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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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生存のエスケープ

 
前書き
リアルでは残業、小説では展開で苦難続きです。 

 
目が覚めると、知らない天井……ではなく、夕焼け空が広がっていた。身体も脱出ポッドの中に横たわっていただけで、特に異常は見られなかった。あるとすればそれは……、

『あぁ、目が覚めたんですね。良かった……』

精神世界で慌てふためくイクスがいたことぐらいか。どうやらそれなりに長い時間、意識を失っていたらしい。

「心配させたかな……ごめんね」

『全くですよ。いきなり盟友に倒れられたら、いくら私でも狼狽します。まぁ、溺死寸前だったことを考えれば、気を失うのも仕方ないと言えますけど』

「なんにせよ、死ななかっただけマシでしょ。それより……いつ陸地にたどり着いたの?」

『ほんの数分前ですよ。ある意味良いタイミングで目を覚ましたとも言えますね』

気を失っている間に漂着したのか、脱出ポッドはどこかの海岸に流れ着いていた。亀裂によって水浸しで壊れたポッドの中にいつまでもいる意味は無いため、私は足元がふらつきながらも万感の思いで砂浜に上がった。

「あぁ、陸地って素晴らしい。足元がゆらゆら揺れないのは最高だぁ……」

『やけに感動してますね。そこまで酔いが辛かったのですか……』

「乗り物酔いの体質じゃない人にはわかりづらいものだよ、この辛さは。……さて、まずは夕飯を作って腹ごしらえをしよう。と言っても持ってきた食料は海水に濡れたせいでほとんどダメになっちゃったから、質素な奴しかできないんだけどね」

『塩漬けになった乾パンや果実は流石に食べる気にならないですよね。絶対マズいでしょうし、この状態だと味覚も共有しているので出来れば美味しくないものは避けてください』

「はいはい。調味料は無事だったし、干し肉も海水を落として味付けを調整すれば普通に食べられるものになるよ。ちょっと待ってて、今用意するから」

砂浜に落ちている乾いた流木を適当に集めた私は、持ち物の中からライターを取り出して着火。水筒で海水を落とし、コショウで改めて味を調えた干し肉を香草で包み、小さなたき火に当てることで熱を通していく。

「そろそろいいかな……」

程よく火が通って肉汁が滴ってきた干し肉をたき火から離し、香草を解いて熱々のソレを頂いた。コショウだけでも美味しいけど、香草の中で焼いたことで肉と香草の風味が増し、豪快でありながら品のある味となっていた。

『久しぶりに味を感じましたが、美味しい食事とはかけがえのない大切なものだと改めて認識しました。もっと……もっと感じさせてください!』

「言い方がなんかアレだけど、まあ美味しいなら良かったよ。でも個人的には、もっとちゃんとした料理が作りたかった」

『シャロンの料理はこれよりもっと美味しいのですか?』

「まあ、食べてくれた人に美味しいと言わせる自信はあるよ」

『おお~! ではその機会が訪れるのを楽しみにしていますね』

イクスが私の料理を楽しみにしてくれていることは嬉しい。ただ、彼女の食事に対する興味はどこぞの腹ペコ王を彷彿とさせた。ディアーチェの料理の腕が高いことも考えると、王様という生き物は食事という行為に対し何かしら貪欲なのかもしれない。結局の所、人心を掌握するには胃袋を掴むことが最も効率が良いのかもね。

簡単なものとはいえ夕飯を終えた私はたき火の後始末をしてから、とりあえず寝泊りできる場所を探しに歩き出すことにした。日も沈んで暗くなりかけている時間帯に出歩くのは危険かもしれないが、実は一日ぐらいは大丈夫かと思ってポッドの様子を見た時、亀裂の部分から一気に崩壊して、ポッドは鉄くずの塊になってしまったのだ。元々老朽化していた所に爆発の衝撃を受けたせいで、耐久度は既に限界に達していたらしい。気絶していた私を陸地まで運びきったのは、むしろ奇跡に近いのだろう。

『シャロンって運命力はそこそこ持ってますよね。こう、生き残るための運はそれなりに高いというか……』

「サバタさんからもらったお守りを肌身離さず持ってるから、もしかしたらその効果かもしれないね」

『お守りですか……ガレアには、というよりベルカにはそういった願掛けのようなモノは無かったので、独特な文化として非常に興味深いです』

「それってカルチャーギャップ? それともジェネレーションギャップ?」

『私の場合は両方ですね。ま、世界が異なる以上、文化も異なるのは当然です。むしろ何の打ち合わせもしていないのに文化が全く同じだったら、その方が不自然でしょう。それも恐怖すら感じるほどに』

そりゃそうだ。世界が違うのに文化が同じだったら、それはヒトの多様性が否定されることを意味する。ヒトの遺伝子とかに“そういう文化を作る”と刻まれていて、誰もそのことを知らずにそう生きていくという定まった運命があるならば、ヒトに自由意志なんて存在しなくなる。“自由”は“運命に従う”とイコールで繋がることになり、ただ“そのように”、“そうなるように”違う世界でも同じ文化が芽生えるかもしれない。

異なる世界で、同じ文化、同じ人間、同じ出来事が同じ時期に発生する。まるでコピーされたように、“違う同じ世界”が存在する。……なんだかゾッとしてきたが、とにかくそんな世界に果たして価値はあるのだろうか? 同じ文化しか作らないヒトに、成長性を感じることなんてできるのだろうか? 外野が何か刺激を与えねば、ヒトに変化は生まれないのだろうか? 変化無き世界に、未来はあるのだろうか?

「な~んて……こんなこと考えてても何の意味も無いか。それより寝るところを早くどうにかしないと……」

どうも街が近くにあるからか、星の光が見えにくい程度に空は少し明るかった。文明の光が星の光を覆い隠す……なんて言い方は大袈裟だけど、とにかく私はこういう空はあまり好きじゃない。だけど今は街にたどり着く必要がある以上、この光を頼りに海岸沿いを歩いていた。

薄暗い夜の海の波をBGMにしばらく歩くと、防潮堤の向こうに海岸沿いに伸びる道路を見つける。途中のT字路で海から離れるほど草原に囲まれていったその道路の向かう先には、ビル群が立ち並ぶ大都市の姿が見えた。

そして……偶然にも私は、その街に見覚えがあった。

「あれは……クラナガン? じゃあここって、第一管理世界ミッドチルダ!?」

『おや? 確か艦が墜落した場所は……んん?』

「次元世界に戻って最初に降り立ったのがミッドチルダだなんて……あぁ鬱だ……」

『鬱? なんでですか?』

「私、管理世界が特に苦手なんだ。マキナを……大切な友達を傷つけて、私の住んでいた世界を壊して、何もかも搾取して……そんな行為の上で成り立つ世界だから……忌避感が強いんだ」

『……』

「まぁ……ここに来ちゃった以上は仕方ない。早めにこの世界から出てしまえば済む話だ」

そうだよ、いつまでもこんな世界にいる意味なんて無い。ジャンゴを見つけて、ディアーチェ達にイクスを治してもらって、それでザジ達と一緒に世紀末世界へ帰るんだ。もとより次元世界に長居するつもりなんて無いのだから。

しかし海からクラナガンが見えるという事は、恐らくここは湾岸地区なのだろう。改めて随分流されたんだなぁと実感した。

『どうあれ街を見つけたのは良いですけど、寝床や明日の食事とかは大丈夫ですか?』

「一応、世紀末世界に行く前に持ってた次元世界のお金はそのまま持ってきてる。でもたくさんある訳じゃないから、無駄遣いは出来ないよ。それにマテリアルズやザジさん達と合流するには次元航行艦に乗る必要があるから、今の情勢で定期便が動いてるかはさておき、最低限の船賃や交通費ぐらいは手元に残しておかないと……」

『密航は普通に悪いことですからね。正規のルールで乗れる手段があるなら、そっちを遵守すべきでしょう』

それに次元世界における私の立場がどうなっているかわからない以上、目立つことはしない方が良い。そもそも人に迷惑をかける行為なんて以ての外、そんなことをする理由も決意も私には無い。非日常な出来事も、特別な力もいらない……マキナや大切な人たちと平穏に暮らせれば、他には何も求めないのだから―――。

「……?」

『どうしました? 急に海を見て……』

「何か……来る!?」

ある程度周期的な波の音の中から私の耳は異変を感じ、反射的にわき目も振らず一直線に内陸へ走り出した。直後……、

どっばぁああああ!!!

海の中から緑色の巨大な物体が大量の水しぶきを纏いながら飛び出てきて、先程まで私がいた場所を超重量による地響きを立てながら押しつぶした。

「いやぁー!! へぶっ!?」

その衝撃の煽りを受けて、物体と比べたら豆粒にも等しい私の身体はボールのように転がっていき、飛び散ってきた砂に全身が埋もれた。口の中とか平衡感覚とかがもう散々な状態だが、あの瞬間に走っていなかったら確実に私は2次元の仲間入りを果たしていただろう。しかし一難去ってまた一難、状況はまだ予断を許さない。

『ん? 何か踏み潰したか? ま、下等生物の一匹や二匹ここで死んでようが、全て殺してしまえば結果は同じだ。……さあ行け! 新生されしわが最強なる(くろがね)の軍団! あの腐った害虫だらけの街を蹂躙してしまえ!』

緑色の機械竜らしき巨大物体から聞こえた機械音声が進軍の指示を出した次の瞬間、機械竜の口から極太の殺人光線が発射され、街に着弾、大爆発を起こす。また、機械竜の胴体から数えるのも馬鹿らしい数の大砲と空中機雷、ビット兵器や小型ロボットなどが発射されていった。私の存在に気付かなかったそれらは一斉にクラナガンの方へ飛翔、このまま街が更なる砲火に包まれるかと思ったその時、街の方からIRVINGを始めとした兵器と、少し遅れて無数の魔導師が現れ、機銃や魔法などでそれらを撃ち落としていった。

『ずいぶん対応が早いですね。即座に防衛戦線を張れた辺り、この機械竜が現れることを事前に予測していたのでしょうか?』

「どうだろ? この襲撃が今回だけじゃなくて、以前にも何度かあったとしたら、管理局とアウターヘブン社は常に警戒態勢になってる可能性がある」

『つまりこの襲撃は日常茶飯事かもしれないと? 私のいた時代では戦争なんて日常的に見られましたが、この時代も結構大概ですねぇ』

「流石に日常茶飯事ってほどではないだろうけど、頻度はそこそこありそうだ。それよりどうしよう? 私の身体を覆っている砂が吹き飛べば機械竜に私の存在がバレるし、見つかる前に逃げようにもどこに避難すれば……」

管理局に保護を頼むのは、ニダヴェリールを滅ぼされたこともあって、どうしても抵抗が生まれてしまう。出来ることならアウターヘブン社の関係者を見つけて、その人に保護を頼みたい。そうすればディアーチェ達とも連絡が取れるし、この世界から出ることも容易くなるはずだから、後の事も考えてそっちの方が色々都合が良い。

「人がやっと帰れると思った時に狙ったように襲ってきて……いい加減うっとしいわ、ニーズホッグ! エアッドスター!!」

本丸を倒そうとここまで飛行魔法で飛んできたらしい聞き覚えのある声が何かの魔法の名称を叫んだ直後、大量の白い魔力弾が雨のように降り注いできた。機械竜はその攻撃に対して口から殺人光線を放ち、衝突の余波で周囲に風が吹き荒れる。そして、それは私の姿が露見することを意味する。

『ゲコッ!? オマエは!』

「あ……!」

見つかった! 見つかった!! 見つかった!!!

機械竜が首をもたげてこちらを眼中に入れたことで、脳内でアラート音が鳴り響く。機械竜の影になってさっきの魔法を撃った魔導師の姿は見えないが、機械竜は私に向けて大きく顎を開いた。

『まさかこんな近くにいたとは、このオレも驚いたが、それなら―――!』

迫る巨大な顎、口の中に見える深い闇……終わりがすぐ眼前に近づいてきた。脳裏に先程殺人光線が街を薙ぎ払った光景が浮かび、咄嗟に背を向けて走り出した私だが、マリアージュから逃げきれた私でも、今からではもう間に合わないと察した。

間に合わない、手遅れ、時間切れ……あと数瞬で終わるというのに足掻くことなど無意味。絶望を抱く暇すらない、ほんの瞬きとも言えるこの瞬間に、私は……それでも走り続けた。

間に合わなくてもいい、無意味でもいい、とにかく一瞬でも死を先延ばしにしたかった……いや、しなければならなかった。なぜなら私の命は、サバタさんに繋いでもらったものだから。

だから……ここじゃ終わらない! こんな形じゃ終われない!! これでは終わり切れない!!!







「ああ、終わらせない」

―――ズガァァンッ!!!

背後から重量のある物体と物体が激突した轟音が生じた。振り返ると、私のすぐ目の前にはレンチメイスを持ち、奇妙な首輪をつけたアッシュグレーの髪の少年と、彼の攻撃によって頭部を一部破砕された機械竜が砂の中に顔を突っ込んでプスプスと黒煙を上げていた。

どうやら、この少年が私を助けてくれたらしい。ただ、あんな巨大な機械竜をぶっ飛ばせた辺り、例え魔導師だとしても力が人間離れしてる気もするが。

「あ、ありがとう……」

「別に。……約束があるから」

「約束?」

彼には私の知らない大事な約束があることを匂わせた直後、ガクガクしながら起き上がった機械竜は変な風に凹んで不細工になった頭部を向け、

『オマエェェェエエエエエッッッ!!! 塵屑風情が機械王のオレにたてつきやがってぇぇぇ!!!』

中の人(ニーズホッグ)が怒りの声を上げた。その雄叫びは凄まじい声量で広がり、機械竜の兵器群と交戦中の魔導師もその気迫に一瞬圧倒されていた。

『こんなデカい凹み、修理するの大変なんだぞ! 修理費払えよチクショウがぁああああ!!!』

「ねえ、コイツ何言ってるの?」

「いや私に訊かれても……」

『そもそもあっちから襲ってきてるのに修理費請求するとか、普通に変ですよね。色んな意味で』

少年も私もイクスも全員戸惑う。というか、中の人がわざわざ修理してるんだ、この機械竜。まぁ、中の人があの兵器群を作ってると考えれば、自ら修理するのも理解はできるけど……ああ見えて結構地味な努力をしてるみたい。

『千載一遇のチャンスをふいにされたのはメチャクチャ腹立たしいが、ジョーカーがこっちに来ているなら、ようやくオレ達に運が回ってきたらしい。なにせそいつさえ奪えば、オレ達の勝ちが確定するんだからな!』

「え、どういう意味……?」

『つまり、クイーンにこだわる必要は無くなったんだよ!』

雄叫びと共に再び向かってくる機械竜。それを止めるは少年のレンチメイス。両者の衝突はサイズ差もあって成立しないように見えるが、しかし少年の強さは別格なのか、機械竜の進撃を一人で抑えきれていた。

『しつこいぞ、ジャック未満の雑兵風情が!』

「はぁ……うるさいなぁ」

ヒートアップしてる機械竜の中の人に対し、少年はいたってクールというかマイペースというか、えらく対照的だった。

「逃げて。そこにいたら邪魔」

「え……あ、うん。その……頑張って」

「……いいから早く」

冷たく言い放った少年だが、言ってることに間違いは無いから、私は素直に従って街に向かって再び走り出した。向こうの空で魔導師が声をかけてきた気がするが、それは戦闘の騒音にかき消されて私の耳には届かなかった。

『この……みすみす逃がしてたまるか! 行け、わが鉄の軍団!』

むしろ機械竜の中の人が私を狙って兵器群を動かしてきたことの方が重要で、あちらこちらにいる兵器群から爆弾やビームが私の方に放たれた。両手の刀を必死に動かして全方位攻撃を目まぐるしく防御したり、捻りこみなどの動きで回避したりしているが、こんなの長く持ちこたえられる訳がない。このまま攻撃されれば私の身体が蜂の巣になっていただろうが、私へ攻撃を集中するということは即ち、先程まで兵器群と交戦していたIRVINGや魔導師達への攻撃が緩むということで、彼らは好機と言わんばかりの反撃に打って出た。

その結果、兵器群は次々と撃破されていき、私への攻撃も徐々に減ってきた。さっきの集中攻撃が愚策だったと気づいた機械竜の中の人は、兵器群の攻撃ルーチンを元に戻したが、今の攻防で撃破された分、劣勢に傾きつつあった。

『その気は無かったようですが、囮の役目を果たしてしまいましたね。ところで先程の話を蒸し返すことになりますが、どこに逃げるのですか?』

「どこだっていいよ、今はとにかく戦闘に巻き込まれない安全な場所に身を隠せればそれで!」

街の方へ走る私のすぐ近くでは、魔導師達と鉄の軍団の総力戦が繰り広げられており、時々魔力弾や爆弾などの流れ弾が上や左右から飛んできた。まるで戦場の如き爆風を掻い潜りながら必死に駆け抜け、崩れてくる瓦礫や残骸をスライディングや前転といった動きで回避。しかし、あまりの量ゆえに素の状態ではどうしても避けきれない時もあった。

『ブーストワン! クイック!』

そんな時はイクスが魔力チャージの直後に高速移動魔法を発動させ、私の速度を爆発的に向上、まるで弾丸のように回避させてくれた。いわゆる空中ダッシュ、もしくはサバタさんのゼロシフトっぽい動きをしているわけだが、発動する度に黒い紫色の光が発せられるのが少し気になった。なんていうか……今まで私から色んなものを奪ってばかりだった次元世界の魔法に助けられてるというのが、こう……モヤモヤするというか、うまく言葉に出来ないが複雑な気分にさせられるのだ。

ともあれひたすら走り続けた結果、ついに市街地に入れた。だが、まだ海岸から距離がそう離れていない以上、そこも戦闘の渦中だった。しかも先程の殺人光線が着弾した場所でもあるため、あちこちで未だに炎が燻っていた。この辺りの一般市民は既にシェルターに避難したか、管理局に保護されているらしく、戦闘中の魔導師以外の人影は見られなかった。それでも一応は激戦区を外れたため、体力の回復のために燃えてはいない適当な建物―――看板にギャラクシージムと書いてある崩壊した格闘技ジムに立ち入り、少し休憩を入れることにした。

「はぁ、はぁ……もうしんどいよ。次元世界に戻ってきてから、なんで追いかけられてばっかりなの……?」

『ある意味人気者ですね』

「イクスも一因でしょうに……」

こんな状況下ではあるが、ジム内の自販機は奇跡的に生きていた。小銭を入れて“アクアソル”という名前のドリンクを購入、体が吸収しやすいように間を挟みながら飲んだ。

「あ、これ美味しい……」

『喉越しが良くてスッキリしますね。誰が考案したのか知りませんが、私もずっと飲んでいたいぐらい気に入りました』

「ラベルを見るとアウターヘブン社の生産みたい……赤レーションといい、あそこは食事関連に力でも入れてるのかな?」

『でも戦う者だからこそ食事には気を遣う、という話は聞いたことがありますよ。戦場で栄養失調なんてことになったら、戦いの際に本来の力を発揮できませんし、そうなって命を落とすのは自分なんですから』

「兵士だろうと一般人だろうと体調管理は自己責任なんだね。……ところで外の戦闘、戦線が少し街中に寄ってきた?」

『さらに予断を許さない状況になりましたね。息が整ったら念のためこの場を離れるべきでしょう』

「未だ目的地が定まってないけど、この場を離れることは賛成……え?」

呼吸が落ち着いてきて、どこへ向かおうかと考えを巡らした際、私は炎や戦闘に隠れていた小さな音に気付いた。カチッ、カチッ、と固形物を叩く音……その音は不定期なリズムで鳴っており、瓦礫で覆われたジムの奥から聞こえてきた。

「月下美人の力で内部から生命の気配を感じる……。もしかしたら崩落で取り残された人がいるのかもしれない」

『穏やかじゃないですね』

「私が行く必要はないんだけど……しょうがない」

ということで見過ごす訳にもいかなくなった私は巻き込まれないよう慎重に瓦礫の中や上、隙間を通っていく。しかしあまりに狭いため、ざらついた地面や壁、所々出ている支柱に芯として埋め込まれる金属の突起物などに引っかかったせいで、私の着ているチュニックやスカートの一部が摩耗、少し破れてしまった。下着が見えるほどではないとはいえ、正直恥ずかしいが、まぁ生地さえあれば十分直せる範囲だった。

所々で逃げ切れず瓦礫に押しつぶされた人の手足が見当たる中を、何とも言えない気持ちで進んでいくと、やがて入り口から大体反対側の位置にまで来れた。私はそこで、崩れた支柱から突き出した金属の突起物に身体の中心を貫かれて血に塗れた、骨格は整っている茶髪の女性と、近くで倒れたトレーニング機器の山が奇跡的に作り出していた空間の中で、ベビーキャリーが装着されてある赤子を見つけた。

「……、あぁ……」

私の姿が見えたことで救助が来たと思ったのか、瓦礫の破片で床を叩いて位置を知らせていた女性は倒れ、生命の息吹が途絶えてしまった。赤子はトレーニング機器に守られていたおかげで奇跡的に無傷だったが、ピクリとも動かなくなった母親に小さな手を伸ばしていた。大人の手ならともかく赤子の手では届かない距離だが、私にとってそれは親子がもう二度と会えなくなったことを暗喩しているようにも見えた。

『子供が助けられるまで、母親の意地で持ち堪えていたんですね。冥王として、彼女の意志に敬意を送りましょう』

イクスが彼女の最後の足掻きを称賛する一方で、私は彼女の冥福を祈りながら、何者かを知るためにも名札を調べてみた。『“フロンティアジム所属コンディショニングコーチ” カザネ・レヴェントン』……名札には、そう書いてあった。でもここはギャラクシージム、名前と場所が違う。

となると……推測だが、担当していた選手の出張試合か、もしくは特別講師で呼ばれたとか何かでここに用事があったのかもしれない。コンディショニングコーチの資格がある人もまだ少なく、育児休業中であろう彼女がここに来たのも、そういった理由が関係している可能性がある。
そしてさっきの魔導師の言葉と今の時間帯を考えると、仕事を終えて帰ろうとした矢先に機械竜に襲撃され、殺人光線を受けて崩れてきた瓦礫に押しつぶされた。そして私が彼女達を見つけるまで、必死に音を立てて居場所を知らせていた。……はぁ。

「この世界は……普通に生きることすら許されない。何も悪いことはしていないのに、死は容赦なく降ってくる。誰もが望む平和で当たり前の未来なんて、もう強者しか享受できないのかな……? 運命に選ばれなかった人には、生きる権利すらないというのかな……?」

『悲観的になり過ぎると、どんどん闇に沈んでしまいますよ。経験者である私が言うんですから、間違いありません。ただまぁ、今回はあの機械竜が原因ではありますが、今日ここに彼女達がいたのは運が悪かった、間が悪かった、などと考えるしかないでしょう』

「それでも巻き込まれた側は、もう散々だよ……。私も闇の書やファーヴニルの件で言えばほとんど同じだけど、第三者がやらかした事で被害を受けたら、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだって嘆きたくなるよ」

『確かに、自分と関係ない誰かのせいで大事なものを失ったら、怒りも憎しみもそうですけど、やっぱり虚無感が湧いてやるせなくなりますよね』

「うん……」

過去の事を思い出しながら、私は『フーカ・レヴェントン』と名札に書かれてあるベビーキャリーを装着して、少しぐずりだした赤子を背負った。私は別にレスキュー隊員って訳じゃないが、託された以上は安全な場所まで運んでいかないと、寝覚めが悪かった。

『なんだか保育園の保母みたく見えますね、今のシャロンの格好』

「こんなボロボロの格好した保母さんがいたら、保護者の人があそこ服も直せないぐらい貧乏なのかと不安になっちゃうよ。……さて、思わぬ拾い物を見つけてしまったけど、改めて戦域から離脱しよう」

『ですね。ところで離脱すると言っても、どこに行きましょう?』

「子供がいる以上、管理局は嫌だと意地を張ってる場合じゃない。ひとまずはクラナガン中央区画の管理局地上本部を目指そうと思う」

ファーヴニル事変の時に使われたシェルターを探しても良いんだけど、私はシェルターの場所を知らないし、この子の身体に異常や怪我が無いか調べてもらわなければならない。故にそれなりの医療設備がある組織に保護されるのが望ましかった。

しかし目指すと言っても、先程のような全力疾走は衝撃が強すぎて、まだ未熟なフーカちゃんの身体に悪影響を与えかねない。ここから先は慎重に……ステルスミッションみたいな感じで気を付けて移動するべきだろう。

しかしフーカちゃんか……なんか呼び方がしっくりこない。う~ん……、

「フーちゃん?」

「あう?」

適当に呼んだら、なんか返事してくれた。もしかしたら普段は母親のカザネさんにそう呼ばれてたから、つい反応しちゃったのかもしれない。まぁ、この呼び方の方がしっくりくるし、これで呼べばちゃんと応えてくれるから問題ないね。

「……フーちゃん。ここは危ないから、もう行かなきゃダメなの。会えなくなる前に、お母さんとバイバイしよう?」

「やー」

「うん、お母さんと別れるのは嫌だよね。私もわかるよ。でも……フーちゃんは生きなきゃならないんだ。守ってくれたお母さんの分もね……」

「うー……、バイ……バイ……」

「……よく、できました……。じゃあ、もう行くよ……」

今は何もわかっていなくても、いつか母親の死に苦しむだろう。もしかしたら世の中クソだとか、そんな風に荒んだ言葉を言うかもしれない。それでも、サバタさん達に支えられたおかげで今の私があるように、良き出会いと周りの人に支えられて、この子も立ち上がってくれると信じるしかない。

とりあえずフーちゃんを背負っている今、来た道は狭すぎて通れなくなった。構造的にはここは壁際に近いから、壁を打ち破るという手段が使えなくはないけど、そんなの壁抜き魔法でもない限り厳しい。入り口以外にここから外へ行けそうなルートと言えば……、

「だ、男子更衣室かぁ……女子の方は瓦礫で塞がってるし、ここしか通れないのか……」

『また随分とおもしろ―――変な道が残っていますね』

「ねぇ、今おもしろいと言わなかった?」

『言ってません』

「言ったでしょ」

別にいいけどさ。ただ、女子の私が男子更衣室を通って外に行くとか、何かを間違えてる感が凄くする。男子が女子更衣室に入る~な展開は、人と会うとか爆弾解体とかでなぜかよくありそうだけど、それはそれとして逆のパターンに需要はあるのだろうか? まぁ、人がいるならアレだけど、こんな状況で誰かが着替えている訳が無いし、生き延びるためでもあるから行くしかないか。

砂利まみれの扉を開けると、部屋中のロッカーや備品の詰まったダンボール箱が倒れて山を形成していた。一応通路を埋め尽くすほどではないため、ここからならひび割れた窓を通じて、外に行けそうだった。ちなみに倒れたロッカーの中から何冊か雑誌がはみ出しており、表紙がつい視界に入ってしまった。

「……『月刊・格闘少女 ほとばしる汗が彩る艶やかな肢体』、『魔法少女の堕落 くっころ編』、『奇跡の一瞬を逃すな! チラリズムの極致』……」

『あわわ……! は、ハレンチな本です! お、大人にならないと読んじゃいけない雑誌や写真集がいっぱいです!?』

「まともな雑誌もあるにはあるんだけど、バリアジャケットってダメージ受けると破れる仕組みだから、女性の選手を写すだけでちょっとエッチっぽくなるみたい……。次元世界の男の人って、こういうの読んでるんだ……」

『いわゆるスポーツ新聞的な感じでしょうか?』

「かもね。とりあえずこの精神攻撃は見切った。精神を研ぎ澄ませて、脱出路のみを視界に捉える。そうすれば、エッチな本は簡単に視界から消すことができる。……チラッ」

『あ、あの……バッチリ見てますよ? この緊急事態にそんなことしてる場合ですか、シャロン……?』

「ハッ! ご、ごめん……少し取り乱した。もう大丈夫…………あ!」

『急に声を出してどうしました? そこにあるのは、ただのダンボール箱ですが?』

「うん……これ偽装に使えるかなぁ、と」

『偽装? 何のです?』

「いや、これで敵の目を誤魔化せるかな、と」

『それで誤魔化されるのって、相当マヌケじゃないですか?』

「そうかも知れな―――ッ!」

イクスとの受けごたえの最中に冷たい気配を察知した私は、反射的に目の前のダンボール箱を被って身を潜めた。正直、なんで戻らなかったのか私にもわからないが、とにかく体が反応してしまった。ダンボール箱の持ち手部分の隙間から伺うと、窓の外に機械竜の丸い小型ロボットが現れ、そいつはあろうことか窓を突き破って部屋の中に入ってきた。

「……!」

心臓がバクバク鳴る中、小型ロボットは空中に浮かびながら部屋の中を進み、私の隠れるダンボール箱の上を通過、通ってきた際に開けっ放しだった扉の向こうへ移動していった。そして……カザネさんの遺体を見つけるなり、彼女にビームを放って焼却したのだ。そしてそこから先は通れないと判断した小型ロボットは、再びこの部屋の窓を通って外へ出て行った。

ダンボール箱に隠れてる私に気付かなかった点はマヌケではあるが……やったことは非道だ。もし戻ってたら逃げ場が無くなってたし、私がここに来ていなければフーちゃんもあのビームで焼かれていたに違いない。ある意味、間一髪だったようだ。

『私が思うよりマヌケってのは多いようですが、あの行為に苛立ちはしますね』

「アンデッドにされなかっただけマシな方だよ。死を冒涜されずに済んだんだから」

『とにかくダンボール箱を被っていれば、敵の目を誤魔化せると知れたのは僥倖です。見つかりそうな時はこれでやり過ごしましょう』

「効果は一時的だろうけど、それで逃げる時間は十分稼げる。とりあえず一つ持っていこう……」

という訳で状態がそこそこ綺麗なダンボール箱を手に入れた私は、先程の小型ロボットがいないか注意しながら窓を通って、外の路地裏に出た。

路地裏は光源がほとんどなく、足元が見えにくいので抜き足差し足で進んでいき、何とか大通りには出れた。そこからは背中のフーちゃんをあまり揺らさないように気を付けながら走り、敵のロボットに見つかりそうな時はダンボール箱を被ってやり過ごし、戦域から一気に離脱していった。

やがて流れ弾も届かない場所……地上本部の建物がよく見えるクラナガン中央区画にまで走った私は、そこそこ大きな池がある公園のベンチに腰を下ろして休憩した。

「はぁ、はぁ、もう汗だく……こんなに走ったのはあの時以来だよ……」

『あの時?』

「サン・ミゲルを襲撃しに来た、アンデッドに追い掛け回された時……。とにかく……ここまで来ればもう大丈夫……」

なんてことを言ったのがフラグだったのか、ベンチの背もたれに寄りかかった私は巨大な影が空を横切るのを目の当たりにした。

「キュキュキュキュキュッ!! ホッグのマヌケめ、こんな所まで逃げられてるじゃん」

私の前に降り立ったそいつは、外側が藍色で内側が緑色の翼に巨大な口を持つ怪鳥だった。慌てて警戒態勢になるも背筋に冷や汗が流れ出す私を前に、怪鳥は余裕そうに語りかけてきた。

「やぁ、こんばんは。ボクは死の翼フレスベルグ、よろしくね」

「全然よろしくしたくない……。というか、さっきのニーズホッグといいフレスベルグといい、あなた達はもしかしてジャンゴさんが昔倒したイモータル……? どうして復活してるの……!?」

「キェキェキェキェキェッ!! そんなことを知ってどうしようというんだい? でも、ディナー前のおしゃべりなら、退屈しのぎに少しだけ付き合ってあげるよ」

「……」

「ボク達が復活したのは、回収されていた断片に改めて暗黒物質を注がれたからなんだ。経緯としてはロキが復活させたラタトスクとほとんど同じなんだけど、ボク達は以前と同じ状態で蘇ってはいないよ」

「?」

「簡単に言うと、ボク達を復活させた奴に、体をちょっといじられたんだよね」

「つまり……イモータルがイモータルに人体実験、というか改造されたと?」

「そういうこと。おかげで前より力を増したからボクはあまり気にしてないんだけど、ホッグの奴は改造する側が改造されるのは開発者として屈辱の極みだとか言って、なんかすごく気に入らなかったみたいで、あんな風に苛立って八つ当たりしてるんだよね」

「や、八つ当たりであんなことを……!? この襲撃で一体どれだけの被害が出たと思ってるの!?」

「知ったことじゃないね。ボクは美味い食事の機会が増えて嬉しいし、ホッグの奴も襲撃の度にデータ収集して鉄の軍団を強化できるとか言ってたし。だって魔導師はボクにとっては極上のディナー、ホッグにとっては丁度いい実験動物。そう、キミ達が抗えば抗うほど、ボク達はより強くなれるんだよ」

な、なんてこと……そうだとしたら、あそこで家族や友人、故郷を守って戦ってる人達の抵抗は無駄ってことに……、

「やー!」

「……フーちゃん?」

「やー! だー!!」

……ああ、そうだ。彼らの抵抗は無駄にはなってない。だってあの人達が頑張らなきゃ、フーちゃんの母親のような犠牲や被害はもっと増えていた。確かに敵の力は増やしてしまってるかもしれない……けど、抵抗しなかったせいで犠牲が増えたらもっと意味が無い。彼らの戦いには、ちゃんと意味があったんだ。

「おしゃべりはここまでにしといて、ホッグから逃げてるところを悪いんだけど、少しだけボクのつまみ食いにつき合ってくれないかな? あぁ、料理の心配ならいらないよ。ボク……好ききらいはしないから!!」

翼を広げてこちらに羽を飛ばしてくるフレスベルグに対し、刀を抜いて羽を斬り落とすことで攻撃をしのぐ。しかし直線でしか飛ばない弾丸とは違って羽の軌道はこちらの動きによる空気抵抗の影響もあって非常に読みにくく、さらにフーちゃんを守る必要もあったため、私なりに全力で防いだものの、一枚の羽が私の左膝に刺さってしまっていた。

すぐに刺さった羽を抜こうとしたその時、急に視界がぐらついて意識が飛びかけた。何とか気力で保ってはいるものの、全身にだんだん激痛が生じ、それに伴って痺れも発生してきた。

「う……! な、なにが……!?」

「強くなったオレサマの羽には、クロドクシボグモの毒と同じ成分が塗られている。じきに耐えがたい激痛が全身を襲うだろう。体は麻痺し、息も出来ず、やがて心臓が止まる。しかしそれでは面白くない……新鮮な恐怖を味わった獲物ほど、スパイスが効いて美味くなるのだから!」

クロドクシボグモ……確かこのクモは0.1mgで人間の致死量に達するほどの猛毒を持っている……! そんな劇物が私の体内に入り込んだとなると、ある程度は月下美人の自浄作用が働いてくれるとはいえ、体内の毒は無くならないから一刻も早い解毒が必要だ。しかし……、

「キシャロロロッ!! ……どこからがいい? 好きなところから喰らってやるぞ? 普通の人間が安売りされてるお肉なら、魔導師はミディアムレアのステーキ、じゃあ月下美人はどんな味がするんだろうなぁ!」

「私を、食べても……ぜぇ、ぜぇ、美味しくない、と思うんだけど……」

「いやいや、人間の肉なら男より女、特に若い子ほど新鮮でジューシーだ。魔導師ならリンカーコアの食感も効いて、それこそ格別だぞ!」

もう完全に食材扱いだった。食欲旺盛にも程がある……というかフレスベルグって本気出すと口調が悪くなるようだ。

次元世界に来てからマリアージュ然りニーズホッグ然りと立て続けに襲われてて、その上フレスベルグにまで襲われるとか、もうおうちかえりたい。……なんて、泣き言を言ってる場合じゃないか。都会のど真ん中、それも地上本部の目の前でこんな怪鳥が飛んでるんだ、管理局とアウターヘブン社はとっくに気づいてるはず。イモータルと戦える魔導師が来るのもそう時間はかからないだろうから、彼らが駆け付けるまで何とかして逃げるしかない。

「い……イクス、フーちゃんの防護に、魔力を集中して。ゴホッ、これは……全力疾走しないとダメだ」

『りょ、了解です。ロイヤルガード!』

フーちゃんの身体を保護する魔力膜が張られた瞬間、刺さった羽を引き抜いた私は一気にフレスベルグに背を向けて一目散に逃げだした。今なら全力疾走してもフーちゃんへの衝撃は最小限に抑えられるけど、私の体力は毒の影響もあってガリガリ削られていた。視界もぼやけて全身に激痛が走りだし、麻痺の影響もあって感覚がおかしくなってきているけど、とにかく私の体力が残っているうちにできるだけ距離を稼ごうと足掻いた。

「いいね、逃げる獲物を追い詰めるのも乙って奴だ!」

巨大な翼をはためかせて、フレスベルグは私の追跡を開始した。大通りに入った私はそのまま道路の上を走り、後ろからフレスベルグの羽飛ばし攻撃を軸線をずらすことで回避、速度を落とさずに逃げ続ける。

前方右折! 左折! バスターミナルなんて回ってる余裕はない! 踏切ではない線路もジャンプして無理やり駆け抜ける! だが、流石にそんな激しい動きを連続でしたら、当然体力の消耗もとんでもないことになり、ついに限界に達してしまった私は左右もわからないぐらい意識が朦朧とし、傍のガードレールに倒れるように寄りかかった。

「どうした、もう追いかけっこは終わりか?」

「ぜぇ、ぜぇ……ぐ、ゴホッ……ハァ、ハァ……!」

「返事すらできないほどに衰弱したか。まぁここまで逃げられただけ頑張った方だ。オレサマも良い運動になったし、美味しく味合わせてもらうとしよう……!」

そう言って大きく口を開けて迫ってきたフレスベルグを前にして、私は残った気力を精いっぱい振り絞って高周波ブレードを振るい、近くにあった街灯の柱を切断した。そして火花を散らせて倒れた街灯はフレスベルグの上から衝突、感電させた。

「ギャギャギャギャギャッ!? ま、まさか!? その状態で反撃してくるとは……!」

一時的に動けなくなったフレスベルグが驚嘆の声を上げるが、そんなことは気にも介さず……というか、もうほとんど無意識状態となっている私は唯一機能している生存本能に従って地面を這いながら、狭い路地裏の方に逃走を再開した。

「悪くない手だ。確かに狭い場所に入られると、オレサマの図体では入れない。だがな―――!」

「そこまでだよ、フレスベルグ! これ以上、街の中で好き勝手はさせない! フォトンランサー・ファランクスシフト!!」

「くそっ、獲物を追い詰めたつもりがこっちも追いつかれてたか! 仕方ない、メインディッシュをお預けにされた代わりにオマエを喰ってやる!」

必死に逃げていたら後ろの方で黄色い魔力弾が着弾し、フレスベルグもそっちに意識を向けてくれた。どうやら駆けつけた魔導師がフレスベルグと交戦し始めたらしい。でも、私の意識は……もう限界だった。

「君は……!? お、おい、大丈夫か! しっかりするんだ!」

路地裏を這いながら進んだ私はついに体力も精神力も尽きて微動だに出来なくなり、オレンジ色の髪の青年(ティーダ・ランスター)が必死に呼びかけてくる光景を見ながら眠るように意識を失った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ルシエの里。

キャロから聞いた話やと、そこは牧歌的な暮らしを営み、自然と共存する民族が集まっている集落で、小型の竜や狩りに使う鷹、遠出するための馬などを飼育、放牧しとるらしい。竜を育てとるのは集落の加護が関係しとって……まぁ、うちらにとっての太陽樹と同じような意味なんやと。つまり守護竜の加護があるから、この集落にアンデッドやクロロホルルンが寄り付かへんっちゅうわけや。

「だからこの子も無意識にエナジーを使えるんやな……」

「ザジさん? わたしの方をジッと見てますが、何か変なものでもついてましたか?」

「ちゃうちゃう。うちとキャロって、髪の色とか似とるなぁ~と思ってただけや」

「あ、言われてみれば同じような色ですね。えへへ、お揃いです♪」

嬉しそうにはにかんだキャロは、自分の髪の毛をいじりながらほにゃりと笑った。……うちに妹がいたら、こんな感じなんかな?

「そういや今更な質問やけど、キャロはどうしてあんな所に一人でおったん?」

「わたし……人に見られてると、つい緊張してしまうんです。ちょっと注目されるだけで召喚魔法の詠唱文も噛んじゃうほど……」

「だから一人になれる場所で練習しとった?」

「はい。……でも、ザジさんが落ちてくるのを見つけた時、わたしがやらなきゃあの人が大ケガしちゃうと思って、必死に勇気を振り絞ったらできたんです。あの時、召喚魔法に成功したのは奇跡なんでしょうけど、とにかくザジさんを無事に助けられて良かったと思います」

「奇跡なぁ……うちはそうは思わんで。あれはキャロの勇気と努力が実を結んだ結果や、奇跡や運なんて関係あらへんよ。もっと自信を持ってええんやで?」

「そ、そんな恐れ多い……。でも……褒めてくれてありがとうございます」

うちがニコリと笑って頭をなでると、キャロは照れながらお礼を言ってきた。にしてもキャロって、ほんまええ子やん。なんちゅうか、お持ち帰りしたくなるぐらいに。まあ、実際にはやらへんけど。

日も沈み切って周囲は静けさを増し、空は無数の星の光が瞬く。そのおかげで夜になっても足元が見えるぐらいには明るく、フリードの白い鱗もキャロの小さな体躯もはっきりと見えていた。

「もうすぐです。今日はもう遅いので、わたしの家に泊まってください。明日、大人の人に街まで案内してもらいましょう」

「その前に、キャロの家の人はよそ者が泊まっても平気なんか? ダメならうちだけ集落の外で野宿するけど……」

「大丈夫ですよ。わたしの家は集落の長の家ですし、わたし自身もある意味よそ者ですから」

「なんや事情がありそうやな……まぁ、深くは聞かんとくか」

「ありがとうございます。でもいつか機会があれば、そのことをお話ししますね。……見えてきました、あれがわたしの……っ!?」

途中で言葉を詰まらせたキャロは突然血相を変えて走り出した。ただならぬ様子にうちも急いで彼女を追い掛け、それと並行して奇襲などに備えて杖を構えておく。

そして、ルシエの里に到着したうちらは、その光景に絶句した。

「そ、そんな……!」

思わず力が抜けて膝立ちになるキャロ。だがこの光景を見た以上は仕方がない、ましてや住人ならなおさら……。

石化。

生きとし生けるものが物言わぬ物体に変えられる状態異常。それがルシエの里の住人全てにかかっていた。逃げようとする者、立ち向かう者、ブレスを吐こうとする竜、飛んでいる姿の鷹、横倒しになった馬……それらが石として野ざらしに放置されていた。……いや、生物だけやない。家屋や建物といった無機物も、この辺りの大地すらも石に変えられており、ルシエの里にあるもの全てが灰色一色に染まった完全な石と化していたのだ。……偶然集落を離れていた、たった一人の生き残りを除いて。

「リフレッシュ!」

うちが使える状態異常回復魔法を使ってみたんやけど、何の効果も無かった。どうやら魔法とかでは簡単に解除できない、特殊な石化らしい。

「石化と聞けば死せる風運ぶ嘆きの魔女カーミラの力を思い出すけど、今の彼女がこんなことするはずがない……第一彼女はヴァナルガンドを封印しとるから、ここに来れる訳があらへん。それにこの石化の範囲……まるで何かが爆発したように広がっとる。こんなんカーミラのやり方とは全くちゃうし、そもそも初めて見たわ。ちゅうことは……」

「お、おじいさん……み、みんな……わたしの声が聞こえないんですか? お願い……返事してください……! お話を聞かせてください……!!」

呆然となったままキャロは石化した人たちに駆け寄っては呼びかけ、返事が返ってこないことに涙を流していた。それは突然全てを失った、かつてのうちの姿を思い出させた……。

「どうして……どうしてこんなことに……!? なんで……優しかったみんなを、こんなひどい目に……!?」

「キャロ……」

「教えてください、ザジさん……わたし、何か悪いことしましたか……? もしそうなら何でもします、だからみんなを助けてください……!」

「落ち着き、キャロは何も悪くあらへん。悪いのはこんなことしでかした奴やで。せやからそいつを見つけ出して、皆の石化を解かせる。皆を助けられるのは、キャロだけや」

「わたしが……みんなを助ける……? ……わたしなんかに、出来るのでしょうか……?」

未だ落ち込むキャロの傍にフリードが近寄り、いさめるように鳴き声を上げる。キャロの力を、自分の真の力を発揮させた光景を思い出させるように。

「フリード……。……ありがとう。わたし、がんばる。がんばって、みんなを助ける! それが……わたしを育ててくれたみんなへの恩返しだから!」

哀しみを堪えながらキャロは現状に立ち向かう決意を固めた。まだまだ幼い彼女にこんな過酷な現実は酷やろうけど、このタイミングで彼女とうちが会ったのは、きっと偶然やない。もしかしたらうちがアルザスに来たのは、この境遇に陥ったキャロを助けるためなのかもしれへん。

「ごめんなさい、ザジさん。こんなことに巻き込んでしまって……」

「ええよ、この光景を見た今はもう他人事やない。命を救われた恩もあるし、うちの力、キャロに貸したるよ」

「本当に……ありがとうございます。ですが……これからどうしましょう? 街に行こうにも場所がわかりませんし、宿泊も里がこうなってしまっては……」

「まぁ、仕方あらへんけど野宿になるなぁ。街までは……うちの力を使えばええか」

「ザジさんの力ですか?」

「せや。うちは星読みという力があってな、これは星々の動きから森羅万象、過去現在未来を読み解く技や」

「……?」

「何やうさんくさいと思っとるやろ? せやけど結構色々分かんねんで? とにかく百聞は一見に如かず、いっぺん見てみぃ」

こっちの世界じゃ初めてやけど……読めたで!

「ええか? ルシエの里から南南西の方角に12キロメートル……そこに次元港のある街があるで」

「南南西……ということは、こっちの方角ですね。確か、大人の人が街へ出かける時に向かった方角と同じです」

ちゅうことは次元世界で初めての星読みは、一応成功しとるらしい。ま、他に当てが無いのも事実やし、行けばわかる話や。それにここにいても問題は何も解決せえへん、とにかく移動せなどうしようもあらへんからな。……まぁ、今日は遅いし、集落の外れで野宿するとしよう。街に向かうのは明日からや。

それから……うちが持っていた保存食で、キャロとフリードと一緒に夕食をとり、早めに就寝した。それにしても……寝ているキャロは夢の中でも寂しい思いをしているのか、涙を流して震えていた。思わずうちが彼女の手を握ってあげたら、震えが収まって少し落ち着いてくれた。

「……大丈夫や、キャロはうちが守ったる。絶対、独りぼっちにはさせへんから……」

 
 

 
後書き
ニーズホッグ:シンボク 海賊の島で戦うイモータル。敵の大きさだけで言えば随一かもしれません、本体は逆に小さいですが。
ブーストワン:ゼノサーガ エーテル。ブーストゲージを一つ上げますが、この小説では魔法の効果を上げる補助魔法です。
クイック:ゼノサーガ エーテル。アジリティ……敏捷性を上昇させます。
フロンティアジム:Vivid Strike!でジルが所属するジム。
カザネ・レヴェントン:フーカの母親として出しました。名前はフーカ→風香→風繋がり→シャロンが救出→音楽→風の音→カザネ、という経緯で付けました。なおフロンティアジム所属なので、
フーカ←シャロン←カザネ→ジル→リンネ
な関係が出来上がりました。
フーカ・レヴェントン:Vivid Strike!の主人公。もう影が薄いとは言わせない。というかなのはキャラの中で最も性根が真っ直ぐなのはこの子なのではないか、と考えております。なお、シャロンがフーちゃん呼びで違和感を持たないのにも、一応理由があります。
フレスベルグ:シンボク 古の大樹で戦うイモータル。ちなみにこいつと戦うなら、マキナが最も相性が良いことに気付きました。彼女、毒の類は効きませんし、遠距離攻撃も強力なので……。
クロドクシボグモの毒:MGS3 ザ・フィアーの矢に塗られているものです。
ロイヤルガード:ゼノサーガ エーテル。ガードを確実に成功させるものですが、この小説ではプロテクションなどと同じ防御魔法扱いです。
リフレッシュ:ゼノサーガ ステータス異常を回復するエーテル。


はやて達から見れば、近くにいるのに会っていないというアレな状況です。そもそもシャロンははやて達とは一度しか会っていませんし、すぐに別れてしまったのでFGOで言うなら絆レベル0の状態です。ちなみにマキナは10、サバタは7、ジャンゴやザジ達、マテリアルズは5ぐらいとなっています。
ところでシャロンの服装の色はエピソード1では白、エピソード2では描写は無いですが灰色、エピソード3では黒色となっています。それにしても、今回の話だけで二体のイモータルに追われ、猛毒も打たれたシャロンは、泣いてもいいと思います。 
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