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二人の騎空士

作者:高村
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The fate episode
二人目の騎空士
  進行度 3/7

 
前書き
動けこのポンコツが! 動けってんだよ!! 

 
「起きて、ジータ」
 声をかけられる。いつしか業火は止んでいて、私は地面に寝そべっていた。熱さもなければ苦しさもない。上半身を起こし自身の体を見下ろす。衣服は所々焼け落ちていた。
「ひっ」
 脳内に業火の記憶がよみがえる。私は焼かれた。焼かれて死んだ。
「大丈夫。あなた達は生きてます」
 ルリアの声がしたほうを向くとそこには。
「汝らが我を呼び出したか」
 頭に直接声が響く。巨大な黒竜が、ルリアの傍に立っていた。身丈は三十米を優に越す。湛える風格はヒドラの比ではない。ヒドラはまだ敵と認識できたが、ここまで強大な力を持っていることが知覚できるとなると争うという気さえなくなる。
「この竜がヒドラを倒してくれたんですよ」
 私はただ、頷くことしか出来ない。規模が違いすぎる。私なんて矮小な存在、この黒竜の前には塵芥と変わりない。
「我は汝らの願いを聞き届けた。また眠りにつこう」
 言うが早いか、黒竜の姿は透けていき、そうして消えた。
「何、これ」
 理解が追いつかない。黒竜はなんだったのだろう。何故消えたのか。何故私は生きているのか。
「ルリアには不思議な力があると言っただろう。今のがその一端だ。星晶獣の使役。今の黒竜は初めて見るが……」
「プロトバハムート。この島に眠っていた星晶獣だね。素直に言うことを聞いてくれのは、きっと島民であるグランとジータがいたからかな」
 なんとはなしに語りかけてくるが、まだ事態は飲み込めない。
「何で、私は生きているの?」
「……一つの人間には魂が一つ宿っている。ジータの魂は確かにあの業火に焼かれた。けど、一つの体を動かすのには一つの魂が必要ってわけじゃないの」
「えーっと?」
「俺とジータとルリアの肉体で、魂を共有してる、ていう事か?」
 声のした方を伺えば、グランが胡座をかいて座っていた。体には致命傷という程ではないが火傷や出血が見られる。
「そういう具合。二人共、私とカタリナを助けてくれたから」
「成る程ねえ。体は痛くて堪らねえが、生きているだけ行幸か」
 グランは理解した、というよりは疑問を挟むことを止めた、に近い声音で頷くと徐に立ち上がる。私も合わせて立ち上がった。
「グラン」
 彼に近づき、抱きつく。嗚呼、グランだ。業火に焼かれながら脳裏に描いた人。もう二度と会えぬと思った人。
「いて、いてててててえよおい!」
 グランが叫び、私は慌てて彼を抱きしめるのを止めた。
「いってえ、いてえよぉ」
 よく見れば彼の毛髪はちりぢりと焼け、眉等の体毛類は殆ど残っていなかった。
「治療の魔術は」
 ルリアの言葉に、私もカタリナもグランも顔を見合わせた。既に魔力は枯渇している。それはそうだ。先のヒドラの一撃を耐えるために文字通り全力を尽くしたのだから。
「全員無理のようだな。致し方ない、港まで走ろう」
 カタリナの言葉に頷き、私はグランに肩を貸す。火傷痕から血と組織液が溢れ、私の手と腕を掛けた首筋を濡らした。
「一人で行ける」
 絶叫しないのは流石としか言いようがない。私であればとうの昔に気絶していただろう。グランは本当に辛い時には黙ったままなのだ。
「そんな事を言ってる場合?」
 グランに問いかけて一歩を踏み出す。二歩目を歩みだしたところで、私は膝から力が抜け倒れた。
「そんな事言ってる場合か?」
 グランに同じ問いかけをされる。全身に力が入らない。疲労だ。絶望的なまでの疲労。
「一人なら歩けるだろ。港まではほど近い。急ごう」
 グランは泣き言を吐くことなく立ち上がり、私を一瞥した。
「先導は、俺の役目じゃないな」
 私は苦笑し、膝に手を付いて立ち上がる。彼の言葉通り、まだ一人でならば歩けそうだ。
「行こう」
 私は笑う膝を押さえながら、魁を努めた。
 港まで着くと、そこには既にビィが居た。いつの間にか消えていたと思えば、先回りしていたらしい。
「遅せえぞ。港の人たちに話を聞いたら、今出せるのは一艇だけだとよ」
 ビィが指差す先にはボロの小型飛行艇が一艇。恐らくは大型騎空艇に搭載されていた非常用のものだろう。
「動くのか?」
「丸半年は動かしてないし、二ヶ月は放置されてる。けどこれ以外に艇は無いって」
 カタリナの言葉にビィが苦々しく答える。ビィの言うとおり、港にこれ以外の艇は見当たらない。
「仕方ない、これに賭けよう。出向準備を急いで」
 私の号令に三人と一匹は頷き、直ぐに艇へ向かう。私は乗り込んですぐ船内に潜り込み発動機の元へ向かった。見ればグランとカタリナは帆や舵を点検している。
 燃料、潤滑油、その他発動機周りの点検をしていく。至る所が傷んではいるが、なんとか動きそうか。私は他の面子の様子を見るために甲板に上がる。
「カタリナ、グラン、進捗は」
「最低限の動作確認は終わった。ただワイヤーやロープ類の摩耗が激しい」
 グランの言葉に頷く。動くのならば問題はない。私は発動機元へ戻りながら、出港に備えるよう呼びかけた。
 発動機へ到着し、始動を図る。スイッチ類が始動位置にあることを確認し、始動用の紐を引っ張る。発動機はぶすぶすと唸りを上げて直ぐに止まる。一瞬、全身が硬直した。急いで紐を戻し、もう一度機器を確認する。何が駄目だった。この型は初めて見るが特殊な手法が必要なのか?
 後ろ手で船外とを隔てている扉が開く。振り返ればルリアが入ってきていた。私は無視し機器を確認する。何が問題だ。
「ジータ」
 ルリアの呟きを無視し、紐をもう一度思い切り引っ張った。発動機はまた気の抜けた音を発しすぐ止まる。
「燃料が酸化してるの? これくらいの変質じゃまだ動くでしょ」
 もう一度紐を引っ張る。またかからない。
「帝国軍の増援に見つかった」
 ルリアが背後で放った言葉は、数瞬ばかり私の呼吸を止めた。すぐ様気を取り直し、紐を引っ張る。かからない。
 紐を引っ張る。かからない。
 後ろで扉が荒々しく開け放たれる。何事かと振り返れば、帝国軍兵士の背中が見えた。
「うおおおお!」
 聞こえてくるはカタリナの怒号。帝国軍兵士はカタリナに押されながら後ろに数歩たたらを踏むと倒れ込んだ。カタリナは倒れた兵士の鎧の隙間、首元に細剣を差し込む。
「ごっ」
 声ではなく、形容しにくい音を口から発した兵士の鎧の隙間から、どろりと血が流れ出る。
「ジータ!」
 カタリナが言いたいことは分かる。だがかからないのだからどうしようもない。
「かかれ」
 紐を引っ張る。
「かかれぇ!」
 紐を引っ張る。しかし、すぐに発動機は止まってしまう。
「でえりゃ!」
 駆け足で近づいてきたカタリナが、発動機を横合いから蹴り飛ばす。
「な、何を」
「機械はこうすれば動くと記憶している!」
 なんて乱暴な。こんな事をしては動くものも動かない。私はこれ以上の口論を止め、紐を引っ張る。発動機は先程よりも長く気の抜けた音を出して止まった。もしや。
 私は無言のままカタリナが蹴った場所の逆側を蹴り、紐を引っ張る。発動機はぶすぶすと気の抜けた音を数秒発した後、正常に動き出した。
「よし、段階的に出力を上げていく。全員体を固定して」
「待て、グランが帰ってきていない」
「何ですって」
「繋留具を外していたんだが、その時に――」
 カタリナの言葉を聞き終わらない内に私は腰にまだ剣があることを確認して船内から飛び出す。グランは船の直ぐ側の物揚場で兵士三名の足止めを行っていた。いや、足止めですら無い。彼は手負いの兵士を人質に取り間合いを取っているだけに過ぎない。
 私に気づいたグランは顔で船内に戻るように指示を出す。しかし私は頷かない。グランは圧倒的に不利だ。兵士三人はじりじりとグランを取り囲むように移動している。足止めも長くは続かないだろう。
 私は彼に援護すると決め、一歩を踏み出す。その瞬間、一本の矢がグランの左腕を貫いた。
「グラン!」
 グランは直ぐに捕らえていた兵士に止めを刺す。他の兵士が間合いを詰めるがその兵士に死体を押し付けまた間合いを離す。しかしまたもや彼を矢が穿つ。背中からで分からないが、刺さったのは恐らく右肺の辺り。
 背中から斬りかかってくる兵士をグランは背中にも目があると言わんばかりに避け、足を引っ掛け転ばせつつ岸壁から突き落とした。数は残り二人。私は矢を放った兵士を探す。いた。付近の家の影。既に三本目を番えている。しかしまだグランの援護には間に合――
「行け!」
 グランの言葉に、私は踏み出しかけた一歩を止めた。ついで、誰かに肩を捕まれ引き戻される。振り返れば、カタリナが沈痛な面持ちでグランを見ていた。
「援護する、ついて来て」
「二時方向を見ろ」
 カタリナの言うとおりに視線を動かせば、そこには帝国軍兵士が十名以上連なっている。彼らは此方を逃すまいと躍起になって駆け寄ってきている。接敵まで幾許もない。
「出発しよ……」
 出発しようと言いかけたカタリナは、不意に倒れ込んだ。見れば、腰辺りの鎧の隙間を矢が抜けている。――動けるのは、私だけ。私が決める。私が。
 グランを回収し出発。グランとカタリナを治療しながら操舵し避難先を見つける。よし、計画に不備はない。大丈夫。私ならやれる。あの程度の兵士なんとかなる。
 ――そんな、そんな理想論で頭を満たした私の視界に、ルリアが写った。その瞬間に、全てを悟る。無理だ。グランのところへ行っても巻き添えを食らうだけ。私が如何な手法を使おうともグランは死ぬ。私が決められるのは、三人がどうなるかという部分だけ。
 私は操舵室に入り発動機出力を上げ、舵を切る。艇は少しずつ、だが確実にザンクティンゼルの港を離れていく。
 これで三人は生き延びられた。彼の犠牲の上に、私たちは生き残ったんだ。
 私は操舵を行っているため、甲板に出て取り残されたグランを見ることは出来ない。
「は」
 口元が歪に釣り上げられる。自分の口から漏れた声が何を意味しているのか、私は直ぐには理解できなかった。
「ははははは」
 暫くして漸く、自分が笑っている事に気がついた。何が二人で騎空士になるんだよ、だ。この艇には私しかいないじゃないか。
「かは、ははは」
 気が狂れたように笑い続ける私を、重傷を負い甲板に寝そべったカタリナがただ見つめていた。 
 

 
後書き
Q,発動機?
A,誰がどう考えても小型のガソリンエンジン。原作では動力源の言及なかったので許してください。
Q,カタリナさんマジカタリナさん
A,蹴りでエンジン動かすとかマジぱねえっしょ
Q,こんなの飛行艇じゃないわ!羽根のついたカヌーよ!
A,だったら漕げばいいだろ! 
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