龍が如く‐未来想う者たち‐
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井上 慶介
第一章 禁じられた領域
第一話 復讐者
前書き
お久しぶりの投稿です
全てが動き出す、2ヶ月前。
モニターを見つめる花屋の背後に、男が立つ。
「お前からの連絡なんて、何年ぶりだ?」
「……さぁ、俺も覚えてないわ」
茶髪を後ろに結った、若い男だった。
だがその瞳に、光はない。
どす黒い闇に覆われた、生気のない目。
「井上、この神室町はお前が思う程甘くねぇぞ。わかってここに来てんのか?」
「俺が生きる理由、前に教えたやろ」
井上と呼ばれた男は、肩をすくめ首を横に振る。
それと同時に、花屋の顔が強張った。
「新聞記者になったんだろ。いい加減東城会に復讐なんて、馬鹿な真似はやめろ」
いつもの花屋とは違う、ドスの効いた声。
心の底から心配しているからこその、激怒だった。
だが井上は目を伏せ、それは出来ないと小声で呟く。
花屋は井上にとって、親に近い存在だった。
かつて神室町に、近江連合という関西の組織が進出してくる出来事があった。
近江連合に所属していた井上の父もまた、神室町へと駆り出される。
しかし暫くして大阪の家で聞いた報せが、父の死だった。
母もまた、父を追うように死んでいった。
当時18歳、一人息子の井上慶介は若くして親を失う。
1人になった井上は、無謀にも神室町へと足を踏み入れた。
あてもなく彷徨う井上を拾ったのが、花屋だった。
「数年経ったら勝手に消えやがって、久々に顔を見せたと思ったらまだ復讐なんて考えてやがる……」
「東城会は、俺の両親を奪った……。それじゃあ、理由にはならんのか?」
「そういう事言ってんじゃねぇ。復讐は、誰も得しねぇんだよ」
井上は、深く溜息を吐いて肩を落とす。
光の無い瞳が、さらに黒く染まる。
「花屋、お前の所に来た俺が間違ってたよ……」
そのまま背を向け、暗い闇の中へと姿を消した。
落胆した顔が一瞬見え、花屋は顔をしかめる。
「お前がそんな道に進ませるのが嫌なだけだ……何でわかってくれねぇんだ」
気を紛らわせる為に吸い始めた葉巻が、嫌に苦く感じた。
チャンピオン街。
神室町の中にある、小さな一角。
そこにはバーなど酒所が多く、酒好きが比較的集まる場所だ。
井上はバーが集まるその場所で、とあるお店に足を踏み入れる。
客が入るドアベルが店内に鳴り響くと、同時にマスターのいらっしゃいませという言葉が聞こえた。
店には、既に先客がいる。
並ぶように井上は、先客の右隣に座った。
「久しぶりだな、井上」
「この前会ったばかりやんけ、麻田」
隣に座っていた先客は、麻田だった。
中学時代同じ学校に通っていた親友だったが、麻田が引っ越しで東京へ行ってしまい関係はそこで一旦切れる。
だが井上が上京して暫くに、偶然麻田と再会。
そこからまた、親友の関係を続けていた。
だが井上は新聞記者、麻田は極道と住む世界は完全に分かれてしまう。
焼酎を飲む麻田を見て、井上も同じ物を注文する。
少しして差し出された焼酎を少し飲むと、麻田は小さく笑った。
「新聞記者はどうだ?忙しいんじゃないか?」
「別に、俺にとっちゃ新聞記者も道具でしかあらへん」
「道具……?」
「東城会の弱み握って、復讐する為や。その為に、お前に会いに来とるんや」
麻田の顔から、笑みが消える。
「やめないか、もう。俺が東城会の話流したって、何にも変わらないだろ」
表情が変わったのは、井上もだった。
酒のグラスを掴むと、そのまま麻田の顔へとぶちまける。
胸ぐらを掴んだ井上の目は、怒りに満ちた狂気の目だった。
「やかましい!!俺の邪魔する気か!?」
「そうは言ってない!!ただ親友として俺は止めたくて……!!」
揉め事が始まった直後、ガシャンと割れる音が耳に飛び込む。
厳つい顔のマスターが、2人には負けない形相で2人を見つめていた。
「お客様、揉め事なら外で……」
舌打ちを漏らす井上は、ポケットから酒代を取り出し叩きつけるようにしてその場を後にする。
麻田は濡れた顔をハンカチで拭き、苦い顔で出口を見つめた。
「どうやったら伝わるんだよ、井上……」
昔のように戻りたいだけなのに……。
その気持ちが、井上に届く事は無かった。
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