失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二十六話「初デート 後編」
前書き
お・ま・た・せ(ネットリ)
「ありがとうございましたー!また来てねー☆」
ミンキーメイキーに見送られた俺たちはショッピングセンターにやってきた。とくに欲しいものはないが適当に見て回るつもりだ。
このショッピングセンターは一階が食品や薬品を始めとした消耗品類。二階が調度品や精霊使いが必要とする道具などを販売している。大体欲しいものはここに来れば手に入るから結構重宝している。
学院から大体一キロ圏内にあるため学院に通う生徒たちも普段から利用しており、時々見知った顔を見掛けるな。
買い置きも大分少なくなってきたから後で食材を買うとして、先にエストが行きたがっているぬいぐるみ店に向かうとしよう。
「おー……リシャルトリシャルト、やられクマが沢山います。てんこ盛りです」
ぬいぐるみ専門店に入ると、山盛りに積まれたやられクマのぬいぐるみが出迎えてくれた。入り口正面に設けられているということは店側としてはこれを推しているのだろう。俺はその辺が疎いが多分人気なんだと思う。
デフォルメされたクマが頭から血を流した状態で伏せているぬいぐるみ、通称やられクマ。山盛りになったそれらを前に目を輝かせるエスト。
こう見えてエストは可愛いものが大好きだ。特に動物系などを好むようで、猫や犬などを見掛けると側に寄りジッと見つめることがある。不思議なのは触ろうとはせず、しゃがんだままただジーッと眺めるだけな点か。まあ本人はそれで満足しているようだし、見ているこちらとしても微笑ましい光景でとても和むから、いいのかもしれない。ウインウインの関係というやつだな。
さて、普段からあまり物欲を見せないエストだが、俺に遠慮しているだけで欲しいものの一つや二つはあるだろう。ここは日頃の感謝の気持ちを込めて、贈り物をするとしようか。貯えがあるから多少高い買い物でも構わない。
「なにか欲しいものがあるか? なんでも買ってやるぞ」
「本当ですか? ならエストはやられクマが欲しいです」
ぬいぐるみの一つを胸に抱きキラキラした目で見上げてくる。こんなところでそのような目を向けてくるのは止めてくれ。心臓が高鳴ってしまうではないか。
「じゃあ買ってくるからここで待っていてくれ」
「はい。ピコタンと一緒に待ってます」
早速そばに置いてあった謎のキャラクターのぬいぐるみをぐにぐにし始める。無表情で一心不乱にぬいぐるみで遊ぶ精霊の姿に苦笑した。
「……ほぅ、これはいいな」
会計に向かう途中で髪飾りのコーナーを横切ると、偶然良いなこれと思える品が目に入った。
それは葉っぱをモチーフにしたゴールドの髪飾り。中央に宝石のような紅い石が嵌められており、オシャレなデザインをしている。
このクオリティの割に値段は手頃だし、これも買おうか。銀髪のエストに金は映えると思う。
店員のお姉さんに髪飾りは別でラッピングしてもらい会計を済ませる。
ぬいぐるみを袋に入れるか聞かれたが、断っておいた。エストのことだから抱えて歩くだろうし。
ゆるキャラのような縫いぐるみと遊んでいたエストに呼び、買ってきたやられクマとやらのぬいぐるみを渡す。
パァッと花が咲いたような雰囲気を纏わせたエストはぬいぐるみを受け取るとギュッと抱き締めた。あまりの強さに顔にしわが寄り不細工になっているやられクマ。嬉しいのは分かるがもう少し力を緩めてあげなさい。
「リシャルト」
「ん?」
「ありがとうございます。エストはこのやられクマを家宝にします」
そこまで気に入ったのか。まあそこまで喜んでもらえたなら買った俺としても嬉しく思う。
ぎゅ~っと抱き締めたまま離さないエストの髪を撫でて、頬の筋肉を緩める。
「家宝はどうかと思うが、喜んでもらえたならなによりだ。さて、ちょっと場所を変えようか」
左手でぬいぐるみを抱えたエストと右手を繋ぎ、ショッピングモールを後にする。
デートの最後はここにしようと、予め決めていた場所がある。それが展望公園だ。
バスに揺られること三十分、展望公園にやってきた。丘陵にそびえ立つ白い展望台を上ると学院生たちが暮らす学院都市が一望できる。
綺麗な街並みを見張らせるベストスポットだと思うが、あまり女性受けしないのかここを利用する生徒は少ない。
夕日が地平線の先に沈みかけている。展望台から周囲を見下ろすと、外出している生徒がぽつぽつと減っている気がする。ここの学院生は皆良い子ばかりだから、門限に間に合うように帰宅しているのだろう。
ちなみに寮の門限は十八時である。
まだ門限まで一時間以上あるから焦らないでいいな。こんな綺麗な夕日なんだからゆっくり見ていたい。
「――世界は、こんなにも綺麗なのですね」
不意にそれまでジッと海を眺めていたエストがそんなことを呟いた。風に乗ってながされてしまうほど小さな声量だ。
その顔には特に表情という表情はないが、なにか感じ入るものがあるのだろうか。どことなくセンチメンタルな雰囲気を纏っている。
遠くを眺めるエストの目には何が映っているのだろうか。そういえばエストと契約して数か月経つが、彼女のことを詳しく知らないんだよな。
なぜ祠に封じられていたのか、なぜ俺と契約したのか。エスト自身の過去も含めて知らないことが多い。
「エストは、世界というものに興味がありませんでした」
「エスト?」
依然、視線は真っ直ぐ前を向いたまま、独白するように語り始める。
なにか、重大なことを――心の奥底に秘めていたものを見せてくれようとしているのだと、直感的に悟った俺は黙って彼女の話を聞くことにした。
「リシャルト、私はあなたを好ましく思っています。私を唯一受け止めることができる精霊使い。リシャルトと過ごす日常は楽しく新鮮に満ちていて、とても尊いものです」
「……」
「そんな貴方だからこそ、リシャルトに知ってほしい。私を――テルミヌス・エストという精霊を」
「テルミヌス・エスト?」
エストの本名か? それとも真名?
初めて耳にしたエストの名前についオウム返しで口にすると、銀髪の精霊が振り返った。
その目には強い意思の光が宿っていて、無表情ながら真剣な雰囲気がひしひしと伝わってきた。
「はい。テルミヌス・エストが本名です。ただこの名は呼び難いようなので今まではエストと略称していました。以前の契約者がそう言っていましたから」
以前の契約者か。
よくよく考えれば、俺が精霊と契約を交わすのは初めてだが、エスト自身が初めてとは限らない。当然、俺と出会う前にも他の人と契約を結んでいた可能性も十分あった。
――なんか、面白くないな……。
エストが俺以外の人の契約精霊となり、俺たちのように仲良くしている姿を想像すると胸の奥がムカムカする。
そんな不快感を胸の奥に押し止めて表には出さない。今はエストの話を聞くのが大切だ。
「私が契約を交わした少女はとても優しい女の子でした」
† † †
エストが語ったのは遠い昔に起きた出来事だった。まだ大陸がいくつもの小国に別れて戦乱に明け暮れていた時代。
辺境の名も無き村で育った、素朴で優しい少女は薪を拾いに山の中を散策していた。そこで古い祠の中に一本の剣が刺さっているのを見つける。
それは何百年もの間、誰も抜くことが出来なかった聖剣だった。そんなことをつゆと知らない少女はなんの気なしに剣に手を掛けると、呆気なく抜いてしまう。
抜いた剣は眩い光を放ち、やがて人の姿になって少女の前に現れ、自分のことを剣の精霊と称した。
唐突にそんなことを口にする精霊に戸惑いつつ少女が語り掛ける。
『あなたは誰?』
『私は剣の精霊、テルミヌス・エスト。契約者であるあなたの剣となり、私のすべてを捧げましょう』
少女は剣の精霊の言葉を無条件で受け入れ喜んだ。なぜ剣の精霊が平凡な羊飼いを選んだのか、なぜこんな古ぼけた祠に居たのか、湧くべき疑問の一つも頭をよぎることなく、純粋に女の子のお友達が出来たと喜んだ。少女は天然の上に少々残念な子であったのだ。
剣精霊は言う。自分は太古の時代に起きた戦争のために作られた精霊兵器なのだと。
しかし、辺境の生まれで頭もそこまで良くない少女は彼女の説明を聞き、『普通じゃない精霊なんだね!』とだけ解釈した。
剣精霊は言う。故に自分に感情は不要だと。
しかし、辺境の生まれで同世代の友達がいない少女は『テルミヌス・エストじゃ長いし呼び難いから……そうだ! これからはエストって呼ぶね!』と聞き流した。
彼女のスルースキルに眉一つ動かさない剣精霊――エストは『やめてくださいマスター』と無表情に抗議した。
辺境の名も無き少女が剣精霊と契約したのは瞬く間に国中に広がった。精霊使いの絶対数が少ないこの時代、精霊と契約を結ぶというのはとても珍しくそれだけで大ニュースとなる。
名も無き少女が何百年の間誰も抜くことが出来なかった剣精霊と契約を交わした。その事実に民衆は大いに盛り上がり、いつしか少女を救世主として祭り上げた。精霊使いの血統でない無名の少女というのが物語に登場する英雄譚のようで、民衆受けした要因の一つでもあった。
精霊使いがほとんどいない時代のため、人々は荒ぶる精霊の脅威に晒されていた。荒ぶる精霊は精霊にその身に宿った呪いが原因であるとされている。少女は強大な剣精霊の力を振るい、荒ぶる精霊を次々と鎮め、あるいは討伐していった。当然、人々の賞賛の声が多数上がり、トップアイドル以上の知名度を誇るようになるのもそう遅くはなかった。
そして、いつしか人々は彼女を【救世の聖女】と呼び讃えた。
少女はいつも笑顔であった。苦しい時も辛い時も、決して笑顔が陰ることがなかった。
時には妬まれ、恨まれ、栄誉目的で彼女に迫る者もいたが、少女はいつも能天気な笑顔を見せて、民衆のために剣を振るい続けた。
ある時、剣精霊が少女に尋ねたことがある。
『なぜマスターはいつも笑顔なのですか? なぜマスターは剣を振るい続けるのですか?』
その疑問は剣精霊でなくても誰もが抱くものだろう。しかし、剣精霊自身は純粋な疑問を口にしただけなのだろうが、誰よりも一番近い場所から少女を見てきた彼女の言葉には言いようのない重みがあった。
『ん? だって私しかできないもん。なら頑張るしかないじゃない。それに笑顔でいたほうが元気が湧くでしょ?』
『……私には分かりません。ですが、私はあなたの剣。あなたがそう言うのでしたら私はそれに従いましょう』
『そんな悲しいこと言わないでよ。エストは私のたった一人の友達なんだから』
『友達、ですか。それが理解できません。友達とはなんですか?』
『え? うーん、私も言葉にしようとすると上手く出てこないなぁ。あ、そうだ! きっと私とエストのような関係だよ!』
それを聞いた剣精霊の脳裏には主従関係=友達の図が浮かび上がった。それが間違った認識だと理解するのに数年かかったらしい。
剣精霊を所有する少女の評判は大陸中に伝わった。大陸は史上最悪の魔王の脅威に晒されている最中。大国による魔王討伐編成が何度も組まれ、時には同盟を組んでまで魔王を討伐しようとするも、すべて失敗に終わっている。【救世の聖女】の存在はもはや人類の最後の希望だった。
魔王討伐連合軍を組んだ同盟軍は少女に第一突撃兵団の隊長の座に座るように指示を出した。第一突撃兵団は別名、切り込み死兵団。彼らの役割は己の身を捨てて敵軍に風穴を開けることだ。そんな部隊の隊長を強制したということは、軍は彼女に死ねと命じたも同然だった。まだ、十四歳の恋さえ知らない少女に。
しかし、少女は自ら苛烈な戦いに身を投じる。
『エスト。私、戦うわ。世界中の苦しんでいる人のために』
『はい。私はあなたの剣。あなたの望むままに』
大陸中を旅しながら荒ぶる精霊と戦ってきた少女は多くの人々を見てきた。誰もが今日を生きるのに必死で、そんな現状を変えることが剣精霊と契約を結んだ自分の役目なのだと思った。
正しく救世の聖女だったのだ。
後の時代に【魔王殺しの聖剣】と呼ばれる魔王軍との熾烈な戦いは三日三晩続いた。魔王麾下の精霊が支配する軍団を薙ぎ払い大打撃を与えていく。死せる定めのある部下たちも見捨てず、自分の背を見せて必死に鼓舞していった。
そして、悲願の魔王を討伐することに成功する。掛け替えのない代償と引き換えに――。
『マス……ター……?』
魔王を滅ぼしたはずの――勝ったはずの聖女の体が、美しい精霊鉱石へ結晶化していくのだ。
『そんな顔しないでエスト。これは分かっていたことなんだから……』
諭すように剣精霊の頭をまだ動く右手で優しく撫でる聖女。その微笑みを見て剣精霊は悟った。
これは"呪い"なのだ、と。
自分が今まで倒してきた精霊たちの怨嗟と呪詛。それが限界にまで達しついには契約者の体を蝕んでいるのだと。
【魔王殺しの聖剣】はあらゆる呪いを滅ぼす剣。しかし、その実態は聖剣などではなかった。
精霊に宿る呪いは祓ったわけでも滅ぼしたわけでもない。呪いそのものをその身に吸収していたのだ。数多の貯め込んだ呪いを契約者に与えることで絶大な力を手に入れることができる。それが、精霊兵器テルミヌス・エストだった。
剣精霊は聖剣などではなく、その真逆。魔剣に属する剣だった。
『そんな……』
華奢な聖女の手。いつも剣精霊の頭を優しく撫でてくれた指先が、硬質な冷たい結晶へと変わっていく。
剣精霊は泣き叫ぶように聖女に縋った。
『ごめんなさい、ごめんなさい……! 私は知らなかったのです! 私が、こんな――』
『そんなの、分かってるわ……。何年、あなたの友達やってると、思ってるの……』
『――っ! マスター、あなたは……こうなることが知っていて?』
『ええ……。だから、エストのせいじゃないからね』
剣精霊の白銀を撫でながら、そう呟く聖女。しかし、気丈に振る舞っているがその声は震え、目には涙が浮かんでいた。当然だ。今まさに死を迎えようとしているのだ。十六歳の少女が素直に死を受け入れるわけがない。
『マスター……』
『さよう、なら……エスト。わたし、の……初めての、とも……だち……』
『ダメ、です……マスター……。いや……ダメ……アレイ、シア……っ』
『初めて、名前……呼んで、くれた……ね。嬉し……い……』
結晶化が進み、胸元まで精霊鉱石と化した。もう数秒もすれば全身に行き渡るだろう。
「エスト、わたし、ね――」
――本当は、聖女になんてなりたくなかったよ……。
聖女――アレイシア・イドリースは一筋の涙を流して精霊鉱石と化した。
生まれて初めての契約者であり掛け替えのない友達。初めて心を通わせた少女が、透明な結晶と化していくのをただ見つめるしかなかった剣精霊は、この世に生を受けて初めて"悲しみ"というものを知り、涙を流した。
魔王城に慟哭が響き渡る。
これが【救世の聖女】と謳われた少女。民衆の希望と期待を背負い、一人孤独に戦ってきたアレイシア・イドリースの生涯だった。
後書き
執筆を再開しましたので、亀更新ですがぼちぼちやっていこうと思います。
ページ上へ戻る