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ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》

作者:カエサル
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ALO編ーフェアリィ・ダンスー
  15.再び

 

 台東区御徒町の裏通りにある喫茶店。
 二つのサイコロの看板に刻まれる店名《Dicey Cafe》
 カラン、という喫茶店でよく聞く音が響きドアを開けると、見知った顔が二つこちらを見てくる。

「よぉ、これで揃ったな」

「……相変わらずのガラガラ加減だな」

「うるせぇ、お前もキリトと同じこというんじゃねえよ」

 まるであの世界に戻ったような、感覚になる。
 エギル。本名アンドリュー・ギルバート・ミルズ。長すぎて本名で呼ぼうにもなかなか覚えられない。そのため今まで通りエギルと呼ぶことにした。
 現実でも店を経営していたと知った時にはなるほどと思った。しかし、SAOに囚われて帰還した時には、店のことはほとんど諦めていたらしいが、エギルの奥さんが守り抜いてくれたというなんともいい話だ。
 和人の横のカウンター席に腰を下ろすと早速本題にはいる。

「で、あの写真はなんなんだ?」

「ちょっと長い話になるが……」

 エギルがカウンターの下から四角いパッケージを取り出すと集也たちの前に置いた。

「これは……」

「ゲーム……?」

 パッケージには、妖精たちが描かれておりファンタジー系のゲームだと思われる。その右上には見慣れない文字【AmuSphere】と書かれている。
 ───アミュ……す、ふぃあ?
 英語が弱い集也ではあっているのかわからない。

「《アミュスフィア》、ナーヴギアの後継機対応のMMOだ」

 あれだけの事件を起こしておいてVRが衰退していかなかったのは正直驚いた。

「それじゃあ、SAOと同じVRMMOか」

 パッケージには《ALfheilm Online》と表記されている。

「……アルフ……ヘイム・オンライン?」

「アルヴヘイム、と発音するらしい。妖精の国、って意味らしい」

「妖精……妖精の国か……まったり系か?」

「ドスキル制、プレイヤースキル重視、PK推奨」

「「ドスキル制?」」

「いわゆる、レベルは存在しないらしい。各種スキルが反復使用で上昇するだけで、戦闘はプレイヤーの運動能力に依存するらしい」

 それではほとんど現実と変わりないではないか。戦闘がプレイヤーの運動能力に依存するというのはなかなかハードな条件。

「ソードスキルなし、魔法ありのSAOってとこだな。それでこいつが今大人気だそうだ」

「だけど、そんなPK推奨のゲームなんか万人受けしなさそうだけどな」

 集也の言葉にエギルは頷き、

「普通はそうだがな。このゲームが人気の理由は、飛べるからだそうだ」

「「飛べる?」」

 その言葉に反応した集也と和人は声が揃う。

「妖精だから羽がある。フライト・エンジンとやらを搭載してて、慣れると自由に飛び回れるそうだ」

 それはある意味で人類の夢だったことができるというわけだ。様々なVRゲームでも飛行の疑似体験はあったがそのどれもが飛行機などに乗っての体験であり生身の人間が飛べるわけではなかった。
 だが、普通に考えて人間が飛ぶことなど不可能だ。なぜならそのための器官を人間は持っていないからだ。仮に仮想世界で翅ができたとしてもどうやって動かせばいいのかを人は知らない。
 SAO内部でも飛行スキルがあればどれだけ便利かと思ったことがあった。明らかにプレイヤーから考えて不釣り合いな大きさの敵に挑む時には、ジャンプしながら戦うしかなかった。SAOでも後半はかなりのジャンプ力があったため飛行スキル並みには飛べたかもしれないがどこまでいってもそれはジャンプにすぎない。
 完全なる飛行は、まだ体験したことがない。

「どうやって制御するんだ?」

 和人もその話に食いつく。

「さぁな、だが相当難しいらしい」

「そりゃそうさ、人間には存在しない羽を操るんだ。背中の筋肉を動かすのかな?」

「いや、コントローラーみたいなので操縦するんじゃねぇか? でも、それだと実際に飛んでる感覚とは違うからば」

 やってみたいという好奇心がくるも集也はそれをぐっとこらえて、出されたコーヒーを飲むと話を戻す。

「だが、そのゲームがアスナとどんな関係があるんだ?」

 エギルがカウンターの下からプリントアウトされた紙を取り出すと集也たちの目の前に置く。

「どう思う?」

「似ている……アスナに」

「あぁ、似てるよな」

 写し出されるのは、かなりの画像を引き伸ばしたのか解像度が低くモザイクがかかったようになっているがその姿を見たことがあった。今だあの世界から目を覚ましていない和人の最愛の少女に似ていた。

「やっぱり、そう思うか」

「早く教えてくれ、これはどこなんだ」

「ゲームの中だよ。アルヴヘイム・オンラインのな」

「なんでそんな場所にアスナが?」

 エギルがゲームのパッケージを裏返す。そこには、アルヴヘイム・オンラインの細かい内容とマップの全体図が描かれている。円形の世界にいくつもの種族の領土があり、その中央に巨大な樹がそびえている。

「《世界樹》というそうだ」

 エギルはイラストの中央をコツンと指差す。

「この木の上の方に伝説の城があって、プレイヤーは九つの種族に別れ、どの種族が先に城に辿り着けるかを競ってるんだと」

「飛んで行けばいいじゃんか」

「何でも、滞空時間ってのがあって、無限には飛べないらしい。でだ、体格順に五人のプレーヤーが肩車してロケット式に飛んでみた」

「お……なるほどね。バカだけど頭いいな」

「確かにな」

「それでも、世界樹の一番下の枝にさえ届かなかったが、何枚かの写真を撮った。その一枚に奇妙なものが写っていた」

 エギルが再び、カウンターの下から紙を取り出す。そこに映されていたのは、金色の鳥籠。まるで何かを閉じ込めて置くような嫌な連想をさせる。

「鳥籠……?」

「その鳥籠を解像度ギリギリまで引き伸ばしたのが、これってわけだ」

 エギルが最初の紙を指差す。

「でも、なんでアスナがこんなところに?」

 和人はパッケージの裏を今一度確認すると一瞬動きが止まった。

「《レクト・プログレス》……?」

 和人は顔を明らかに強張らせている。何か心当たりがあるのだろうか。集也はそのことを問い詰めようとする。だが、それは言葉になる前に飲み込む。ここで問いただしたところで和人は口を割らない。
 こいつはそういう男だ。自分一人で抱え込んでしまう。そんな彼を助けたい。彼の力になりたい。

「エギル……このソフト、貰っていっていいか?」

「構わんが、行く気なのか?」

 エギルは気遣わしげな表情を浮かべる。

「この目で確かめる」

 そして和人はニヤリと笑って、

「死んでもいいゲームなんてヌルすぎるぜ」

 それが何かを振り払った無理矢理作り出した笑みだということはすぐに理解できた。

「……ハードを買わなくちゃな」

「ナーヴギアで動くぞ。アミュスフィアはナーヴギアのセキュリティ強化版にすぎない」

「そりゃ助かる」

 和人はコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がる。

「助け出せよ、アスナを」

 エギルが拳を突き出す。

「そうしなきゃ、俺たちの戦いは終わらねぇ」

「いつかここでオフをやろう」

 拳をぶつけ合うと和人は店を後にした。
 一人カウンターに残された集也はコーヒーカップを手に持ったまま固まっていた。
 アスナを助けに行きたい。しかし、再びあの世界にシュウが行ってもいいのか?
 そんな権利があるのか?
 そんな葛藤で動けずにいる集也。それをわかってかエギルがカウンターの下から何かを取り出して集也の前に置く。

「迷ってるなら行けよな」

 それは先ほどと同じパッケージ。妖精たちの国への招待状。

「いつもなら迷わずキリトと一緒にいくら無謀とわかっていても突っ込んでくのがお前だろうが」

 そうだった。シュウならばそうするはずだ。
 かつての相棒の背中を守りため、その大切な人を救うために自らの命すらもかけることができた。
 ───もう一度、その力が貸してくれるか。

「そうだな」

 集也は持っていたコーヒーを一気に飲み干すとカウンターの上のあの世界への招待状を握りしめる。

「あのバカは一人で突っ走って危なっかしいからな」

「それはお前もな」

 エギルが口元を緩めて拳を突き出す。
 それに応えて集也も拳をぶつける。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 エギルの店を後にして集也は猛スピードで家に帰る。階段を駆け上がり、すぐ真横にある自室へと入る。そしてすぐにラフな格好に着替えるとエギルからもらったゲームパッケージを取り出した。
『アルブヘイム・オンライン』───レベル制ではないためステータスが足りず話にならないという事態は避けれそうだ。しかし、プレイヤーの運動能力がステータスに関係するということは現実の力がゲームに反映されるということだ。そこまで自信があるわけではないが二年間の剣術が集也に足りない部分を補ってくれるはずだ。
 パッケージを開封してベットに置かれているナーヴギアに電源を入れ、スロットを挿入。
 ベットに寝転がり、ナーヴギアを両手で持ち上げる。二年もの間、仮想世界に閉じ込め、何千人もの命を奪った悪魔の機械。もう一度、これを被っていると知ったら両親は激怒することだろうな。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 集也の決意が揺らがぬうちにもう一度あの世界へと。
 ボロボロになってしまったナーヴギアを頭に被り、高鳴る心臓の鼓動を抑えつけながらあの言葉を口にした。

「リンクスタート!」




 眼の前にアルヴヘイム・オンラインという文字が浮かぶ。

『アルヴヘイム・オンラインへようこそ。最初に性別とプレーヤーの名前を入力してください』

 無機質な声が響き、ホロキーボードが出現する。音声案内に沿って集也は男を洗濯したのちに迷うことなくSAOのときのキャラクターネーム【Siu】と打ち込む。

『それでは、種族を決めましょう。九つの種族から選択してください』

 九つの種族。ゲーム内では定番のサラマンダー、シルフ、ウンディーネ、ノームからあまり聴きなれないケットシーにレプラコーンといった種族があった。

『《闇妖精族(インプ)》ですね? キャラクターの容姿はランダムで生成されます、よろしいですか?』

 特に理由があるというわけではないが黒っぽい服装に初期装備が片手剣というとこから選択した。このゲームを本格的にやるわけではない集也にとって種族などどうでもいいことだった。多分、この手の種族が別れているゲームは種族によってステータスや使えるスキルなどが左右される。

『それでは、インプ領のホームタウンに転送します。幸運を祈ります』

 初期設定が全て完了した。辺りが光に包まれ、次いで浮遊感が襲う。投げ出されたのは空中だった。そして徐々にインプのホームタウンらしき建物が近づいてくる。
 すると突如として視界に映る光景がフリーズする。それと同時にポリゴンが欠け、雷光のノイズが至る所に走り、世界の解像度が減少し、ぼやけていく。

「な、なんだ!?」

 何も抵抗することのできないなシュウを再びとてつもない浮遊感が遅い。そのまま無限に続く暗闇へと吸い込まれて行った。

「どうなってるんだぁぁ!!」

 そんな叫びは虚しく虚空へと消え去った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アルヴヘイム・中立域・古森 二〇二五年一月二十日

 途方もなく続いた落下は唐突に終わりを告げ、虚空から現れたのは間近に迫った地面だった。受け身すら取ることのできないなシュウは顔面から地面にダイブ。そのまま背中から倒れた。
 現実でこんな着地したら痛みに悶絶して数分は動けないところだが、幸いなことに痛みが襲ってくることはなかった。
 その感覚でシュウは再び戻ってきたんだと改めて実感する。全てがデータで作られているはずなのに現実よりも現実らしい感覚の世界。
 シュウの身長を軽々超えるような巨大な無数の木々にそれらが揺れるたびに鳴り響く枝の音。視覚に映る大きな月に虫の鳴き声に鳥や獣の声、鼻腔をくすぐる木々の香り。

「てかここどこだよ」

 起き上がって改めて辺りを確認する。そこは一面が木々に包まれ、明らかにホームタウンではない。明らかにどこかのフィールドにしか見えない。
 とりあえず現在地を確認するためにメニューウインドウを開く。確かに初期の案内でマップはメニューウインドウにあると言っていた気がした。右の人差し指を振った。しかし、何も起きない。何度も振ってみるが何も起きない。

「ま、まさかね……」

 先ほどのバグのせいでメニューウインドウが開けなくなった。それはさすがに洒落にならないと一人焦っていると確か、右は飛行操縦のためのコントローラーで左がメニューウインドウの表示だったことを不意に思い出した。
 左の人差し指を振ると聴きなれた音とともにメニューウインドウが表示される。それだけでものすごく安心した。表示としてはSAOとほとんど同じのようだ。それともう一つの心配な点を確認する。設定の画面を開き、ログアウトボタンを確認する。

「……あった」

 ログアウトボタンがあるだけでここまでホッとする。そして本題を確認をしようとマップを開こうとするがその前にシュウの視線はウインドウの最上部へと向けられる。
 お馴染みのアバターネームのシュウ。その下に先ほど選んだ種族のインプという表示。そしてその下にはヒットポイントやマナポイントといった表示があるがまずマナポイントの表示がバグって文字化けしている。
 それだけではなかった。スキルポイント。すなわちこの世界での経験値の値が異常に高すぎる。初期値のボーナスにしては大壇振る舞いしすぎだ。
 しかし、その表示を見てシュウはあることを不意に思い出した。それはシュウがあの世界で積み重ねてきた経験値の数値とほとんど一致していた。

「まさか、SAOのステータスと同じ!? どうなってるんだ。ここは、SAOじゃないはずだろ」

 何が何だかわからずにアイテム欄も確認してみる。そこはやはりほとんど全てのアイテムが意味不明の羅列の漢字、数字、記号となっており押してもオブジェクト化することはなかった。
 全てのアイテムが全滅かと諦め掛けていたシュウが手を止めかけた時、それは現れた。
 ───片手用槍《月音の槍》
 身体に電流が走ったような衝撃だった。全てのアイテムが無意味だと思っていた。
 それなのに彼女のそれはしっかりとした形を持ってここにある。

「……ミサキ」

 目にじわっと温かいものがこみ上げてくるが必死にこらえる。数滴が頬を伝いそれを拭い取り、それをオブジェクト化する。片手用槍にしては少し長めで、穂先が満月の光のように輝いている。月に掲げるとより一層その輝きが増し、思わず見惚れてしまうほどだ。
 そこからとりあえず月音の槍以外のアイテムを少し惜しみながらも全て削除する。下手にバグった名称のアイテムを持っていてGMに見つかっても面倒なことになるしな。

「ふぅ〜、とりあえず、キリトを捜すか」

 このバグった状況を一人で考え込んでもシュウでは理解に苦しむ。ならば、早い所キリトを探し出して相談してみるのが今できる最善の策なはずだ。
 確実にキリトもこの世界に来てるはずだ。もしかしたらシュウと同じ条件下の彼ならば同じようにホームタウンではなくどこかのマップに落とされているかもしれない。
 背中に意識を集中させるとそこに、漆黒の翅が出現する。

「これが翅か……」

 確か左手のコントローラがなんたらとかチュートリアルで言ってた気がするがさっぱり使い方がわからない。
 とりあえず背中の翅を動かそうと仮想の筋肉を動かすイメージをしてみると、

「うおぉ! 浮いた!」

 そしてちょっとずつ意識を前進へと頭を切り替えるとそれに応えてくれるようにゆっくりだが前進を始める。

「なるほどね。なんとなく操縦法はわかった気がす……るっ!!?」

 調子に乗ったのが間違いだった。わけもわからず、高速で移動を始めるシュウの体。
 止まり方も知らない。もちろんブレーキなどという気が効いたものなどの存在も知らない。止まろうにも木々を避けるのだけで精一杯だ。

「誰か止めてくれぇぇ!!」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ……はぁ……はぁ」

 リーファの後ろに逃げ道はなかった。前方には、炎妖精族(サラマンダー)が三人。対するリーファは一人。圧倒的に不利な状況だ。
 空を飛んで逃げようにも先ほど飛行のせいで滞空時間がなく翅は一旦使えない。
 せめて翅が回復するまでの時間を稼いで逃げなくてはならない。

「悪いがこっちも任務だからな。金とアイテムを置いていけば見逃す」

 中央のリーダー格の男が落ち着いた声で言うのに対して、

「何、紳士ぶってんだよカゲムネ」

「女、相手なんてチョー久しぶりじゃん! 殺しちゃおうぜ」

 他の二人は暴力に満ちた狂気の目をしていた。
 こういうゲームで女性プレイヤーを狙ってPKするプレイヤーは少なくない。戦闘以外での無闇な体への接触はハラスメントコードに引っかかる。だからこそ、こういう戦闘で女性プレイヤーを狙って快楽を得ている連中がいる。
 リーファは両足でしっかりと踏みしめて愛刀の長剣を大上段の構え、サラマンダーたちを睨みつける。

「あと一人は絶対に道連れにするわ。デスペナルティの惜しくない人からかかってきなさい!!」

「気の強い子だな。……仕方ない」

 三人が一斉にこちらに巨大な槍を向ける。
 長剣でどこまでいけるかはわからないけど、最後まで諦めない。
 いつ攻撃されてもおかしくない。
 そんな沈黙と緊張感がこの場を支配する。
 だが、沈黙を破ったのは、サラマンダー槍でも、こちらの長剣でもなかった。

「うわぁぁぁ!! ちょっとそこの赤いの退いてぇぇ!!」

 そんな情けない声とともに木々がガサガサと揺れる音がしたと思ったら黒い影がサラマンダーの一人目掛けて突進してくる。唐突のことに反応できなかったのかそのサラマンダーもろとも黒い影は木へと衝突する。

「うっ……あっ……! ようやく止まれた」

 黒い影の正体はプレイヤーだ。黒髪の短髪、どこか気怠そうな細い目。背中に初期装備の片手剣と見たこともない長い槍を背負い、黒色の初期の服装の少年。背中の漆黒の翅。それが彼をインプだと教える。装備を見る限り初心者のようだ。しかし、初心者にしてはあの背中に背負っている槍に違和感を覚える。
 あんな武器は今までプレイして来た中で見たことがない。
 少年は立ち上がると呑気に首をほぐしている。

「なにしてるの早く逃げて!!」

 この場に初心者がくるなど奴らにとっては絶好の的でしかない。
 だが少年はまるでリーファの言葉でも聞こえてないように辺りをキョロキョロしている。まさか多種間キルを知らないというのか。

「重戦士三人で……って、あれ一人減った?」

 リーファは驚いた。まるでこの少年はあの侵入して来た一瞬で人数まで把握できたというのだろうか。
 どこまで異常な動体視力をしているのだろうか。

「痛ぇじゃねぇか!!」

 すると先ほど吹き飛ばされたサラマンダーが叫び声を上げながら少年の背後めがけて突進する。

「あぶない!!」

 助けに行こうとするが中央のリーダー格の男が牽制して動けない。
 初心者プレイヤーがサラマンダーの兵士の攻撃を受けて耐えられるわけがない。だが次の瞬間信じられない光景が広がっていた。
 突進して来たサラマンダーの槍が大きく上へと弾かれていた。
 そしてがら空きとなったどう目掛けて目にも留まらぬ速さの剣戟が繰り出された。初期武器であるせいかHPの全てを削り取ることはできなかった。しかし、もはやサラマンダーのHPは風前の灯だった。
 その光景に唖然としていたリーファとリーダー格の男をさらに少年は驚愕の動きを見せた。

「この、初心者の分際で!」

 攻撃を受けたサラマンダーだったが体勢を立て直して上空へと逃げ回復するつもりだ。あと一撃で受ければHPはなくなる。魔法で攻撃しようとするが詠唱を唱えている時間を与えてくれはしないだろう。その間にもサラマンダーは高々と上空へと逃げる。
 その時だった。

「わぁぁぁぁ!」

 そんな声とともに上空を舞っていたサラマンダーの体が赤い光に包まれて四散する。そして死亡したことを現すエンドフレイムが地上に落下してくる。
 魔法を使用することもなく翅を使った近距離攻撃でもなく上空に浮かぶ敵をどうやって倒したというのだ。
 リーファは少年を見て何をやったのか理解した。先ほどまであったはずの背中の槍がなくなっている。まさか、槍を投げたというのか。
 投擲による攻撃は確かに存在する。しかし槍を投げるなどリーファは聞いたこともない。しかも上空へ向けてだ。距離にして見ても二十メートル以上は離れていたはずだ。
 それに自分よりも高い位置にいる標的に当てることがどれだけ難しいことか。
 それをこの少年は平然とやってのけたのだ。

「こいつらって倒してもいいんだよね? つっても一人やちゃったけど」

 少年は少し申し訳なさそうにリーファの方を向く。

「え、ええ……少なくとも先方はそのつもりだろうけど」

「了解!」

 少年は上空から落下して来た槍を左手で掴むとそのままわずかに重心を落とした。右手に片手剣。左手に槍というとてつもなく変則的なスタイル。
 リーファは直感的に感じ取った。これが彼本来のスタイルなのだと。
 片手剣がわずかに動いたと思った瞬間には、少年の姿はそこにはなかった。一瞬にしてサラマンダーの一人との距離を詰めていた。
 あまりの速度に反応しきれないサラマンダーの男は槍を振り下ろす。しかし、それよりも強い力で振り上げられた片手剣によって大きく弾かれる。そしてがら空きになった本体目掛けて後方から勢いをつけて放たれた槍が貫いた。
 その一撃は一瞬にしてサラマンダーの体をエンドフレイムへと変化させた。
 ALOの攻撃の判定は、武器の威力、ヒット位置、攻撃速度、被ダメージ側の装甲によって決まる。サラマンダーのHPはまだ八割型残っていたはずだそれを一撃で削り取れるだけの威力を出すには、それ相応の条件が揃わないと不可能なはずだ。あの槍の威力がどれだけのものかはわからないが普通の武器に比べれば遥かに高いということは先ほどの投撃によってわかった。後は、攻撃の速度だが溜め込まれて放たれたためそこまで早いとはいえなかった。相手の装甲もリーファの剣や魔法がそこまで効かなかったところを見る限り決して低くはない。だとすると残される可能性は、ヒット位置だ。
 まさかこの少年はあれだけの勢いをつけた攻撃をしながらも相手の装甲と装甲の間。守られていない生身の部分を狙ったというのだろうか。
 だとすれば、この少年はとんでもない。

「それでどうする? あんたも戦うかい?」

 少年はリーダー格の男に剣を向けるとわずかに口角を釣り上げた。 
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