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蟹の愛情

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第一章

                 蟹への愛情
 伊予、今の愛媛県の松山に伝わる話である。時代は室町の足利義持が将軍だった頃だ。
 当時ここに長谷川長左衛門という者がいた。長谷川は子宝に恵まれていたがその中でも末娘の佳代はとりわけだった。
 顔立ちが整いしかも心根が奇麗で神仏を常に敬いお経もよく覚えていた。そしてあらゆる者だけでなく生きものにも情愛を注いでいた。
 それでだ、ある日のことだ。佳代は左の鋏を怪我した蟹を川辺で拾い。
 桶で飼いはじめた、兄や姉達はそれを見て妹に問うた。
「一体どうしたのだ」
「蟹を助けて」
「その蟹がどうかしたのか?」
「何かあったの?」
「鋏を怪我していますので」
 佳代は自分に問うた兄や姉達に穏やかな声で答えた。
「ですから怪我が治るまでは」
「そうしてか」
「桶で飼って」
「そうして助ける」
「そうするというの」
「はい」
 そうだというのだ。
「今は」
「そうか、犬や猫だけでなく」
「蟹も助けるのか」
「佳代の優しいことは前からだけれど」
「蟹にも」
「あらゆるものに魂がありますので」
 だからだとだ、佳代はこうも答えた。
「ですから」
「それでか」
「蟹にも魂があるから」
「助ける」
「そうするというのね」
「六道を考えますと」
 仏教の中にある考えだ、あらゆる魂は輪廻転生を繰り返し六つの世界を廻っているのだ。悟りを得るまでは。
「生きるものも人だったかも知れないですね」
「確かにな」
「そのことはその通りね」
「あらゆるものが生まれ変わる」
「人も生きものも」
「輪廻転生を繰り返して」
「だからです、私は蟹も助けます」
 怪我をしたその蟹もというのだ。
「そうします」
「そうか、だからか」
「桶で飼うのか」
「そして助ける」
「そういうことね」
 兄や姉は佳代のそうした心に感服した、優しさに佛の教えへの理解の深さに。佳代は蟹の怪我が治るその時まで桶で飼い続けた。
 そのことはよかった、だが。
 ある日だ、家の仕事を手伝う佳代をある蛇が見た、蛇は佳代の美しさに目を止めてそのうえでだ。松山の蛇達の総大将であり長縄与太郎といううわばみのところに言って佳代の話をした。
 与太郎はその話を聞くとだ、目を輝かせて言った。
「そこまでよい娘ならだ」
「はい、大将もまだ奥方がおられないので」
「是非な」
 それこそというのだ。
「奥に迎えたい」
「それでは」
「まずはその娘の屋敷に行こう」
「松山の長谷川という家です」
「そこにおるのだな」
「左様です」
 佳代を見た蛇はこう答えた。 
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