ソードアート・オンライン【Record of Swordmaster】
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003:トルバーナにて
第一層最奥の村、トルバーナ。迷宮区の直前に位置するこの村には、必然的に現時点での高レベルプレイヤー達が集まっている。
かくいう俺も、その高レベルプレイヤーに含まれる筈だ。今のレベルは11、おそらく集団の平均よりはやや高めの筈だ。
「レイ、そろそろ行きましょう?始まるわよ。」
ベル姉もレベルは9、スタイルはオーソドックスな盾持ち片手剣士……らしい。MMO自体SAOが初めてな俺には分からないが。
「もうそんな……分かった、すぐ行く。」
「ねぇ、何人くらいいると思う?」
「うん?うーん……30人いればいいんじゃないかな?」
何の話かって今日開かれる第一層ボス攻略会議の話だ。一応、現在のトッププレイヤー全員に声が掛けられたらしいが、さて、何人集まるかな。
到着したのは会議が始まる丁度五分前、既に結構な数が集まっている1…2…3…4………俺達を含めて44人か。思っていたより多いな。
「1レイドにちょっと足らないくらい……まあ、皆レベル8〜9くらいだと思うからどうにかなるわよね?」
ベル姉に聞いたが一層の攻略適正レベルは5〜6だったという。現にその辺りからレベルが上がり難くなっていたのでそういう事だろう。
そして、開始一分前に滑り込みで入ってきた二人を加えて会議が始まった。
噴水の縁に一人の男がジャンプで登り、集まった集団に向けて挨拶をする。全身を金属鎧で固めておきながらジャンプしていた辺り、ステータスは高そうだ。
「皆、今日は俺の呼び掛けに応じてくれてありがとう!俺はディアベル、職業は気持ち的に騎士やってます!」
見た感じ、爽やか系イケメンの男、ディアベルは容姿を裏切らない美声で軽快に話す。集団を率いる上でカリスマ性、という点では申し分ないだろう。
ディアベルが一言話すごとに回りの士気が上がっている中で、俺はふとした違和感に囚われる。集団のほぼ中央にいるサボテンヘアーの男。その男に何かの違和感を覚える。
オカルト染みた話はあまり好きでは無いがこういう時の勘は大体当たる。事実、その男はディアベルの演説が一段落した辺りで唐突に発言を求めた。
「ちょぉ待ってくれんか、ナイトはん。コイツだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはできへんな。」
ドスの利いたダミ声。鋭い目付き。ヤクザか何かとも思うが、ともあれスケイルアーマーを纏ったその男が前に進みでる。
「わいはキバオウってもんや。……こん中に何人か、詫び入れなアカン奴等がおる筈やで。」
「詫び、誰にだい?」
「当然、死んでいった2000人にや!奴等がなんもかんも独り占めしてったせいで2000人も死んだんやで!」
……なるほどな。コイツの言いたい事は大体分かった。
「キバオウさん。奴等と言うのは元βテスター達の事かな?」
「決まっとるやろ。」
ディアベルが厳しい顔をして確認するが、キバオウから返って来たのは肯定。広場の全員を見渡して続ける。
「β上がりの連中は、このデスゲームの始まったその日に右も左も分からん9000人のプレイヤー達をほったらかして自分達だけ強くなったんや。こん中にもちょっとはおる筈やで……他人見捨てといてボス攻略に混ぜてもらおうなんて考えとる連中が。」
隣のベル姉が体を固くする。ベル姉にとっては他人事で無いだけに深刻なのだろう。それに、あのキバオウとかいう奴みたいな自己主張の激しいタイプは、押しの弱いベル姉には相性が悪い。
「奴等に土下座させて今回の作戦の為に今まで貯めた金やらアイテムやら全部吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして背中を預ける事はできへんなぁ!」
「……っ!」
隣にいたベル姉が声を出し掛けるのを制止する。わざわざベル姉が汚名を被る必要はない。泥を被るのは……俺だけで十分だ。
「言いたい事はそれだけか?」
突然の俺の発言に周囲が戸惑う。ベル姉が驚きと非難の入り混じった目で見てくるが、俺にとっての最優先事項はベル姉の生存だ。故に、ベル姉に危害が加わる可能性があれば、僅かであっても排除する。
「だ、誰やジブンは!?」
「レイだ。βテスターが知り合いにいてな、友人の名誉の為にも言わせてもらう。」
……実際は姉だけどな。
「あんたの主張は、βテスターのせいで大量の人が死んだ。だから謝罪し、弁償しろって事だよな?」
「そ、そうや!」
「なら聞くが……βテスターがもし、面倒を見ていればどうなったと思う?」
「それは……決まってるやろ、もっと沢山の……」
「そうだな……もっと沢山……下手したら倍は死んでただろうな。」
「な!?んな訳ないやろ!」
「………これは聞いた話なんだが、死んだ2000人の中にβテスターが大体何人いたと思う?」
「はぁ?………知らん。」
「なら教えてやるよ、ざっと300人だ。そしてβテスターの中で製品版でも継続プレイしているのが800人前後。死亡率はほぼ40%だ。知識を持っている人間が4割死んだ。……なら、全体に知識を伝えれば?必然、フィールドに出る人間も増え、それから………ひょっとしたら、やっぱり4割死んだかもしれない。大体4000人、倍だな。」
「そ、そんなもん分からんやろ!」
「そうだな。実際は死なない可能性もある。だが、今更『可能性』なんて犬でも食わないような物の話をして何になる?死んだのは己の実力不足だ……第一、死にたくなければ始まりの街に籠ってりゃいいじゃねぇか。フィールドで死んだ以上、誰かに殺されたんでも無い限り自己責任か、この状況を作りだした茅場に責任があるだろ?責任転嫁も甚だしい。…………他人の命なんて重いものを背負えるのは、正義の味方かバカだけなんだよ。」
……流石に言い過ぎたか。キバオウが絶句している。だが、これが俺の考えだ。反論があればどうぞご自由に、だ。
「……発言、いいか?」
唐突に背後から掛けられる深みのあるバリトン。振り返ると身長175cmある俺でも見上げなければならない様な巨漢の黒人だった。威圧感はすごいがどこか人の良さが感じられる。
「俺はエギルだ。キバオウさん。あんたβテスターが全部独り占めしていったって言ってたが、金とアイテムはともかく情報はあった筈だ。」
そう言ってエギルというらしい巨漢は懐からある冊子を取り出す。確かそれは……
「この本、今までの村全部で無料配布されていた物だ。モンスターの情報からフィールドの地図、クエストの詳細まで載っている。あんたも貰っただろう。」
「貰たで。それが何や?」
「情報が早すぎると思わないか?これを配布出来たのは元βテスターしかいないんだ。」
あの本の名は《アルゴの攻略本》という物で、《鼠》の異名をとる情報屋のアルゴが、元βテスターから巻き上げた金で無料配布しているものだ。ベル姉も何度か補足情報を提供している。
ふと外を見るとアルゴが会議を眺めている。視線だけで挨拶するとご丁寧に手を振り返してきた。相変わらず鋭い人だ。
「う……まあ、ええわ。けど、納得した訳やないで?いつかハッキリさせたるからな!」
そう言ってキバオウは人の輪に戻る。俺も戻ろうとした時、エギルに呼び止められた。
「ちょっと待った、レイって言ったか?」
「……そうだが、まだ何か?」
「お前の意見に何かあるわけじゃ無いんだが……少しは言い方を工夫した方がいいぞ?わざわざ孤立する必要も無いんだ。」
「………そうだな、気を付ける。」
どうやら、本当に気の良い人の様だ。
ベル姉の所に戻るなり小声で怒られた。後悔はしていないが相談くらいはするべきだったかもしれない。
「……よし、気を取り直して、ボス攻略の為にもパーティーを決めよう。皆、適当に六人パーティーを組んでくれ。」
……しまった、レイドパーティーの事をすっかり忘れていた。さっきの今で俺と組みたいとは思う奴はいないだろう。
そんな事なさそうなエギルも、既に仲間がいるようだ。
「わ、わ、どうしようレイ!パーティーだって!」
「ベル姉、落ち着いて。」
今此処にいるのは46人。1レイドには若干足りない。つまり、俺達以外に二人、絶対あぶれる筈なのだ。
で、
「あんたら、あぶれたんだろ?」
俺の前にいるのはやや黒みがかったグレーのレザーコートを着た細身の片手剣士と、フード付きケープを被った顔の見えない細剣士だ。
「あぶれてないわ。回りが既にお仲間みたいだったから遠慮しただけで。」
「いや、それをあぶれたって言うんだろ?」
あくまであぶれて無いと強調する少女にツッコミを入れる少年。端から見ればなかなか良いコンビだ。
「良ければ俺達と組まないか?パーティー組まなきゃレイドには入れないし。」
「ああ、頼む。流石にボスは不安だからな。」
ともあれパーティーを組むとしよう。
「ベル姉、パーティー申請出して。」
「うん……はい!私はベルよ。よろしくね?」
「で、俺がレイだ……って、言わなくても分かるか。」
等と自己紹介している内に、視界の端に二つの名前とHPゲージが追加される。名前は……《kirito》と《asuna》か。キリトにアスナでいいのか?
「よろしくな、キリト、アスナ。」
「ああ、よろしく。」
「…………?」
取り敢えず名前で呼んでみたが……もしかして読み方違うか?
「悪い、間違えたか?」
「いえ……私、あなたに名前言ってない。」
「ああ……パーティー組むの初めてか?」
キリトの問いに小さく頷くアスナ。そこからパーティーメンバーのアイコンの説明があるんだが……何か、初々しいカップル感が出てるんだよな。
ともあれ、その場は解散となるのだった。
翌日、ディアベルのパーティーがボス部屋を発見。その日の内に開かれた攻略会議で、ボス攻略作戦の発動が決定された。
「……ねぇ、レイ。」
「何?」
「……明日、だね?」
「ああ……そだね。」
「そだねって………」
ベル姉が呆れた様に此方に視線を向ける。今の拠点となっているトルバーナにあるとある宿。その二階から見える迷宮区の最奥にボスはいる。
「レイは緊張とかしないわけ?」
「緊張……緊張ねぇ……。」
考えもしなかった。一ヶ月前のあの日、刃を執ったその瞬間から、俺は剣も同然だ。目の前に敵がいるなら斬り伏せるのみ、緊張なんて人間らしい感情は生憎と持ち合わせていない。
既にアルゴの攻略本と、ベル姉からの情報は頭に叩き込んだ。役割が取り巻きの排除である以上、ベル姉が危険に晒される事はまず無いと思うが、既にSAOは現実と変わらない。故に、絶対など無いのだ。
「……レイ、あなたが剣を『握れている理由』は、なんとなくだけど分かる。……知ってて頼るしかない現状も理解してる。でもね……レイが無茶しなきゃいけない理由は無いの。だから……」
「駄目だよ、俺はベル姉の剣だ。ベル姉が行くんだったら俺も行く。ベル姉の敵は俺が斬る。たとえ、ベル姉が望まなくても、ね。」
ストレージから剣を取り出して軽くチェックする。《曲刀》カテゴリに属するその剣の名前は《アロイカッター》。強化内訳は+6(5S1D)の切れ味特化。多分今アインクラッドにある中で一番鋭い剣だろう。
立ち塞がる障害は全て斬って捨てる。容赦も、躊躇もしない。………たとえそれが、モンスターで無いとしても。
「全部斬るよ。それでベル姉が守れるなら。」
後書き
レイ君は別に手当たり次第に辺りを傷つけるアブナイ人ではありません。ただ、敵認定した相手に対して情けも容赦もなく淡々と殺すだけのアブナイ人です。で、あるために会話も成立しますし感情もあります。ただし、人を殺す、ということに対する心理的、倫理的なハードルは無いに等しいです。
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