| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第3章
1節―最果ての宮―
  91層―後半―

「ッチ…」

 ソウヤは小さく舌打ちすると目の前に群がるゴブリン達を睨みつける。

 RPGで最弱のモンスターとして大体出てくるゴブリンは、この世界でもその類を出なかった。
 β版でも初期の魔法専門としてステータスを組んだ人でも、肉弾戦でギリギリ勝ててしまう例が存在しているほどだ。

 しかし、目の前のゴブリンを目にしてどれだけの人が勝てるというのだろうか。
 ソウヤは当然として、ルリでも3匹が限界だろう。

 それが20匹。
 正直「戦いは数だよっ!」と叫んでいる人に反論できないほどソウヤとルビは追い詰められていた。

 現在では20にまで数は落としたが始めの頃は40以上いたのを考えると背筋がゾッとするものがある。
 しかも1匹1匹が大体下級~中級魔族級だというのだから頭は抱えたくなるものだ。

 しかし、幸いしているのはそこまで通路が広くない事だろうか。
 小柄であるゴブリンが4匹ほどしか通れない一本通路なので、囲まれることがないからだ。

「どうする、ルビッ!」

 襲い掛かってくるゴブリンを刹那で受け止めると、蹴りで後ろに吹っ飛ばしたソウヤはルビに叫んだ。
 その顔には汗が流れており、どれだけ踏ん張っているのかがよく分かる。

「大きな魔法、打ちこむ。けど、敵が邪魔して、集中できない…!」
「どれだけ耐えればいいっ!?」

 ルビは2匹同時でソウヤに襲い掛かろうとしているゴブリンの1匹に向かって、氷の槍を投げゴブリンを後退させる。

「20秒…!」
「きつい事を…!」

 ソウヤはそういうと、アイテムストレージから即座に|絶対盾(ザース)を騎士盾クラスの大きさで取り出すとゴブリンの攻撃を受け止めた。
 顔には苦痛を見せている。

 20秒。
 それはソウヤ達にとってひどく長い時間だ。
 強敵であった骸骨との戦いがたった7秒だったことを考えると、大体その3倍は耐えなければならない。

 大体1秒が1分~2分ほどだと考えるとその苦しさが分かりやすいだろう。
 つまり20分、それがソウヤが耐えるべき時間だ。

「ぐっ…!」

 1…2…3…。

 ゴブリンの攻撃がザースに当たり、凄まじい音を上げて洞窟内に響く。
 ソウヤは両足と防いでいる左腕全体を肉体強化すると、ゴブリンの1匹を吹っ飛ばす。

 ザースから少し頭を出すと、そこには2匹のゴブリンが右と左から攻撃を放とうとしていた。
 それをソウヤは両手にそれぞれ持つ得物で滑らせることで衝撃を減らすと、右足に風の魔法を纏わせるとゴブリン2匹を同時に吹き飛ばす。
 蹴った状態からすぐさま地魔法で巨大な壁を自身の目の前に生成する。

 4…5…。

 凄まじい音が地魔法で作り出した壁の向こうから聞こえるのを聞き、ソウヤはすぐさま今までの戦いで付いたかすり傷を癒す。

 6…7…8…。

 ゴブリン達が壁を壊して、ソウヤに凄まじく濃い殺気を向けながらそれぞれの得物を振るう。
 それをソウヤは元々準備していた水魔法で激流を生成して流そうとする。
 しかし、数瞬ゴブリン達は揺れたがそんなものは聞くはずもなく、さらに進軍を開始した。

 その数瞬の内にソウヤは雪無に青白い炎を纏わせると、大剣化+肉体強化を施す。
 そして、目の前に迫るそのゴブリン達に向かって…そのまま大剣を一閃。
 目の前にいた3匹とも一瞬にしてこんがり焼けた。

 9…10…11…12…。

「まだかっ!」
「もう…ちょい…!!」

 13…14…15…。

 始めは何とか耐えきれていたソウヤだったが、徐々に後ろに下がり始めていた。

 16…17…18…19…。

 不意に、洞窟の凹凸とした地形がついにソウヤに対して牙をむく。

「――ッ!!」

 ずっと戦い続けていたことで身体が消耗しきっていたソウヤの身体が不意に傾く。
 そのまま身体は重力に逆らわず地面に倒れ込む。

 ―ヤバイ。

 この高速戦闘の中でこけるという事は、つまり――死。

 ―ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイッ!!

 即座にソウヤは立ち上がろうとするが、消耗しきった身体はうまく立ち上がらない。
 それを見てルビも焦り始める。

 ―早く…早く…ッ!
 ―クソがっ!

 ――20。

「ソウヤ…!」

 ルビはその右目に限界まで集めた魔力を今…解き放つ。

「『暗闇の瞳(ガルト・レイマ)』…!」

 そう唱えた瞬間、右目がルビーのような赤き瞳から…闇より深い、漆黒の瞳へと変化した。

 その漆黒の瞳がゴブリンを見据えた瞬間…総勢17匹ものゴブリンが何かに吸い込まれていく。
 ソウヤがあれだけ苦労したゴブリン達が、一瞬にして消え去ったのだ。

「なっ…!」

 ソウヤ自身もこの現象は初めて見たようで、目を大きく開いている。

 ルビはその右目を綺麗なルビーに戻すと、急いでソウヤの元へ向かう。
 そして、ソウヤが無事なのを確認すると安心したように地面に座り込む。

「よか…った」
「なんとか…生き残れた」

 2人とも、それぞれ気力を使い果たしたようでいつもより多めに休憩を取る。

 この後、ソウヤが「あの目は?」と聞いたがルビは話したく無さそうに首を振るだけ。
 それを見て追求しようとはソウヤはしなかった。




「ルビ、これをどう思う?」
「…ボス、部屋?」

 目の前に存在する巨大な扉をソウヤ達はうんざりとした目で見ていた。
 今までで大体5回ほど見つけてきたその巨大な扉が、10の倍率の階層でないにも関わらず存在している。
 それが意味する事、それは”これから1層ごとにボスが存在する”ということだろう。

「91層から難易度格上げとか、ふざけてるな…」
「どう、する…?」

 ソウヤは、後ろを振り返ると暗闇の中に続く洞窟を睨んだ後深く溜息を吐いた。
 洞窟の暗がりの向こうに魔物がいると危険察知が騒いでいるのだ。

「戻るのはめんどくさくなりそうだ」
「じゃぁ…?」
「いくぞ」

 ソウヤの間髪入れないその言葉にルビは微かにうなずくと、目を閉じて集中し始める。
 ボス部屋の前にルビが毎回行う、魔力を集めておいて先制攻撃の際の攻撃力を少しでも上げるためらしい。

 それを見てソウヤもアイテムストレージ内の整理を行う。
 ゲームで良く出るような表示が出るので、整理をしておかないとすぐさま欲しいものが出せないのだ。
 その分、アイテムボックスみたいに物質化していないので重たさは感じないのが利点である。

 2分ほど経った頃、ソウヤの危険察知能力が「早く離れろ」と叫び始めた。
 そろそろかなり離れたところにスポーンした魔物が近くにまで迫っているらしい。

「ルビ、行くぞ」
「ん。魔力はギリギリまで凝縮しておいた」

 体内に存在している魔力を一点に凝縮するという事は、達人の魔法使いでも10分ほど掛けないと厳しい。
 それをたった2分ほどで凝縮するという事は、やはりルビはすごいのだろう。
 といっても、その2分はソウヤ達でいう2時間に相当するので戦闘中は魔力操作などできはしないが。

 ソウヤ達はギリギリまで時間を使い準備をすると、巨大な扉を軽々と開いて中に入っていった。

 部屋の中に入った瞬間、感じるのは凄まじいほどの濃密度な殺気。
 その密度は確実に相手がボスであることを示していた。

 緊急察知が働くよりも早く、ソウヤは長年の死闘を繰り返してきたことによって育まれてきた第6感により高速で迫ってきた何かを避ける。
 いつのまにか閉じていた扉に直撃して、爆発音が響いた。

「ルビ、出来るだけ慎重にねらえ」
「分かって、る」

 ルビはそういうと無言で魔法を構築し始めた。
 この高速戦闘の中で呪文を唱える時間などないに等しい。
 それでも最高のパフォーマンスを発揮できるのが、現ソウヤの相棒であるルビだ。

 ソウヤは地面を大きく踏み込むと、攻撃してきたボスに向かって一直線に吹き飛ぶ。
 その速度に地面の石ころは吹き飛び凹凸はなくなり、反対に衝撃によりクレーターが出来る。

 凄まじいほどに早い速度にボスであろう魔物は反応すると、ソウヤの斬撃を受け止めそして――

「ッ!!」

 ――弾き飛ばした。

 地面を大きく削りながらソウヤは衝撃を殺していく。

 ―何となく予想はしていたが…ボスは強化型のコブリンキングか。

 衝撃を殺しきると、ソウヤは立ち上がりボスについて思案する。
 コブリンキングは余裕の表情で追撃する事は無かった。

 ―身長は俺と同じくらい。獲物は…妙に太い大剣だな、俺の二倍ぐらいの横幅を持っている。

 大剣というより太剣ともいえるその太い大剣をゴブリンキングは易々と片手で持って振り回す。
 それだけで離れているソウヤ達にも強風が迫りくる。

 思わず目を細めてしまったソウヤは、刹那の間にゴブリンキングの姿を見失った。

 ―なっ…!!

 ソウヤはその事に驚愕すると、すぐさま相手の行動を読みルビに向かってダッシュで向かう。
 そこにはもうゴブリンキングの背中が見えた。

「っらあああああああ!」

 ソウヤはこちらに注意を向かせるためにわざと声を張り上げると、雪無の刀身を一気に伸ばし突きを放つ。
 ゴブリンキングはそれを見ずに避けてみせると、また姿を消す。

 その瞬間、ソウヤは第6感が警報をけたたましく鳴らすのを感じてすぐさま絶対盾(ザース)を取り出し、背中を防御する。
 身体が押しつぶされそうな衝撃が次の瞬間襲い掛かった。

「ぐっ…うぅぅぅっ!」

 その攻撃をソウヤは受け流すことが出来ない。
 自身を守るだけで精一杯なのだ。

 だんだん、ソウヤの意識が薄れ始める。
 ステータスを見ると、驚愕するほどのスピードでHPが減っているのが分かった。

「ソウヤ…!」

 どこかで、そんな声が聞こえて――

「はっ?」

 ――背中に感じる圧力が消えた。

 事態を飲み込めないソウヤは、次にドサリと倒れ込む音を聞く。
 その音を探り顔を向けてみればそこには…倒れ込み血を大量に流すルビがいた。

「ルビッ!?」

 頭が混乱しているがルビが大変なことになっていることは分かったソウヤは、急いでルビの元へ向かう。
 そして、頭を持ち上げ顔を見てみると右目の光は失われ体のあちこちから血が噴き出しているのが分かった。

「何故…?」
「呪い…を受けている、だけ」

 呪い。
 その言葉の意味を理解するより早くルビは、震える手でソウヤの手を合わせる。

「禁術、を使った…罰」
「もしかして…あの、大量のゴブリンを消し去ったあれか…?」
「そ、う…」

 喋る事さえ苦しそうなルビに対して、ソウヤはかなりの熟練度に達している水魔法により傷を回復する。
 だが、ルビ自体が回復する気配はない。

「これも…呪い、か」

 ルビはこくりと弱々しく頷いた。
 水魔法にはデバフを回復するものはあるが、呪いというよく分からないものを回復する効果はない。
 少なくとも、現在の熟練度ではそんな魔法はない。

「…どうすれば、お前を助けられる?」
「…」

 ソウヤの問いにルビは答えない。
 ただただ、首を横に振るだけ。
 それは手段がない…というよりその手段をしたくないの意味にソウヤは見えた。

「言ってくれ、頼む」

 どれだけ頼んでもルビは言ってくれない。
 つまり、それだけソウヤにも危険が及んでしまう事なのだろう。
 だがソウヤにはルビを放っておくことは出来なかった。

 と、そこに後ろに気配を感じソウヤはすぐさま雪無を握りしめ、現れた者へ警戒を行う。
 そこにいたのはあの老人だった。

「どうかしたのかの?」

 何故ここにいるのか。
 それは聞くだけ時間がもったいないと考えたソウヤは、単刀直入にその老人に事情を話した。

「ふむ…。この御嬢さんがのぅ」
「どうしたんだ?」
「この子をこの苦しみから防ぐ方法はあるんじゃよ」

 「しかし…」と老人は言葉を濁らせる。
 ソウヤは怒りをにじませた声で「早く言え」と急かせた。

「ふむ…。それはの、この子の右目をお主に移植し、お主の右目をこの子に移植する事じゃ」
「…そうすると俺はどうなる?」

 老人は、しばらく黙った後「お主次第かの」と呟いた。

「この御嬢さんは魔族の中でも、魔王の次に位が高い貴族魔族じゃ。しかし、禁術に手を染めるとは…一体なんのせいで…」
「とにかく、早く俺に移植しろ」

 急かすソウヤに老人は気難しそうな表情をする。

「本当に、いいのかの?もしお前が禁術の力に負けたら御嬢さんの二の舞…いや、もっとひどいことになる」
「爺さん、一体誰に心配してる?」

 きっと、失敗したら死ぬのだろう。
 元の世界に戻って、謝罪することも叶わないのだろう。
 地上に戻って俺たちを待つあの少女たちと共にもう一度旅をすることも叶わないのだろう。

 だが、それが怖くて逃げてしまえば――

「俺は妖精最強の男なんだ、負けるはずないだろう」

 ――俺はきっと、後悔する。

「俺は二度と後悔しないと誓った」

 きっと、あの少女たちに顔を合わすことが出来ない。

「俺はこの子を救う」

 きっと、元の世界に戻ってもまたいつもの日常に戻ってしまう。

「だから、その禁術は俺が背負う」

 老人はしばらく呆然とした後、ソウヤに手術を行った。




 結果、ソウヤは新しい力を我が物とした。
 己の右目を代償として、『消滅(デスト)』というスキルを手にしたのだ。 
 

 
後書き
自分を犠牲にしても、護りたいものがあった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧