Unoffici@l Glory
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1st season
3rd night
前書き
Nightと書きながら昼間から話始まってるけど気にしない方向で
とある日のこと。一人の青年が「R4A」を訪れた。青と白のチェックのシャツにベージュのデニム、青のスニーカーというコーデでやってきた彼は、話もそこそこにショップのピットを訪れた。
「いらっしゃいませ」
「……どうも」
彼を出迎えたのは、専属ドライバーである「若き老兵」だ。薄汚れた職場の制服姿で、作業しているメカスタッフの動きを見つつ、バインダーを抱えながら色々と書き込んでいる。
「どうされました?何かお求めのものでも?」
「いや、聞きたいことがあって来たんです」
「ええ、答えられることなら」
「……『Dの遺産』、という言葉、知ってますか?」
そういった彼の表情は、極めて真剣なもの。「老兵」は一瞬ため息をついたが、表情を引き締めて向き直った。
「あなたもですか……どこでその言葉を?」
「僕の友達が、それを探しに行ったきりいなくなっていってるんです。何か知ってることがありそうだと思って」
「……申し訳ございませんが、こちらからお応えできることは何も。うちの35Rがそう噂されてるのは小耳にはさみましたが、全くの眉唾ものですし」
「……そうですか。お手数をおかけしました」
「いえいえ、車に関してのご相談なら、いつでもうちをお訪ね下さい」
そういって青年は店を出た。入れ違いにもう一人、別の青年がピットを訪れる。
「いらっしゃいませ」
「……二週間前、横浜環状……グレーのZ32、見覚えは?」
「さぁ……うちに、何か?」
それは静かに、しかし隠し切れない殺気をにじませた「グレーラビット」だった。
「『R4A』のR35……ここにあると聞いてきた」
「ご興味がおありなら、ご覧になりますか?」
「……いいのか?」
「ええ、こちらです」
営業スマイルを崩さずに老兵はグレーラビットを案内する。その先にあったのは、真紅に染められたR35GT-Rが出迎えた。エアロはGTウィングと車体底部のディフューザー程度。
「……こいつだ、間違いない」
「スペック聞きます?」
「いや、いい……いずれまた、戦うときも来るんだろう……」
「そうですか」
そういったグレーラビットの視線は、R35をただ睨みつけていた。
「そうさ……奴がforgetしてても……俺は忘れはしねぇ……」
二週間前、深夜のみなとみらいエリア、生麦付近。ちょっとした用事で訪れ、帰るルートとして通っていたグレーラビットのZ32を、真紅のR35GT-Rが抜き去った。
「……冗談じゃねえ……あんなのいつの間にいやがった?」
あっという間に見えなくなっていこうとする赤いR35を追うかの如く、ギアを落として加速するグレーのZ32。5号大黒線を抜けて湾岸に合流し、ベイブリッジに差し掛かるところでR35に並ぶ。
「負けてない……Zが俺に伝えてくる……まだRitireするには早い……」
しかし、ベイブリッジに入ると、R35が急加速。見る見るうちに突き放されていくZ32をしり目に悠然とダッシュしていく。
「……冗談じゃねぇ……俺は……思いあがっていた……?」
走れど走れど見えないR35の後ろ姿。さしものグレーラビットも、アクセルを緩めて巡航速度に入った。
「……忘れはしねぇ……いつか必ず……俺の手で奴を……!」
「すいません、ちょっといいですか?」
そして店を後にした彼を待っていたのは、さきほど老兵に『D』について聞いていた青年だった。
「俺に何か……?」
「ええ、不躾な質問で申し訳ないんですが、あの車のこと、何か知ってるんですか?」
「知っている、とは……?」
必死な表情で食らいつく青年に面喰いつつも、畳みかけるような言葉にたじろいでしまうグレーラビット。
「ええと、いや、その、ここの車についてじゃなくて、とある噂について聞きたいんです」
「噂……?」
「『Dの遺産』、って噂です。何が何なのかは詳しくはわからないんですけど、それを探してる友達が軒並みいなくなっていってて……もし何か知ってるんならと思ったんですが」
「『Dの遺産』……それを知って、あんたはどうする?」
その言葉を聞いた途端、表情に殺気が宿るグレーラビット。
「どうしたい、というわけじゃない。ただ知りたいんです。一体それが何なのか、なぜ探しに行くといなくなってしまうのか」
「……こっちの世界に、来たいわけじゃない、と?」
「ええ、ただ知りたい。それだけなんです。もしかしたら、それが何かわかれば、あいつらが帰ってくるかもしれない」
純粋な探求心、いや、友人が心配なのか、グレーラビットに食い下がる青年。
「どんな情報でもいいんです。教えてください」
「……Need to know……」
「え?」
「……悪いことはいわない。外野でいたいだけなら……ただ知りたいだけなら……知らない方がいい……」
そう言い残すと、彼はそのまま愛車でどこかへと走り去っていった。あっけにとられた青年を一人残して。
深夜のC1、赤坂ストレート。以前グレーラビットと戦ったロータスエスプリが、再び走り込みに来ていた。
「あれから色々見直したからなぁ。エンジンはこないだの仕様でいけるから、冷却効果どんだけ出てるかやなあ……」
「俺をわざわざ横に乗っけてこんなとこでバトルて、どういうつもりよ?」
「そらお前、山に引きこもってた人間がここで走ろう言うんやったらまずはスピードレンジの違いから体に教え込まな」
一人の青年が横に乗っている。ここまで数回のバトルをこなしつつも、以前とは違いオーバーヒートにはならず、一定の水温と油温を保っているとは彼の弁。
「まぁええけどな。俺も車持ってきてるから、練習したかったんやけど」
「アホか。田舎の山でケツ振ることしか考えてないマシンこんなとこに持ち込んだところでぼろ負け必須やて」
「せやからワレ前の車からこいつに乗り換えたんか」
「せやで。お前もMR2乗り続けるんなら、脚のセッティングとかはせめて見直さなアカンわなぁ」
「オドレに言われんでもそれくらいするわな……ん?」
助手席の青年が、後ろからのパッシングに気づく。
そこに現れたのは、黄色のRX-8、「雷光の疾風」だった。正面に見えたエスプリにパッシングをしかける。
「冷却弱いんはロータリーの宿命ってなぁ……んなことは耳タコだっての。それでも俺は、こいつじゃなかったら意味がねぇんだヨ」
以前はオーバーヒートで「流離いの天使」とのバトルを降りざるを得なかった。そんな彼が今宵最初のターゲットとして選んだのは、たまたまそこにいたというだけのエスプリだった。
「さてお前さん、ちょいとばっかり付き合ってもらうヨ?」
霞が関トンネルに入ったところから二台ともエキゾーストが変わる。とはいえコーナーが続くため、それほど全力で加速するわけではないが、動きがはっきりと変わる。
「おい、なんか来たで」
「ほおぅ、エイトかいな。カモにしたろ」
ハザードで応え、横並びになって二台同時に加速。鳴り響くロータリーサウンドとV8サウンドが共鳴する。
「やっぱりな、この辺で走るなら多少無茶しても全然ヘタレん。たいしたもんやでこいつ」
「まぁ、そらそうよ」
「とはいえ、もっと高速ステージに持ち込んだらわからんけどな」
ステアリングを握る腕に力が入る。視線も自然と鋭くなり、さらにペースを上げていく。
「こいつやりおるなあ、「Fine Racing」のヌルい連中とはちゃうで」
「とかいって負けんなよオメー」
「突っ込むぞ、つかまれッ!」
霞が関トンネルを抜けるが、二台の間にはまだ明確な差はついておらず、二台はさらにヒートアップする。
「こいつはまた……面白くなってきよったで!どんなもんか見せてみいや!」
挑発的なエスプリとは違い、疾風にはあまり余裕はなかった。
「このまま引っ張るとまたこっちが先に熱ダレ起こしちまう……せめてその前には……」
両者もつれあいながら千代田トンネルに入る。エンジンそのものの性能差が出づらいエリアであるがゆえに中々明確な差は付かない。とはいえミッドシップモデルであるエスプリの方が立ち上がり加速は一歩速く、RX-8はコーナー入り口でのブレーキポイントとラインを探りながら無駄な減速をしないようにスピードを維持し続ける。
「千代田抜けて江戸橋なら勝負ができる……それまで粘るしかねぇよナ」
心に余裕を残すための薄笑いは崩さず、それでいてギリギリまで自身を追い込む。少しでも前へ。相手より早く、長くアクセルを。
そして、予期せず訪れた命の千代田トンネル出口。見えてきた長いシルエットは長距離観光バス、かわせるのは一車線。そこに先に飛び込んだのはRX-8だった。
「オイオイオイ、死ぬぞアイツ」
「それならそれだけのドライバーってわけだ」
エスプリのドライバーはアクセルを緩め、疾風の後ろについた。そこで先に入られても、立ち上がり加速で追いつけるという自信があったからだ。しかし、運命は彼らに味方はしなかった。RX-8が抜けたときにはいなかったタクシーが、エスプリの前を塞いでいた。
「「ウッソだろオメー!」」
揃った声がエスプリの車内に虚しく響く。余儀なくペースダウンを強いられ、クリアになった視界には、もうRX-8の姿はなかった。
つっかえたエスプリをバックミラーで見た疾風は、哀れに思いながらも気にするそぶりを見せず加速していく。
「あらまぁ……まぁ、そんな日もあるさ。ここはそういう場所だ。別に一般車が通っちゃダメなんてルールじゃない。俺達がバカ騒ぎするのを許してくれる時間、ってだけだからナ」
悠然とRX-8はダッシュする。エンジンを冷やすためのパーキングエリアに向かって。
「無理は禁物、それがロータリーと長く付き合うための鉄の掟。そして、ここで死なないためにもナ。実際にセブンオシャカにしちまった人のいうことだから、重みが違うわナ」
そんな彼が、パーキングエリアを探しながらインプレッサ22BとランエボVにちょっかいをかけたのは、ただ単に自身の熱が冷めきっていなかったからだ、と後にこぼした。
後書き
疾風が誰にドライブを教わっているのか、それはまだしばらく先で。
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