産女異伝
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第五章
「さすれば」
「はい、お願いします」
女からだ、赤子を受け取った。市兵衛は赤子を両腕に抱いたがその時に我が子を見る様にいとおしい顔になってその赤子を見た。
そして女をだ、悲しい顔で見た。そうしてから。
赤子を抱いた、赤子はどんどん重くなりまさに石か鉄の様だった。恐ろしいまでの重さであったが一刻程だ。
抱き続けた、そうしてからだ。女に言った。
「持っていますぞ」
「はい」
「何時までも」
こう言ってだ、子の刻からだった。
ひたすら持ち続ける作左衛門はその彼を黙って見ていた、子の刻から丑の刻になり寅になってだ。
そろそろ夜が明けようとしていてもまだだった、市兵衛は持ち続けていた。そして遂に朝日が昇るとだった。
女は消えた、そして赤子も。朝日と共にだった。
その女が消えたのを見届けてだ、市兵衛は作左衛門に言った。
「消えましたな」
「はい、朝日と共に」
「あやかしは夜の者達です」
「だから朝になるとですか」
「消えます、そしてあのあやかしは産女といいまして」
「その話は聞いております」
産女の話はとだ、作左衛門は答えた。
「あの様に子を抱かせるのですな」
「そしてその子は重くなっていき」
「抱いている相手を押し潰す」
「そうしますが最後まで抱くとです」
今の様に朝までというのだ。
「そうすればです」
「消えるのですか」
「成仏しまして」
「そうだったのですか」
「それがしはそれを果たしました」
今しがたというのだ。
「そして救えました」
「救う?」
「はい、実はです」
ここで遠い目になってだ、市兵衛は作左衛門に話した。
「それがしが山伏になった訳はお話しましたな」
「はい、奥方とお子が亡くなられ」
「産後が悪く」
それでというのだ。
「二人共です」
「そうだったのですか」
「それでそれがしは無常を感じまして」
「山に入られて」
「山伏となりました」
「そうだったのですか」
「そしてです」
市兵衛はさらに話した、二人は帰路についていた。朝の岡山の城下町はまだ人一人出ていない。いるのは彼等だけだ。
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