SAO-銀ノ月-
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遭遇
前書き
この二次には関係ない話ですが、ユナ役の神田沙也加さんがご結婚なされましたね。お相手が童子だかビショップだかレギオンだかのため、仮面ライダー俳優と語弊のある呼ばれ方で笑います。どれも怪人ですって。
……何の話でしたっけ。おめでとうございます。
『オーディナル・スケール、起動!』
結論から言えば、クラインが提案した儲け話というのは、やはりオーディナル・スケールのボス戦の参加だった。世界が塗り替えられていく光景を、ずいぶんとこなれた様子で見物しながら、生成された日本刀《銀ノ月》の柄を掴む。隣ではアスナやクライン、風林火山のメンバーも同じくARの装備となっていて、どうやら今日のステージは野球場のような――それにしてはやけに天井が低いが――スタジアムだった。。
「クラインさん、改めてありがとうございます」
「なぁに、良いってことよ。こっちとしても、頼りねーギルメンより役に立つしよ」
「頼りねーリーダーより、《閃光様》に指示された方がやる気も出るから、の間違いだろ?」
「うっせ!」
風林火山の他のメンバーの野次に笑いが起きながら、内心ではもちろんクラインに感謝しておく。ボス戦の場所が直前まで分からないこの仕様では、いくら複数ボス戦があると言っても、足がない俺やアスナは参加できない。そこをクラインに車が送ってくれると進言してくれたため、なんとかボス戦に参加できていた。
「それでアスナよぉ。やっぱキリの字は来ないって?」
「えっと……キリトくん、やっぱりARは嫌いみたいで」
「ったくよー……ま、その分をプレゼントで驚かしてやりな。あ、ショウキはお前、終わったらなんか奢れよなー」
「善処する」
あいにくとモチベーションが低いキリトがいないことを残念に思いながら、それでも俺もアスナもこの場にいる。《オーグマー》によって拡張された視界の端に映る、リズへのプレゼントが貰えるポイントまでは遥か遠い。
「ふふ。プレゼントを贈る人、増えちゃったかな。ね、ショウキくん」
「いやいや、奢ってもらうのはショウキにだけでよ……ん? でもアスナかショウキかからプレゼント貰えるなら、どっちか考えるまでも……」
「9時だ!」
どうでもいいことで悩みだしたクラインを尻目に、残酷ながら時間は止まることはなく。時刻が9時――オーディナル・スケールにおいて、ボス戦の時刻を回る。天井が低いながら設置された観客席が光に包まれると、いつものマスコットを引き連れたユナが出現する。
『こんばんは~! 今日は歌ってるところ近いから、私をちゃんと守ってね!』
「い、いや……それはいいけどよ。ユナちゃん、ボスはどこにいんの?」
『ん~?』
ユナが出現した観客席の近くにいたプレイヤーを代表して、虎頭のプレイヤーがバズーカの銃口を下げてユナに挨拶した。マスコットにマイクを持ってきてもらいながら、ユナは指を顎に当てて何か考え込むようなポーズを取った。
『もう、いるみたいだよ?』
「え?」
「――退がって!」
ユナの含みのある笑顔と虎頭のプレイヤーの疑問、そして何かに気づいたようなアスナの、三つ言葉が重なった。それと同時に床に青色のラインが走っていき、それは虎頭のプレイヤーの足下へと伝わっていた。
「うぉ!?」
『ミュージック~スタート!』
そして虎頭のプレイヤーの足下から、岩で出来た巨大な拳がせり出してきていた。いや……それだけではなく、天井からは、全てを踏み潰すかのような巨大な脚も。幸いにもアスナの警告によって虎頭のプレイヤーは潰されることはなかったが、まともに当たれば一撃でぺっちゃんこだろう。
「あれが……」
ほうほうの体で逃げ出す虎頭のプレイヤーを尻目に、床と天井から現れた岩の手足は、再びスタジアムに埋まっていく。そしてユナが何事もなかったかのようにライブを開始するのを見て、いや聞いて、他のプレイヤーは確信する――今日のボスは、あの岩の手足だと。
「……《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》」
「……なんだって?」
「今日のボスの名前。……来るよ、とにかく床と天井のラインに注意して!」
アスナの呟きによるのならば、そのボスの名前は《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》。旧SAOのボスと同様の命名法則に、今日も旧SAOボスか――などと考えていると、床と天井のラインが目まぐるしくプレイヤーたちに襲いかかった。
「うわぁぁぁ!」
「おわっ!?」
「アクト!」
やはりプレイヤーとラインの位置が一致した瞬間に攻撃が炸裂するようだが、天井と床を同時に注意を巡らせるのは難しく、フィールドに合計四本の手足が炸裂する。こちらも大盾持ち故に動きの鈍い風林火山の一員、アクトがラインを踏んでしまい、防御不能な床という場所から拳が放たれる――ものの、アクトはすぐさまバックステップして拳を避けてみせた。
「今だ!」
「っしゃぁ!」
「オラぁ……って効かないぞオイ!」
アクトがラインに触れていたのはわざとで、すぐさま風林火山の一斉攻撃が、姿を現した拳に反撃だと言わんばかりに叩き込まれた。ただしその岩のボディに手応えこそあったものの、まるで効いた様子もなく岩の拳は床に沈殿していく。
「ゴーレムタイプよ! 弱点を探して!」
アスナの指示が全体に飛ぶ。床と天井を動き回るラインのせいで、陣形も組めずに個々で逃げ回るしかなかったが、故にその指示はプレイヤー全員に届いていた。ゴーレムタイプ――すなわち、ここにあるのは迫る岩の両手足だけではなく、ゴーレムの核がある胴体か首もあるということだった。
「まさか……」
ゴーレムと呼ばれるモンスターは、大抵どこかに核があるのが常だ。ただしその核があるだろう、頭や胴体のパーツはどこにも見当たらない。ラインを避けながら探し歩きつつ、ある仮説を建ててあえてラインを踏みつけた。
「……アスナ!」
ラインを踏み抜いたことで、俺のいた床から現れる《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》――の、頭パーツ。俺を咀嚼せんと口をあんぐり開けて狙う顔には、宝石のような核が光り輝いていた。
「ええ!」
ただしその咀嚼から逃れるために、攻撃のチャンスは逃してしまうが、そこに現れたアスナが正確無比な突きを喰らわせた。核にダメージを受けた《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》は、苦悶の声をあげながら床に潜っていく。
「ナイス、ショウキくん! でも、なんで首が……?」
「もう両手足が出てたからな」
二本の手足がプレイヤーを襲っているにもかかわらず、まだ床にボス出現のラインは残っていた。ならばそのラインは、残るパーツの出現ラインなのではないか。幸運にもその直感は当たったようで、まずは一撃、《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》に当てることに成功する。
「出る位置が分かれば……銃を持ってるプレイヤーに伝えてくるね!」
そう言うや否や、アスナは両手足から逃げ回っているプレイヤーたちへと、ラインを踏まないようにしながら走り出した。確かにこのゲームで最も攻撃力が高いのは、銃撃による弱点への一斉射撃だ。アスナの狙いを察した俺は、かろうじて陣形を維持している風林火山の方に向かう。
「クライン!」
「おう、一撃当てたみたいじゃねぇか! どうやった?」
どうやらこちらの動きも見ていたようで、それならば話は早いと核とその出現条件について、風林火山のメンバーたちにも話していく。
「つまり、俺たちは何をすればいいんだ?」
「そりゃ……決まってんだろ? ショウキの得意技よ」
「素直に囮って言え」
などと言っているうちに、《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》のラインは、俺たちを囲むように迫って来ていた。どうやら陣形を組んで密集しているプレイヤーたちの元に優先して来るようで、いずれ足の踏み場もなくなってしまうだろうと予感する。
「避けろよ!」
クラインの指示が飛ぶとともに、陣形を崩さない程度に各自で両手足を避ける。ここでバラバラに逃げ回って、《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の狙いを分散させてしまえば、せっかく囮になっている意味もなくなってしまう。
「うわっ!?」
「攻撃パターン変わってんぞ! 注意注意!」
「カルーの元に集まれ!」
踏みつけと拳だけだった攻撃パターンが増え、キックに直撃したカルーが両手矛を持ちながら吹き飛ばされた。正確には吹き飛ばされたというか、攻撃に合わせて飛び退いたのではあるが。囮の陣形を崩さないように、すぐさま倒れたカルーの元に再集結する。
「ショウキくん!」
「踏むぞ!」
床から迫ってきた拳がギリギリ掠めていると、遠くからアスナの声が聞こえてきて、そちらをチラリと見ると銃持ちプレイヤーを率いる姿が見えた。準備が完了したという証だと察すると、クラインがわざとラインを踏むように指示を出した。天井のものも含めて五つのラインに交差すると、両手両足に加えて頭パーツも俺たちを飲み込もうとしてくるが――来ると分かっていれば、飛び退きつつにタンク職に隠れることぐらいは出来る。
「撃って!」
「よっしゃ!」
「ポイントいただきだぁ!」
拳と咀嚼から避け、蹴りをタンク職の背後に隠れ、《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》から離れると。アスナの号令の下、最も人数の多い銃持ちプレイヤーたちの一斉射撃が、針のむしろのように《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》に襲いかかった。それら数発は核に直撃し、残る銃弾も徐々に核に向かって収束する。アスナの突きからは一撃だけで逃げおおせていたが、放たれ続ける銃弾からはそうはいかず、《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》が核に当たったことを示す苦悶の声を叫び続ける。
「あ……撃つの止めて!」
「え?」
そして核に多数の損害を受けた《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》が消える直前、アスナが何かに気づいたように攻撃中止指示を出した。そしてボスが再び地面に潜っていった瞬間、アスナが危惧していたことがプレイヤー全体にも伝わった。
「ユナちゃん!」
「避け、避けて!」
《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の背後には、いつものようにライブをしていたものの、ボスの都合によって低い場所で踊るユナの姿があった。多くはアスナの指示に従って攻撃を止めたものの、既に放たれた弾丸は《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》が消えたところで止まることはなく、無防備なユナに向かって殺到していく。
『……大丈夫!』
迫り来る銃弾に気づいたユナだったが、妖艶に微笑みながら踊りも歌も止めることはなく。そうして強く歌い上げると、ユナと銃弾の間にどこからか男が割って入っていた。観客席から勢いよくジャンプしたらしく、自ら殺到する幾つもの銃弾に向かって行っているようだった。
「あいつ……?」
まだ少年の面持ちを残している青年、という形容が相応しいか。その青年が片手剣を振るう度に銃弾は切り裂かれていき、青年がスタジアムに着地した時には、既にユナに迫る銃弾は全てこの世界から切り裂かれていた。
「ランク、二位……」
「まじかよ……」
その青年の頭上に表示された、オーディナル・スケールの累計ポイントによるランキングは、圧巻の2位。目的のためにかなりやりこんでいる筈の俺やアスナも、まだ100番台だと考えるとその数字は圧巻で、周囲からもざわめきが漏れていた。
「何者だぁ……あいつ」
「…………」
そんな俺たちの奇異の視線や声を受けて、そのランク二位の青年は――ニヤリと、笑ったように見えた。
「攻撃パターンが変わるぞ! 気をつけろ!」
――いや、どうやらこちらの気のせいだったかのように、青年は俺たちをボス戦という現実に引き戻した。床に天井から張り巡らされていたラインが、陣形を組んでいた俺たちではなく、またバラバラにプレイヤーを狙い始めていたのだ。
「おわっ!」
「散って、みんな!」
「おいおい、増えてねぇか手足!?」
アスナのとっさの判断によって、迫り来るゴーレムの拳に足から、再びプレイヤーたちは散らばっていった。ただし俺たちを狙うゴーレムの手足が二本ずつだけではなく、さらに増加している上に、このランダムパターンでは先と同様の一斉射撃は通用しまい。チラリとそちらを見てみてはみるが、ランク二位の青年もとにかく回避に専念していて、特に変わった様子の動きは見せていない。
「手足が増えようが、やることは変わんねぇだろ!」
「ショウキ、トドメ頼む!」
「ああ!」
怒濤の勢いで殴りつけてくる腕をタンク職に防いでもらいながら、まだ辛うじて近くにいる風林火山たちと目配せしあう。まずは俺が全体を見渡せる位置にバックステップをすると、風林火山のメンバーがあえてラインと交差する。
「うおっ!?」
「そこだ!」
攻撃の回数や頻度が増した分、どうしても避けられないメンバーは出てくる。そのフォローは他のメンバーに任せながら、感謝しつつ日本刀《銀ノ月》で突く構えを取り、現れた《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の顔に向けて――
「……ない?」
「何ぃ?」
「っ!?
――頭にあるはずの弱点の核が、どこにもない。俺の突きは行き場を失ってしまい、むしろカウンター気味に放たれた咀嚼から危うく逃れると、なんらダメージを受けることなく《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の頭パーツは地面に潜っていく。
「弱点が消えるなんて聞いてねぇぞ!」
「それなら手足が増えることもな!」
「おい弱点あっ――つあー! 逃した!」
「おい、アレ撃て……無理だな」
ならば、核はどこにあるのか。その答えはどこにでもあり、どこにでもない。出現した手足のいずれかのどこかの場所に、ランダムに出現するようだっだ。先程までのように頭に核があると分かるのであれば、準備をして対処のしようもあるが、ランダムパターンではどうしようもない。
「っそ!」
突き出てきた拳に弱点を探すあまり、ボスの一撃を喰らってしまう者も多くなる。隣に立っていたプレイヤーのHPが0になり、装備が解除されて脱落するのと、核付きの足が天井に昇っていくのを横目にする。
「ショウキ!」
「ッ!」
警告と同時にラインを踏んでいることに気づき、バックステップしながら現れた岩の腕に日本刀《銀ノ月》を振り抜く。残念ながらその腕に核はなく、岩の身体を斬り裂くまでにも至らなかったが、一瞬だけその動きが止まる。しかし本当に一瞬で、やはりすぐさま床に沈殿してしまうが、その一瞬にチャンスを見いだした。
「……強く当たれば止まるぞ!」
今発見したことを、パーティー全員に伝わるように叫ぶ。弱点である核を発見してからは、岩の腕や足に攻撃を当てていなかったが、攻撃して一瞬動きを止めた後に核に攻撃出来れば。
「そこだ!」
核の発見とボスへの攻撃と核への攻撃、それらを全てこなすのは一人では無理な話だ――だが複数ならば。虎頭のプレイヤーを襲っていた岩の腕の裏側に、核を示す光があるのを見つけ叫ぶ。
「……せっ!」
するとランク二位の青年が、かなりの距離があったにもかかわらず、その核がついたボスの腕に向けて跳んだ。まるでこの世界にはない翼を持っているかのように、《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の腕に強く片手剣を打ちつけた。
「――ええい!」
ランク二位の青年の攻撃を受けた岩の腕は動きを止め、そのまま青年と場所を入れ換えたアスナの突きが核に直撃する。かの浮遊城においてはスイッチと呼ばれていた連携が炸裂し、大地に沈んでいた《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の苦痛の叫びが、地震のようにスタジアムを揺らしていた。
「終わったか?」
「いーや、まだらしいなぁ……」
この《オーディナル・スケール》はボスのHPを確認することは出来ない仕様だったが、その叫びからトドメは刺せたかと思索する。ただしカタナで肩を叩いていたクラインが、油断なくカタナを構え直すとともに、再び《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》は地上に降り立った。
「遂に本番ってことか……」
そう、手足や頭がバラバラになって襲ってきた今までの形態ではなく、完全体というべき人型ゴーレムの姿。あまりの巨体にスタジアムの天井を破壊しながら、本来の姿を取り戻した《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》が姿を現した。
「いや、本番……ってよりは、最後の足掻きっぽいぜ?」
「戦隊ものの悪役が最後に巨大化する感じか?」
「なら、さっさと引導を渡してやろうぜ!」
「おう!」
その逡巡してしまうほどに巨大なボスを前にして、怯むことなく風林火山のメンバーが肉迫する。走りながら陣形を組み直していると、まるで隕石が直撃するかのような、そんなパンチの一撃がボスから叩き込まれた。
「ヘッ……軽いねぇ!」
「おりゃ!」
「せりゃ!」
その一撃をタンク職の二人がなんとか防ぐとともに、クラインを始めとした残りのプレイヤーが、ボスの足に向けて一斉に攻撃を仕掛けた。ただしゴーレムの足は先程までと同様に、まるで傷がつくことはなかった。
「ヤバ……逃げんぞ!」
やはり核への攻撃しかない――と、プレイヤーたちの意識は共有される。そしてその足が大きく浮かんだかと思えば、風林火山のメンバーがいた場所を力強く踏み抜いた。衝撃波も伴うスタンプ攻撃だったが、既に風林火山のメンバーはその範囲内から離脱していた。
「核は……目か!」
「核を撃って!」
「あいよ!」
すっかり銃持ちのプレイヤーの指揮者となったアスナの指示が広まり、生き残った銃持ちプレイヤーがその銃を轟かせた。ただしゴーレムの目となった核を、遠距離からピンポイントに撃ち抜くことは難しく、顔に効くことはない一撃が与えられ続けるに過ぎなかった。
「っつ……おいショウキ、なに見てんだ! 全員で同じとこ殴って、こいつ転ばせんぞ!」
「あ……ああ!」
「いや、その必要はない」
クラインが提示した新たな指示に、打開策はないかと考えるのを止めて、日本刀《銀ノ月》の柄を握り締める。こちらに向けて殴りかからんとするボスの動きを見て、その一撃を避けて足元に潜り込めば――と思っていた矢先に、そんな制止の声が俺たちに届いた。
「アスナさん。弾幕を止めてもらえますか」
「あなた……ノーチラス……?」
その制止の声の主は、ランク二位の青年――アスナは驚愕した面持ちで問いかけるが、それに答えることはなく、青年……ノーチラスはボスに向けて疾走した。
そして地表に向けて殴打を繰り出す《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》に対して、まるで翼がついているかのような速度、と先述したそれは比喩表現ではなかったかのように、果てしない空中に跳びあがった。
「え?」
「は……?」
俺たちが発する驚愕の声になど興味がないとばかりに、跳びあがったノーチラスはそのままボスの攻撃を避けながら、《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の核に肉薄する。そして自身の得物である片手剣を鞘から引き抜くと、横一線に顔面ごと核を斬り裂いていた。
『おめでと~!』
「……なんだありゃ」
ユナの祝辞とボスのポリゴン片への四散。今までそこにいた《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》の消滅とともに、世界もまた、拡張現実から元の世界に戻っていく。誰かの驚愕混じりの疑問の声が聞こえてくるが、それは全てのプレイヤーが感じていることだろう。
『今回も、一番頑張った人にご褒美をあげるね! ……って、もう!』
今回のユナのボーナスを受け取るのは、悔しいが1人しかいないだろう。いやユナにキスされたかったから悔しいとかではなく、あくまでプレイヤーたちの代弁として――と心中で何の意味もない、誰に向けてかも分からない言い訳をしていると。マスコットに乗って降り立ったユナが、何やら混乱しているかと思えば、ノーチラスと呼ばれたプレイヤーがどこにもいなかったのだ。
『それじゃあ……』
「っ……!」
『あら残念。なら……』
どうやら消えてしまったノーチラスを諦めて、他のプレイヤーを眺めだしたユナ。プレイヤーたちはこぞって自己アピールし始めたが、ユナは一歩だけアスナの元に踏み出した……ものの。当のアスナが全力で逃げ出し、ユナはまたもや断念すると、踊るようにクルリと振り向いた。
『前の続き……シちゃう?』
自分には関係ないとばかりに息を吐いていたが、気づけばユナが俺の前に立っていて。淫靡な笑みを浮かべて艶やかな唇をアピールしながら、目を閉じて顔をゆっくりと近づけてくる。
『……なんちゃって?』
キスされるならせめて頬に、という気持ちが微塵ほどに存在しながらも、照れ隠しにユナから顔を背けると。前回はデコピンだったが、そっぽを向いてるからか、今度は俺の頬にユナの指が突き刺さった。
『キスは今度。だからまた来てね、ショウキくん?』
「…………」
悪戯めいた表情を最後まで崩すことはなく、ユナはそのまま消えていった。そうして消えていくことや、頬に触れられない指から、明らかに彼女はAR由来のものだったが、あの表情は――とまで考えたところで、クラインからポンと肩が叩かれた。そちらに振り返ってみれば、ユナから逃げていたアスナも笑っていて。
「ボス戦に来る理由が増えたなぁ、オイ」
「リズへのお土産話もね?」
「増えてな……やめろ!」
「しかしよぉ、あのランク二位の野郎は何者なんだろうな」
「ノーチラス……だっけか。知り合いなのか、アスナ」
「うん……」
《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》を倒した帰り道、クラインが近場まで運転してくれるというので、アスナとともに厚意に甘えた車内にて。当然のように話題は、あのランク二位の青年――ノーチラスのことだった。知り合いらしいアスナに聞いてみれば、少しばかり顔を伏せながら話しだした。
「元は血盟騎士団の一員だったんだけど、VRと相性が悪かったみたいで……私が戦力外通告したの」
VR不適合者。先天的に仮想空間との相性が悪く、距離感が掴めない、動きが鈍いなどの弊害を持った者たちの総称だ。とはいえ攻略組にも不適合者だった青年もいて、それだけでは一概には計れないのだが。
「キリトとは逆だったのかね。ま、今度はいいとこ取られないようにしねぇとな……お、ここら辺でいいか?」
「あ……ああ。ありがとう」
「ありがとうございます、クラインさん」
「良いってことよ。またな!」
キリトがARを苦手としていることを皮肉りながら、クラインが運転してくれた車が駅の近くに停まる。アスナとともにお礼を言って降りると、クラインは何でもないように車を走らせていった。
「それじゃショウキくん、私は電車だから。お休み」
「ああ、お休み」
そうしてアスナにクラインと別れると、バスに乗って家まで帰っていく。早寝の為にすっかり寝ているだろう父を刺激しないように、静かに家の扉を開けて帰ったことを小さく呟いた。そのまま部屋に戻っていくと、布団に置いてあるアミュスフィアが目についた。
「……リンク・スタート」
もう時間も時間の上にすっかり疲れてしまったので、シャワーでも浴びて泥のように眠りたいのだが、何やら目についたアミュスフィアがVR空間に呼ばれているようで。一息ついて布団に寝転ぶと、アミュスフィアを被ってVR空間へとダイブしていく――
「リズ?」
「……ショウキ?」
馴染みのリズベット武具店の工房には、同じく馴染みのピンク色の髪をした少女がいた。椅子に座って本を読んでいたようで、この時間に来るとは思っていなかったのか、目を白黒させてこちらを見ていた。
「何、読んでるんだ?」
「これよこれ。家や学校じゃ読めないからねぇ」
そうしてリズが見せてきたのは、《SAO事件目録》――先日発売された、あのデスゲームがまとめられたという一冊だった。もはや世間ではSAO事件が過去のものになっている証左だったが、まだ事件の残滓が残っている生還者学校や、各家庭では確かに読むわけにはいくまい。
「でもやっぱ気になっちゃって。電子版、買っちゃったわ。見てよ、このページなんか」
「なに? ……『俺が二本目の剣を抜いたとき――立っていられるヤツは、居ない』……?」
誰が言ったことになっているか、その台詞を聞いただけでよく分かった。二刀流の勇者など、あの世界には1人しかいなかったのだから。
「このページ読ませた時のキリトの顔ったらなかったわよ!」
「その……リズ」
「分かってるわよ……あんたが載ってないか、でしょ? こんな風に」
今回ばかりはキリトに全力で同情していたが、そんなことより重要なことが他にはあった。そんなことは分かっているとばかりに、リズが先のユナを思わせる悪戯めいた表情を見せて、ペラペラとページをめくっていく。
「……なんて、冗談よ。そりゃキリトの盟友的なアレな紹介は載ってるけど、あんな勇者勇者してるのはないわ」
「盟友……ね」
リズの言葉に安心しながらも、同時に、どこか釈然としない気持ちを感じていた。デスゲームだということも実感出来ずに、右も左も分からずフィールドに出た俺を、助けてくれたのはキリトだった。アスナとはまったく違う意味だが、キリトがいなかったならば、俺はここにこうしていないだろう。
盟友、なんておこがましい。俺にとってキリトは、今なお返しきれない恩を持った友人だった。
「リズは載ってるのか?」
「あたし? あたしはほら、攻略組を支えたプレイヤー、とかいう覧に名前だけ」
まあ、キリト当人は、そんな重い感情をうっとうしたがっているけれど――とは、心中のみに抑えて。苦笑いしながらそんな感情を振り払うと、話題を変えてリズのことを聞く。
「うん……うん、ちゃんと載ってる。あたしも参加してたってことよね……」
「リズ?」
「……ううん。攻略組を支えたなんて、ちょっとくすぐったい言われ方ね、ってだけ」
読み終わったら、ショウキにも貸してあげるわ――などと言葉を続けながら、リズはSAO事件目録を閉じる。もう夜も遅い、そろそろログアウトする時間なのだろう。
「ねぇ、ショウキ」
「ん?」
「あんた……SAOの記憶、失ったらどうする?」
そうしてお互いに慣れた調子でログアウトの準備をしていると、突如としてリズからそんなことを問いかけられた。返答に脳が思考を回転させるよりも早く、リズがばつの悪そうな表情に変わっていく。
「……ごめん、変なこと聞いて。お休み、また明日学校でね!」
そう言い残してリズはログアウトしていき、この仮想世界から消えていく。最後に俺に見せたのは後ろ姿であり、その表情は伺い知れなかったが――
「リズ……?」
どこまでも広がる山々と蒼穹。アルプスを連想させる景色を眺めながら、山小屋の近くに設えられた椅子に座って、青年はある本を読んでいた。ただしその丸太を切り抜いたような椅子は、現実ではただの長椅子で、周囲の景色はただの薄暗い研究室だということは、青年が一番よく分かっていたが。
「……ふん」
今日のオーディナル・スケールのボス戦を思い返して、自分を呆けた姿で見ているだけのプレイヤーたちを鼻で笑う。しかもその中には、あの《閃光》やギルド《風林火山》、《銀ノ月》もいたのだと言うのだから。
「《閃光》でもない……《黒の剣士》でもない、このオレが、だ」
腹を抱えて思い切り笑ってやりたい衝動に駆られるが、流石にそんなことはすまいと自重する。それでも気分よく鼻歌を流しながら、ペラペラと本をめくっていくと。
『コラ! エイジ、なんでいなくなっちゃったの? せーっかく、ご褒美にキスしてあげようとしたのに』
「ああ、ごめんよ。ほら、お詫びにこれあげるから」
『え?』
青年の鼻歌以外には、小鳥のさえずりか風の吹く音か、それぐらいしか聞こえなかったその空間に、突如としてユナのソプラノ調の声が響く。青年は読んでいた本に付箋を張って椅子の上に置くと、立ち上がってユナに向き合った。
「ほら」
『わぁ~! キレイじゃん!』
青年がユナに手渡したものは、まるで宝石のような黄色い球体。それはARの存在であるユナが触ることが出来ていて、満足げにそれを太陽に照らしだしていた。
『でも、何これ』
「みんながユナの歌に満足した証だよ。これからもっと手に入るさ」
ユナのマスコットがどこかから用意したガラス細工に、その宝石をしまい込みながらユナは問いかける。青年は答えながらも椅子に座り込むと、再び読んでいた本を――SAO事件目録を開いていた。
『私の歌で、このキレイなのがもっと?』
「ああ、もっと手に入るとも」
その読んでいたページには、《リズベット》と書かれた文字に斜線が引いてあった。しかし青年は、そこに興味はまるでないとばかりに、本を付箋が張られたところまでペラペラと捲る。
そのページに刻まれた名前は、ギルド《風林火山》のメンバー全員の名前と――
「もっと……もっとさ……」
――ショウキの名前だった。
後書き
今回、ボスとして緊急登板していただいた《フスクス・ザ・ ヴェイカントコロッサス》ですが、原作だと攻撃が掴むとか踏み潰しだとか食べるなどとARでは再現が難しいので、現れたらすぐ消えるなどとちょっと変わってたり。
フィールドを水没させる4層ボス《ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプ》がどうアレンジされたのか、私、気になります!
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