ワルツは一人じゃない
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三章
家に閉じこもる様になった。そんな娘を見てだ。
母は心配してこう言うのだった。
「外に出たら?」
「何で?」
「だから。お家の中にいても何にもならないでしょ」
「じゃあお外に出てどうなるのよ」
日本から持って来たライトノベルを読みながらだ。由実は母に顔を向けて言い返した。リビングのソファーに座って読みながら言い返したのだ。
「言葉もわからないし。アジア系自体がよ」
「あんただけだっていうのね」
「皆ね、私見るのよ」
ちょっとした視線もだ。気になるようになっていた。
「何かね。変わったものを見る目で」
「それはあんたの思い過ごしでしょ」
「違うわよ、絶対に違うわ」
母に顔を向けてだ。由実は相手の言葉を必死に否定した。
「それは違うわ。どう考えてもね」
「そう思うのね」
「思うわよ。それで何でお外に出ないといけないのよ」
「けれどあんたドイツ語は勉強してるわよね」
「してるわよ」
それは続けていた。だが、だった。
「それでもわかるものじゃないでしょ」
「そう簡単にはっていうのね」
「じゃあお母さんはどうなのよ」
ムキになった顔でだ。娘はまた母に問い返した。
「ドイツ語わかるの?お外に出られるの?」
「少しはね」
母はまずは言葉についてから答えた。
「それは」
「わかるの」
「お買い物できる位はね。それにお買い物しないと駄目だから」
それでだというのだ。
「お外にだって出てるわよ」
「それでお父さんもよね」
「頑張ってるわよ。ちゃんとね」
つまりだ。外に出て仕事をしているというのだ。
「オーストリアの人達とも一緒にね」
「つまり私だけっていうのね」
「そうよ。気持ちはわかるけれど気を明るく持ってね」
「持っても仕方ないわよ」
どうしようもないとだ。母にまたムキになった顔で言い返した。もうライトノベルは読んでいない。読書ではなく母とのやり取りに集中していた。
「そんなことをしてもね」
「じゃああんたずっとこのままでいるつもり?」
「オーストリアにいる間は?」
「そうよ。ザルツブルグにいる間はずっとそうするの?」
「だって。ここ誰もいないのよ」
完全な孤独の中にいるというのだ。学校でも街でも。
「私以外には。じゃあそうするしかないじゃない」
「周りもあんたを変なものを見る目で見てっていうのね」
「何でこんなところに来たのよ。もう嫌よ」
遂にだ。由実は泣きそうな顔になって感情を露わにさせてきた。
「日本に帰りたいわよ」
「どうしても?」
「どうしてもよ。こんなところ一秒もいたくないわ」
そこまで嫌だというのだ。
「早く帰りたいわよ。我慢できないのよ」
「由実、そう言ってもね」
「仕方ないことはわかってるわよ」
だがそれでもだというのだ。
「それでも。もう嫌よ」
「そんなに嫌なのね」
「ええ、日本に帰りたいわ」
その泣きそうな顔で言う言葉だった。
「ザルツブルグなんて。大嫌いよ」
そしてオーストリアもだった。由実はもう嫌で嫌で仕方がなかった。
学校でもだ。彼女はいつも一人でいて誰にも顔を向けようとしなかった。しかしだった。
母に感情を爆発させた二日後だ。塞ぎ込んだままで自分の席に座っている彼女の前にだ。
一人の少女が来た。彼女はたどたどしい日本語でこう言ってきた。
「あの。池畑由実さん?」
「何?あんた確か」
「そう。グンドゥラよ」
微笑んでだ。こう言ってきたのだった。
「グンドゥラ=ディースカウよ。宜しくね」
「ディースカウさん?」
「同じクラスのね。今までお話したことなかったわね」
「そうね」
そう言われてもだ。由実はというと。
暗い顔で俯いてだ。こう返すだけだった。
「そういえばそうだったわね」
「あのね。それでだけれど」
「何かあるの?」
「今度。学校の体育館で舞踏会があるのよ」
ザルツブルグ、音楽の街らしくだ。それがあるというのだ。
ページ上へ戻る