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二本足の大根

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第一章

                     二本足の大根
 アスツール=サンチェ博士は植物学及び農学の権威として知られている。農作物の品種改良の権威であり実に様々な農作物の品種改良したものを世に送り出していた。
 その彼は今も人類の食糧問題等の解決の為品種改良による素晴しい作物の研究を行っていた。その中で彼は助手のカルロス=ジェトーリオに対してこう言ったのだった。尚サンチェ博士と比べてジェトーリオ助手は十歳程若い。サンチェはまだ三十七でジェトーリオは二十六だ。二人とも学者としては新鋭と言える年齢だった。
 だが既に博士は多くの実績を挙げている。その彼が助手である彼にこんなことを言ったのだ。
「多く採れしかも栄養価の高い作物を多く造り出してきたけれどね」
「今回はそうしたものとは別の系統のものをですか」
「ちょっと趣向を変えようか」
 こんなことを言うのだった。
「もっと。こう」
「こう?どんな感じのものを創られるのでしょうか」
「自分で歩けるようなものかな」
「歩く植物ですか」
「そういうのはどうかな。面白いと思うけれど」
「歩く植物といいますと」
 ジェトーリオはそれを聞いて首を捻りながらこう答えた、眉も顰めさせてどうにも訳がわからないといった顔になってだ。
「トリフィドみたいな感じですか」
「あれだと危ないからね。創らないよ」
「それがいいかと」
 ジェトーリオも博士のその考えには賛成だった。流石にトリフィドともなると危険過ぎて論外だった。こちらが食べる前にこちらが食べられてしまうからだ。
 だがとにかくだった。博士は今回は自分から移動できる、そのうえで自分達で洗い場に入ったり車の中に入ったりする、小さいことだがそれでも便利な野菜を創ろうと決めた。この博士の特徴として何を創るか決めるとそこからすぐに行動に移るということがある。それは今回も同じで早速そうした野菜を創ろうと決めた。こうしてだった。
 小さなコミカルな手足のある西瓜にロケットの様に飛ぶ胡瓜や茄子に歩く人参や大根を考え出したのである。ジェトーリオはそうした野菜達が畑から動くのを見てこう言うのだった。
「滅茶苦茶無気味な光景ですね」
「そうかな」
「はい、かなり無気味ですね」
 こう博士に言うのだった。その動く野菜達を見て。
 とりわけ二股に分かれて自分達で歩く大根を見て博士に言ったのである。
「あれ妖怪に見えますよ」
「いやいや、自分達で洗い場に入って泥を落としてくれて車に入ってくれるんだぞ。立派な野菜じゃないか」
「ですからそれが無気味なんですよ」
「食べれば美味しいぞ。味や栄養のことも考えて創ったからな」
「いえ、それでもあれは」
 無気味で仕方ないとだ。ジェトーリオは眉を顰めさせて博士に話していく。
「何かが決定的に違いますよ」
「植物の革命を起こしたと思うがな」
「革命ですかね」
「そうだ。私はやったぞ、革命を」
「革命は革命でも色々ですからね」
 中には碌でもない革命もある。むしろそうした革命の方が多い。イギリスの清教徒革命にしてもクロムウェルという狂信的な独裁者を生み出し極めて窮屈な社会をもたらしてしまった。フランス革命も多くの血を流してしまっている。ロシア革命は果てはソ連という全体主義国家に行き着いた。ジェトーリオもそうしたことを知っているからこそ博士にあえてこう言ったのだ。
「まあ。ロシア革命にならないことを祈りますよ」
「革命の中でも最悪の革命じゃないか」
「流石にスターリンが出るかどうかはわかりませんけれどね」
 ジェトーリオにしてもそこまでは言わなかった。彼にしても博士は立派な科学者だと尊敬しているのだ。その才能は認めているし悪人ではないこともわかっていた。
 だがそれでもだ。その大根達を見て流石にこれは失敗だろうとだ。ジェトーリオはほぼ確信していた。だが、だった。
 ある日のことである。博士がそうした自分達から動く野菜達を栽培しているその畑に近所の不良達が忍び込んだ。畑から野菜を拝借、はっきり言えば盗むつもりでそうしてきたのだ。
 彼等は夜の闇の中に隠れそのうえで身を潜めながらだ。こんなことを囁き合っていた。
「じゃあ今から盗むか」
「それで何盗もうか」
「どれを盗む?」
 その盗むものについてだ。彼等は抜き足差し足忍び足で進みながら囁き合う。誰もいないことを見計らっているがそれでもこそこそとしているのは疚しいことをしているからに他ならない。 
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