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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第二十七話 少女たちの決意 前編

 ――――小伊坂 黒鐘とケイジ・カグラの戦闘が始まる少し前のこと。

 高町 なのは、ユーノ・スクライア、逢沢 雪鳴、逢沢 柚那の四名は黒鐘とは別の場所へ向かっていた。

 アースラの管理者、艦長に会うために艦長がいる部屋へ向かう。

 案内は艦長の息子であるクロノ・ハラオウンがしてくれており、彼もまた黒鐘と様々な事件を解決させてきた魔導師だ。 
 
「さて、移動しながらでいいから、こちらからいくつか質問させてもらっていいかな?」

 戦闘を歩き、背を向けながらクロノは四人に声をかける。
 
 四人それぞれ了承を示す返事をしたのを確認すると、淡々とした口調で質問を始める。

「四人は、黒鐘がなぜ地球にきたのか聴いているか?」

「えっと……」

「僕となのはは家の事情で引っ越してきたって聴いてるけど?」

「私とお姉ちゃんは管理局の人から休暇をもらったからって聴いてます」

「働きすぎ。 だから、休ませないとってことのはず」

 クロノの問いに、二つの答えが返ってきた。

 なのはとユーノの回答、逢沢姉妹の回答は、両者共に本人から聞いたことにも関わらず違う答え。

 クロノは驚いたが、一番驚いていたのは高町 なのはだった。

「え、海外からって来たんじゃなくて!?」

「海外……海より外から来てると言う意味では間違いじゃないと思うけど」

 なのはの隣を歩く柚那がフォローを入れるが、柚那はなぜ互いの理解が違うのか……その理由に察しがついていた。

(きっと先輩、高町さんに背負わせたくなかったんだ)

 自分が管理局で働いていることを詳しく話せば、なのはは必ず『なんで?』と問う。

 ――――なんで働いてるんですか?

 自分たちはまだ働く年齢じゃない。

 まだ学校に通って勉強する年齢だ。

 子供の自分たちが働かなくても、大人である両親が支えてくれる。

 子供は学校、親は職場。

 そんな常識があるからこそ、黒鐘が管理局で働いていることに違和感を抱く。

 そして、もしかしたら気づくかも知れない。

 黒鐘は両親を失っていると言う真実を。

 黒鐘が隠していることに、気づいてしまうかもしれない。

 そしてそれに気づいたなのはは、きっと同情や哀れみのような特別な感情を抱いて接してくる。

 それが黒鐘にとって避けたいことだったのだろう……と、柚那は予測した。

 それを裏付けるように、黒鐘は自分の身に起こったことを逢沢姉妹に説明せずに五年間を過ごしていた。

 きっと再会しなかったら墓まで持っていったことだろう。

 彼はそう言う人なのだ。

 自分の抱えるものの重さに気づいていて、けれど、それを誰かに肩代わりさせようだなんて考えは一切ない。

 その重みを知ってるからこそ。

 その痛みを知ってるからこそ。

 彼は誰にも、その苦しみを感じて欲しくないのだろう。

 そしてその優しさに、自分たちは救われていると言うことを柚那は知ってる。

 だって彼は、今もなお、誰かを苦しみの中から救い出そうとしてる。

 自分の背負うものを降ろすこともせず、抱えたまま、誰かを救うつもりだ。

(でも……)

 それでも、そんな優しさを知ったとしても、柚那は思わずにはいられない。

(先輩の背負ってるものが、少しでも軽くなってくれたら。 それが、私にできるようなればいいな)

 小さな願いを、祈りを、そして――――誓いを静かにたてた。
 
 そんな誓いを消し去るような出来事が起こったのは、それからすぐだった。

「そう言えば君は元の姿にはならないのか?」

 クロノが声をかけたのがフェレットの姿でなのはの肩に乗るユーノ。

 ユーノは忘れてたと言わんばかりに驚き、なのはの肩から降りて皆から少し距離を取る。

「地球に来てからずっとこの姿だったから忘れてたよ」

「ユーノ君、何かあるの?」

 なのはが不思議そうに首をかしげると、ユーノは目を閉じて意識を集中させる。

 すると彼の全身は薄い黄緑色の魔力光に包まれ、その光は徐々に大きくなっていく。

 一瞬のうちにクロノに近い大きさと体格の人影を作り出し、光が消えると中から一人の少年が姿を現した。

 金の短い髪に、緑の瞳をした優しい顔つきの少年。

「ふぅ。 この姿が普通なのに、なんだか久しぶりだな……って、どうしたの?」

 ふと周りを見ると一名、腰を抜かして驚いている少女が――――高町 なのはがいた。

 逢沢姉妹も目を見開く程度の驚きはしたようだが、すぐに納得して平静に戻る。

「ゆ、ゆゆ、ユーノ君って、フェレットじゃなかったの!?」

 むしろなのはの反応に対して逢沢姉妹が驚いたくらいだ。

「知らなかったの?」

 雪鳴の問いに首を何度も縦に振ってなのはは答えた。

「あ、あれ? 初めて会った時は……あっ!?」

「ずっとフェレットだったんですね」

 ユーノの反応に柚那も合点がいったとため息を吐いた。

 ずっと一緒にいる相手ほど知らないことが多い。

 灯台下暗し、と言うことわざが周りの脳裏に過ぎった一幕を終え、彼女たちは艦長室へ到着した。


*****


 艦長室に入ると、クロノ以外の全員が呆気にとられる光景が広がっていた。

 中にはなぜか茶道のセットが揃えられており、畳やらお茶やら竹に流れる水やらと揃えられていた。

 それが和をイメージするような木造の建物にあったのなら納得できよう。

 だが建物は近代で使われるような明るく有彩色に溢れる壁に会社で使われるようなデスクが置かれている部屋にそれがあれば、誰もが違和感を抱いてならないだろう。

 そして、そんな場所の畳の上で正座して待つ(和服ではない)一人の女性がこちらを向き、にっこりと笑みを見せた。

 薄い黄緑の長い髪と、額に浮かぶ紋章、そして母親特有の包容力溢れる笑みと雰囲気が印象的な女性は、笑みを崩さず優しい声を発した。

「お待ちしてました。 私はこのアースラで艦長をしてますリンディ・ハラオウンです」

「僕と黒鐘の母親でもある方だ」

「え、小伊坂君のお母さん!?」

「と言うかクロノさんっておにいちゃ……先輩の兄弟だったんですか!?」

 クロノの発言に誰もが驚くなか、なのはと柚那が動揺しながらも同時に声を発した。

 その表情にクロノとリンディは困ったような苦笑をする。

 元々、リンディが皆に話があると言うことでこの場にいることもあり、ここからの回答や質問はクロノからリンディに移行した。

「黒鐘は書類上の息子で、血は繋がっていません。 クロノは確かに私の息子ですが、黒鐘とは義理の兄弟にあたりますね」

 皆が『はぁ……』と、ため息に似た声を漏らしたが、これは理解が追いつかず、ただ声だけが先に出てしまったもの。

 本当は黒鐘を取り巻く周りの環境の複雑さに困惑していた。

 元々、彼が自身のことを詳しく語らないことが原因でもあるが、それにしても話していないことが多すぎると感じたのだ。

 それが彼の気遣いなのは分かっていても、こうして新しい情報が入るたびに、事前情報がないが故に驚きっぱなしでは心が持たないわけで、皆の頭の中にはこれからの事以上に、小伊坂 黒鐘の今までを知りたいという欲求が増していた。

「まぁ黒鐘の話しは後ほどとして、私からいくつかお話したいこと、お聞きしたいことがありますからどうぞお座りください」

 そう言われてなのは達は互いを見合い、頷きあってから畳の上に座った。

 これからの話しがジュエルシードに関するものと分かっていたのもあり、ユーノをリンディに近い位置に座れせ、そこから年長者の雪鳴や地球生まれの魔導師であるなのはが前に座った。

 柚那は畳に座らず、同じく畳から少し離れて立っているクロノの隣に並んだ。

「僕になにか用かな?」

「えっと……その、黒鐘先輩のことで色々と聞きたいことがありまして」

「それは後でと言う話しだったが?」

「諸々のことはお姉ちゃん達に任せておきます。 私が聞きたいのは、黒鐘先輩とケイジ・カグラさんいついてです」

「分かった。 話しの邪魔にならないよう、念話に切り替えてになるがいいかな?」

「ありがとうございます」

 こうして柚那とクロノは無言で会話を始め、同じくしてリンディ達も本題に入った。

 今日までに至るジュエルシード関連の出来事について、ユーノを中心として説明が始まった。

 ユーノがなのはと黒鐘に出会った事。

 ジュエルシードを巡り、金髪と黒の衣服に身を包んだ魔導師の少女と、黒鐘を圧倒するほどの実力を持つ凶暴な魔導師との戦闘など。

 ユーノの説明になのはと雪鳴が補足を入れながらの説明を終えると、リンディは数秒だけ目を閉じて思考に意識を集中させ、そして目を開いた。

「黒鐘には休暇を与えていたんですが……やはりと言うか、そうなりましたか」

「やはり?」

 リンディの発言に引っ掛かりを覚えたなのはの問いに、リンディは困ったような笑みを見せた。

「管理局で働くようになってからの彼は、何かと巻き込まれやすい体質で。 今まで色んな事件に首を突っ込んだりしましたが、それ以上に巻き込まれた方が多かったものですから」

 だから魔法文化がない世界を選んだんですが……と、ため息混じりに漏らしてなのはたちも苦笑した。

「ですが、ここからは私たちがロストロギアの捜索を引き継ぎますから、黒鐘やあなた方の負担もなくなるでしょう」

「え……」

「それは……」

 リンディの一言に、なのはとユーノが不満を含んだ声を上げる。

 それはここまで自分たちでやってきたから、中途半端に終わることの不満が大きかった。

 まだやり残したことが多い。

 ジュエルシードのこともそうだが、なのはの頭の中には彼女がいた。

 悲しそうな、寂しそうな表情で戦う一人の少女の存在。

 小伊坂 黒鐘が必死に助けようとしているその少女は、なのはにとっても印象の強い少女だった。

 その子を助けることも、手を差し延べることもできずに終わってしまうのは嫌だった。

「私は、ジュエルシード集めを続けたいです」

 だからなのはは、自分の意思を告げた。

「なぜですか? あなたは元々、魔法とは縁のない方です。 危険な日々に身を投じる必要なんてないはずですが?」

 リンディの言葉は最もだった。

 確かになのはは地球と言う魔法文化のない世界出身の、極々普通の小学生だ。

 そんな子がある日、奇跡的な出会いを通じて魔法に目覚めて、それから命懸けの戦いをすることになった。

 命を懸ける。

 死と隣り合わせのそれは、普通ならば関わる必要のない世界だったもので、関わらなくていいのなら関わらなくていいのだ。

 なのはにはその権利がある。

 それは決して逃げではないし、それを責める人はいない。

 それなのに、なぜ戦うほうを選んだのか、リンディはわからなかった。

 ……いや、分かったとしても、納得しきれなかった。

 彼女のような小さな身体のどこに、そんな大きな覚悟があるのか。

 リンディの問いに対し、なのはは思ったことを、思ってきたことを語る。

「私、ユーノ君達や、レイジングハートに出会ってから、自分にできること、自分がやりたいことが見えてきた気がしたんです。 私と同じくらいの女の子も、きっとなにかやりたいことがあってジュエルシードを狙ってるんだと思います。 私は、私のできることで知りたいんです」

 金髪の少女のことは、不思議と何度も脳裏をよぎる。

 黒鐘や雪鳴が対峙したことのある少女のことを、遠目から何度も見てきて、そして何度も思った。

 なんで……あんなにも、自分に似てるのだろうと。

 見た目じゃなくて、雰囲気とか、表情とか。

 それは気になったらずっと頭の中から離れないほど印象が強くて、知りたいと思った。

 それはジュエルシードを探していれば、きっと知ることが出来る気がするから。

「だから私は、続けたいです」

「ですが――――」

 なのはの発言にリンディは更に発言をしようとしたが、突如周囲の温度が下がったことに驚き、声を噤んだ。

 温度低下の原因は、なのはの隣でずっと無言を貫いていた雪鳴の身体から発している冷気が原因だった。

 三人の視線が雪鳴に注目したところで、彼女は冷気の放出を止めて口を開く。

「私は今、黒鐘の代理としているつもり。 元々黒鐘が関わってることだから関わってるだけで、ジュエルシード、それを狙う人に興味なんてなかった」

 と、雪鳴は淡々とした口調で思いを語りだす。

「海鳴には療養で来てるだけで、傷もだいぶ治ってたから元の世界に帰るつもりだった」

 それは黒鐘に再会する前までのこと。

 元々、海鳴周辺で魔法が使用された気配は感じ取っていて、しかし介入せずにいた。

 傷のこともあったが、管理局がすぐに介入して解決することだと思っていたし、被害もそれほど大きくはなかったからだ。

 しかし、黒鐘と再会して、彼が関わってると知って自分たちも関わろうと思った。

 結局、黒鐘と再会していなかったらジュエルシードのことは気にもしなかっただろうと雪鳴は振り返る。

 けど、ジュエルシードに関わって、それを狙う少女と邂逅して、考えは変わっていった。

「高町 なのはがジュエルシードを狙う少女に興味を持つ気持ちは私も同じ」

「その魔導師に対しても私たちが適切な対処をするつもりですが?」

「それは逮捕して事情を聞いて然るべき処罰を与えること?」

「それだけのことを起こしていれば止む負えませんね」

「なら尚の事、私は高町 なのはに賛成する」

「雪鳴さん……」

 なのはは嬉しそうに雪鳴の方を向き、雪鳴も小さく微笑んで頷き返した。

 こうして雪鳴が柚那や黒鐘以外の相手に本心をぶつけることは滅多になく、それはなのはに対して一定の信頼を持っていることの証明だった。

 他者に対して深く接しようとしない雪鳴の変化とも言えるそれは、遠目から見つめていた柚那にとっても嬉しいもののようで、クロノと会話しながらも嬉しそうに微笑んでいた。

「……なるほど、そちらの意思は固いようですね」

「はい!」・「ええ」

 なのはと雪鳴が同時頷くと、リンディは困ったような……いや、どこか嬉しそうに微笑んで頷いた。

「分かりました。 ジュエルシードについて私たちは情報不足という事もありますから、民間協力者と言う形にはなりますが、それでもよろしいですか?」

「はい!」

「お気遣い感謝します」

 二人は頭を下げると、そんな二人にユーノが涙目で感謝を述べた。

 ユーノにとっても、自分が原因の事態に最後まで関わってくれることが嬉しかったのだ。

「二人共、ありがとう!」

「にゃはは!」

「……ふふ。 これからもよろしく」

「うん!」

 こうしてなのは達は継続してジュエルシードの捜索を続けることが決定した。

 ただし、民間協力者と言うボランティア的な関わり方なので今までほど、全部の戦闘に参加するわけではないし、規則に縛られることもあるのでそこは承知の上での活動になる。

 それでもこれからも関わることは自分たちにとって必要なことだと、この時からすでに気づいていた。

 ――――そんな彼女たちのもとに、ケイジ・カグラから通信が入り、それを聞いた全員が艦長室を飛び出した。

 『坊主……小伊坂 黒鐘をぶっ倒して病室に送ったから、話しが済んだら病室に来てくれ。 色々説明したいこともあるしな』。 
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