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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第1章
3節―平穏を裂く獣―
  強者と弱者

 目の前で顔を真っ赤にしながら、体中の筋肉を軋ませている男にソウヤは殺気を飛ばしながら周りを確認する。

義父(おとう)、様…!」

 痛む体を引きずりながらもソク老人へと向かうルリの姿が見えた。
 体中に痣が出来ており、その顔は青を通り越して真っ白になっている。
 時折その体を痙攣させているところから、大変危険な状態ではあるもののその命を散らしてはいないことがソウヤには分かった。

 ―早く、終わらせないと。

 詳しい現状を把握したソウヤは、一刻も争う事態なのだと結論付けると家を壊すことを気にせず全力で目の前の男に斬りかかる。
 およそ、常人には目で追えないほどの速度。

「クソ、ガァァ!」

 だが、それを男は目で追い思考しその攻撃を避けて見せた。
 ソウヤ自身もまさか避けられるとは思わず、少しの間体を硬直させてしまう。

「シネェエェェェッ!」
「ッ…!」

 それを見逃さず、その男は妖精とは思えないほどのスピードで拳を放った。
 だが、それだけでやられるソウヤではない。
 空いた左腕で足を殴り神経を刺激すると同時に、動けるようになった足でその攻撃をギリギリのところで避ける。

「な、んだコイツ…!?」

 こちらの世界に来たソウヤと同じプレイヤーでさえ、ここまでの力は到底出せまい。
 常識を覆すような相手の強さに、ソウヤは戦慄を覚えた。

「ソウヤさん!」

 油断していたのが一変、真剣にやらなければならないという状況にされ、ソウヤは冷や汗をかく。
 そんな時、ルリの声がソウヤの鼓膜を刺激した。

「その人は多分ですが、希少能力(ユニークスキル)持ちです!逃げてくださいッ!」

 ルリの悲痛な声が聞こえる。
 今は父の容体のことで精いっぱいだろうに、それでも他人を優先してしまうことにソウヤは感謝し、それと同時に決意した。

 ―ルリ、君と君の父さんだけは助ける。

 相手は希少能力持ち。
 唯一の存在しか持つことが許されない、数十万人に一人の逸材。

 そんな男が相手なのだから、普通の人ならば逃げることさえ諦めるだろう。
 “普通の人”ならば。

 だが、ソウヤは生憎“普通”ではなかった。

「――ッ!」

 小さな気合いと共に、その床を木端微塵に破壊してソウヤは男の元へ突進する。
 その姿が見えている男はニヤリと嗤うとその拳を振り上げ――

「…ア?」

 ――脳天を潰そうとした相手が居なくなったことに気付いた。

 ほんの数瞬の間、男は敵がどこにいるのだろうかとほんの少し残っている理性で考える。
 そして、その答えは結局行き着くことはない。

「ガッ…!」

 急激に襲う背中へのダメージ。
 一気に周辺にある内臓や肉、骨が粉砕されたことを男は感じ取り、しかしその打撃を行った足を掴もうと腕を伸ばす。

 だが、足りない。

 次の瞬間には掻き消えた相手。
 それを煮詰まるように沸騰している脳で再び考え――

「ソコ、カアアアア!」

 ――運よく相手の居場所を判明する。

 鋼鉄をも砕くその拳を男はオーバーに構えながら全力で突き出した。
 相手もその巨大な剣を振るうが、男はそれさえもこの拳は突き抜けると理解する。

 だが、足りない。

 その巨大な剣は拳とぶつかり合う瞬間に、その姿を掻き消したのだ。
 男の目の前に広がるのは男の無防備な腹部分だけ。
 どうしていきなり巨大な剣が消えたのか、それを考えるだけの理性をもう男は必要としていなかった。

 拳が当たる瞬間に起こる、歓喜に身を全て任せようとしていたのである。

 そして男の拳がそのまま相手の腹に収まると思った瞬間――

「足りないな、何もかも」

 ――自身の視界が地面にあることに気が付いた。

 目の前に広がるのは“頭を失くした”巨躯な体が地面に倒れこむ姿だけ。
 それを見て、男はすぐに察した。

 あぁ、オレは死んだのだ…と。

 結果、男はソウヤに対して全てが足りなかった。
 数少ない希少能力持ちであり、その効果はかなり強力。

 だが“その程度”の相手では“希少能力を3つ持つ”ソウヤには敵いようがない。
 初めから、勝負は決していたのである。




 ソウヤと希少能力持ちの男。
 2人の戦闘をルリは必死にソク老人を回復させながらも、グルフの中でも灰色種が誇る圧倒的な動体視力で眺めていた。

 初めにソウヤは考え付かないほどの速さで後ろへ回ると、そのまま蹴りで無防備な背中を蹴り飛ばす。
 そして、また圧倒的な速度で相手をかく乱するとわざと相手に見つかるように殺気を放ったのである。
 当然の如く殺気に反応し攻撃しようとした相手にあわせ、ソウヤはその巨剣を振るった。

 その巨剣と拳がぶつかり合う次の瞬間、“巨剣は片手剣”に収縮する。
 当然、リーチが変わったことによりその刃と拳はぶつかることはなくなり、返す刃でソウヤは男の首を一閃したのだ。

 ソウヤはその唐突な加速を“肉体強化”で、巨剣から片手剣に収縮させたのは“空間(マギ)魔法”で行ったのである。
 またそれは、ソウヤの持つ希少能力の2つでもあった。

 グラギフトに着いた血を軽く剣を空振りさせることで取り払うと、ソウヤは鞘へ仕舞い急いでソク老人の元へ走る。

「ルリ、ソクさんは!?」
「水魔法で回復してるんですけど…よ、良くならなくて…!!」

 慕っていた人に迫る唐突な死の予感に、ルリは体を震わせた。
 ソク老人の体は痣だらけで、逆に肌色をしている部分のほうが少ないのではないかと思わせる。

 ―間に合え…!

 ソウヤはソク老人の首元に手を当て、微弱ながら生きていることを確認すると即座に自身が今出せる最高の水魔法で回復をおこなう。
 先ほどまで回復していたルリとは一目で違うほどの光を放ち、ソウヤの手にとどまり続けている水はソク老人を癒していった。

 だが、一向に良くなる傾向はない。

「――――」

 回復しながらソク老人の身体を確認していると、ソウヤは気付く。

 ――もう、手遅れなのだと。

 ゲーム世界ではHP0は“死”と認知されがちだが、それは詳細に言えば違う。
 HP0はあくまで“行動不可能”と見なされた時の状態なのだ。
 そしてソク老人は今、ゲームでいうところの“HP0”に相当する。

 簡単に言ってしまえば、死の数分前の状態だ。
 この状態で回復してもHP0から変わらなく、助けるためにはソウヤの水魔法の熟練度では足りない。

「くそっ…!」

 なんとかならないのか…とソウヤは考えを巡らせる。
 ソク老人はソウヤにとって、殺伐としていた世界に一筋の平和を見せてくれた恩人なのだ。

 そして、思いつく限りの“最善の方法”。

「『我、強き者。我の導きに答えよ。我、弱きを護る者。我の言葉に答えよ」

 誓いは捨てる。
 祈りも捨てる。
 求むは救う力。
 歩むるは近く。
 道は遠く短く。

 これは、ソウヤが求める“救い”。

「我、汝の魂に誓い力を得ぬ。汝、我の声と共に黄泉へ逝け』」

 その恐怖を知り、人を救おう。
 その悲哀を感じ、人を救おう。
 その慟哭を聞き、人を救おう。
 その暗闇を見て、人を救おう。
 その巨壁を越え、人を救おう。

 それが、ソウヤが誓った“救い”。

 強者はただ破壊するのではない、人を救う為に破壊するのだ。
 故に強者は常に弱者の救済者である。
 故に弱者は常に強者の指揮者である。

 そして、“強者(ソウヤ)”は救済する。
 それが誰に対してか、それさえもわからず。

「――力を貸せ、亡霊。『亡霊解放(エレメンタル・バースト)』…!」

 瞬間、湧き上がるのは圧倒的力。

 その力に向けるのは、強化された魔力。
 全MPを使い切る覚悟でソウヤはソク老人に魔法をかける。

 だが、足りないのだ。
 魔力が強化されてもこの世界のルールは越せない。

 越せない、はずなのだ。

 ―届かない。なんて思わせない、言わせない。

 なぜなら、誓ったのだから。
 救うと。
 助けると。
 力になると。

 これで何もできないのならば――

「ッぐ…!」

 ――ソウヤは黄泉へ送った魂に何といえばいいのだ。

 その恐怖を知り、人を救うと約束したのだ。
 その悲哀を感じ、人を救うと約束したのだ。
 その慟哭を聞き、人を救うと約束したのだ。
 その暗闇を見て、人を救うと約束したのだ。
 そして――

 ――その巨壁を越え、人を救うと誓ったのだ。

 ならば、ソウヤに約束を違えるという現実はありえず、同時に誓いを捨てるという現実もまたありえない。

「が、ぁ…あぁあ!」

 体がだるい。
 体がおもい。
 体がつらい。

 意識がすぐに溶けそうだ。
 沼に入り込んだように、抗うことは難しい。

 それでも、全力でMPを注ぎ――

「…ぁ」

 ――ソウヤは奇跡を起こす。

「ソウ…ヤ君?ル、リ…?」
「義父様!」

 自身の父が目を覚まし、その事実にルリはその眼に涙を浮かべる。

「やった…の、か……?」

 ソウヤも、ソク老人が目を覚ましたことで安堵し――

「ソウヤさん…!」

 ――その意識を暗闇に落とした。

 ある事実に、胸を苦しめながら。 
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