていた龍の魂が、雪無の元へ動き出した。
「そして我が魔法…空間魔法よ、我から離れ雪無の元へ――」
ソウヤの胸元から真っ白な光が飛び出し雪無へ集う。
「我、望む。この剣…雪無を至高の剣へと変貌させ給え――」
両端に突き刺さっている薙沙とエルトの剣が光を発し始め――
「――『王の道へ栄光あれ』」
――近くに存在した魂ごと雪無に吸収された。
全ての人がその剣を目にした瞬間、ひれ伏すだろう。
これこそが、世界にたった1本しかなかった伝説の剣。
まだ世界が1つだった頃、まだ国が1つだった頃。
その頂点に立っていた国王が持っていたとされる剣。
それが、王剣である。
ソウヤは目を開けると、そこには多少ばかり黄金にて装飾された剣があった。
基本は近衛剣と変わらないが、その黄金だけが大きく変化している。
そして、雪無のグリップをソウヤはつかむ。
王剣と化した剣には、大きな障害の1つとして剣自体の選定がある。
剣を手にしたものにこの剣を扱う資格があるのか、それを剣が見極めるのだ。
もしかしたら、俺にこの剣を扱えないのではないか――。
そんな不安を嘲笑うかのように、雪無はいとも容易く抜けた。
金属の高い音を響かせてその台座から雪無を引き抜いたソウヤは、鞘に雪無を仕舞う。
「これからもよろしく頼む、雪無――」
それに反応したのか是非ではないが、ソウヤには雪無がそれに反応して小さく震えた気がした。
「――きゃぁっ!」
ルビの叫び声が聞こえて、ソウヤは意識を元に戻す。
最後に雪無に触れて――
「行くぞ、雪無…!」
――そう小さく叫んだソウヤは今までとはわけが違う速度でルビに迫る極大の炎の前に立ちはだかる。
そして、今までならどうしようもなかったその炎を見て、ソウヤは不敵に笑う。
どうしてこの炎を――
「――怖がっていたんだろうな」
無音。
無音の間に炎が消え去る。
ソウヤは後ろに居る存在に向けてただ一言――
「待たせた」
――それだけ呟いた。
後書き
――待たされた。
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