ソードアート・オンライン 神速の人狼
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秘めたる想い
重い瞼を持ち上げると視界一杯に血のような紅に染まった空が広がっていた。
既視感のある光景に、すぐにここがどこであるのかを、思い出す。
ーーゲームがログアウト不可・ゲームの死=現実の死となった日。
ーー仮想空間が現実と等しくなった日。
ーー茅場 昭彦によって、始まりの街に集められた約一万人のプレイヤーに非情な宣告がされた日だ。
広場中に響く一万人近いプレイヤーたちによる激情や絶望の感情が入り混じった怨嗟の大合唱。 吐き気すら覚えるなかで、自身の名前を呼ぶ掠れた声がはっきりと聞こえた。
オイルの切れた機械のように緩慢とした動作でそちらに視線を向けるとそこに居たのは初期の布系の装備で身を固めた幼馴染の姿。 そこにいつもの笑みはなく、目の前に広がる絶望に身体を震わせていた。
青褪めた頬に透明な雫が伝うのを見て、ギシリと何かが砕ける音がした。
上空に佇む仇敵である紅いローブをありったけの怨嗟を込めた視線で睨みつける。
ーー絶対に、許さない
◇
「ーーリ、起きて。 おーい、起きろーケモミミ〜」
名前を呼ばれ、べしべしと叩かれ、意識を覚醒させるとそこはあの広場ではなく、見慣れた天井。 どうやら、懐かしい夢を見ていたらしい。 もっともその内容はさっそく悪夢のようなものだったが。
寝起き特有の倦怠感のせいでぼんやりとしていると、自分が起きたことに気がついていない幼馴染が腕を組み首を傾げていたかと思えば、ハッと何かを閃いたのか掌を打った。
「もしかして今って思う存分モフれるチャンスなのではアイタァッ!?」
「……お前は朝からなにを言っているんだ」
勢いが乗ったチョップが脳天に炸裂し、ベットから転げ落ち涙目で蹲るシィを見て、怒る気すら消え失せる。 「起きてたなら言ってよね!?」と瞳を潤ませ、抗議してくるが元はと言えば、原因は向こうにあるので謝るつもりはない。
しかし、シィが起こしに来るとは珍しい事もあったものだ。
いつもなら先に起きた自分が朝食の準備をしていると、シィが寝癖をつけたままの状態で起きてくる(詳しい事は彼女の名誉のために省く)のだが、今日はいったいどう言った風の吹きまわしだろうか。
布団から覗く尻尾へと伸びる手をはたき落としつつ、そのあたりを訊ねてみれば、キラリと瞳を輝かせた彼女が機敏な動作で立ち上がり、窓から覗く景色を指差す、
「今日は月一度あるかどうかの快晴! これはダンジョンに篭ってる場合じゃないよね!」
「まぁ、確かに……それで?」
「というわけで。 ピクニックに行こう!」
「……さいですか」
「というわけで、お弁当よろしくね〜〜!」
それだけ言うとドタタッと慌ただしく部屋を出て言ってしまう。 何年経っても、あいつの突拍子もない行動を予測出来た試しがない。 幼馴染に振り回されぱっなしの運命を呪いつつ、 ベットから飛び降りる。
「さて、弁当は何にするかなぁ……」
◇
時刻は昼過ぎ。
あの後、どいうわけかキリトやアスナを誘い、湖の畔へと赴いていた。空になったお重を片付けつつ、湖の方へと視界を向ける、湖面に糸を垂らすキリトをシィが興味深そうに眺めていた。 珍しい取り合わせだけに、どんなことを話しているのか気になり、犬耳をそば立てて、《聞き耳スキル》を発動させてみた。 周囲の音がクリアに聞こえてくる。
「ほら! そこ! 魚!」
「馬鹿っ!? 槍を投げようとすんじゃねぇ! 魚が逃げるだろ!」
「一匹も釣れてない人がなーに言ってんですかねぇ?」
「……なにやってんだ、あいつら」
繰り広げられるお馬鹿なコントに思わずため息が溢すとすぐそばから、くすくすと控えめな笑い声が聞こえてくる。 芝生の上に足を伸ばし、寛いだ格好のアスナが背中を丸めるようにして笑いを堪えていた。
「……笑ってないで、助け舟出してやったらどうだ?」
「キリト君なら大丈夫だよ」
笑いの余韻を残したアスナがストレージからティーポットを取り出しお茶の準備をし始める。 琥珀色の液体が注がれ、湯気の立つカップが差し出される。 ありがたく受け取る。 温かいカップを両手で包み、フーフーと冷ましていると柔らかな笑みを浮かべたアスナと目があった。
「……なにか?」
「いや、ユーリ君って意外と子供っぽいな〜」
「悪かったな、ガキで……」
「悪い。意味じゃなくて、子供っぽくて可愛いって意味だよ」
「フォローにみせかけた追い討ちはやめてくれ」
思わずそっぽを向いてしまうのも、我ながら子供っぽいと思ってしまう。
慌ててそんな事ないよーとフォローしてくれるが、緩んだ表情と見つめてくる瞳は完全に手間のかかる弟を見るソレである。 居心地の悪さを紛らわすようにずずずっと音を立ててお茶を啜っていると、アスナは視線を陽の光を浴び胸元で輝く水晶のネックレスへと向けていた。
「……今日は、誘ってくれてありがとね」
不意打ち気味に向けられた笑みは、少し前の、『血盟騎士団副団長』としての彼女からは想像もつかない優しげで思わずどきりとさせられる。
「……礼なら、シィの奴に言ってくれ」
誤魔化すように呟くと、盛大に視線を逸らす。 その様子を見て、ふふと小さく笑ったアスナは膝を抱えて丸くなる。 チラリと視線を向けるも栗色の髪の毛に隠されその表情は窺い知れない。
「……ユイちゃんがね、「ママたちにはいつも笑っていて欲しいです」って。 だから、私は泣いて、立ち止まっていられない。」
我が子のように愛した子共を失った悲しみはそう易々と忘れられるものではない。 だが、アスナはそれすらもバネにして前へと進もうと言うのだ。
「それにね。キリト君が時間はかかるかもしれないけどユイちゃんのデータを復元出来るかもって……だから、私は絶対にこのゲームをクリアしてみせる!」
「……そう」
上層を見上げたアスナの力強く紡がれた言葉に、相槌を打つ。
いつの間にか釣りを楽しんでいたはずの二人が、釣竿と銛でチャンバラを繰り広げているのを見るなり、「あの二人は……!」とレイピアを片手に駆け出した背中を見送る。
一人取り残され、他人の目を機にすることがなくなりごろりと仰向けに寝転がる。
キリトたちにあの黒髪の少女ユイの真実を聞かされたのはつい最近のことだ。
彼女のステータス表示が通常と違ったのも、プレイヤーカーソルが出なかったのもバグではなく、仕様。 メンタルヘルスケアプログラム(MHCP)というプレイヤーの精神状態を確認し、問題があればそれを解決するプログラムAIであったらしい。 というのも、ゲーム開始直後にGMによってプレイヤーへの接触を禁じられたため、本来の役割を果たせず、そして負の感情に触れ過ぎ、バグを蓄積させてしまう。
そして、命令違反をした彼女がカーディナルに削除される瞬間、システムに割り込んだキリトがユイを構成するコアプログラムをカーディナルから切り離すことに成功したらしい。
ーーユイちゃんのためにも、絶対にこのゲームを、クリアしなきゃ
そう意気込んでいたアスナを思い出し、シィの懸念は杞憂だったと思う。
どうせ、ユイが居なくなって気落ちしているだろうところをリフレッシュさせてやりたかったのだろうが、前を進むと決めた彼女たちには必要なかったのかもしれない。
次のボス部屋は第75層。 第25層、第50層に次ぐ、第三のクォーターポイントであり、第50層の時よりもはるかに厳しい戦いが待ち受けているだろうことは予想がつく。 だが、現実に帰るため、勝たなければならない。 穏やかな日常で緩んだ決意を固め直し、起き上がった時、鈴の音色がメッセージの着信を報せた。
いつの間にか、空に澄んだ青は薄く灰色の雲がかかり、吹く風はいがらっぽい
不穏な気配を感じながらも、その内容を目に通し、俺は言葉を失った。
ーーー第75層ボス部屋偵察部隊、全滅
後書き
ーーー内に秘めた想いが、綺麗で甘酸っぱいものとは限らない。
というわけで、ユーリ君がSAO で最前線で戦う理由づけ&第75層ボス戦のフラグが建った!
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