リリなのinボクらの太陽サーガ
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前書き
引っ越しとかで色々やることがあったため、遅くなってしまいました。
新暦67年11月11日、10時30分
フェンサリル、ウルズのホーム。
「うにゃ~、朝から何の気兼ねもなくゴロゴロできるっていいね~♪」
「やっと諸々の問題が片付いたからね。とはいえ問題が全部無くなったわけじゃないから、休むのは良いけど何もしないってのはダメだよ?」
「わかってるよ~。でも今ぐらいはのんびりしてても罰は当たらないって」
「戦争が終わったことでウルズの人達はむしろにぎやかになってるけど……ま、それもそうだね」
家事を終えたジャンゴがリビングに腰を下ろすと、何を思ったのか彼女はゴロゴロ回転して、ジャンゴの膝に頭を乗せた。
「うん?」
「えへへ……」
「???」
猫のようにじゃれついてくる彼女に、ジャンゴは「まあいいか」とされるがままにした。そうやって何もない平和で穏やかな時間が、この部屋では流れていた。
ニブルヘイムの決戦後、ジャンゴは戦闘の疲れもそのままにポー子爵をパイルドライバーで浄化した。その際にニブルヘイムの戦闘の報告をしたことで、はやて達の骨折含む負傷から健闘ぶりを一応認めたフェンサリルは、捕虜にしていた局員達を一人10万GMP相当の釈放金をもらってから解放した。
とりあえず管理局、主に本局は資金がスッカラカンになったが全局員がフェンサリルから帰ることができた。また、ノアトゥンに建てられた管理局支部はミーミル兵士達の手で爆破倒壊された。元々官邸があった場所にこれ見よがしと建てられていたから、ミーミル市民からしてみれば相当なフラストレーションがあったらしい。むしろこれまでテロが起こらなかっただけ奇跡的かつ良心的だった。
その後、ウルズの議会と協力してロック皇子はフェンサリルをまとめていったのだが、うやむやになっていた停戦協定はしばし保留となった。今回の事件でフェンサリルの市民は管理世界に否定的な印象が色濃くなったのと、エネルギー不足が解決できなかった管理世界が色々と不穏になってきた影響で、動向を警戒しながら様子を見ることにしたのだ。ただ、代わりにアウターヘブン社との繋がりは非常に強くなり、そこから貿易ラインを通じて他の管理外世界と外交するようになったため、世界恐慌寸前の管理世界とは打って変わって経済が盛んになってきていた。
話を戻して、クロノやグレアムといった者達が本局の組織改革を行いながら、早急に制度の見直しや立て直しを進めているのだが……リーゼ姉妹曰く、クロノはままならぬ現状に胃薬が手放せず、グレアムはマキナの死で精神的ショックも癒えぬまま作業に没頭しているせいか、最近前髪が一気に後退してきている。ぶっちゃけ磯〇波平になりかけだとリーゼ姉妹が主の毛根への危機感を抱いていた。なにせ組織の重役やトップが一気に消失し、彼らに隠されていた真実―――例えばなのはの生存などが公になったことの混乱、その修正や鎮圧で起こる各部署との連携の不備による摩擦、管理局の上位意思決定機関である最高評議会の蒸発、この戦争の賠償金の用意……こういった問題が山積みで手一杯だったのだ。ひとまずアーネストやカイ達118部隊も現場の人間なりの方法で彼らを支えているため、何とかなってはいるものの……綱渡り状態はまだまだ続きそうだった。
聖王教会は両方の派閥のトップが消えてかなりゴタゴタしており、ぶっちゃけ無政府状態と言っても過言ではなかった。一時はカルト教団並みに荒れていたのだが、多少の怪我や蟲へのトラウマは残っていても今回の件で結果的に立場が繰り上がったカリム達の必死のイメージ回復とレヴィのお節介によって、辛うじて教会として立て直すことはできた。尤も、アレを立て直したと言って良いのかは誰もが疑問に思ってしまう状況なのだが、レヴィが「前よりは緩くなって面白くなった」と言っているため、そこはかとない不安があるが、以前のような真似をすることは無いだろうとディアーチェは判断した。とはいえ、信じていた者に裏切られたショックから教会を抜けた者もそれなりにおり、カエサリオンやディアーチェの想像通りに規模が縮小したのは事実であった。
はやて達は重傷を負ったため、ニブルヘイムから帰る際にそのまま本局へ運ばれて治療した。だが、シグナムの右腕は夜天の書経由の魔力供給を行って腕そのものは回復したものの、神経系までは完全に治療できなかったため、戦う力までは残念ながら取り戻せなかった。また、カエサリオンの策である過去の闇の書事件の映像流出による影響は、ディアーチェの指示を受けたシオンが真実と虚構を交えた説明による印象操作で対処していた。とはいえ今のミッドでは安全上の不安はあり、さらに骨折の完治まで時間を置く必要があるため、現在はやて達は皆地球の八神家で療養している。
アリシアも意識を回復した後、真実を知って悲しみに暮れていたが、フェイトとアルフが献身的に慰めたおかげで何とか空元気は出せるようになった。しかしプレシアの死やビーティーの存在から受けた心の傷は深く、まだ精神的に不安定なので、はやて達に頼んで八神家で一緒に暮らしている。なにせミッドのテスタロッサ宅ではスカルフェイスの襲撃を受けたこともあり、トラウマを呼び覚ます可能性もあって安心できないからだ。
アリサやすずか達地球組は、以前再会したのがクローン・なのはだったことをジャンゴから聞き、驚きはしたものの結構簡単に受け入れていた。オリジナル・なのはの過労を止められなかった責任を感じていたこともあるが、マキナが命を呈して助けた以上、文句言ったらサバタに顔向けできないと言って彼女の死を悲しみ、泣きながらも笑って許していた。この時の会話をきっかけに、クローン・なのははこれから名乗る自分の名前を思いつき、“高町なのは”のクローンから完全に脱却することを宣言した。なお、ジャンゴの太陽銃もちょうど修理が終わったため、別れ際に受け取っている。
ディアーチェ達アウターヘブン社はマキナやシュテル、ビーティーの消滅をマザーベース総出で悼み、同時に今回の戦争の犠牲者を弔った。そして今回のフェンサリルの出来事を知った管理外世界は管理世界への警戒心が強くなったため、魔導師との戦い方を知るPMC需要が一気に高まり、次元世界の存在を知るほぼ全ての管理外世界でアウターヘブン社の兵士が契約、勤務するようになった。
なお、アクアソル、ローズソル、オメガソル、ゼータソルの特許申請がマキナの名で通ったため、グレアムから受け取った報酬を元手に、太陽の果実と共に大量生産の開発を始めた。ちなみに特許料や収益の半分は申請時のマキナの意向で孤児院に送られており、家計が火の車だった頃に出されてた質素なものと違い、一般家庭並みの食事を提供できるようになったとか。ちなみに未来でこの事実を知ったとあるポニーテールの少女は、「PMC云々はよぉわからんが、美味いメシが食えることには感謝しなければならんのう」とぼやいたそうな。
マキナを失ったアギトはジャンゴ達と共にホームに暮らしているが、時々ノアトゥンに行ってツインバタフライでバイトをしている。ロックが皇子……ミーミル皇帝として政治活動を行うようになったため、リスベスが一人で店を回すのは寂しいだろうし、とても大変だと彼女は考えたのだ。とはいえ、ロックは忙しい中でも度々店に来ているので、リスベスも別段寂しい思いはしていなかったりする。なので向こうの感覚としては、普通に友人が家に訪ねてきてるようなものであった。
そして……肝心のオリジナル・なのはは実はまだ目覚めておらず、ミッドの病院でユーノが責任をもって看病している。彼女が目覚めないのは、回復の時間がまだ必要なのか、それとも何かが抜け落ちているからなのか、とにかく理由は不明だった。それでもユーノはなのはが目覚めると信じて、献身的に介護をしていた。
このような感じで各々やるべきことをしたり、治療に専念したりしている。ジャンゴ達もそれは同じなのだが、この“髑髏事件”の影響はあまりに大きく、今むやみに次元転移をすると管理外世界を含む次元世界全体に余計な刺激を与えてしまう。要はどこもピリピリしてるため、ジャンゴが世紀末世界に帰る方法や、最後のイモータルである公爵デュマを探しに次元世界を旅するのは一旦控えている訳だ。
もちろんマウクランや地球なら移動してもおかしくないという事で何の影響も無いが、ミッドなどの管理世界に移動すると管理外世界に怪しまれるし、逆もまた然り。そんな訳で次元世界を探し回れないなら、ジャンゴ達も戦いの疲れを癒そうと休暇気分を味わっていたのだ。もちろん最後のイモータル・デュマや黒き戦乙女・ネピリムの行方は気になるが、情勢を荒らしてでも探すってわけにはいかないし、クロノ達管理局もディアーチェ達アウターヘブン社もそれぞれ情報網を駆使して探しているため、とりあえずは組織に任せることにしたのだ。とはいえ何もしていない訳ではなく、専らフェンサリルの復興やアウターヘブン社の依頼に協力して、そこそこの路銀を稼いでいる。
ちなみにマキナが死んでも借金は帳消しにならなかったので、ジャンゴは髑髏事件解決でフェンサリルから受け取った報酬をディアーチェに支払い、フェイトは母プレシアの財産から支払うことで、取引を完了させた。いきなり暗黒ローンから請求が来た時は、どちらもかなり焦ったそうな。
「そういえば今まで時間が無かったからやってなかったけど、柔道覚えるんじゃなかったっけ?」
「それはそうなんだけど……私、マキナちゃんに教えてもらいたかったから、なんかやる気が出ないんだよね……」
「気持ちはわからなくもないよ。でも今後に備えて、時間があるうちに覚えておくべきだと思うよ?」
「ん~……まぁ、確かに敵がいなくなったわけじゃないし、付け焼刃程度には覚えとこうかな。あ、ところでそもそも柔道できるの?」
「いや、ごめん。柔道は一度もやったことが無い。徒手空拳ならリタのお墨付きをもらってるけど……」
「ダメだよ、それじゃ。素人意見だけど、徒手空拳と柔道は力の使い方が全く違うらしいよ?」
「やっぱり? じゃあ僕では柔道を教えられないなぁ。どうしたものか……」
「あ、そうだ。アギトに訊いてみたらどうかな? 確かマキナちゃんからCQCを教わってたって、聞いたことがあるよ」
ピンポ~ン♪
唐突に部屋のインターホンが鳴る。するとポストの穴が開き、そこからアギトが入ってきた。ノアトゥンから帰ってきた場合、彼女は合図として鳴らしてから入るようにしていた。
「ただいま~」
「おかえり。今ちょうどアギトの話をしていた所なんだ」
「え、アタシの話? 急にどうしたんだ?」
この場に柔道を教えられる人がいないとジャンゴが説明すると、アギトは軽いため息をついた。
「まぁ、確かに姉御からCQCを学んだことは間違っちゃいねぇよ。けどアタシは姉御ほど使いこなせていない、要するに半人前なんだ。だから悪いけど、アタシも教えられそうにねぇなぁ……」
「そっかぁ。じゃあどうしよう……?」
「っていうか近接格闘術をちゃんと身に着けたいなら、アウターヘブン社の訓練に参加した方が良いんじゃね? あそこならCQCや柔道どころか、空手に中国拳法、テコンドー、カポエラー、ガンカタ等々と何でもやってるぞ」
ちなみにナンバーズが時々訓練に混じっているが、周りは特に気にしていなかったりする。むしろ来ていた方が訓練にある緊張感が混じるとのこと。実はユーリが興味本位でナンバーズ5番チンクと6番セインにコンビを組ませたところ、地面を泳ぐ能力と金属を爆発させる能力が化学反応を起こし、24時間四方八方屋内外問わず至近距離で爆破される可能性があるという、暗殺特化にも程があるとんでもない脅威を発揮したのだ。某欲望ドクター曰く、「私もドン引くぐらい相性が良すぎるから、今まであえて組ませなかったんだけど……これはこれで面白そうだから良いか」だそうな。
「ん~確かにそうだよね。時間がある今の内に、柔道かCQCを学びにアウターヘブン社の訓練に参加しよっかな。……めっちゃくちゃ大変らしいけど」
「そこは仕方ねぇよ。身体に技術が染み込むまでやらなきゃ、咄嗟の反応が間に合わないかもしれないんだしさ」
ピンポ~ン♪
「あれ? お客さんかな?」
ジャンゴが玄関の扉を開けると、水色の髪の少女が元気よく入ってきた。
「オイ~ッス!! おっじゃましまぁ~す!!」
「え、レヴィ? どうしたの急に?」
ミッドにいるはずのレヴィがいきなりやって来たことに、ジャンゴは当然驚く。髑髏事件で聖王教会元最強騎士を倒したことで彼女にもそこそこの注目が集まっていたのだが、基本的に自由奔放なレヴィにそんなことはお構いなしだったようだ。ただ、白を中心にしたフリル付きの物凄く可愛らしいワンピースを着ている辺り、注目を浴びても恥ずかしくない程度に多少のお洒落はしているらしい。
「ちょっとした用事ついでに、頼まれてた物を届けに来たんだよ。はいコレ」
そう言って笑顔でレヴィが手渡したのは、巨大な鉄の塊に持ち手が付き、先端にオリハルコン製の槍が内蔵されている武器だった。
「これは?」
「マザーベースで新開発したメイスに、受け取ったオリハルコン製の槍を組み込んだものだよ。その槍はパイルバンカーとして最適化されてるから、加工し直して他の形状にするよりもまたパイルバンカーの槍として再利用した方が良いんだって。あと、ボクには力学とかはよくわからないけど、パイルバンカーの反動はサイボーグなら耐えられても人間じゃあ耐えられないみたいだから、ユーリ達技術部がそれを何とかしようと頑張った結果、こんな風に組み込むことで対処したんだ」
「へぇ~。今まで特に考えてなかったけど、パイルバンカーを使えるようにするだけで色々大変なんだね……」
「でも威力は折り紙付きだよ? 次元航行艦の装甲板10メートル相手に試験運用した時、貫通どころか粉砕しちゃったもん」
「そういやキャンプ・オメガでビーティーが使った時、次元航行艦を一撃で破壊してたっけ……」
「ちなみにボクの部下にケイオスって男の子がいるんだけど、彼はレンチメイス使いだよ。どうも剣や太刀といった刃物より、こういう鈍器の方がしっくり来るみたい」
「ま、刃が通りにくい相手に鈍器を使うことは普通に正しいし、バリアジャケットや非殺傷設定のある次元世界では鈍器の方が強いのかもね」
「確かに剣の優位性である刃を潰してるようなものだもんね、非殺傷設定って。ぶっちゃけ魔力ダメージにしたら鈍器と変わらないし。……それでさ、一つ謝っておきたいことがあるんだ」
「?」
「折れたブレードオブソルなんだけど、直すんじゃなくてちょっと別の事に使わせてもらってる。でね、ジャンゴさんの許可を取らなかったことに会社を代表して謝りたいんだ」
「それぐらい構わないけど、別の事ってどんなこと?」
「レヴァンティンは知ってるよね? ブシドーが使ってた剣のデバイス」
「ブシドー? ……もしかしてシグナムのこと?」
「うん。で、その粉々になったブシドーの剣を直すのに、ブレードオブソルを材料にさせてもらってる。もうブシドーは二度と戦えないかもしれないけど、剣を受け継いでくれる人ができないとも限らないから、どうにか直してくれるようにお願いされてたんだ。だからまぁ……そういうこと」
「なんだ、それなら謝らなくても全然いいよ。むしろ折れた剣をそういう有意義なことに使ってくれたことに、僕からお礼を言いたいぐらいだ」
「そっか……ありがと! やっぱり優しいね、ジャンゴさんは!」
ニコッと笑うレヴィにつられて、ジャンゴも微笑む。彼女の無邪気で純粋な性格は誰もが好ましく思い、そのおかげで心が楽になった者も大勢いる。あの戦いでシュテルとマキナを失ったジャンゴ達も、レヴィのひたむきで元気な姿に励まされたのだ。
「ところでさっき用事って言ってたけど、どんな用事?」
「ふふふ……実はね~」
含み笑いを浮かべたレヴィが見せつけるように出したのは、数枚のチケットだった。
「ジャーン! スパへの招待チケット~!」
「スパ?」
「大きな温泉施設のことだぞ。ジャンゴにはリゾートのバカンスって言った方がわかりやすいかな?」
おてんこさまに補足されて意味は何となく理解はしたジャンゴだが、リゾートの想像がいまいち出来なかった。それもそのはず、ジャンゴは今までリゾートになんて一度も行ったことが無い上、世紀末世界にそんな施設は一つも残っていなかったからだ。
「それで皆も一緒にどうかと思って誘いに来たんだけど、ねぇどうかなぁ?」
「う~ん……」
ジャンゴにとってはスパがどういう所なのかわからず、行っても良いのか悩んでいることに気付いた彼女は「難しく考えないで、行ってみようよ」と同行を促し、アギトも「せっかくのお誘いだし、断る用事も別に無いだろ」と行く気満々の意見を出した。
「うん、そうだね。お誘いに乗らせてもらおうかな」
「オッケー♪ じゃあ下で待ってるから、準備してきてね」
「あ、そういえば誰が一緒に来るの?」
「えっとね、王様とユーリも来るよ。今やってる会議や開発を終わらせてからと言ってたから、到着は夜になるみたい。あと、ミッドにいるボクの仲間も紹介ついでに来させたかったんだけど、そっちは残念ながら都合がつかなかったんだ。だからメンバーはそれだけ」
「わかった。じゃあ少しだけ待ってて」
手を振ってレヴィがマンションの下に降りていき、ジャンゴ達はすぐに温泉旅行の旅支度をする。と言っても元々すぐにでも旅を始める準備は出来ていたため、ものの数分で準備は終わった。そして荷物を持って部屋を出る際、ジャンゴは彼女に言う。
「考えてみれば、遊びに行くための旅はどっちも初めてだね、“サクラ”」
「今までお互いにそんな余裕は無かったもんね。“高町なのは”としての記憶ならあるけど、私自身が旅行に行くのは確かにこれが初めてだし、ゆっくり楽しもうよ、“お兄ちゃん”」
クローン・なのは改め“サクラ”……彼女はオリジナルとは違う生き方を選んだが故に高町家には入らず、ジャンゴの義妹として生きることを決めた。士郎や恭也はそれが彼女の幸せに繋がるならばと、若干の寂しさをにじませはしたものの快く受け入れていた。
二人の仲睦まじい姿に、アギトは空を見上げてほろりと呟いた。
「姉御がこれを見てたらなんて言うかな……。まるで昔の自分を見ているようだ~なんて言うかもしれねぇな」
サバタがマキナを救って導いたように、ジャンゴもサクラを救い、これから先も導くのだろう。これもまた一つの、文化的遺伝子の継承だった。
「イヤッフー! とうちゃ~くっ♪」
ちゃぷちゃぷスパワールド。ウルズ首都ブレイダブリクから南の岸辺に建てられた施設で、温泉やプールだけでなく海にも行ける上、ゲームセンターや映画館などの様々な娯楽もあり、ホテルから見える景色は自然の雄大さに圧倒される、さながら水のテーマパークとでも言うべき場所となっていた。
ウルズの送迎用サンドバギーに乗せてもらってやって来たジャンゴ達は、早速レヴィが元気よく飛び出していき、キラキラした楽し気な雰囲気に胸を躍らせた。あちこちから旅行客の声が聞こえる中、アギトがあることに気付く。
「ミーミルの人間も来るようになったんだな、ここ。長い戦争が終わったことで、やっと両国間で交流できるようになったわけか」
「ミーミルの方にはどんな娯楽があるの?」
「ウルズの娯楽をこういった夏っぽいものだと例えるなら、ミーミルの娯楽は冬っぽいものが多いな。雪山のゲレンデでスキーやスノボ、スケートとか……大体そんな感じだ」
「それはそれで面白そうだね、今度行ってみたいや」
「ミーミルの方で好まれるフェンサリル料理が、辛いものやガッツリ系なのは実はこういった理由も関係しているぞ。ニブルヘイムでも寒さで凍えそうにならなかったのは、リスベスの弁当を食ってたおかげってわけでもあるんだ」
「「へぇ~」」
「ま、これを調べたのは姉御なんだけどな」
アギトの口から出るフェンサリルの食事や娯楽文化の知識に、ジャンゴとサクラは関心を示す。遊びの歴史もなかなか面白いと思いながら、「早く遊ぼうよ~」と急かすレヴィに手を引っ張られて、受付についた彼らは係員にチケットを提示した。
「はい、アウターヘブン社御一行様ですね。ようこそ、ちゃぷちゃぷスパワールドへ。砂漠のオアシスをどうぞ心ゆくまでご堪能下さい。なお、水着をお持ちでない場合はレンタルも出来ますが、どうしますか?」
「ボクは自分のを持ってきてるから、3人分お願いしま~す!」
「かしこまりました」
係員がチケットの半分を千切り、ジャンゴ達はスパに入場する。男女更衣室の前でサクラ達と一旦分かれたジャンゴは、レンタルコーナーからグレーのトランクスタイプの水着を選び、それに着替えてロッカーに服をしまい、会場に出た。
「僕が一番乗りかな」
「うむ、それにしてもジャンゴのそういうラフな格好は私も新鮮に感じるな」
「世紀末世界にはここみたいに泳いで遊べる場所が無かったからね、おてんこさま」
「そうだな。今まで遊べなかった分、思う存分堪能するといい。お前に必要なのは、こういう当たり前の遊びで人生を楽しむことなのだから」
まるで息子を見る保護者のような目をするおてんこさまに、ジャンゴは照れ臭い気持ちを抱き、長い鼻を軽くつついた。
「おっまたせ~!」
「ごめんね、水着を選ぶのに悩んじゃって」
「女の水着選びは時間がかかるしな。今度、自前のを買っておくか」
女性陣が到着したことで、ジャンゴはそちらに視線を向けた。レヴィは青と水色のストライプ模様のセパレート、サクラは白地に桃色の水玉模様のパレオ付きビキニ、アギトは赤地に黒いラインが入ったワンピースと、各々の魅力をこれでもかと引き出していた。
「えっと……お、お兄ちゃん、どう……かな?」
「うん、健康的で日差しが良い塩梅に身体のラインを綺麗に見せていて、まるで海岸に舞い降りた天使みたいによく似合ってるよ、サクラ」
「ま、待って!? 感想が想像してたのより饒舌で長くないかな!? う、う~……! 嬉しいけど恥ずかし過ぎて頭が爆発しそう!」
「こんな場面でもアタシらの常識をぶっちぎるんだな、世紀末世界出身者ってのは。言葉一つでサクラのハートをぶち抜きやがった……」
「ニヤニヤ……いいねいいねぇ! 楽しんでくれたのなら、ボクとしても誘った甲斐があるってものだよ!」
「レヴィも髪と水着の水色が映えてるし、アギトは赤い情熱を貫く黒いラインがアクセントを引き出しているね」
「アタシらの水着の感想まで言ってくれるとは、同行する男の役目はしっかり果たしてくれたな」
「そもそもお兄さんもジャンゴさんも、相手を褒める時は照れてごまかしたりしないで思ったことをダイレクトに言うからね~」
「普通の男なら女を褒める場面でも『似合ってる』ぐらいしか言わない、というか照れて言えないものを、こいつらときたら躊躇なく無意識で褒め殺しに来るからなぁ……」
軽くため息をつくアギトと、彼女の普段の気苦労を察して苦笑するレヴィ。さっきの言葉が脳内で反芻して身悶えているサクラと、特にな~んにも気にしていないジャンゴの姿は、どこか滑稽でもあり、壁を叩きたくなる光景だった。
「それにしても、ここのレンタル水着って中々良いセンスしてるよね」
「ああ、おかげでアタシとサクラは、好みじゃない地味ぃ~な水着を着る羽目にならずに済んだな」
「いっそボクも借りちゃって良かったかもね。ま、その辺は気分かな」
「ところで、スパってどんなことをすればいいの?」
「いやジャンゴ、遊びに来てるんだから、義務感とかで何かしなきゃいけない訳じゃないぞ」
「?」
「そんなことどうでもいいから、とにかく遊ぼう! そぉ~れ~!!」
「え!? わわっ!!」
「ふぇ!? うにゃぁ~!?」
「イヤッホー!!」
質問をぶった切ったレヴィは有無を言わさずジャンゴとサクラの手を引っ張って、勢いのままにスパのプールに飛び込んだ。
「ぷはぁ! れ、レヴィ、いきなり何を……」
慌てて水面に顔を出したジャンゴに、レヴィはにこりと笑いながら言った。
「遊び方がわからないなら、ボク達が教えるよ。ジャンゴさんは単に普通の人の楽しみを知らないだけ、やったことが無いだけなんだから。まぁこういうことはね、後から思い返した所で何の変哲もないことなんだけど、かけがえのない思い出になるんだよ」
「レヴィ……」
「さぁてと、しんみりタイムはこんな風にポイっと放り投げちゃおう。うりゃぁああ!!!」
ドボォーンッ!!
「水かけのはずがデカい波になった!? っていうか―――」
「にゃぁあああああ!!!????」
「サクラがまるで洗濯機の服みたいに巻き込まれてるよ! さ、サクラ~!」
レヴィがマテリアルとしての力を手加減せずに使った煽りを受けて、悲鳴を上げながらサクラは流されていった。それを慌てて追いかけていったジャンゴは、目をぐるぐる回して声にならない声を漏らす彼女を回収する。腹を抱えて笑うレヴィにアギトは軽いツッコミを入れる。
「あのなぁ、連れてきてくれたのは良いが、周りのことはちゃんと考えろよ?」
「でもさっきの波に巻き込まれた他のお客さん、なんかすっごく楽しんでたよ」
「順応力高ぇな、ここの奴ら。姉御みたいにサバイバル能力も高いんじゃねぇのか?」
「元々フェンサリル人は過酷な環境でも生き残れる身体になってるからね、ブレイダブリクが砂漠にあることを考えればわかるようにさ。戦争みたいな余程の事が無い限り、大抵は軽いイベントで済ませられるんだと思うよ」
「津波っぽいことされといて、軽いイベント扱いかよ……。いや、今までずっと荒事が日常茶飯事だったから、感性が少しアレな感じになってるんだろうな」
「今はともかく何年か経って世代が変われば多分、地球の人達と同じような感性になるんじゃないかな? ボクにはよくわからないけど」
「まぁ、戦争が人を変えるってのは昔からよく言われる。考えてみればアタシらPMCも、フェイト達管理局も、少し違うがジャンゴ達も全員戦争生活者……主義主張、見方や言い方を変えてるだけで、武器を手に戦う者なのは同じだしな」
「あのねぇアギト。せっかく遊びに来ているのに、そういうシリアスな話題出されたら遊ぶ気が滅入るよ。だからここにいる間は難しい話題は禁止ね!」
「はいはい、確かに空気読まなかったアタシが悪ぅござんした。そんじゃ空気を読んでアタシは数十秒間、何も見ないことにするぞ」
ちょっと意味深なセリフを吐いてアギトは目と耳を閉じる。「ん?」と首を傾げたレヴィの背後から、二人分の影が伸びてきた。そして振り向いた彼女は、その意味に気付いた。
「レヴィ~? ちょ~っとだけ、頭冷やそうか?」
「こういう事するなら準備体操をしてからにしてほしいな、常識的にさ」
「あ、あはは……。その~……テヘッ?」
「レヴィ!!!」
「わ~ごめんなさ~い!!!」
水が滴りながらプンスカ怒ってるサクラにレヴィは慌てて謝り、ジャンゴは「やれやれ」と肩をすくめた。
「大体何なの! この胸は一体何なの!? フェイトちゃんボディが影響してまた育ったの!? これ見よがしに見せつけてるの!? なんでマキナちゃん含めて私の周りにはおっきいのばっかりいるの!?」
「自分が育ってないからってボクに当たらないで!? 一応、肉体年齢は11歳なんだから、まだ先はあるって……アー!! ゴメンゴメン! 痛いから掴まないで! ってかポロリしちゃうから! やめっ……ヤメロォー!」
「公衆の面前でなんてことをしてるのさ……」
ジャンゴが思わず目元を抑える光景だったが、それは呆れたからではない。年頃の女の子二人がくんずほぐれつな事をしている……言い方はアレだがそんな恥ずかしい光景だから、周りの男達も地味にチラチラ見てしまったりもする。それに先に気づいたレヴィは流石にこの格好での人目は無視できず、「ぼ、ボクを辱めてどうするつもりだ~!」と、サクラの拘束から振り切って逃げだすが、サクラは周りの目に気付かないまま追い掛けていき、
「お前ら、こんな所で走り回ったら滑って転ぶぞ~!」
ツルン♪
「「あ……! ワァー!!」」
ドボォーン!!
「はぁ~言わんこっちゃねぇ……」
「一応、怪我や事故にならなくて良かったと思っておこう」
このようにプールの周りを走るのは大変危険ですのでおやめください。
とりあえずその場が収まった後、彼らは普通の子供のように遊び倒した。スライダーでは一番先に滑ったジャンゴの肩にサクラ、アギト、レヴィの順に連結合体して、最後の飛び出し台でバラバラになって着水したり、素潜りの時間の長さを競ったらジャンゴとレヴィでブリッツボールの選手並みの凄いタイムを叩き出したり、実は潜れても泳ぎ方を知らないジャンゴにクロール泳法や平泳ぎのやり方をレヴィとアギトが教えたり、その隣でサクラは水着が流されてバレないように回収しようと一人修羅場を潜っていたりと、なかなか濃い時間を過ごした。
「「「あ゛ぁあ゛ぁあ゛あ゛~~」」」
「こらこら、3人そろってなんて声出してんだよ」
そして夕方、ホテルにチェックインして和室と似た雰囲気の部屋に入った頃には、日中ずっと遊び通してクタクタになっており、体力お化けのジャンゴとレヴィすらも変な声を出しながら身体を伸ばして床に横たわった。サクラはブレイダブリクで買ったロングスカートが、レヴィはワンピースがあられもない感じにめくれており、流石にはしたないと思ったアギトが脱力しながらそれを直した。
「それにしてもレヴィ、お前もそんなお洒落な格好するんだな。“ベルリネッタブランド”なんて結構良い所のヤツ着てるじゃないか」
「ん~このワンピースのこと? まあ、ボクだって女だし、可愛く決めたい時はあるよ。と言ってもこれはボクが選んだんじゃなくて、店の人にコーディネートを任せた結果なんだけどね~」
「そうなのか?」
「うん。ボクがミッドの管理局地上本部と契約しているのは知ってるよね。普段は局員と同じように治安を守ってるんだけど、ボクってアウターヘブン社の遊撃隊長じゃん? 王様と会社の指示で、時々周りにPMC社員の健全さをアピールする必要があって、こういった格好をするのもその一環なんだ」
「そういやつい忘れちまうが、レヴィって一応課長ぐらいの立場なんだよな。姉御は旅してたこともあって少し扱いが特殊だったが、まぁ普通の会社で言うと主任ぐらいの立場だっけか」
「え!? レヴィって課長なの!?」
意外そうな声でサクラは言う。地味にレヴィは管理局で言えば一等空尉辺りの階級を持っているのだと、サクラは目を丸くして驚いていた。
「PMCだから厳密には課長じゃないけど、大体それぐらいの権力を持ってるってことだよ。あ、それと髑髏事件で聖王教会元最強騎士を倒した功績が評価されて、来年昇格があるんだ。これからはボクもシュテルんみたいに次元世界各地を回って色々するんだと思うよ」
「へぇ! レヴィ、出世おめでとう!」
「ありがと。まぁ尤も、これは消滅しちゃったシュテルんの穴埋めって意味も残念ながらあったりするんだよね。本当ならフェンサリルでの任務が終わった後、王様はジャンゴさんが世紀末世界に帰る方法を探すために、シュテルん率いるエルザを貸す予定だったんだけど……こうなっちゃったからね。だからエルザは前の副艦長が艦長に繰り上がって、ボクはその空いた副艦長に収まるって感じになるのかな」
「ということは要するに、これから僕達はレヴィと一緒に行動することになるの?」
「そゆこと。もうしばらくしたら次元世界も落ち着くだろうから、その頃になったら連絡が来ると思うよ。多分だけど、ボクとほぼ同じタイミングでエルザに乗ることになるから、マキナの代わりと言っちゃなんだけど、頼りにされるように頑張るからよろしくね」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
レヴィがパーティの仲間になった意味で、ジャンゴは彼女と握手を交わした。強さで言えばジャンゴにも匹敵する実力を持つレヴィが同行してくれることは非常に心強く、現在どこに潜んでいるか全くもって不明の公爵デュマと突然戦うことになっても大丈夫だと思えた。なお、アギトはフェンサリルに残るようで、エルザに乗るジャンゴ達に同行はしないが、いつ帰ってきてもいいようにホームの維持管理はしてくれることになった。ちなみにレヴィの今の部下も契約更新で異動するから、上司がいなくなるなどの心配は必要ない。
「それで話を戻すけどさ、服なら前に王様が作ってたとアタシは記憶してるが、そこんところどうなんだ?」
「確かにファーヴニルとの決戦準備期間の時は作る余裕はあったんだけど、今の王様は支社長としての仕事で忙しいから、そんな時間が無いんだ。だから今、ボク達も服は普通に店で購入しているわけ」
「なるほど。確かに王様のおかげでマウクランのマザーベースはとんでもない発展を遂げたからな。地熱発電施設や外縁軌道の太陽光発電施設による、エネルギーの自給自足が半永久的に可能な環境の構築。それを用いた各管理外世界の産業と環境の再生、流通ラインの安定化、新設した太陽の果実生産プラントに、ゼータソルなどの生産工場……もう事業の範囲がそこらの大企業を軽く上回ってねぇか?」
「ここまで来ると、独立して子会社になっても問題なくやっていけそうだ」
「どうなんだろ? その辺りは王様や社長が決めることだからね~」
「そういえばずっと気になってたんだけど、アウターヘブン社の社長ってどんな人なの? マキナちゃんが度々引き合いに出してたけど、私達は映像どころか顔写真すら見たことが無いから想像がつかないよ……」
とりあえず社長なんだから凄い、というイメージしかないサクラに、レヴィは「社長かぁ~」と腕を組んでため息をついた。
「一言で言えば、凄いお爺ちゃんって感じかな。経営に関してはボクにはわからないから何とも言えないけど、実力なら2年前、マキナがCQCの訓練をしてた時に、ちょっと指導しただけで一気に上達させたところからある程度察せると思うよ」
「へぇ~、マキナちゃんはCQCを社長からも教わったんだ。戦う社長! というキャッチセールスもなかなか面白いかもしれないや」
「まぁ、昔もだけど最近は特に忙しいみたいだから、そんなことしてる場合じゃないんだよね。だって近いうちに―――」
「そういうことはあまり口に出すものではないぞ、レヴィ。どこで誰が聞いてるか、わかったものではないからな」
そう言って部屋に入ってきたのはスーツ姿のディアーチェで、その後ろからユーリも遅れて入ってきた。ジャンゴ達は彼女達の到着を歓迎し、レヴィは「ゴメン」と素直に謝った。
「ふ~、やっと落ち着ける……。全くどいつもこいつもエネルギーが無いエネルギー売ってくれと……こっちはエネルギーがゲシュタルト崩壊しかねんわ」
「た、大変そうだね……大丈夫なの?」
「大丈夫でないから策を練っておるのだ。このまま管理世界の資源困窮状態が続けば、近いうちに少ない資源の凄惨な奪い合いが発生する。PMCとして見れば市場が増える意味で喜ばしいことなのかもしれぬが……我は世界が荒れることなぞ望んでおらぬし、下手するとこっちにもターゲットが向きかねん。自給自足してもなお余る大量のエネルギーを生み出せる設備なぞ、管理世界の連中からすれば殺してでも奪い取りたいほど欲しいものだろうしなぁ……」
「私達はサバタさんに託された未来のために戦っています。未来で世界が破滅してしまうような事態を避けるために、銀河意思が本格介入してしまうボーダーラインを超えないように、最善を尽くしているんですよ。色々事業を広くしてるのも、その一環なんです」
「我、やり過ぎちゃったのかなぁ……。頭脳フル回転で発展させただけなのになぁ……。でもあの時やらなきゃ荒廃どころか滅んでた世界も数多あるしなぁ……」
「うわぁ、暗い目でぶつぶつ言うとか、めっちゃ疲れてる以上に病みかけじゃねぇか王様。マジで大丈夫なのかよ……」
あまりの疲労っぷりにアギトは思わず哀れんだ。何気にいくつもの世界が肩に圧し掛かっている彼女の姿に、支社長も大変だと皆が実感した。
「連中が後先考えなくなれば、我が社に関わる人物を人質にしたり、施設を襲撃してくる可能性が高くなる。ミッドの孤児院なんてそれこそ格好のターゲットになりかねんし……念のため護衛を決めておくべきだろう。しかも最近、クロロホルルンが各世界で突発的に発生するようになってきたから、ゼータソルの大量生産を急がねばならん……あぁ、やる事があり過ぎて落ち着けない」
ディアーチェの愚痴に聞き逃せない単語があり、ジャンゴは眉をひそめた。闇の精霊クロロホルルンは憑りついた対象をアンデッド化させる性質があり、一般人を大勢吸血変異させる点ではグールよりはるかに厄介だった。それこそ、クロロホルルンの大群が村や町を通り過ぎるだけでアンデッドしかいなくなるほどだ。暗黒物質に耐性のあるジャンゴ達にとっては太陽ショット一発などのちょっとした攻撃で倒せる取るに足らない敵だが、耐性の無い一般人にとっては触れるだけでアウトなこの上ない脅威だった。
「せっかく休みに来てるのに、ま~だ仕事脳のままなの、王様?」
「ディアーチェ、温泉に入って気分転換しに行きましょう?」
「う、そうだな……いい加減リラックスせねば、我でもオーバーヒートを起こしかねん……」
よっこらせと立ち上がったディアーチェはレヴィ、ユーリを伴って温泉に向かった。まるで連日徹夜仕事で疲れ切った家長を見てるようだ、とはアギトの弁である。
「じゃあ私達も温泉に行こっか」
「ああ、時間もちょうどいいしな」
という訳でサクラとアギトも向かうことにし、ジャンゴも一人待つってのも皆に気遣わせてしまうと思い、ホテルの温泉へ向かった。
うぉ~は~♪
ピッピッピッピッピピピピピピピピ……ピピピピッピッピッピ。
温泉をすっ飛ばした理由は単純、ジャンゴ達はマナーをわきまえているので騒ぐことも何もしなかった。さらに温泉の構造は清涼感のあるものだったが、それ故に男湯女湯は全く別の空間にあったため、覗きイベント的なことは起こりようが無かったのだ。……そもそも周りは砂漠なのだから、露天風呂なんか作ったら砂だらけになって浸かるどころではない。なお、代わりに砂風呂はあった。
温泉から上がった後、ホテルの入り口付近で涼んでいたジャンゴの所に浴衣姿の女性陣も合流し、夕食まで遊びながら時間を潰そうとのことでホテルの傍にあるゲームセンターへと向かった。レヴィとアギトはエアホッケーで勝負し、サクラとユーリはUFOキャッチャーに挑み、ディアーチェとジャンゴはスロットマシンの椅子に座って彼女達を見守りながら休憩していた。
「そういえば今まで尋ねる機会が無かったが、世紀末世界でシャロンはどんな暮らしをしておるのだ?」
「どんなって……まぁ、普通なんじゃないかな。ホームの炊事洗濯料理に、衣服の裁縫に、図書館でスミレ……サン・ミゲルで生き残った女の子に勉強を教えたり、本を読んで知識を学んだり、皆の仕事の手伝いをしてる」
「ほう、シャロンの家庭的スキルは相変わらずのようだ。それに街の者に暖かく受け入れられてるようで、我も安心した」
「まぁ世紀末世界は助け合わないと生きていけないからね、環境がアレだし。それに彼女の特技とも言える歌は、娯楽が少ないこともあって皆にかなり好評なんだ。そうそう、最近新曲も増えたんだよ」
「お、新曲とな?」
「前に図書館で読書をしてる時、偶然歌詞が見つかったんだって。レディ曰く古代語で書かれてて、シャロンにしか解読できなかったらしい。それで作者の名前はページがちぎれててわからなかったが、題名は“アクシア・イーグレット”。価値あるものを運ぶ白鷺、という意味が込められているらしい」
「シラサギ……コウノトリ目サギ科の鳥だな。ふむ……コウノトリが運ぶと聞けば、微笑ましい迷信だが子供を思い浮かべる。そう考えるとその歌は、これから生まれいずる子供を暖かく迎え入れる、という意味も入っておるのかもしれぬな」
「これから誕生する命に罪なんてあるはずが無い、誰が何と言おうと私は祝福する。ディアーチェの言った通りにそんな感じの歌だよ? 実際、僕も良い歌だと思ったな」
「ふむ……孤児もそうだが、非人道的な研究で生まれたり、クローンとして誕生した子供にも聞かせてやりたい歌だ」
「まあ実際、シャロンの歌を聴いてると励まされてる感じがして、心に力が湧くんだ。月詠幻歌もそうだけど、どうやらシャロンの月下美人の能力は歌を通じて想いと力を伝えるものらしい」
「確かにファーヴニル事変の際、月詠幻歌を聴く者全てに星のエナジーを作用させて、リンカーコアの治療といった治癒効果を与えていた。これだけ聞くと範囲も効果も、そこらの治癒魔法をはるかに凌駕しておるな」
「物理的な方法で治療するのがマキナなら、精神的な方法で治療するのがシャロンなんだろう。あの二人は対極的な所もあるけど、似てる所も多いよね」
「対極的……か。光の中の影、影の中の光……どこか過去のジャンゴと教主殿の関係を彷彿とさせるが、実際にそのようなことにはなってほしくないものだ」
「僕も同感だ。だってマキナもシャロンも、自分以上に他人に優しくできる子なんだから……」
「……ああ」
「僕は知っていた……マキナはマザーベースで、シャロンはサン・ミゲルで、二人とも皆が見てない所で時々悲しそうな眼をしてたんだ。本当はすぐにでも会いたいのに会えない寂しさで胸がいっぱいだったんだろう……」
「……そうか」
「今思えば二人が皆の前で見せていたのは、ただの空元気だったのかもしれない。皆に心配させないように、心に“仮面”を被って無理して強がっていたのかもしれない。だからこそ……二人を再会させてやれなかったことが悔しい。傍にいたのに願いを叶えてやれなかったことが、とても辛い。僕はマキナを守ることができなかった……」
「ジャンゴ、彼女も戦士だ。志半ばで力尽きる事態もありうるとわかっていた。自分の意志で任務についたのだ。覚悟はできていたはずだ……」
「いや、そうじゃない。マキナは自分が戦わなければ皆が殺される、そう思い詰めていただけだ。本当なら彼女は戦場に立つべきではなかった。戦場で倒れる覚悟なんて持っていなかったはずだ。僕がもう少し―――」
「―――らしくないよ、お兄ちゃん」
気持ちが沈みかけた瞬間、サクラが声をかけてきた。彼女は真摯な目で、ジャンゴを見つめていた。
「フェンサリルに行く前に、マキナちゃんが私に言ってたよ。……反省も後悔するのも勝手だけど、過去の過ちをただ否定的に捉えて自分を責めるのはやめた方がいい。それは何も生みだしはしない、って」
「サクラ……」
「私だって他にやれたことは無かったのかという気持ちが、思い返すだけで際限なく湧き上がってくるよ。だけど、あの時の私達は自分にできる最善を尽くした。後悔なんてそりゃあいくらでもあるけど、だからこそ守り抜けたものをちゃんと見てほしい。今も生きていられる私達を、もっと頼ってほしい。……お兄ちゃんが私達を助けてくれたように、私達だってお兄ちゃんを助けたいの……」
「フッ、言われてしまったな、ジャンゴ。ああ、その通りだ……我らだって教主殿の恩に報いようとしている。傍にいたのなら、マキナも同じだと知っておるはずだ。むしろあやつの場合、我らよりずっと顕著だっただろう?」
そう言って苦笑するディアーチェの言葉に、ジャンゴはふと思う。どんな方法を選んだとしても、どうせ後悔は生まれる。だからその時は自分の心に従う方法を選べばいい。そうすればどんな後悔があっても納得して受け入れられるようになる。それが生きようとする意思につながる、と
そのことを口に出すとディアーチェは目を丸くしたが、次にお腹を抱えて笑い出した。
「くっはっはっはっ! ようやく思い出したか、戯けめ! そうだ、マキナは教主殿からそれを教えられ、そのように生きてきた。そして教主殿にそれを教えたのはジャンゴ、お前の心にある太陽だったはずだ!」
「ボクらの太陽……」
「そうだ。ジャンゴから教主殿、教主殿から我ら、そして我らから次の世代へと、それは受け継がれておる。もっと胸を張るがよい、義兄上殿!」
「え……!?」
「今まで黙っておったが……我らマテリアルズは戸籍上、教主殿の義妹となっておる。というか我らがそうしたのだ、目に見える確かな繋がりを求めた故に。そういう意味ではサクラ、貴様は家族としての境遇や立場が我らとほぼ同じと言えるな」
「えぇ~!? な、なんか急に皆が近い存在に感じるようになったよ!」
「ま、姉妹関係なら貴様は末っ子が妥当だな」
「ということは私がお姉ちゃんになるんですね! 今まで私が末っ子の立場だったから、新鮮な気分ですぅ!」
「ゆ、ユーリ!?」
「呼び捨てじゃなくて、お姉ちゃん、と呼んでください!」
「待って待って!? いきなり過ぎて何が何だか……っていうか今まで通りに名前で呼んじゃダメなの!?」
「ワガママはメッ、ですよ?」
「え、これワガママになるの? あ~も~、わかったってばぁ!」
「(ワクワク……!)」
「ゆ、ユーリ……お姉ちゃん……」
「(ぱぁ~♪)……ィィ!」
まるで花が咲いたような笑みを浮かべるユーリにディアーチェが悶え、サクラはかぁーっと顔中が真っ赤になっていた。
「も、もう一回! もう一回お願いします!」
「ユーリ、お姉ちゃん……」
「もう一回!」
「ユーリお姉ちゃん!」
「もう一回!!」
「ユーリお姉ちゃん……ってくどいよ! もういいよね!?」
「じゃ、じゃああと一回だけお願いします!」
「……。……ユーリお姉ちゃん、妹の私のお願い、聞いてくれる?」
「……!! お姉ちゃんにまっかせなさ~い!」
「(チョロい)」
「サクラ~悪どい顔になってるよ~」
ニヤリとした所をジャンゴに突っ込まれ、サクラは無言で顔を背けた。隣でディアーチェが乗せられやすいユーリの心配をするが、当の本人はお姉ちゃん呼ばわりにご満悦だった。エアホッケーを終えて戻ってきたレヴィとアギトがユーリ達の様子を興味津々に尋ねて、事情を知った彼女達は心から大笑いした。
ちょうど夕食の時間になったため、ゲームセンターを満喫したジャンゴ達は部屋に戻った。そして和室の中央にあるテーブルに、巨大な船盛りにされた魚の刺身などの贅沢な料理が並んでおり、誰もが空腹を刺激された。だが……、
「(なぜだろう……寒気がする。少し涼み過ぎたのか……? いや……何か小さな音が聞こえる? これは……)」
―――Pi……Pi……Pi……。
「ッ!!!! 皆伏せろぉ!!!!!!」
ジャンゴが叫んだ次の瞬間、部屋が爆炎に包まれた……。
後書き
メイス:ぶっちゃけ鉄血メイス。とりあえず誰が使うかは、ゼノサーガの技を見ればわかります。
サクラ:ゼノサーガ M.O.M.O.のオリジナル、サクラ・ミズラヒより。名前だけ借りた扱いです。
ベルリネッタブランド:Vivid Strike! より。服飾メーカーなので、こういう形で出してみました。ちなみにフーカとリンネには、ある設定を盛ることにしました。
クロロホルルン:ボクタイより。紫の人魂のような敵でグールより弱いですが、伯爵曰く「並みのヒトならば、ホルルンに取りつかれただけでグールと化す」というセリフから、一般人にとってはこっちの方が厄介です。
温泉イベント:えっちぃキャラやゲスいキャラがメンバーにいない上、男女比に差があり過ぎるのでネタが思いつきませんでした……。
アクシア・イーグレット:エピソード3の要素の一つ。
ラストの爆発:エピソード3開始の狼煙。
コメディ回と見せかけて、結局はエピソード2らしい話になりました。なんていうか、ほとんどのキャラが治療中で、食べ歩きとかができる状態じゃないので……ギャグ回をしようにも状況が悪すぎました。すみません。
エピソード3はMGS4とほぼ同じ時期のストーリーとなります。なお、Stsキャラが割と時系列に関わる時期でもあるので、新世代の存在を大きく影響させる予定です。
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