ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
袋叩きはドラム缶の中で
「で?」
ニタァ……、と糸を引くような粘質な笑みを顔に浮かべながら、ネコミミニット帽を被る少女は言った。
どうしようもなく、壊れた笑みで。
「そうよそうだよそうですよォ!オレはゴミ溜めの中でも最下層、底辺の悪党だ!隣を歩くクソ野郎は素直に死んでほしいし、頭の上を飛んでいく羽虫が墜落したら笑い転げるゴミ屑だ!!他人の不幸を喜んで、他人の泣き顔をオカズに飯を喰う!!!最ッ低最悪の《悪》だッッ!!!!」
言葉を重ねるたびに勝手に上がっていくボルテージに、少女の華奢な肩が苦しげに上下する。
はぁはぁ、と息継ぎの一拍を挟んだ少女は、一転完全な無の表情で突き刺すようにこう言った。
「で?DE??de???それでどおおぉぉしよぉってんだよオイ!!そのご立派なバトルアックスで首ちょんぱかぁ?あーぁ、死亡罰則ヤだなーもーちょいで軽鎧マスタリー取れるのになー。…………だから?それだけですが??ここでテメェにやられても、オレ様に少しの嫌悪感くらいしか与えることができねええぇぇんだよぉ!リメインライトから復活したらはいお終い、安全な圏内でぬくぬく悪だくみするさ。もし仮にテメェらが粘着してPKでもしてくるなら、その場合はこのアカ捨てて別口で復活する!」
オレは死なない!と、大仰な手振りで両腕を振り回す少女は狂笑する。
「ぎひぎゃはっ☆戦争ラブなオレ様にとって、今回のケットシー対スプリガンの構図は、どっちが勝ってどっちが負けても良かったのさ。スプリガンの勇者様をちょっと乗せて軌道上に押し出すだけでいい。後は勝手に転落していく様を腹抱えて見るだけさ。万が一ケットシーに勝てた時は乾杯だ!シャンパン掛け合いながら、一人だけ別の意味で笑い転げてやる!」
あぁ、と恍惚とした光さえ瞳に宿して、ロベリアは木々の合間から降るような星空を仰いだ。
葉陰を貫いて降り注ぐ月光を浴びる少女はとてつもなく美しかったが、同時に誘蛾灯のような凶悪な妖しさもあった。
「嗚呼、あぁ!次はどこにしよっかなぁ!どことどこが、どうぶつかり合えばイイ音を響かせてくれると思う!?いっひひひひひ♪」
軋るように嗤う少女に、《戦神》は無駄な言葉をかけない。
二メートルを超える筋肉漢は左手を振り、自らのアイテムウインドウから一枚の羊皮紙を取り出した。そしてそれを、怪訝げに眉丘を寄せるロベリアの前に突き出した。
それは、何の変哲もないメモ用アイテムだった。雑貨屋で吐いて捨てるほど在庫が余っているような、そんなレアでも何でもないアイテムだった。――――少なくとも、そのはずだった。
効果は劇的。
まるでジャガイモにヨウ素液をかけたような、激甚な感情の波が少女の顔を波立たせる。
歩行者用の信号機のように目まぐるしく顔色を変えるロベリアに、ヴォルティス卿は静かに話を切り出した。
「これは《リスト》だ」
取り出された羊皮紙だったが、何も書いてないという訳ではなかった。
丁寧で几帳面な文体で、アルファベットの羅列が上から下まで記してある。それは決して、中学生が受験勉強のために英単語を書き込んでいた、という訳ではもちろんない。
それは、人名。
もっと言えば、システムに刻んであるアカウント名がびっしりと書き込んであった。
息を詰めるニット帽少女に、偉丈夫は言う。
「なぁ、最終確認だ。教えてくれ」
宣告するように。
戒告するように。
「この中に貴様のモノではないアカウント名は――――あるか?」
神託の言葉を、言う。
ギヂリッ!!と。
奥歯を噛みしめるには壮絶すぎる音が、夜の森に響き渡る。
バレていた。いや、そんな次元ではない。
甘かった。
眼前の偉丈夫が、ロベリアが考えられる反論など、余裕で踏み越える男だということを。彼らがこうして余裕シャクシャクで自分の目の前に現れた時点で、勝利の算段はついているのだ。
「まったく、よくもこれだけ作りだせたものだな。サラマンダーやスプリガンは当たり前として、ウンディーネの上院議員やノームの工夫組合幹部のアカウントまである。まさによりどりみどりだ。これだけの地位があれば、それぞれの種族を転がすことなど容易だったろう」
威厳のこもった巌のような声が静かに耳朶を打つ。
その声に対し、殺意すらこもった視線をロベリアは向けた。
小柄なニット帽少女が追い詰められているのは、決してアカウントが露見したこと――――ではない。
彼女が心配しているのは、その先。
アカウントの地位から連想される、当然の疑問のほうだ。
そして、その当然をヴォルティス卿は口にした。
「おかしいとは思わないか?これだけの地位、普通ならば一つのアカウントだけでも相当大変なはずだ。事実、プレイヤーの大半はサブアカウントなど育てない。そんな手間をかける暇があれば、本命のアカウントのスキルを鍛えるからだ。これまで卿のようなタイプのスパイが生まれなかったのは、それだけ中枢に潜り込むために労する努力と対価が、釣り合わないからだ」
それだけで少女の胴体より太そうな腕を振り、巨漢は言葉を紡ぐ。
「そして、プレイヤーの確信はそのままシステムにも通ずる。論理的に、そして現実的に、この数のアカウントで各領の中核へ潜り込ませるほどのスキル値を稼がせるのは不可能、ということだ」
つまり、と彼は断じる。
核心を、告げる。
「運営にも首を振られるその所業、チートやバグ利用の類しかありえないだろう?」
ぐっ、と。
少女の手袋が軋む。
着実に、そして確実に袋小路に追い詰められつつある自覚を胸に宿しながら、ロベリアは口を開く。
「それがどうした」
ネコミミ付きのニット帽を被るケットシーの少女は、引き裂くように叫んだ。
「テメェらが示したのは可能性だ!!それだけの引っかかりで、無限に増殖する病原菌みてぇなオレ様をどうにかできるとでも思っているのか―――!!?」
「卿ももう気付いているだろう?そもそも、証拠などいらない。我らは、抱いた《懸念》を運営体に報告するだけで良い。卿の本質が誰かに勘付かれた時点で、もうどうしようもなくチェックメイトだったのだよ。卿の言う『可能性』、それが日の目を浴びた時点で、な」
「づッッ……っ!!」
「考えられる『可能性』は色々だ。鉱石の無限湧きバグ、アイテムトレードの際の複製バグ……あぁ、Mobから受けるダメージがなくなる安置バグや、逆に反撃がこなくなるハメ殺しなどもあったな。ここの辺りは、我には理解しがたいのだが。そこらを徘徊しているモンスターなど、小突いたら死ぬだろう?」
弱者の事など考えたこともない強者の口調で首を振り、ヴォルティスは続ける。
「……だが、さすがに我も現鍛冶妖精領主も射程圏内に入っているとは思っていなかったぞ。さすがに、捜査線上に上がった時は驚いた」
偉丈夫は言外に告げる。
数ある中でも別格の地位を持つ一つのアカウント。
これがお前の《本体》だろう?と。
突き付ける。
「繰り返し言おうか、卿よ。これは、チェックメイトだ。日本のショーギでいう王手とは違う。勝者が敗者に対し、これ以上あがけないように言う宣言であり、宣告であり、勝利報告だ。ここから卿が逃れるようなルートはそもそも存在しえない。運営体が大本のアドレスを特定し、そこを経由してアクセスしている全アカウントを永久凍結すれば――――」
ゲームイズオーバーだ。
流れるようなその言葉を、ロベリアは断頭台に立たされた死刑囚のような気分で聞いていた。
痺れた頭は正常な反応を返さない。針の跳んだレコードのようなブツ切りの断片しか浮かばない。
瞳の瞳孔を痙攣するように拡縮させる少女を前に、しかし巌のような筋肉漢はまるで動じなかった。二メートルを超す偉丈夫は、肩を震わせる少女をどこかつまらなそうに見下ろし、適当な調子で「ああそうだ」と言った。
「我らに今回、貴様の正体を暴くことを依頼したのは、火妖精だ」
少女の中の、時が止まった。
冗談抜きで、ロベリアは一瞬、自分の拍動が止まったと確信した。肺が収斂し、酸素が血液中を流れない。貧血じみた眩暈と吐き気が押し寄せる中、ニット帽少女は血を吐くように言葉を絞り出した。
「な、に……?」
「おかしいとは思わなかったか?違和感は感じなかったか?ケットシーは今回、がんじがらめにされるよう情報攻撃をされていた。それはひとえに、竜騎士・狼騎士の二軍を下手に動かせない状況を作りだすためだ」
かねてからの、一般プレイヤーからの不平等の不満。
そして、そこに来て二つの軍を動かさなければならないようないざこざの多発。
本来であれば、ケットシー側はいくらスプリガンが犯人と目星がついたからと言って、容易に出動させたりはしなかったはずだ。
その訳。
その理由。
「まさ……か……」
「火妖精領主はこう言ったらしいぞ?お前らのバカ騒ぎの尻ぬぐいくらいは引き受けてやる。だからとっととこのボヤが山火事にならないうちに止めて来い、とな」
ガラガラと、足元が崩れ落ちるような言葉だった。
吐瀉物を撒き散らすかと思った。
「ぐっ、ばっ!!げっは!ぎぃははッ!ぎゃはあははあはぎひあひあひあははあはあははあはあはああああああああああああああああああああああっっっっっっッッッ!!!!!!!」
少女は思った。
この世界はもう、本当の意味で終わっている。
「何だそりゃ??なァんだァァああああそりゃああああああああああああ!!!!???」
じゃあ何か?
サラマンダーは、かつての王者は屈したのか?
この腐りきったぬるま湯の平和に。
《非在存在》は、真正面をねめつける。巨岩の如く不動の体勢で屹立する大男を、睨みつける。
「返せよ」
地獄の底から響いてくるような、ドロドロした怨嗟の声だった。
「テメェら《生還者》が全て捻じ曲げたんだ!!あの地獄とこのALOは違う!あそこから帰ってきたからって、ここまでお前らの定義で塗り替えるんじゃねぇよ!!!!」
会話を飛ばした、支離滅裂な言葉。
彼女が何を主眼に置いているのか、咄嗟に計りかねた金髪のスプリガンは眉を顰める。
だが、白銀の鎧を纏う偉丈夫は違った。
ニット帽少女の言葉を、叫びを、嘆きを聞いて、静かに目を伏せた。無論、彼自身少女の本心は分からない。
だが、分からないなリに少し考えてみた。
彼女が何を言いたいのか、何を訴えたいのか。
《戦神》は、その上で口を開いた。
「だからどうした?」
「…………ッ!」
《白銀の戦神》ヴォルティス・ヴァルナ・イーゼンハイムは、獰猛な黄金の瞳を月光に反射させながら静かに言葉を紡ぐ。
「個人に個人の《正義》があるのは当然だ。強盗に遭った。ただそれだけなら犯人が《悪》だろう。だが、その犯人に病気の娘がいたら?襲った家が悪徳な高利貸しなら?《正義》なんてそんなモノだ。その時、その状況、要素次第で容易くひっくり返る」
人と人が違うのは当然だ。
人種、国籍、男女、地域、身分、貧富、宗教、学歴、身体、思想、政治、時代、信条。
一つとして主義主張が同一の人間など存在しえない。むしろ、そういった違いのある人間が寄せ集まって形成されるのが社会とも言えよう。何億もの細胞が寄せ集まり、各々が違う役割をしつつ多細胞生物としての個を成しているように、差異があるという状態こそが生命としてあるべき姿なのかもしれない。
《正義》も同じだ。
万人がさえずるそれを一つ一つ丁寧に細分化していくと、一つとして同じものはない。国ごとに定められている法律だとて、それは常識であって《正義》ではないのだ。
もっと言えば、法律とはその国々の中で一番多く手の上がる多数決で決められ、冷酷な大多数で少数の意見をすり潰していった結果に過ぎない。
「では《正義》とは何か?見方によってプリズムのように変わるソレを、絶対で不変の定義に引きずり落とすには、どうすればいいか」
男は、ぐっと拳を握った。
それをそのまま叩きつければ、アバターどころか地形データすら変えかねないそれを、握る。
「答えは、貫くことだ。他人の主張に耳を貸さず、他人の考えに傾倒せず、己の中の絶対条件だけに従って淡々と執行する。分かるか?《正義》とは抱くモノではない。貫くものなのだよ」
がしゃん、という重々しく、同時に物々しい音が夜の森に響き渡る。
「理由など、所詮は粘ついた理論武装だ。それですっきり説得できるほどの《正義》など、どれほどの価値がある?他の者の《正義》に感化される時点で、それはもはや残骸と名乗ることすらおこがましいとは思わないか」
肩に背負われていた大戦斧が、肩口を離れ、肉厚な刃がギリギリと引き絞られていく。
彼は先刻、言った。
ゲームイズオーバーだと。
身体中の毛が総毛だつ圧力を浴びながらも、そんなことは些細な問題だとばかりにへたり込むロベリアは、呆然とした調子で言った。
「……ふ、ざけんな、ふざけんなよ。そんな、そんなのは、正義なんかじゃない。英雄が見方を変えただけで、犠牲となった少数を切り捨てた史上有数の殺人鬼になるように、テメェの言っている正義ッつーのは――――」
「悪いな」
ずぅ、と。
ただでさえデカいヴォルティスの体躯が、蜃気楼のように一回りも二回りも大きく歪んだ気がした。
そう、彼はそれを実行してきたのだ。
今や伝説となりつつある、鋼鉄の魔城――――その第一線。当然、通り一遍の正義を通すのは、並大抵のことではない。全を取るために、個を切り捨てることなど、それこそ吐いて捨てるほどあったろう。
この男は、それを乗り越えた。ゆえにその怪物は、迷わない。
――――否、逆か。
彼自身がそうなったのではない。
ただ、初めからこの怪物がそう在ったからこそ、あの城は彼の前に頂点の座を差し出したのだろう。
六王第一席《白銀の戦神》は、獰猛に嗤う。
「《悪》の言う醜い言葉を聞く耳は、持ち合わせていない」
直後、目一杯溜めこめられた運動エネルギーが解放され、少女の意識は一瞬さえもどかしい刹那の時間の先で断絶する。
後書き
閣下が楽しそうで私は幸せです←
ともあれ、長らく絶対の正義として君臨していた(若干のお茶目成分あり)ヴォルティス卿が、今話の最後でアレ?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私個人としては彼の言うことも一つの真理だと思っています。だって『勝ったもん勝ち』は歴史が証明してますからねw
いちいち少数派の意見なんて聞いてたら社会なんて回る訳ないでしょうにw
それを歪んでいると捉えるか、何言ってんだ当たり前じゃんと思うかどうかは、皆さまにお任せしたいと思います。
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