ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》
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SAO編ーアインクラッドー
12.弱さを乗り越えて
前書き
今回の話はゲームのあのキャラが登場
二〇二四年十一月六日 第十五層・トラム
シュウは古風な雰囲気が残る店の一角の大きなテーブルのある席に一人で座っていた。
すでに等の前に攻略された層ということもあり店内にはNPCとシュウを除いては誰もいない。
シュウはそこで一人何をするでもなく座っていた。
あの日からもう十日近くが経つ。
再び、死神が鎌を持って命を狩りとった。
もう二度とそんなことはしないと決めていたにも関わらずまたあの過ちを繰り返した。
名前も知らず、顔だってよく覚えてはいない。しかし、あの死ぬ寸前の恐怖に歪みきった表情だけは今でもずっと覚えている。
何人も何十人と殺してきたが未だにその死ぬ瞬間に見せる顔だけは一瞬たりとも忘れた事がない。どうやって殺したかも、どうして殺したかもほとんど思い出せないというのにだ。
それにこの世界はゲームだからと逃げ道を作っている自分が嫌になる。
「……何で俺は生きてるんだろうな」
シュウは小さく呟いた。
あの後のことは記憶が曖昧でわからない。むしろライアから《■■》をはめたのは自分だと告白された時点からの記憶が曖昧だった。覚えているには、死に際の表情と恐怖に顔を歪めながら逃げていく男。それとヒースクリフに言われた言葉くらいだった。
ライアがどうやって逃げたのかもわからない。あとでヒースクリフから聞いた話によればキリトはアスナが救出に向かったことで無事だった。だが、ゴドフリーは間に合わずに殺されてしまった。
そしてこの騒動を起こしたクラディールは、キリトが殺した。
キリトが無事だったのは良かった。しかし、あいつに重荷を背負わせてしまった。殺人の罪を償うのは、もはや汚れきっているシュウだけで十分だ。
もう少し、あと少し早くたどり着いていれば、こんなことは起きなかった。
「……あ、お礼言わないと」
あの時、教えてくれた少女にまだお礼を言えていない。そうだ。
それがシュウが行うべき最後のこと。彼女にお礼を言って、この命を終わらせよう。
そうすれば全ての罪が流されるかもしれない。シュウが生きていたってまた同じ過ちを繰り返すだけだ。
それにもはやシュウは現実に出てやらなければいけないこともない。生きて向こうの世界に行く意味なんてもはやないのだから。
シュウが立ち上がろうとする。
すると木製の扉が開く音がした。軋む音とカランという小さな鈴の音とともに誰かが入ってくる。
それに反応してNPCが「いらっしゃいませ。お好きな席へ」と定文を言う。
「あれ? もしかして、あの時の」
声のした方へとシュウはわずかに顔を傾けた。明るいオレンジ色の髪に綺麗な翡翠色の瞳。肩から短めの青いマントを羽織っている少女だ。
どこかであった事がある気がしたが、思い出す事ができない。
「……誰?」
一言だけそう告げると少女は、驚いた表情をするとシュウがいた机に両手を叩きつけるようにおいてこちらに身を乗り出す。
「えぇ! 覚えてないの? あっ、でもそうだよね。あの時、私名乗らなかったしね。それに君もあの時とは少し雰囲気も違うみたいだね」
あの時?
そんな記憶はシュウにはない。いや、ただ、忘れているというだけなのかもしれないが、もはやどうでもいい事だ。
シュウは机から立ち上がって店を後にしようとすると少女は「ちょっと待って!」っと腕を掴まれる。
「……何? なんか用なの?」
シュウのあまりの態度に少女は怯えたような表情をしている。
それでいいんだ。シュウに関わってもいいことなんて何もない。今までだってそうだ。《死神》に関われば、ただ死期を近づけるだけだ。
だから、《死神》は人知れずこの世界から消えるのがいい。
シュウは、掴まれた腕を振り払う。そしてそのまま、店を出ようとすると「待って!」という少女の声とともに再び、腕を掴まれる。
「何かあったの?」
「君には関係のないことだ」
そう言って振り払おうとするが腕を握る手が強くなる。
「そんなわけない。君はそんな人じゃない」
「……お前に俺の何がわかるってんだよォ」
「えっ……」
「何もしらねェくせに善人気取りかよ! しらねェならしらねェらしく関わってもくんじゃねェよ!」
店内にシュウの怒声が響いた。
それでも、
「だったら聞かせてよ! 君に何があったのか! 私に話してよ!」
少女は一歩も引こうとはしない。
そこでシュウは初めてしっかりと少女の表情を確認した。その瞳には涙を浮かべていた。
「何でそこまで俺を……」
「だって私は君に助けてもらった」
「それだけでか。俺は覚えてないのにか?」
少女は大きく、何度も頷く。
「君が覚えてなくても私は覚えてる。恐怖で何もできなかった。もう死んじゃうんじゃないかって思ってた。そんな時に君は私に手を差し伸べてくれた」
シュウは何も答えず少女の言葉を聞く。
「大丈夫だって言ってくれた。それが私に嬉しかった。あの時、いや、今でも君がいてくれたから私はこうして生きようと思えたんだよ」
少女は震えながらも懸命に言葉を紡いでいく。
「だから、お節介って言われてもいい。君が困っているなら少しでも、ほんの少しでもいいから力になりたいんだよ!」
店内に少女の声が反響する。
「最低だな……俺って」
この少女にここまでの重みを背負わせた。
シュウというレッドプレイヤーにここまでの信頼を抱かせてしまった。それなのに、シュウはそのことを一切覚えていない。
いや、どこで会ったかはわからないがどの時期に会ったかはおおよそでわかる。シュウが最も忘れようとしていた過去。そして都合のいいように忘れてしまったあの記憶。
あの頃を思い出すと心が壊れそうになる。
だからこそシュウはあの頃の記憶を奥深くへと閉じ込めた。
「俺には……君の生きる理由になるような資格なんてない」
「そんなことないよ。だってあの時君は……」
「それはたまたまだよ」
少女の言葉を遮って小さく呟いた。
「たまたま、そこにレッドプレイヤーがいたからそいつらを殺すために俺は君の前に現れた。君を助けたのはついででしかないよ」
そのはずだ。あの頃のシュウならば確実にそんな考えで動いたはずだ。記憶にはないけれど自分のことだ。自分が一番よくわかっている。
そんな言葉を浴びせても少女は笑みを浮かべて、
「それでもいいよ。君が助けてくれたことには代わりはないよ」
その笑顔を見ていると心が痛くなる。今までの否定してきたはずのあの頃の自分が肯定されているのようで。だが、あれを肯定してはならない。
シュウの中の何かが壊れていく音がする。
「あんたを見てると自分が嫌になる。こんなに弱いくせに、誰一人守れないくせに……人の命だけは平気で奪っていく自分が……」
そんな言葉にも少女は、ただ笑顔で頷くだけだ。それを見ていると今までの抑え込んでいたものを全部吐き出したくなる。
「俺だってこんなことしたくなかった! みんなを守ろうと、弱い自分を強くするために必死だったんだよ! それなのにあいつらは、あのクズ共は、平気で大切な人たちを奪っていきやがった!」
感情が爆発して抑えられない。
「その時に俺の中の恐怖があいつらへの殺意に変わった」
それが全ての始まりだった。
恐怖など感じることもなく。死んだら死んだだと考えていたあの頃のシュウは狂っている以外の何者でもなかった。それでも恐怖心がなかったわけではない。あるにもかかわらず命がけの殺し合いをしていた。
「そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。それなのにそんな俺のことを見捨てなかったあいつらとの約束も守れずに俺はまた……」
自然と目からは涙が溢れてくる。
いろんな感情が混ざり合ってもはやグチャグチャなっていく。
「そんなどうしようもないくらいのクズで、クソみたいな俺なんて……もう、生きている意味なんてない……」
「そんなこと言わないでよ!」
少女はシュウの言葉を遮った。強くシュウの手を握りしめると先ほどとは違う優しい声で少女は、
「君がどれだけ自分のことを責めたって自分のことを嫌いになっても私は、君を信じるよ」
また何かが壊れる音が聞こえる。
なぜこの少女は、ここまでシュウを信じることができる。自分ですら信じることができないこんな最低な人間を。
「それでも君が生きてる意味なんてこの世界にないと思うなら……」
少女は大きく深呼吸をしてから笑顔で口を開いた。
「現実に帰ってから意味を探せばいいんだよ」
バキバキ、と音を立てて壊れていく。それが何かもうわかっていた。シュウが閉じ込めていた記憶の数々だ。
彼女の言葉でそれらが次々と蘇ってくる。どれも最悪で、最低なものばかりだ。人の命が消える瞬間、恐怖に歪む表情、それを躊躇なく奪っていく《死神》。どれもこれも嫌な思い出だ。
だが、その中には名も知らないプレイヤーたちの感謝の言葉や笑顔もあった。それすらもシュウは忘れていた。
「それにこの世界でやることがないと思うなら……君がこの世界を救う英雄になればいいんだよ!」
その言葉にシュウは自然と涙が溢れてくる。
懐かしい響きの言葉。なれるはずがないのに少女がシュウに託した言葉。それだけが支えになっていた。なんで、なんでそんな大事なことを忘れてしまっていたのだろうか。
シュウがこの世界を生きているわけ、生き残らなければいけないわけ。
彼女との約束を果たすためにシュウはこの世界を生き残らなければいけない。
「……ありがとう」
「え……?」
「君のおかげで大切なことを思い出すことができた。また立ち上がることができた」
全てを思い出せた。
辛かったことも、悲しかったことも、楽しかったことも、何もかもを。そのほとんどが罪でしかない。いくら償ったところでつぐないきれないほどの罪だ。
だから、シュウはもう正義ではない。しかし悪にも染まりきれない半端者。
そんな半端者だからこそたった一つを選ぶ。
最低だろうと最悪だろうともう関係ない。
あの言葉があったからあの時、立ち上がることができた。君の言葉があったから今、立ち上がることができた。
「いい顔になったね」
少女は笑顔をこちらに向ける。
「ああ、やらなきゃいけないことがわかったからな。君のおかげだよ」
わずかに頬を紅潮させながら少女は、
「少しは力になれたかな?」
「ああ、十分すぎるくらいにな」
「それは良かった」
再び笑顔を浮かべる。
すると少女は何かを思い出したように「あ!」といったと思うとこちらの顔を覗き込んで、
「そういえば、まだ名乗ってなかったね」
少女は数回の咳払いをしたのちに改まって自己紹介をする。
「私は、フィリアって言います。よろしくね」
手を差し伸べる。
「俺はシュウだ。こちらこそよろしくな、フィリア」
その手を強く握る。
フィリア。シュウに生きるための道を示してくれた少女の名前。
この恩はいずれ返さないといけない。そんなことを今いえば、「いいよ、そんなの」と言われるだろう。
すると一通のメッセージがシュウの元へと届いた。宛名を見てシュウは、一瞬躊躇ったのちに開く。
【七十五層のボス攻略を明日決行する。君も参加してくれたまえ。《ヒースクリフ》】
どうやら休息は終わりみたいだ。
今一度、シュウはあの死と隣り合わせの戦場に戻らなくてはならない。
「それじゃあ、行かないといけないみてぇだ」
そっか、とどこか寂しそうな表情を浮かべるフィリアにシュウは優しい笑顔を向けて、
「これでお別れじゃないよ。それに絶対にこの世界を終わらせて現実で会いに行くからさ。その時にまたフィリアの話を聞かせてほしい」
「絶対だよ。絶対に会いに来てよね」
そういってフィリアは右手の小指を立てる。
わずかに笑みを浮かべてシュウも右手の小指を立てると指切りを交わす。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本呑〜ます。指切った!」
フィリアが懐かしの歌を大きな声で歌う。
「これで嘘ついたら針千本だからね。絶対絶〜対だからね」
「わかってるよ。必ず会いに行くからさ」
シュウは手を振って店を後にする。
何をするか、何をすればいいかは決まった。
あとはそれを実行するだけだ。
この世界を終わらせる。
そのためにシュウがやることやらなければいけないことは決まった。
この世界を解放するために……
「ヒースクリフを……殺す」
後書き
誤字脱字、気になる点、おかしな点、感想などありましたらお知らせください。
また読んでいただければ幸いです。
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