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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第3章
1節―最果ての宮―
  帰る理由

「ようこそ、いらっしゃった。冒険者様」

 村長の家を尋ねたソウヤを出迎えたのは、今までとは圧倒的に違う”ナニカ”がある男の老人だった。

 その声にはしっかりとした強弱が付いており、そして老人の顔は優しい微笑みに包まれている。
 この老人は何か違う…そんな確信を持ち、そして出来るだけばれないようにソウヤは警戒をした。

「ふむ…その様子だと村に入ったのはこれが初めてかの?」

 そう、まるで人と話しているような感覚で老人はソウヤに向かって話す。
 ソウヤはそれに首を縦にふることで肯定した。

「珍しいケースじゃの。まぁ、冒険者様がこんなところにまで”潜って”きたのは初めてじゃが」
「何か、老人は知っているのか…?」

 ソウヤのその言葉に老人は頷くと、手招きをしてソウヤを向かい入れようとする。
 その余裕のある動きにソウヤは老人に分かるように警戒を強めると、村長の家に招かれた。

 村長の家と言ってもそこまで大きくなく、武具屋などのほうが大きい。
 少し通路を歩いた先にある部屋に老人は入ると座り込み、こちらを手招きした。
 ソウヤは何も言わずただ床に座ると、老人は微笑みながら頷く。

「警戒心があるのは良いことじゃが、こんな老いぼれは何もできんよ。」
「どんな老いぼれでも、鍛えれば強くなれる。警戒するに越したことはないさ」

 そう言いながら、ソウヤはため息を付いて警戒度を下げる。
 そして老人はどこからかいきなりコップを取り出すとソウヤに渡した。

「…どこから取り出した?」
「何、簡単な事じゃよ。お主と同じことが出来る魔法…お主には”スキル”といったほうがいいかの、それがあるだけじゃ」

 そうやはコップに入った黄色い液体に目を向ける。
 ほんのり甘く、チーズのような香りがその液体から漂ってきた。

「アイテムストレージ…いや、アイテムボックスか」
「儂は”時空箱”と読んでおるがな」

 老人はそう言うと柔らかく微笑み、黄色い液体を口の中に流し込む。
 ソウヤは、これ以上警戒しても無駄そうだと思い多少警戒しながらも黄色い液体を何の中途もなく、飲んだ。

 ほんのり香ばしい甘みと、トロリとした飲み心地、そして口の中に入れた瞬間広がる何かハーブの香り。
 その全てがソウヤを包み込み、思わず一口だけだったはずがふた口も飲んでしまった。

 それを見た老人はカッカッカッ!と嬉しそうに笑う。

「初めはこの色を見ただけで手を付けないと思っていたのだがの」
「…美味しいな。ハーブのようなものも入れている」
「うむ。こんな老いぼれは元気の出るハーブでも入れやん限り動けんからの」

 ソウヤは笑う老人から目を離して、地面にコップを置く。
 そして、じっと老人を見つめた。
 その目つきに老人も笑うのを辞め真剣な表情となる。

「…聞きたいことがある」
「うむ」
「老人、あんたは”偽物”か”本物”…どっちだ?」

 その言葉に、老人は「うむ…」とだけ言うとコップの中にある液体を口に含み、よく味わってから飲み干す。
 その行動、その幸せそうな表情、言葉…全てがまるで本物の人のように機能している。

「”偽物”か”本物”、か…。面白い言い方じゃな、しかし的を得ておる」
「答えろ」
「若造がそう焦るな…。そうじゃな…強いていうなら偽物じゃな」

 偽物、その事実がソウヤをさらなる混乱に陥れる。
 思わず眉間にしわを寄せると老人が、微笑んだ。

「まぁ、この村に居る人々と同じ構造ではないがな」
「どういう…意味だ」
「簡単じゃよ、老人の死体を使って中に精霊を組み込んだ…。酷く簡単なことじゃ」

 そう言って老人がカッカと笑う。
 簡単…そう老人は言い切ってはいるが、それは普通の人ならばどれだけ努力しても不可能なことだ。

 精霊と呼ばれる、ソウヤたち妖精とは違う進化をたどったその魔力で作られた生命体は通常の人ならば見ることすら出来ない。
 特殊な方法によって獲得できる『精霊使い』という特殊能力(エクストラスキル)を手に入れなければ行けないのだ。
 それでも最強の精霊使いと言われていた者は、上位の精霊の力の約半分すら出せなかったという。

 精霊というのは魔法、魔族などと同じように下級、中級、上級…と別れており上位の者ほど妖精と同じような知性を持っている。
 ソウヤの目の前に居る老人と同じ知性を持つ精霊は、おそらく上位以上であろう。
 そしてその精霊の言うことさえ聞かせられる精霊使いは、この世には…少なくとも歴史上存在していない。

 ―誰が作ったんだ、本当に…。

 考えれば考えるほどに訳がわからなくなるこの状態で、ソウヤは諦めるのが楽だと気付き内心でため息をつく。
 それよりも老人から情報を入手した方がいいと理解した。

「では、やはり外の住民は老人以外全員…」
「そうじゃ、全員プログラムが施されて、決まった言葉表情しかせんようになっておる」

 少なくとも、プログラムを人形などに埋め込むことは現在でも過去でも出来るものは居ない。
 しかも上級以上の精霊を完璧に行使出来る者も、同様に居ない。
 一体どれだけの実力を持った人がやったのか…はたまた、大量の人数によって築いたものなのか…ソウヤが知るところではないのだろう。

「では、次の層に早く行きたいだがどうすれば良い?」
「簡単な事じゃよ。お主、儂の家に来るまでに泣き崩れとる夫婦が居ったじゃろう?その夫婦の願いを叶えれば良い」

 ―ことごとく…RPGだな。

 ソウヤは内心でそう突っ込む。
 だが、表情には出さず無表情のままソウヤは話し終えるとすぐさま立ち上がり玄関へと歩みを進める。

 玄関へ付いた時、後ろから老人の声が聞こえた。

「なぜ、お主はそこまでして早く出たがるのじゃ?」
「それは――」

 ソウヤは思っていた言葉を出そうとして、急に止まる。

「お主が異世界人で、元の世界に戻ろうと躍起になっているのは知っておる。じゃが、正直お主がずっとこの迷宮に留まっていても誰かが元の世界に戻してくれるのではないか…?」

 もし、36回目の『軍勢の期』によりボスを打ち破ったなら…元の世界に戻れるのだろう。
 正直ソウヤの力がなくともボスは打ち破れるようになっている…否、なっていなければ元ゲームとしては成り立たないのである。
 別にソウヤの力は必要なく、ここにいれば帰れる…そう老人は言っているのだ。

「…それに、抜け出す意味などどこにあるのだ?」
「…!」

 老人の言葉にソウヤは言葉が詰まる。
 息が出来なくなり、体が震えるのをソウヤは感じた。

「抜けだしたとしても、そこにあるのはお主の居場所がない世界じゃ。家族も居なければ家もない。簡単に人は死に平気で生物を殺す世界に…お主は戻りたいのかの?」

 その言葉は、ひどくソウヤの心に釘を打つものだった。

 初めは日常が暇で…非日常で暮らしてみたくて…そして異世界に行けると思った時、酷く心が高鳴ったのをソウヤ自身覚えている。
 ただ、非日常というのはソウヤが思っているほど優しくなく、目を開けたら巨大な魔物に追い掛け回され普通ならありえない身体能力をも手に入れた。

 よくある小説のように主人公補正などかかっていないし、毎日のように魔物を殺し殺されかける生活を繰り返していた。
 誰も優しくはしてくれない孤独な森のなかでソウヤは酷く後悔したのだ。
 そして…それから長い間後悔に悩まされ、強敵とばかり合ってそのたびに意識が吹っ飛んだ。
 それほどの苦難の道のりを、必死にもがいてまで戻りたいというのだろうか。

 ―普通なら、思わない…な。

 だが、無性にソウヤ自身その世界に戻りたがっている。
 理由は分からない…だが、早く戻りたくてしかたがないのだ。
 ソウヤは、思わず首の後をカリカリと掻き…何か金属の感触が手から伝わる。

「あ…」

 そして、思わずソウヤは口から声が漏れる。
 その金属の感触を伝うと、ペンダントがソウヤの服の中から現れた。
 それはルリ、エレン、レーヌ、ナミルが協力してソウヤの誕生日に作っていたペンダント。

 ペンダント…と言っても宝石があしらっているわけでもなく、盾型のペンダントの中心に魔法陣が刻まれた石があるだけだった。
 ソウヤがこの世界にきて…初めてのプレゼントだったそれを、ソウヤは常時身につけている。

 ―…そっか。今、気づいた。

 ソウヤは、いまさら自分が大切なことに気付いたことを知った。
 アイテムストレージから、迷宮から目が覚めた時にルリが残しておいてくれた手紙を取り出す。
 その最後らへんには『必ず帰ってきてください』という言葉。

 ソウヤは、老人に身体を向けて真剣な表情で向き合った。

「俺は――」

 老人は、今までの中でもっとも真剣味を帯びた表情でソウヤを見つめている。
 その視線を受けながらソウヤははっきりとした口調で老人の初めの問いに対して答えた。

「――この世界で、居場所を見つけた。大切な仲間を見つけた。確かに、この道のりは苦しい、だが…」

 ソウヤは、出入口へともう一度身体を向け直して歩き始めた。

「だが、仲間が『帰ってきて欲しい』と、言ってくれた。俺はその願いを叶える、自分のためだけに生きるのは…めんどくさいんだよ」

 ソウヤは、それだけを言い残して村長の家から離れていく。
 その顔は…来た時に比べて顔がたくましくなったように、老人は感じていた…。




「…どうでしたか、あの青年は」
「主君が言っていたとおり、有望なものでございました」

 青年が去った後、不意に麗しい美女が現れ老人の目の前に立つ。
 老人の言葉に美女は嬉しそうな表情をする。

「貴方がそういうのなら、間違いないのでしょう」
「はい。間違っていたのならば、この将軍精霊である私の首を主君に捧げましょう」
「そこまで言える人物なのね…?」

 その老人の意外すぎる言葉に美女は驚いたように言葉を返す。
 老人は手に飲み物を出すとそれを啜り、頷いた。

「まだまだ中身は子供ですが、それでも同年代からすれば異常なほど落ち着いていますな」
「彼だけ本当に辛い思いばかりさせているものね…」
「しかし、その苦難もあの青年にとっては大きな経験となっております。それに関しては礼を言うべきでしょうな」

 美女はあの運命を勝手に操っている女神を思い出し、腸がイライラしてくるのを感じる。
 それと同時に”微少”ながら漏れだす神力に、老人は内心冷や汗どころかこの場から逃げ出したくなるのを抑えた。

 ―神力を微量ながらも出したら、強者でも一瞬で魂を持っていかれるというのに…。まぁ、仕方ないがの。

 老人は目の前の美女に対して内心でため息をつく。
 それだけのことを、あの運命の女神はしているということである。

「とにかく、器を変えるわよ」
「はい」

 すると、老人身体は砂と化していく。
 その砂を女神は両手で拾って「お疲れ様」とだけ言って元に戻す。

 そして、女神の姿と見えぬ精霊はその場から消えていった。 
 

 
後書き
”異常なほど落ち着いている”――

 ――本当に? 
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