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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第193話 洛陽鎮護

 正宗は兵を近衛兵を引き連れ宮廷の奥を進んで行く。彼は帯剣していた。宮廷内での帯剣は禁止されていた。しかし、彼はそれを気にすること無く悠然と歩いていた。
 現在、宮廷内には人気がない。正宗達が宮廷を移動しているが人で出会うことは無かった。宮廷の一番奥に向かおうという最中、正宗達の進みを阻むように宦官達が立っていた。彼らの人数は五人、正宗に対し頭を下げ拱手する。
 正宗は宦官達を視線に捉えるが、気にすることなく彼らに近づいていくと歩みを止めた。彼らと正宗との距離は十歩ほどだ。しばし静寂の間が空く。宦官達の中で位が一番高そうな一人が口火を切った。

「お待ちしておりました。清河王、陛下が奥にてお待ちにございます」

 宦官達は顔を上げることなく正宗に言葉をかけると、道を譲るように端に下がった。

「分かった」

 正宗は一言短く答えると宦官達が譲った道を一人進んでいった。正宗の近衛兵達はその場に留まった。宦官達は正宗の帯剣を咎めることはなかった。それが今の正宗の立場を物語った。





「正宗、久しいな」

 正宗は宮廷の最奥で一人佇む劉協に声をかけられた。劉協は煌びやかな皇帝の衣服に身を包み正宗のことを見ていた。その表情は暗い。以前、友を誓いあった日の劉協の素直な微笑みは無かった。だが、その表情は正宗を恐れるような素振りはなく、彼と再開出来たことに安堵しているようにも見えた。

「協、久しいな」

 正宗は劉協の姿を見回し表から見る限り外傷が確認できないと分かると劉協に笑顔で声をかけた。彼は本当に劉協の身を案じていたのだろう。そのことが劉協には辛いのか視線を逸らした。
 しばしの沈黙の間が空く。劉協は徐に口を開いた。

「賈文和はいかがした?」

 劉協は正宗に視線を向けると落ちついた様子で賈詡の名を出した。その瞳には抑えた怒りが垣間見られた。劉協が賈詡に憎しみを抱いていることが正宗にも肌で感じることができた。

「何故、賈文和の名を出す? この乱の首謀者は董仲穎であろう」

 正宗は張遼の言葉は信じていた。だが、確認の意味で劉協から情報を得ようとした。劉協は董卓の名を聞かされると嫌悪感を表情に浮かべた。正宗は劉協が董卓に対してもよい感情を抱いていないことを察した。彼は董卓の身柄を保護した手前、劉協に董卓のことをどう切り出すべきか悩むが情報の収集を優先するべきと気持ちを切り替えることにした。

「董仲穎は何もできん。あやつは賈文和の言いなり。賈文和の無法に責任を感じながらも最後は賈文和の考えを率先して擁護する。賈文和に従った朕も人ことは言えないがな」

 劉協は怒りの感情を正宗にぶつける。しかし、その怒りは直ぐに収まり自らをあざ笑うように笑った。その様子から正宗は劉協が賈詡だけでなく、董卓にも敵意を抱いていることが理解できた。そのことから正宗は董卓が賈詡にある程度荷担したと推察した。

「私の討伐の勅を出す献策を行った者の首謀者は董仲穎なのか?」

 正宗は敢えて「献策」と言葉を使った。それに劉協は拳を握りしめる。彼女は賈詡に脅迫された時の光景が蘇ったのか怒りと悔しさが無い混ぜになった表情を浮かべた。劉協とってそれ程までに屈辱的な行為だったのだろう。

「あの女が。賈文和が画策したことだ。正宗、お前を襲撃計画を実行したのは賈文和だ。だが、董仲穎は事後にそのことを追認し賈文和に同調した」

 劉協は怒りを抑えながら正宗に問われるままに素直に答えた。正宗は劉協から聞くべきことを聞き終わると納得したように頷いた。

「賈文和は反逆者として私が処刑した」

 正宗の返事に劉協は無表情だったが、虚空をしばし眺めた後に口を開いた。彼女は力が抜けたように立っていった。彼女は賈詡が処刑されたことを聞き満足気な表情だった。しかし、彼女の瞳には覇気が無かった。

「正宗、朕を殺しにきたのか?」

 劉協は落ちついた様子で正宗の顔を見て言った。彼女は全てを受け入れようという表情だった。彼女は経緯はどうであれ友を裏切り死に追いやろうとした。そして、彼女は正宗が現在の朝廷に天下をまとめる力はないと考えていることを知っていた。だから、正宗は朝廷中央に身を置かず辺境に身を置くことを選んだ。それを劉協は咎めること無く正宗のことを影ながら応援していた。
 賈詡の暴走で皇帝に祭り上げられ、皇帝の膝元で董卓軍によって百官を血祭りに上げられた。皇帝の権威などないに等しい。その正宗にとって自分は倒すべき存在であると直感したのだろう。だが、劉協は自分が裏切った友に斬られるなら本望と思ったのかもしれない。

「私はお前を助けにきた」

 正宗は友に会えたことを喜び劉協に優しい言葉をかけた。彼の態度に劉協はいたたまれなくなり顔を伏せた。劉協は肩を震わせていた。

「どうしてなのだ?」
「私は協に出会った日に協を救おうと心に誓った」

 劉協の呟いた言葉に正宗は即答した。

「私はお前の命を狙ったのだぞ。お前を裏切ったのだぞ」

 劉協は素の自分で正宗に聞いた。そこには皇帝と臣下の関係は無かった。劉協は友として正宗に話しかけていた。

「それはお前の意思だったのか?」
「私の意思で勅を書いた」

 劉協は拳を握りしめながらはっきりと答えた。彼女は力尽くで賈詡に勅を書かされたことは口にしなかった。彼女が言い訳しない理由は自分が正宗を裏切ったことに変わりないと思ったからだろう。
 正宗は劉協の生真面目さに好意を抱くと同時に、海千山千が巣くう朝廷において劉協が生きていくことは難儀だったことだろうと思えた。困難な状況にある劉協に甘言を吐く宦官に惑わされる事態が起こらなかったことが幸いだった。董卓軍があっては宦官達も自由に動くことは出来なかったともいえる。早く手を打つ必要があると正宗は憂慮した。

「お前が勅を出したのは間違いないだろう。だが、賈文和に力尽くで勅を書かされたのだろう。違うか?」

 正宗は張遼から内情を聞かされていたため、劉協の言葉に惑わされることはなかった。それに彼は劉協が自分の命を狙うとは考えていなかった。もし、それをするには十分な理由があるはずだ。だが、そんな理由は正宗には見当が付かなかった。
 劉協は正宗の問いかけに一瞬動揺をする。それを正宗は見逃さなかった。嘘をつけない性格だなと正宗は心で呟いた。正宗は自分の知る劉協のままだと再確認した。

「理由が何であれ、私が勅を出したことに変わらない」

 劉協は俯きながら拳を握りしめていた。彼女の悔しさと自分の不甲斐なさを攻めているようだった。正宗は劉協の側まで近づくと膝を折り、何も言わずに劉協を抱きしめた。劉協は正宗の抱擁に驚くが堰を切ったように正宗の身体に顔を押しつけた。

「協、お前は一人でよく頑張った。後は私に任せろ。以前言ったはずだ。もう漢室の徳は失われた。私が漢室をあるべき形にする」

 劉協の泣き声が正宗の耳に聞こえた。劉協は正宗の胸の中で肩を震わせ泣いていた。

「正宗、お前が私の側に居てくれたら上手くやれたのではと何時も思っていた。でも私ではお前が望む漢室に復興することはできない」

 ゆっくりと喋る劉協の言葉に正宗は黙って耳を傾ける。

「その度に私は皇帝の器でないと思った。だが、ご先祖様のために私は皇帝たろうと頑張った。私は必死に頑張ったのだ」

 幼い劉協にとって皇帝としての生活は苦労の連続だったのだろう。兄を人質としてとられ頼れる家臣もいない。心細さを胸の奥に終い、董卓陣営の傀儡とされた自分の無力さを痛感する日々だったことだろう。

「協、私は皇帝に即位する。だが、お前を殺すことはない。私に禅譲してくれ。私はお前とその子孫を保護することを私の子孫達に厳命し国是とすることを誓う」

 正宗は劉協の扱いを自らが知る歴史の中から宋を建国した趙匡胤に倣おうとしていた。この時期、劉焉は朝廷に従わず益州に独立国を建国していた。この状態を朝廷はただ傍観するしかできなかった。これは益州の地が要害の地であるからである。また、朝廷の地方への統制力が落ちている現状は益州を野放しにせざるおえない状態にあった。
 朝廷が朝廷として機能しない以上、苦しい方便ではあるが国難を打開するために徳高き者に劉協が自ら皇帝位を譲ることを宣言させることで正宗は即位しようと考えていた。そして、その手始めに益州征伐を行うことは調度良かった。勿論、皇帝位の禅譲に反対する後漢の皇族達が現れるだろうが、劉協が皇帝位を譲る者が正宗であれば、彼に対抗できる皇族や諸侯は限定されてくる。彼らを力で屈服させる自信が正宗にはあった。

「私のことなどどうでもいい。私は兄上と静かに暮らせればそれでいいのだ。もう籠の鳥など嫌だ!」

 劉協は泣きはらした顔を上げ正宗のことを見た。

「それが望みなのだな」

 劉協が頷くと正宗は頷き返した。正宗は劉協を準皇族として扱うつもりでいた。劉弁の扱いも劉協に準ずるものとするつもりだった。劉弁については彼の出方次第という条件付きではある。

「協の兄上が私に協力しれくれるならばその願いを叶えよう」

 正宗は真剣な表情で劉協に言った。その瞳には強い意志を感じた。正宗は劉弁の協力が得られなければ、力尽くで劉弁を排除するつもりでいるようだった。
 聡い劉協も正宗の真意を理解しているようだった。

「説得してみせる。兄上も私ももう政などに関わりたいなどと思っていない。兄上もご無理をして必死で頑張っておられた。いつも悩んでおられたのだ」

 劉協は悲痛な表情を浮かべ、この場所に居ない兄・劉弁のことを心配している様子だった。

「正宗、兄上はどこに居るのだ?」

 劉協は涙を拭きながら正宗のことを見た。その目は正宗が劉弁の居場所を知っていると確信しているようだった。彼女は都の混乱に乗じて自分を助け出した正宗が、兄・劉弁のことを無視するはずがないと感じたのだろう。そうでなければ正宗が自分に劉弁に協力を求める必要があることを打ち明けるはずがない。

「私の義妹が保護している」

 劉協は正宗の説明を聞くと安堵した表情に変わった。彼女が兄想いであることが窺うことができた。

「兄上に会わせてくれ!」

 劉協は正宗に頼んできた。その前に正宗は話すことがあった。

「その前に話をしいておくことがある。董仲穎のことだ」
「処刑するつもりか。勝手にするがいい」

 劉協は表情から感情が消え冷たい声で言った。彼女の董卓への怒りを感じた。彼女は董卓を庇う素振りは一切感じられない。

「董仲穎は処刑しない。表向きは死んだこととし助ける」

 正宗は劉協の態度に逡巡すること無く、今後の董卓の扱いを劉協に説明した。その言葉に劉協は驚き表情を固くした。彼女は董卓の助命に不満のようだ。だが、正宗は劉協の考えで董卓の扱いを変えるつもりはない。

「何故だ!? 董仲穎は賈文和に協力し此度の大乱を引き起こしたのだぞ。賈文和がどれ程の朝廷の高官を殺したと思っている」
「董仲穎に罪はあるだろう。だが、その罪を負った董仲穎の助命のために殉じた者がいる。他にも董仲穎の家臣で私に投降した者達は董仲穎の保護を条件に私に従っている」

 劉協は正宗から段煨の話を聞かされると目を瞑った。そして、董卓軍の呂布、張遼、李粛、陳宮が正宗に投降する条件として董卓の保護を掲示したことも説明した。

「段忠明か。董仲穎は家臣に恵まれているな。主を守るために命を賭すか」

 劉協は自らの胸に手を当て感慨深そうに呟き目を瞑った。彼女は思案していたが目を見開き正宗のことを見た。

「董仲穎は許せん。だが、その家臣達の想いを踏みにじることは私にできない。正宗、その者達の力が必要なのだな?」

 正宗は頷いた。劉協は正宗の返事を確認すると彼女も頷き帰した。先程までの董卓への怒りは消えていた。劉協は真っ直ぐな瞳で正宗を見た。

「董仲穎への私怨は心にしまい込む。今後、董仲穎を咎めることはしないと誓う」

 劉協は段煨と多少面識があり、段煨に好意的な感情を抱いているように感じられた。
 正宗は劉協の協力を得ることに成功した。 
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