ワルツは一人じゃない
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第四章
「だから。池畑さんもどうかしら」
「舞踏会。私も」
「そう。どうかしら」
「舞踏会なんて言われても」
暗い顔のままでだ。由実はグンドゥラに答えた。
「私踊ったことなんてないし。ましてや舞踏会なんてドレスも持ってないから」
「殆ど皆初心者よ。それにドレスはね」
「ドレスは?」
「ドレスは学校の方で貸し出してくれるから」
「だから参加しても大丈夫なの」
「ええ、そうよ」
まさにそうだというのだ。
「安心していいから。踊ることもドレスのことも」
「けれど。私は」
「あとね」
ふとだ。こんなことも言ってきたグンドゥラだった。
「お酒も。ワインも出るしお菓子も」
「?」
実は由実がオーストリアに来て数少ないよかったと思うことは未成年でもお酒が飲めることとお菓子がやたらと甘く美味しいことだ。欧州ではお酒は十五歳から飲める。
そしてオーストリアはお菓子の国だ。由実はその異様なまでに甘いお菓子が気に入っていたのだ。
それでだ。由実もワインとお菓子が出ると聞いてだ。条件反射的にグンドゥラにこう答えた。
「お酒とお菓子だけ飲んで食べてもいい?」
「ええ、いいわよ」
にこりと笑ってだ。グンドゥラは答えた。
「その為に参加する人もいるから」
「わかったわ。それじゃあね」
「ドレスはどんなのがいいの?」
「青かしら」
少し考えてからだ。由実は答えた。
「それがいいわ」
「青なのね」
「青くて。サイズは」
「それもちゃんと調べるから」
だからだ。安心していいというのだ。
「大丈夫よ。そっちもね」
「それじゃあ」
とりあえずワインとお菓子があるならと。由実も頷く。こうしてだった。
由実は体育館を利用して行われる舞踏会に参加した。下には仮設の絨毯が敷かれその上にテーブルが置かれワインやお菓子もある。そのお菓子、ザッハトルテを食べようとしたところで。
赤いドレスを着たグンドゥラ、見事なブロンドを伸ばし青い目をした彼女が声をかけてきた。大きな胸が目立ち背が高いのも目立つ。
その彼女がだ。こう声をかけてきたのだ。
「グーテンターク。まだ夕方だからね」
「ええ、グーテンターク」
ドレスの裾を抓んでだ。由実は一礼した。
だがその一礼にだ。グンドゥラは微笑んで返した。
「堅苦しいことはいいから」
「いいの?」
「学生の舞踏会だからね。そこまでしなくていいのよ」
「そうなの」
「そうよ。それでね」
「ええ。それで?」
「今日は楽しんでね」
優しい微笑みを向けての言葉だった。由実に対して。
「そうしていってね」
「ええ。お酒にお菓子に」
「音楽もね」
それもだとだ。グンドゥラはその優しい微笑みで由実に告げる。
「楽しんでね」
「音楽も」
「この学校の管弦楽部に合唱部は中々のものなのよ」
ザルツブルグ故にあろうか。それは。
「だからね。そっちもね」
「私に」
「そう。楽しんでね」
「音楽。オーストリアの音楽」
「池畑さん音楽は嫌い?クラシックは」
「いえ、それはね」
実は嫌いではなかった。音楽自体は。
ただ馴染めていなかったのだ。この街、そしてオーストリア自体に。だから塞ぎ込んだままなのだ。
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