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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第3章
1節―最果ての宮―
  92層 ―前半―

 この世界の中で最も危険であるダンジョン、最果ての宮。
 本来ならば1層ですらクリア不能と言われたそのダンジョンの92層に、その甲高い金属音が響く。
 しかし、その金属音は多重に一気に聞こえる。

 その金属音の正体は、黒き瞳と目を持った黒ずくめの少年と一体の人並みの大きさのある蜘蛛だった。
 後ろからは凄まじい速度で少女が魔法が発動し、的確に蜘蛛の行動を制限する。
 しかし、それ以上にその少年と蜘蛛との近接戦闘が異常だった。

 たった1秒も数えないうちに、数回もの剣撃の軌跡が見える。
 その”見える”ことすら達人である者では難しい。
 身体はブレて見え、残像が残り音速を超えているであろうその剣撃の打ち合いは数瞬遅れて響く。

 この世界の中でも、ここだけであろうと確信できるその戦いはほんの10秒ほどで片がついた。
 少年の目に見えぬほどの速度で繰り出された剣撃を、大蜘蛛はその多く持つ手の1つを使って防いだ。
 音が消えた世界の中で、2人と1匹だけが動く。

 少女から放たれた氷の槍は的確に蜘蛛を貫く…と思いきや、大蜘蛛が一瞬にしてその身体を消し少女の前へ現れた。
 刹那、大蜘蛛の身体は2つに別れる。
 大蜘蛛が離れた瞬間、それを読んでいたように少年が大蜘蛛の背後から剣撃を放ったのだ。

 戦闘が終わり少年がその手に持つ無骨な剣を腰にさしてある鞘に入れた瞬間、先ほどの音が一気に響き渡る。

「相変わらず、この違和感だけは慣れないな」
「その分、強くなった…ってこと」

 黒い少年が頭をボリボリと掻いて愚痴る。
 ブーンと巨大な虫がソウヤの頭上を通り、近くの巨大な木に止まった。

 92層、そこは森と化していた。




 90層代では、どうやら1層ごとに形状が変わっているらしい。
 それが、ソウヤが初めて92層の地を踏んでまず思ったことだった。

 先ほどまでにあったシメジメとした空間はなくなっており、広がるのはソウヤが飛ばされた瞬死の森と似ている森。
 空には巨大な爬虫類のナニカが飛んでおり、地面にも変な形状をした動物がわんさかと湧いている。
 どうやらソウヤたちを敵と見なしていないのか見向きもせず目の前を通って行くことが多い。

 その森のなかで、唯一ソウヤたちの道標となっているのは大量の獣などに踏み固められた獣道のみ。
 当然、魔物も出るし強さも91層よりも上だ。

 その森のなかを彷徨う中2時間が経とうとしていた。
 今までの中で魔物とは3体ほどしか相手をしていない。
 しかし、そこでソウヤは目の前の景色が何かおかしいことに気がついた。

「何だ…これは」

 ソウヤは目の前の景色に向かって手を伸ばすと、硬いものに触れる感触が伝う。
 軽く叩いてみるが、まるで壁を叩いているような感触が、そしてガラスを叩いた時のような高い音がなる。

「ソウヤ、これ…。結界……?」
「結界はお前だけが扱える魔法だったはずだ」

 ルビの結界術(エルデル)特殊能力(ユニークスキル)であり、ルビが居る限りはルビ以外が持つことは不可能である。
 そう、”ルビが居る限りは”。

「ルビが生まれる前に、同じ結界術を持つ奴が作ったということか…」
「多分…」
「解除は?」

 ルビは首を横に振る。

「無理。でも、解除法はある」

 そうルビがつぶやくと同時に、ソウヤの危険察知能力が警報を鳴らす。
 近くに敵がいるのだ、しかもかなり強い敵が。

 姿を現したのは巨大なサルみたいな魔物だった。
 その姿はずっと昔ソウヤが倒した巨大ザルに極似している。

「行くぞ、ルビ」
「ん…」

 ソウヤは腰に吊るした鞘から無骨な形をした雪無を取り出した。
 ルビも腰の後ろ側に吊るしてある籠手に手を突っ込み装着する。
 雪無をソウヤが構えた瞬間、暴風が吹いたように威圧が周りに飛び回った。

「ウギャアアアッ!」

 巨大ザルが一声叫び、その巨体に似合わぬ速度で走り出す。

 それと同時にルビは後ろへ少し下がり魔法の演唱を始める。
 ソウヤは雪無を片手に、巨大ザルに向けて走りだした。




 2分後、そこは木漏れ日が溢れる森ではなく荒れ地と化していた。
 巨大な穴…というよりクレーターが複数生成されており、巨大な木々も焼け、倒れ、もとの情景など覚え出せないほどである。

 そんななかで、巨大なサルが血を頭から垂れ流しながら地に伏せていた。
 本来蹂躙する側であろう巨大なサルの血で濁った目は、未だに戦意を1人の妖精と1人の魔族に向けている。
 そして、しばらく睨み続けると急に力が抜けたかのように頭を地面に置いてぴくりとも動かなくなった。

「行くぞ」
「ん」

 ソウヤは現れていた結界が消えていたのを確認すると、ルビに1言言って歩き始める。

 戦闘に2分も掛かった理由、それは主に相手が巨大だったことだ。
 相手がでかい、故に急所である首や心臓、頭を狙うには飛び上がる必要がある。
 高速戦闘が行われる中、落ちるときの速度が関係しない空中は愚策どころか自殺行為そのものだ。
 ルビの魔法で遠距離射撃を当然狙っていた…が、巨大ザルも素早くどれだけ狙っても当たらなかったのである。

 結界によって開かれた場所をソウヤたちは進んでいく。
 ある程度進んでいくと、不意に空気が変わる。

「ルビ」
「わかってる」

 ルビは即答すると腰に下げてある籠手を装着して魔法の準備をする。
 木々の隙間の奥に、敵が見えて2体いたからだ。

「『氷晶の柱《アルナルド・レーザー》』」

ルビの両手から放たれた高速の氷で出来た柱のような2本のレーザーは、音もなく何のブレもなく2体の魔物へ向かっていく。
 その氷のレーザーが当たる…瞬間に魔物たちの姿が掻き消えた。

「ッ!」

 ソウヤはその事実にすぐさま反応して、雪無を鞘から解き放つと第六感に従い剣を振るう。
 金属がぶつかり合う、独特な金属の音が鳴り響く。

 ―もう1体はどこだっ!?

 ソウヤは危機感を覚えながら、木々の間で一部しか見えなかった魔物の姿を確認する。
 その魔物の姿を一番例えやすく言うのならば、”カブトムシ”だろうか。
 どの金属よりも鋭利に輝く角を突き出しながら、ソウヤを威嚇するように巨大な足を踏み鳴らす。

 ―…ということはっ!

 ソウヤは嫌な予感に襲われ、今ではサブ武器として殆ど使われることのない薙沙をストレージから瞬時に出し、ジャンプする。
 迷宮内はβ時代から有名だったが、迷宮やダンジョンの時には羽は使えないことがわかっているので、空へ行くには力に物を言わせ飛ぶしか無いのだ。

「ぐっ!!」

 ソウヤは必死に手が飛び出しそうになるのをこらえ、ギリギリまで薙沙を左手で持ち溜める。
 魔法か何かで作られたであろう擬似の太陽を背として消えたもう1体のカブトムシモドキが突っ込んでくるのが見えた。

 ソウヤとカブトムシモドキがすれ違う寸前、ギリギリまで貯めておいた薙沙をここぞとばかりに振るう。
 肉を斬り裂き、骨を切断する嫌な感触に襲われながらも振りぬいた。
 振りぬくと同時に雪無で横薙ぎを行い、カブトムシモドキの身体中から血が噴水のように出る。

 それと同時にソウヤは叫んだ。

「ルビっ!!」
「ん」

 ルビは溜めに溜めておいた魔力をそれぞれ両手に装着してある籠手に流すと、静かく魔法名を口にする。

「『|雷纏う氷晶連銃(ライデン・アルナルド・ミニガン)』…!!」

 ソウヤがいなくなったことを機と読んだのか、ルビに向かい突っ込んできたカブトムシモドキに向け、ルビは全力の魔法を打ち込んだ。
 最初に放ったよりも数倍の速さで突き進む無数の氷の弾を、突進するカブトムシモドキが避けられるはずもなく、真正面から食らう。

「キシャアアアアっ!」

 目の前で仲間が倒されたことに怒りを感じたのか、身体の大部分を切り裂かれたカブトムシモドキは地面に激突すると同時にルビに突っ込む。
 魔法後の疲労感にルビは襲われており、反応に一瞬遅れた。

 カブトムシモドキの鋭利な角がルビの腸を切り裂く――

「残念」

 ――前にカブトムシモドキの身体に1つの剣が突き刺さった。

 剣の数秒遅れて、ソウヤが空中から舞い戻る。
 そしてカブトムシモドキの身体に刺さっている剣…雪無を引き抜くと数回素振りして血を振り払うと鞘に戻した。

「さて、あいつらがあそこから離れなかった理由はこれか」

 周囲を警戒しながらソウヤたちはあのカブトムシモドキが居た場所に行くと、そこには真っ暗な洞窟が広がっていた。
 ソウヤはルビに目配せすると、ルビは頷き洞窟の入口に近づく。

「大丈夫、結界とか…無い」
「わかった」

 ソウヤとルビはそれぞれ手に得物を持ったまま、未知の洞窟へ入っていった。 
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