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自然地理ドラゴン

作者:どっぐす
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二章 追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -
  第22話 暗殺

 落ちこぼれ気味だったという経験不足の若い薬師・トーマスが、仕方なく責任者をやっている。
 そして、年上の薬師は全員死んだ――。

 当然、その薬師たちの死因に興味がいく。

「全員死んだというのは……死因は聞いてしまってもいいですか?」
「はい。死因は他殺です。暗殺されました」
「暗……殺……」

 他殺。しかも暗殺となると、かなりデリケートな話である。
 後輩としては言いづらいこともあるだろうし、あまり思い出したくないことでもあるかもしれない。慎重に聴取しなければならない。
 ……そうシドウは思ったのだが。

「は? 殺されるようなことをしてたの?」

 ズバッとそんなことを言ったのは、もちろんティアである。

「ティア。そんな聞きかたはまずいよ……」
「遠慮しててもしょうがないでしょ。この人だってそんなに暇じゃないだろうし、さっさと聞いてもらったほうが助かると思うよ?」
「あ、はい。僕はかまいませんよ」
「ほら見なさい!」
「……」

「あ、でも僕にも暗殺された理由はよくわからないんです……」
「そっか。じゃあそれはもういいよー。次の質問。ケガが治らないのは、大魔王の魔法なんかじゃなくて病気っていう認識はあるの?」

 完全に場の主導権が彼女に移った。

「あー……殺された先輩方は『病気かもしれない』とは言ってました」
「研究してたってことでいいの?」
「はい、研究はしてたみたいです。引き継いでないので中身はわかりませんが」
「何も残ってないんだ?」
「そうですね。何も残ってないです」

 ティアは「ふーん」と言って続ける。

「じゃあトーマス、あなたの考えは? こう考えてるとか、ここまではわかってるとか、そういうのはないの?」
「ええと、僕にはよくわからないです」
「えー? なんで? 薬師なら何か考察があってもいいでしょ?」
「いえ。毎日薬を処方するのに忙しいですし、それに、研究できるほど頭よくないし」
「もお、ダメだなあ」
「すみません」

「なんでティアは責めてるの……」
「だって、なんか頼りないんだもん!」

 バッサリといかれてしまった。
 どうしようかとシドウが考えていると、シドウの右隣に座っているアランが違う質問を出した。

「トーマスさん。結果として薬師の人数が減ってしまっていると思うのですが、新しく募集はされていないのですね?」

「あ、はい。できれば誰か経験豊富な人に来てほしいんですが、なかなか採用できてないんです。掲示板には貼り出してますけど誰も来てくれませんし、どこかにお願いして来てもらうにも、聖堂のお金はギリギリなので紹介料が払えません」

「ふむ……。それは苦しいですね」

 アランは顎を触り、やや同情するような表情で息を吐いた。
 どうやら、聖堂の薬師は問題解決ができそうな体制ではないようである。



 * * *



 薬師へのヒアリングのあと、聖堂の僧侶も一人捕まえて話を聞いたが、やはり前向きな話は聞けなかった。
 薬師同様、現状がよくないという認識はあるのだが、時間的、そして能力的な問題により、手が付けられない状態のようだ。

 一同モヤモヤが晴れないまま、聖堂を後にした。



「まったくもう! なんか全然ダメだね」

 道を歩きながらそう言うティア。彼女は三人の中では最も憤慨していた。
 特に薬師の責任者トーマスに対しては、自身と同年代だけに、その不甲斐なさにご立腹だ。頭から湯気が出ている。

「いえティアさん。私の見立てでは、あの薬師の少年は決して才能がないわけではありませんよ」
「なんでわかるの?」
「前にも言ったとおり、私は言葉を交わせばその人の本質はある程度つかめます。なぜなら私は――」
「優れているからです、でしょ? きもちわるっ」

「ふふふ。あの少年は、環境さえ整えば問題解決のためにきちんと働けるはずです」
「今の状況だと整えるところからやれる人じゃないと困るでしょ!」
「まあまあ。みんながティアさんのように強くてバイタリティがあるわけではありませんよ」

 女性で、しかも十六歳で、独立した冒険者として生活している。そんなティアと比較されるのは、たしかに少し気の毒なことである。

「でもアランさん、それってつまり……」
「はい。これは行政側が動かない限りはなかなか変わらないでしょう。町が動いて聖堂や薬師に資金を出し、あの少年が研究できるように環境を整えさせなければなりません」
「町の問題だから、まず町が戦わないといけない――ということですか」
「そういうことです。シドウくん」

 微笑を浮かべながらアランはそう言うと、歩きながらシドウの首を左腕で抱え、亜麻色の髪を右手でモフモフし始める。
 それをティアが咎め、シドウの頭を右腕で巻き、奪取しようとする。
 しばらく二人のささやかな綱引きがおこなわれた。

 頭を引っ張られながら、シドウは考える。
 まず町が動く必要があるのであれば、やはりこちらの考えをまとめて、〝冒険者からの意見〟としてきちんと町長に陳情をすべきだろう、と。
 では今日このあとは机に向かって作業かな――そう思ったとき。

(さて……。では宿屋ではなく、人がいない町の外れに向かいましょうか)

 アランが、ティアから再奪取したシドウの耳元でそうささやいた。

(え? どうしてですか?)
(なんで?)

 シドウもアランにつられて、小声で理由を聞く。ティアにも聞こえたのか、頭を引っ張る手を止め、小声で続いた。

(ふふ。まあついてきてください)



「ここなら大丈夫でしょうかね」

 アランに誘導されてたどり着いたのは、町の一番北西。人気のない空き地だった。
 割と広い。前と左は町を囲んでいる城壁。右は明らかに廃屋となっている建物の、淡い土色のレンガ塀。背後は人通りのない細い通りである。
 やや乾燥気味なので苔などは生えていないが、日当たりもよくなく、どことなく陰鬱としていた。

「さて、尾行さん。気づいていますので出てきてもらって大丈夫ですよ」

 アランのその声は、シドウとティアの背後に飛んだ。

 ――え?

 二人は反射的に振り向く。
 すると、右の廃屋のレンガ塀の切れ目から、男が五人現れた。

「……!」

 男たちは地味な灰色のチュニック姿であり、鎧は着けていない。しかし、いずれも屈強そうな印象だった。帯剣もしている。
 年齢は……中年まではいかないが、シドウたちよりも上である感じだ。体格はよいのだが、よく見ると太ってはいない。他の町から来た人間だろう。

 シドウはただならぬ雰囲気を感じ、剣を抜いた。
 ティアも左手の爪に一瞬目をやる。

 五人の男は、退路を塞ぐように包み込むような扇状に広がった。
 そして中央の男が一歩前に出て、口を開いた。

「なんだ。気づいていたのか?」
「はい。聖堂を出てからすぐ……ですね」

 どうやらずっと後をつけられていたらしい。アランは気づいていたのだ。

(俺、全然気づいてなかったですけど)
(わたしも全然気配に気づかなかったよ?)
(気づいたのはたまたまですよ。まあ、二人よりも長く冒険者をやっていますから、カンは良いのかもしれませんね)
(伊達にオッサンじゃないってことね)
(オッサンって、まだ二十四歳ですよ?)

「ずいぶん緊張感がないようだな……。お前たちと世間話するために尾行したとでも思っているのか?」
「いえいえ、もうタイミング的に非常にわかりやすいですから。私たち三人を消してしまおうということなのでしょう?」

 アランはタイミングという言葉を使った。
 気持ちとしては、シドウは信じたくない。だが、聖堂であのような聞き取り調査をした直後にこの状況。あからさますぎである。

 この町に発生している問題――それを調査されると都合が悪い。暗殺という非合法な手段を採ってでも調査を阻止したい。そう思っている人がいて、この五人を差し向けた、ということになりそうだ。

「そこまで気づいていて、こんな人気(ひとけ)のないところに自分から行くとはな。頭がおかしいんじゃないか?」
「そうですか? まあ、こちらには秘密兵器がありますからねえ。この町を一人で滅ぼせるくらいの」

 アランはそう言うと、五人の男を見ながら、左手でシドウの頭をポンと叩いた。

「それが秘密兵器か? 十六歳で上級冒険者とは聞いているが、所詮ガキだろう。こちらは五人全員が上級相当の力がある。問題ない」

「なるほど。シドウくん、今の反応で決まりですね。この人たちはシドウくんの正体を知らないようです。では、彼らの腰を抜けさせるような感じでいきましょうか」

「あ、そういうことですか。それでこの場所を選んだんですね。わかりました」
「あら。わたしはどうしよう?」
「ティアさんは右手だけ使いましょう。気絶させる役ですね。私は縛る役をやります。……ではシドウくん、お願いしますね」
「はい。行きます」

 シドウが荷物袋を後ろに放り投げ、ゆっくり前に出ていく。

「フン、何舐めたことを言って――」

 中央の男、そのセリフは最後まで言えなかった。
 シドウの服が破け、体が急速に膨張。変身が始まったからである。

「うあぁっ!」

 真正面から変身を見てしまった中央の男が、尻餅をつく。
 目は見開き、口は驚きの声をあげたときの大きさを保ったまま、ピクピクと痙攣していた。
 完全にドラゴン姿となったシドウは、左右の二人ずつにも顔を近づけていく。

「ど、ドラゴン――」

 他の四人も逃げることすらできず、その場で腰が砕けた。
 そしてサッと間合いを詰めたティアが、「はっ!」という掛け声とともに、後頭部に右手で手刀を入れ、一人ずつ気絶させていった。

「おお、これはまた鮮やかですね」

 アランはそう言いながら、気絶した男たちの手足を、いつの間にか手に持っていた紐で縛っていく。



 あっという間に、五人は拘束された状態となった。

「情けないなー! 見ただけで戦意喪失なんて」
「ティアも最初見たとき腰を抜かしてた気がするけど……」
「なにー? 聞こえないー」

 どうやら都合の悪いことは聞こえないらしい――と思いながら、シドウは縛られて地面に並べられている五人を眺める。
 あまり聞きたくない話が出てきそうで気が重いが、彼らの意識が戻ったら事情を聴取しなければならないだろう。

「では変身を解くので、二人ともあっちを向い――」
「あ、シドウくん! せっかくなのでちょっとそのままで」
「え?」

 町の外れなので、誰かが来てしまう可能性はかなり低いだろうが、ゼロではない。
 もう用がないなら変身を解こうとシドウは思っていたが、赤毛の青年からストップがかかった。

「こんなに間近でドラゴンの姿が見られるというのは貴重です。どのみち、この男たちの意識が戻るまで待たなければなりませんし、その間でぜひ少し見させてください」
「あー。わたしもじっくり見てみたい」
「……? はい。俺はかまいませんが」

 シドウの中で嫌な予感が沸き起こったが、その直感を信じることはできず、承諾してしまった。

 ティアが「鱗って剥がれるのかな……」とつぶやきながら、右手で背中の鱗を引っ張り始める。
 アランのほうは「なるほど。腕は翼に、手は鉤爪に変化というわけですか」などと言ってペタペタ触りながら、各器官を確認し始めた。

「あれ? シドウ、鱗剥がれないよ?」
「ティア、ドラゴンの鱗って皮膚の一部だから。綺麗には剥がれないと思うよ」
「へー。皮膚なんだ? じゃあ剥がしても再生して元通りになるってことなんだよね? しっぽの辺りとか鱗も小さいし、爪でやれば剥がれそうだけど? 一枚貰おうかな」
「あ、やめて」
「あれ? やっぱり剥がれないね」
「痛い!」

「ふむ……なかなか鱗の感触というのはいいですね」
「はあ」
「腹の部分の鱗は、蛇と同じような方形の腹板なのですね」
「まあ、そうです」
「ふむふむ。性器はどの辺に付いているのかな」

「……あの、二人とも。火吹いていいです?」 
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