フロンティアを駆け抜けて
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シンボルを賭けたバトル!
「ルールは私がここで戦った時と同じ、六対六のフルバトル。ただし一度に出せるポケモンに制限はなく、好きな数を出していい……シンボルハンターさんもバトルフロンティアが用意した人ならこのルールでもいいわよね?」
「……そうだね。問題ないよ」
ダイバがジェムに勝負を申し込んでから二時間後。ジェム達四人はバトルフロンティアの南端にある庭園に移動していた。ジェムが闇のシンボルハンターと呼ばれる男と戦った場所だ。ダイバも彼がバトルフロンティア側の人間だとはっきり言っているため、この場所であの時のルールで戦うことはシンボルを賭けたバトルの条件に則っている。ジェムとダイバが数十メートル離れた場所で向かい合い、ドラコとアルカは巻き込まれない程度に離れたベンチで並んで見ている。
「……ジェム、自分のシンボルを失う覚悟はいい?」
「うん、それとダイバ君に勝つ覚悟も……どっちも出来たわ」
ジェムは自分のシンボルを失うつもりはない、とは言わない。ダイバの実力ももちろんだが、それ以上にこの戦いには厳しいものがあると思っていた。その理由は、ドラコやアルカと相談した時の内容にある。
──ジェム、この勝負お前にとって不利な点がバトルの実力云々とは別にもう一つある。
──ポケモンバトルの実力以外のこと?
──そうだ。ジェム、お前はこの勝負絶対に負けてはいけない理由はあるか?
勝負のルールを決めた後にドラコが聞いた。ジェムは色々考えてみるが、特に思いつかない。
──ない、わね。勿論今度は勝ちたいけど……負けてもフロンティアに挑戦できなくなるわけじゃないし、ダイバ君もひどいことは言わないと思う。負けたら悔しいけど、あなたたちやお母様だって慰めてくれる。
──そうだな。昨日のバトルタワーならいざ知らず今のお前にとって負けの一つや二つ、致命的なものではない。むしろ今後の糧に出来るだろう。だがダイバは違う。たった一つの敗北が、自身の存在意義を大きく破壊しかねない。
──バトルフロンティアに来たばかりの私と……同じなんだよね。
ドラコと戦った時、不利に陥ったときのダイバの精神的の揺れ方はジェムも痛ましく、自分の事のように思えた。だがその背景は大きく異なるのはジェムも理解している。
──そしてあいつは以前のお前と違い、目標が明白でバトルの経験も多い。メタグロスのように、勝利のための最善手を常に考え続けられる。一言で言うなら、勝負事への覚悟が違う。
──じゃあやっぱり……勝つのは難しいかな?
──だがそれでもお前は勝ちたいのだろう?
ジェムは頷く。バトルフロンティアに来たばかりの時は手も足も出なかったダイバに勝ちたい。実力を認めて少しずつ心を開き始めてくれた彼に……本当の意味で肩を並べて歩けると証明したい。
──なら、お前が負かしてやれ。覚悟の重みは違えど、あいつも己の力に幻想を抱いていることに変わりない。あいつが実力を認めたお前の力で、ダイバの幻想をぶち壊してやれ。
いくらダイバが強くても、この先一生勝ち続けるなんて不可能だ。二十年間頂点を守り続ける最強のチャンピオンでさえ、その力は幽玄で有限なのだから。そのことを心に刻み、ジェムはダイバに宣言する。
「ダイバ君は無理に勝たなくたっていい。負けたって、あなたが認めてほしい人達はあなたを見捨てたり失望なんかしないって……私が証明してみせる!! 行くよミラ、ペタペタ!」
「出来る気でいるならやってみなよ。僕はチャンピオンを超える。その為なら君の懐にある努力の結晶を奪ってでも……僕が勝つ!! 出てこいガブリアス!」
二人はモンスターボールから自分と共に戦う仲間を出す。ジェムのゴーストタイプ二体に対して、ダイバはガブリアスだけを出す。勝った方がシンボルを全て手に入れる権利を賭けたバトルが、ついに始まる。
「蹴散らせガブリアス、『ドラゴンクロ―』!」
「ペタペタ、『鬼火』!」
「……『砂嵐』!」
まっすぐ突撃するガブリアスにジュペッタが火傷を負わせようとする。ガブリアスは一瞬止まって体をぐるりと回転させると地面から大量の砂が巻き上がった嵐となった。そして、ガブリアスの蒼い体が消える。ガブリアスの特性『砂隠れ』により砂嵐による視界の悪さと体そのものに砂を纏うことで身を隠して相手の攻撃を回避したのだ。『鬼火』は砂嵐に紛れて消える。
「ガブリアス、このまま一匹仕留めろ」
「させないわ! ミラも『鬼火』!」
「そんなもの……!」
ヤミラミが胸の宝石からジュペッタと同じ炎を出す。ガブリアスは砂に紛れ旋回し、ジュペッタの背後を取った。鎌のような翼が振り上げられる。ジュペッタはそのことに気づいておらず防ぐことが出来ない。だがヤミラミの炎がぐるりと曲がり、ガブリアスへ飛んでいく。振り下ろす腕にカウンターのように当たり、あまりの熱さにガブリアスが退いた。
「ミラならダイバ君の攻撃がいくら早くて強くても『見切り』と『見破る』で捌いていける……前みたいなやられ方はしないわ」
「……このルールを選んだのはそのためか」
ダイバの長所はポケモン自体の強さに加え、ジェムの知るだけでも『高速移動』『爪とぎ』『グロウパンチ』『剣の舞』などを積極的に使い能力を強化することで一撃一撃がとにかく早くて重いことだ。一対一で向き合ってはどうしても力の差が出てしまう。故に複数体のポケモンを任意で呼び出せるこのルールを選んだというわけだ。ヤミラミの弱点を突くポケモンが来ても他のポケモンでサポートできる。
「だけど火傷くらい大した問題じゃない。ドラゴンタイプ最強格の力を見せてやる……『地震』」
「『見切り』に『ゴーストダイブ』!」
至近距離で大地を揺らして発生する衝撃による攻撃を、ヤミラミは地面の動きを読み、またジュペッタは影に潜ってやり過ごす。揺れが収まった直後、思い切り地面を踏んで隙が出来たガブリアスにジュペッタが影からの鋭い爪による一撃を浴びせた。
「ガァアアアア!!」
思うように攻撃できない苛立ちを隠さない声でガブリアスが腕を振り回す。先端がジュペッタを掠め体を弾いたが、火傷による攻撃力の半減と闇雲な一撃ではダメージは少ない。全開のように圧倒するどころか翻弄されていることにダイバは歯噛みする。それに対してジェムが窘めるように言った。
「どうしたのダイバ君? 昨日ドラコさんにアルカさんにアマノさん、レックウザを一緒に倒したんだから……威力が高いだけなら何とかできるのは知ってるはず。火傷状態、メガシンカも使ってないガブリアスで倒せると思うなんて、やっぱり私のことまだ弱いと思ってるじゃないの?」
「くっ……砂に隠れて『剣の舞』!」
ダイバはジェムの問いかけを無視して命じる。ガブリアスが一旦退き、砂嵐に隠れて気合を高める舞を踊り始める。それに対しジェムは――かすかに笑った。
「それを待ってたわ! ミラ、ペタペタ、『よこどり』よ!」
ヤミラミがガブリアスの舞を真似して、ジュペッタもそれを真似する。そしてヤミラミが胸の宝石を爪で引っかくことで黒板を削るような音を出してガブリアスの集中をそぎ落とした。
「続けて『影打ち』!」
二体が一直線に伸ばす影がガブリアスの体を打ち抜いて吹き飛ばす。本来威力の低い先制技も『剣の舞』の効果を奪ったことで痛烈な連打となって敵を襲う。ドラコが感心したように頷き、アルカは小さく口の端を歪めた。
「なるほど。最初にゴーストタイプ二体を出したのはこれが狙いか!」
「攻撃を凌いでトレーナーを挑発し、相手に攻撃力を上げる技を使わせてそれを『よこどり』しましたか。ずる賢いのです」
「十中八九お前の影響があると思うがな……ともあれ、これで状況は大分傾いたぞ」
ガブリアスは攻撃力を上げられなかった上火傷を負ったまま。対するヤミラミとジュペッタは『剣の攻撃力が大幅に上昇している。
「……やってくれるね」
「ずるいって思ってもいいわ。こうしてでも、私はダイバ君に勝ちたいんだから」
「……ジェムこそ舐めるな。こんな程度で卑怯と思うほど僕は弱くない。ガブリアス、怒りを解放しろ! メガシンカ!」
「ダブルで『シャドークロー』よ!」
「『逆鱗』で吹き飛ばせ!!」
ヤミラミとジュペッタが影の爪を伸ばして相手を切り裂こうとする。腕をより大きな刃に変質させ体全体を鋭くしたガブリアスは怒りをぶちまけるような咆哮と共に刃を振るった。影の爪を弾き飛ばすが、衝撃で体は押される。なりふり構わず前に進もうとするが刃に変化して速さは失われたのか影に阻まれて進めない。だがダイバに焦りはなく、器用に三つのボールを取り出す。
「……今の挑発を後悔するといいよ。出てこいゲンガー。サーナイト。ガルーラ」
「一気に数を増やしてきた……来るのね」
「これが君にもチャンピオンにも出来ない境地。さあ、僕の魂が欲しければ望みを叶える力になれ! 守るのが使命だというなら力を絞り尽くせ!」
ゲンガーとサーナイトの体が光に包まれていく。ゲンガーの下半身が地面ではなく異空間に沈み、腕や体が呪詛で覆われて刺々しくなる。サーナイトは逆に腕に薄いロンググローブを纏い胸には紅いリボンのような器官、足はまるでウェディングドレスのような丸く広がった姿になる。だがまだ終わらない。
「ガルーラ、子供の活躍が喜びなら全力で支えてみせろ! メガシンカッ!!」
「合計四体のメガシンカ!?」
袋から出てきて張り切る子供のガルーラを微笑ましいと思う暇もない。砂嵐が時間と共に掻き消え見えたのは、一体でも恐ろしい力を持つポケモン達のシンカした姿。四体ものポケモンがメガシンカの状態で並ぶなど見たことがない。まずポケモンバトルで同時にそれだけ繰り出すことも珍しいが、メガシンカとはトレーナーにも負荷をかけるものなのだ。ジェムは二体同時にメガシンカを使うだけでもかなり疲れる。四体同時などすれば気を失ってしまうかもしれない。ダイバは人生のほとんどをポケモンバトルに費やしてきた基礎体力があるとはいえ流石に堪えるのか、額の汗をぬぐった後うっとおしいとばかりにずっと被っていたパーカーと帽子を外す。ずっと隠れていた赤色の坊ちゃん刈りが、風に吹かれて揺れた。ジェムやドラコ、アルカが少し驚く。
「格好悪いから人に見せたくなかったけど……認めるよ、ここまでしないと勝てないって」
「格好悪いわけないわ。それだけ本気で勝負に挑むダイバ君は……とっても素敵よ」
今まで戦ってきた誰にも扱うことのできない力を十分に扱える自信があるのだろう、ダイバの表情には疲労こそあれど不安や弱気の色は全くない。ジェムはそんな彼を、素直に男の子としてかっこいいと思った。ダイバが一瞬黙ったが、すぐに指示を出す。
「……もう惑わされない。サーナイト、『ミストフィールド』」
「ペタペタ下がって。キュキュ、苦しいところばかり任せてごめんね?」
サーナイトが両腕を合わせて祈るようなポーズを取ると、胸の紅い器官から力が発生して地面を桃色の不思議な力が包んだ。『逆鱗』を使っていたガブリアスが正気に戻り、本来発生したはずの混乱を防ぐ。その間にジェムはジュペッタとキュウコンを交代する。キュウコンはいつも通り元気に返事をしてくれた。
「……行くよ。ガブリアスは『噛み砕く』、ゲンガー、『シャドーボール』」
「ミラ、メガシンカして『守る』! キュキュは『ニトロチャージ』!」
ガブリアスがジェット機のように飛んでくる牙をヤミラミは宝石の大楯で受け止める。ゲンガーの黒い雲丹のように尖った闇の弾丸をキュウコンが尻尾から出す炎で加速して宙へと躱す。上手く避けたがドラコが顔を顰めた。
「サーナイトは『サイコキネシス』、ガルーラは『岩雪崩』!」
「ミスをしたかジェム……?『守る』は連続では使えんしキュウコンは宙に浮いているぞ!」
「ミラ、『メタルバースト』で『岩雪崩』を吹き飛ばして!」
ヤミラミがサイコキネシスに大楯ごと体を吹き飛ばされながらも、一部の念力を使ってガルーラたちが放り投げた岩や礫をガブリアスに降らせ怯ませる。キュウコンも少し巻き込まれてしまったが、礫に掠った程度では怯まず力を溜めている。
「キュキュ、九本のフルパワーで後ろのみんなに『炎の渦』よ!」
「サーナイト、『ハイパーボイス』で吹き飛ばせ!」
キュウコンが全ての尾から放つ炎をサーナイトがあらん限りの力を込めた美声で打ち払おうとする。しかし九つ全てを相殺することは出来ず、ゲンガーにサーナイト、ガルーラの周りが炎で包み退路を断つ。
「でもこれくらい、メガシンカした僕のポケモン達なら構わず攻撃できる! 続けて攻撃を――」
「出てきてペタペタ! あの人に貰って、ゴコウさんが見せてアルカさんが教えてくれた力……ここで使うよ!」
「まさか……このタイミングでアレを使うのですか」
闇のシンボルハンターに勝利して渡されたシンボルは、ほとんどバトルフロンティアのシンボル……の偽物だった。だが中にたった一つだけ、ポケモンバトルで使えるものが紛れていたのだ。ジェムはそのことを知らなかったが、今朝アルカが持っているのに気づいたのだ。ジェムが腕を顔の前でクロスした後、子供がお化けの真似をするように手をゆらゆらさせて前に突き出す。
「これが私とペタペタが解き放つゼンリョクのZ技……『夢幻暗夜への誘い』!!」
ジュペッタの身体からピンク色の空間をも染め上げる黒が噴出して、地面から三体を閉じ込める炎の渦よりも更に大きく包み込むような暗黒の腕が無数に出現する。逃げ場もなく、炎の渦のせいで何が迫っているかもわからない三匹は反撃の技を出すことも出来ず腕に叩き潰される。アルカが額に手を当てて呆れる。
「使ったこともない技を彼との戦いで出すのはリスキーすぎると言ったのに……ほんと、自分勝手な子です」
「だが結果は最高だ。ノーマルタイプのガルーラはともかく、ゴーストタイプのゲンガーやエスパータイプのサーナイトには致命的なダメージを……何!?」
闇に覆われたことで炎も消え、襲われた三匹の様子が視認出来るようになる。だがそこにはドラコの予想した光景はなかった。ガルーラ親子が平然としているのはいい。だがサーナイト色違いになったように体を黒く染めながらも立っており、ゲンガーに至っては消えていた。戦闘不能になって倒れているわけではない。
「そんな付け焼刃頼りで……ずっと戦い続けてきた僕達は倒せない! ガブリアス、『ドラゴンクロ―』! ゲンガー『シャドーボール』!」
「ミラ、二人を守ってあげて!」
大技を出して隙の出来たジュペッタとキュウコンを狙う強烈な一撃をヤミラミが『守る』で防ごうとする。ガブリアスの刃は宝石で何とか受け止めたが、ゲンガーの棘の塊と化した弾丸に大楯が砕け散って吹き飛ばされた。弱点となる一撃を受けてヤミラミはそのまま倒れてしまった。ジュペッタとキュウコンがその間に何とか飛びのいて距離を取る。
「メガゲンガーの体は地面を通して異空間に繋がってる……どんな状況になっても逃げられなくなることはない。サーナイトだって『リフレクター』を使えばダメージは減らせる」
ジェムもメガゲンガーが地面から異空間を通して抜け出てくるのは見えていた。だからこそ二体の攻撃にも対応できたわけだが、表情は苦い。ジェムの作戦では敢えて二体で攻撃をしのぎ、余計にポケモンがダメージを受けないようにしつつ予想外であろうZ技で一気に倒すつもりだった。だが思ったほどの効果を上げられず、守りの要であるヤミラミを倒されてしまったのだから当然だ。
「君の機転や発想はすごいし、昨日みたいな特別な状況じゃ助けられた……でも、普通のポケモン勝負ならそういうトリッキーな戦いよりもポケモンの能力の高さに安定した威力と命中率、使い慣れた技の方が確実に強さを発揮できる」
「……」
選び抜かれたポケモンの強さとそれを扱いこなす経験に裏打ちされた、技に特別な個性はなくともひたすらに良手を打ち続けられる安定感。多少の変則ルールならものともしないその強さを改めてジェムは思い知る。
「前と違ってこっちのポケモンも何体かは倒されるだろうけど、この勝負……最後は必ず僕が勝つ」
「まだ一体倒されただけ、まだまだ勝負はわからない……ここからよ!」
わずかにジェムの声が強張る。Z技は一回しか使えないしジュペッタはこのバトルメガシンカは使えない。倒れたヤミラミに加えその損失は決して小さくないことはわかっていた。アルカがそのことは説明してくれた上でリスクを理解して使ったのだから、後悔はない。ジェムは弱気を打ち払うように自分を鼓舞する。
(それでも、負けたくない……お父様みたいに幽雅じゃなくたっていい。どんなに諦めが悪いと思われたって私はダイバ君に勝ちたい!!)
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