提督はBarにいる・外伝
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美保鎮守府NOW-Side B- PART7
前書き
草木も眠る丑三つ時、敵艦隊を難なく撃退して気が弛んでいた美保提督の下に、魔手が忍び寄っていたーー……
あの日、各所では③
~美保提督自宅前:深夜~
静寂が闇を包み込む深夜。その闇に溶け込むように忍び寄る影一つ。全身黒装束に身を包み、僅かに覗く地肌は病的な程に白い。周囲を警戒するように忙しなく体勢を入れ替えながら、そろりそろりと美保提督の自宅に忍び寄る。左手は常に腰の辺りに添えられ、そこにマウントされた何かをすぐに抜けるようにと構えられている。誰にも気付かれた様子はない、後はこのまま鍵をこじ開けて侵入し、眠り込んでいる提督を艦娘諸共にーー……
『何してるのかな?』
不意に、何処からか声を掛けられた。声の発生源を探すが、見つけられない。
「ここだよ」
耳元で声がした。気配を気取られずに背後に回り込み、声を発したのか。恐ろしく腕の立つ相手だ。咄嗟に後ろ蹴りを放って前に跳ぶ。蹴りは防御されてしまったようだが、間合いを空ける事には成功した。
「キサマ……ナニモノダ?」
「それはこっちの台詞だよ~?不審者さん。そこ、美保鎮守府の提督さんの家だって知ってて、押し入ろうとしてたでしょ」
話し掛けて来た女(恐らくは艦娘)は、油断なくこちらを睨み付けながら腰に挿していた小刀を抜いた。
「それと、さっきの質問。私が何者かだっけ?答える必要あるかな……今から死ぬかもしれない人に、さっ!」
美保提督に放たれた刺客に話し掛けた女性……川内は、会話が途切れるや否や飛び掛かった。
先手必勝、首筋の動脈を掻っ切って終わらせる。そのつもりで切り込んだ川内。しかしその目論見は外れ、川内の忍者刀は弾かれる。相手の得物は武骨なアーミーナイフ。しかしその構えは川内同様、逆手に構えた変則の脇構え。同じ様な構え、似た得物。漂う雰囲気から見ても相手は十中八九深海棲艦。しかし何かモヤモヤとした物を川内は感じ取る。
「シッ!」
腰に提げたポーチに左手を突っ込み、指にクナイを引っ掻けて投擲する。敵も顔面に迫るそれをナイフで弾くが、その隙を逃す程にブルネイの鬼の警備班長は甘くない。僅かに流れた身体に接近し、脇腹に忍者刀を突き立てる。
「グウゥ……!」
川内の忍者刀の素材は深海鋼。艦娘と深海棲艦の身体に傷を作れば、徐々に腐らせていくように細胞を破壊していく呪いの如き武器。早く治療すれば助かる可能性もあるが、時間が経てば経つほど死が近付く。刃を突き立てた川内は満足そうに、引き抜く為に前蹴りを腹に叩き込む。たたらを踏んでよろける敵に、尚も迫る川内。
『今度こそ首を刈ってやる!』
そう思って再び敵の懐に飛び込むが、アーミーナイフでその斬撃は弾かれる。周囲にカキーンと金属同士の衝突音が響く。その音が目覚ましになったのか、提督の家とその隣の大井親子の家に灯りが灯る。それと同時にガオォン!と巨大なエンジン音が唸りを上げる。大井親子の家に駐車されていたM-ATVが動き出したのだ。
「川内さん、援護するのです!」
屋根に備え付けられた機銃に取り付いていた電が叫ぶ。
「道を塞げ、敵を逃がすな!」
川内が応じるように叫ぶと、運転席に座る神通が頷き、道路の一方を塞ぐ。それと同時に機銃が火を噴いた。ドドドドドッ、と腹に響いてくるような重低音で弾薬が吐き出される。しかしあくまでもその射撃は牽制。川内に当てないように、しかし敵を逃がさないように。敵をこの場に張り付ける為の射撃。川内にはそれで十分だった。
絶妙に急所への斬撃は防いでくる相手。ならば手数で勝負だと懐に潜り込んで連続の斬撃を放つ。敵もそれに応じて刃と刃が凌ぎを削り、火花を散らす。
『やっばりだ……コイツ、多分“ワタシ”だ!』
斬り結ぶ嵐の中で、川内は確信めいた直感を感じ取る。敵は恐らく自分と同じ川内……いや、川内が轟沈して深海に堕ちた姿とでもいうべきか。しかし姫や鬼でも無いのに艦娘に似た特徴を宿した深海棲艦等、見た事も聞いた事も無い。
『何か弄られた娘なのかな……だとしたら、なるべく苦しめずに!』
ブルネイの部下からは鬼の警備班長と恐れられている川内だが、実の所面倒見がよく人情家だったりする。敵には容赦はしないが、相手を慮って戦ってしまう事がままある。今回も本人も自覚していない僅かな揺らぎが、相手を詰め切れていない理由なのだ。
美保提督の家の玄関が開き、バタバタと人が飛び出して来る。提督宅に泊まっていた武蔵に日向に羽黒。それに護衛の響と曙、そして刺客のターゲットであろう美保提督その人まで。
『なんで出てきちゃうかなぁ、もう!』
敵と斬り結びながら、軽率な美保提督に文句を付ける川内。指揮官であれば現場の状況を確認したくなる気持ちは解る。しかし今回のケースで言えば、提督が狙われているのだからわざわざ出てきたら的になりに来たような物だ。事実、美保提督の姿を認めた刺客の動きが変わる。
邪魔者である川内を排除してから屋内に侵入しようとしていたのだろう、積極的に川内と戦り合っていたのに、今はどうにか川内を引き剥がして美保提督の方に向かおうとしている。
「行かせるか……っての!」
斬撃の応酬の隙を見計らい、川内がボディブローを放つ。狙いは脇腹、手始めに忍者刀を突き立てた傷口目掛けて拳を打ち抜く。
「ガァッ……!」
呻きを上げながら身体をくの字に折った刺客の心臓に、忍者刀を突き立てる。左手で持って突き刺し、右手でだめ押しをするようにグッと押し込んだ。刃は深々と突き刺さり、間違いなく致命の一撃を与えただろう。ぐらりと身体が傾ぎ、そのままドサリと崩れ落ちる。
「あ、ありが…と……」
絶命する寸前、崩れ落ちた相手に感謝の気持ちを述べられる。何ともやるせない気持ちになる川内。普段は倒した相手にこんなにも感傷的になる事は少ないのだが、自分と同じ存在をこの世から消し去ったという特殊な状況故だろうか。
やがて美保提督に話し掛けられて状況説明を求められた。まさか一晩中張り付いていたとは言えず、眠れないから夜の散歩を楽しんでいたら妙な胸騒ぎを感じてここにやって来たら刺客と鉢合わせになったと言っておいた。何とも無理のある説明だが、どうにか信じてもらった。死体の処理やら画像データの後始末で一悶着あったようだが、それは美保鎮守府の都合であり、向こうの仕事だ。客である川内の口を挟む場面ではない。美保のメンバーがバタバタしている隙にこの場からドロンして、金城提督に報告する事にした。
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