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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第94話 魔人ノスの主


 粗方作戦会議は終わった。

 確かに残すはリーザスただ1つとなったのだが、護りに徹した時のリーザスは、まさに要塞だ。ヘルマン側がリーザスの深部にまで侵攻する事が出来たのは全て魔人の能力だという事は判っている。正攻法でリーザスに侵入する為には作戦をたて、そして何より慎重に行く事に越したことはない。人質となっているであろうリーザスの人間の事を考えてみれば尚更だ。リアやマリスも間違いなく その中にいるだろう。それは かなみにとっての最終目的でもあった。

 だが 色々と策を張り巡らせても 侵入までは立てれても最深部まで行くとなると、一番は出たとこ勝負、と言う事が一番だった。大雑把な言い方だが、ヘルマンの主力部隊の殆どが壊滅状態。後の脅威は魔人のみ。……ヘルマン側と魔人側には信頼関係等なくただの利害が一致しただけだという事は、判っている。……トーマの話も聞けたから更に信憑性が増したから。
 魔人の力が未知数である以上 こちら側でどれだけ考えても 答えは纏まらないのが実情だった。

 と言う訳で ここは明日に備えて十分な休養を……と言う話で締めたのだが、とりあえず 英気を養うという名目で、まだ元気のあるメンバーが酒場へと集合していた。

 色んな意味でレベルが高い者だからこそ、まだまだ参加できる様子だ。

「おい シィル。腹が減った。ここの酒場で何か作って来い」
「あ はい。ランス様」

 そこには当然ながらランスもいる。
 以前のサウスの市民たちの沢山がユーリユーリと言っていたので、ランスの機嫌は良いとは言えない様子。だが、漸くここまで リーザスの入り口にまで来られた事。流石のランスも達成感でもあるのだろうか、何やら先を見据えているかの様な、遠い目をしていた。

「ぐへへ……、うむうむ。良い色ではないか。中々目の保養になるな!」

 と、思ったらなんでもない。いつも通りのランス。ウエイトレスのスカートの中が見えたらしい。それに集中していた様だ。

「……はぁ、何やってるの。ランス」
「がははは。おお、パンチラと言えば、マリアも前にあったよなあ? ミリ」
「あん? ……あー、あん時か 懐かしいねぇマリア。またすっか? オレは何時でもバッチ来いだぜ」
「っっ!!」

 以前の記憶が沸々と頭の中に蘇ってくるマリア。
 そう……カスタムの四魔女の事件の時に、マリアの身に降りかかった不幸の数々。

 パンチラだけならまだ可愛いもので 更に倍増しで受け続ける辱めは……。

「わーーーー!! 語らないでーー!! 思い出させないでーーー!!」

 マリアは、懸命に叫んで思い出すのも、出させるのも止めさせようとするのだが。

「へぇ~、な~んか気になるかな~? 私も」
「ろろ、ロゼ!❓ 止めてぇーー! アンタが知ったら いったいどーなるか判らないんだから~~!!」
「あはっ♪ もー知ってるのよねんっ♪」
「っっ~~~!!!」

 からかわれてる事に気付くマリアだった。
 ロゼとミリのイジメっこコンビは やっぱり()に入っており、どう(・・)する事も出来ない。と、寒い事を言うのは終わりにしよう。

「おい、シィル! まだか!?」
「あ、はい。ランス様。出来ました」

 シィルが持ってきた料理をランスは一頻り確認した後、直ぐに拳骨が飛んだ。

「ひんひん……」
「コラァ! シィル! オレ様に にんじんを出すとは何事だ! 奴隷の癖に ご主人さまの好みも忘れたのか!?」
「も、申し訳ありませんです……、ランス様ぁ……」

 もこもこの頭を抑えて涙目のシィル。
 そんなランスの背後には、燃えあがる火の玉が迫っていた。

 それが何なのか……、当然ながら。

「ぷち炎の矢」
「うぎゃちゃああ!」

 志津香の火のお仕置きである。

「女の子をイジメるんじゃないわよ。でも好き嫌いがあるのは以外と言えばそうね。……なんにでもかぶりつく。机の脚でもかじりつく悪食だと思ってたんだけど」
「どういう意味だ! こら! ッというか、オレ様を何度も燃やすな! 燃える様なプレイでおかえししてやろうじゃないか! がははは! とーーっ!」
「……火爆破」
「あんぎゃぁぁぁ!」

 本当にいつも通りな光景だ。

「はぁ、お前ら ほどほどにしとけよ? 明日も大変なんだから。……ってか、ここの所殆ど毎日が大変だったのに、やっぱ大した体力だな。お前ら。オレも飽きずに何度でも言える」
「あはっ、お兄ちゃんもねー! でも、元気な方が良いと思うなー。とても大変なんだしっ」

 苦言を言うユーリの膝の上に座っているのはヒトミ。
 ヒトミも沢山みんなのために働いてくれたから、ご褒美に……とリクエストを訊いたら、こんな感じで収まった。

「おやおや~、ユーリくん。近親相○は人間のタブーになるのよ~? 人として良いと思ってるのかしらん❓ シスターな私がしっかりと矯正してあげましょう!」
「誰がだ。アホ」
「はわわ~♪ わたしー、お兄ちゃんにおそわれちゃうんだ~~♪ いやぁぁんっ♡ えっちだよっ おにいちゃ~んっ♪」
「コラ。ヒトミもちょーしに乗るんじゃない」

 ユーリは苦言を呈してるけれど、そのくらいじゃ止まる訳もなく 皆きゃいきゃいと楽しそうにしてる。
 まだまだ危険な場所。敵の本拠地と言っていいリーザスが残ってるとは言え、今全員が無事、ここまでこれた事を喜んでいる。……そう言う風にも見えるというものだ。
 以前にも何度かあった事で、何度も思ってる事だが……、休み方、と言ってもそれは決して1つではない。心安らげる相手と一緒にいる事。笑顔を見せる事が出来る事だって十分休息になるのだから。

「ヒトミちゃんにナニ変な事教えてんのよ! アンタは!!」
「いてっ!? なんでオレなんだよ! それに ヒトミは昔っからこうなのは志津香だって知ってるだろ!?」

 志津香の盛大な踏み抜きににユーリの反論。
 2人に囲まれて ヒトミは本当に幸せそうだ。ぴょんっ! とユーリの膝から飛び降りると今度は志津香の方にするっ と抱き着いた。

「っ! っとと」
「まったく……」

 何度でも 何度でも使う言葉。《大好き》と言う言葉。
 皆が無事に帰ってきてくれたら必ずいう様にしている。次も絶対に大丈夫だと信じて。
 そんなヒトミの気持ちを知っているからこそ、ユーリや志津香、他の皆も笑顔でヒトミを抱きしめるのだった。
 色々と騒がしく休憩をしていた所で、メナドが手料理を持ってきてくれた。

「ちょっとにんじんが沢山余ってたみたいだから作ってみたんだ。その、どうかな?」

 少しばかり照れ臭そうにメナドは頭を掻いて、差し出した。
 そしてその隣にはかなみもいる。

「ほほぅ。メナドが料理か。……だが、かなみが横にいるとなると心配だな。へっぽこだし」
「どういう意味よ! 失礼ね!!」

 かなみは、ギロっとランスをにらむがどこ吹く風だ。
 かく言うランスは シィルの料理を食べたばかりの様だが、生憎まだ満腹とは程遠い。

「ランス様。にんじんは……」
「むむ……、確かににんじんは最強のオレ様には頂けん食材だ」
「いや、意味判らん。折角作ってくれたんだ。オレは頂くよ。ありがとな? メナド」
「あ、私もちょーだい! メナドお姉ちゃんっ」
「うん、沢山あるからいっぱい食べてね」

 ランスは手が出せない様だが、ヒトミやユーリは問題ない様子。
 メナドは笑顔で了承した。
 それを訊いたユーリとヒトミがまず手を伸ばしてパクり。

「私も頂くわ。ありがとうメナド」
「あ、私もー」
「どれどーれ? 酒の肴になるかしら?」
「おっ、オレもくれ」

 志津香とマリア、ロゼ、ミリも一口。
 
 其々がしっかりと噛み味を確かめていく。

「……おお。甘くて美味しいな。にんじんと言われなかったら気付かなかったかもしれない」
「ほんとだねー。甘くてコリコリだよっ。おいしぃっ!」
「ほんと、おいしいわこれ」

 皆口々に大絶賛だった。 それを見ていたランスも恐る恐る手を伸ばした。

「甘くなかったら貴様のせいだからな。ユーリ」
「なんでそうなるんだよ。でも マジで美味いから。姿形はにんじんだが、口に入れたらにんじんじゃない。そう思ったら良い」

 妙な難癖をつけられそうになったが 直ぐに大丈夫になった。
 ぽりぽりと食べていくランスの表情を見れば明らかだ。

「……む、確かに甘いな。これなら食えるぞ」
「ぅぅ……(ちょっとショック……私がにんじんをお出ししたら、お仕置きなのに……)あ、あのランス様。私も一口……」
「奴隷の分際で何をほざくか。椅子の脚でもかじってろ」
「ひんひん……」
「はいはい。意地悪しないのランス。私が上げるから。シィルちゃん」

 マリアに助け船を出してもらって、一口食べるシィル。
 それを見たランスが拳骨をくらわすというお決まりなパターン。

「もうっ 女の子に手を出すんじゃないわよー。ランス!」
「ふん。オレ様の奴隷だから 何しようと構わないのだ」
「ひんひん…………」

 シィルは涙目になっているが、しっかりと味を覚えて今後ランスに出すかどうかを検討するのだった。

「あはは。皆沢山あるから 慌てなくても大丈夫だよ? ………」

 メナドはそう言いながら ユーリの隣に立った。

「その、美味しいって言ってくれて……、あり、がと……」
「うん? どうした??」
「ひゃっ、な 何でもないよっ!? お、おかわりいる??」
「ああ。ありがとな」

 いつもはっきりと言葉に出すメナドだから、小声だと妙に聞き取りずらい。
 それが メナドにとって良かったのか悪かったのか……、それらは判らないが、この後志津香に蹴られてしまうユーリにとっては、どちらでも同じだった。


 本当に良いコンディションだと思える。
 硬くなりすぎず、かといって気を抜きすぎず…… 連戦状態を考えれば消耗をしていてもおかしくないのだが、それでも最高の状態で臨める事だろう。リーザスで最後だから と言う理由も当然ながら高い。
 リック 清十郎と言った強者達もその雰囲気に肖り、酒を口に運ぶ。リックは下戸であると言っていたが、次のリーザスの前の景気づけと言う事で付き合った様だ。

「リーザスの死神が下戸とは。……似合わないと思うな」
「いえ、……少々照れてしまいますが、本当に自分は酒は飲まないので。作戦に支障が出てしまいますし」
「……流石はリック。真面目過ぎる」

 清十郎はまだ酒の入ったグラスをゆっくりと上にかざした。

「……だが、たまには良いと思うぞ。オレで良ければいつでも付き合おう」
「……そうですね。はい。宜しくお願いします」
「その時は、オレも混ぜてくれよ? 2人とも」
「ユーリは 確かザルだったな。ふっ……呑み比べをするのも悪くない」
「……それも良い、と言いたいが戦いの前の影響になっても面倒だ。それは この戦いが終わったら、だな」





 そして――其々の思いを胸に、一夜を明かしたのだった。

 




 リーザス解放軍側は奪還に向けての光明がはっきりと見える。
 暗雲立ち込めるのは間違いなくヘルマン側だった。……無論 魔人は除いてだが。



~リーザス城~


 戻ってきた伝令兵の信じられない一言に、王座を蹴立てて体が勝手に立ち上がってしまっているのはパットンだ。

「な、んだと、っ………!?」

 その報告に我が耳を疑い兼ねない。それ程衝撃的なものだったから。

「は……い、今一度 申し上げます……。トーマ・リプトン将軍が ノースにて……完全敗北を決したとの事。……生死は不明ですが トーマ将軍が率いた部隊は誰一人として 帰還しておりません。……生存は絶望的かと………っ」

 それは報告をしている兵士とて同じ気持ちだった。
 ヘルマンの武の象徴とも言っていい人類最強と名高いトーマ・リプトンが敗北したとの報せ。それも ただの敗戦ではない。完膚なきまでに敗北を喫し 帰還さえしていないというのだ。戦術的撤退と言うものであれば まだ希望が見えるのだが……。

「………………」

 トーマの隣で報告を訊いていたハンティも表情を重く、そして険しくさせていた。
 トーマの相手は間違いなくユーリである事は察していた。……男の死場として 次世代の力との一騎打ちを願い戦場に立ったトーマ。その戦いに無粋な真似をしたくないと思っていたハンティ。そして何よりトーマとはっきりと別れた。だから戦いの場にはハンティはいなかった。
 いなかったからこそ、真相は判らない。トーマが負けたというのは判るが生きているのか、死んでいるのかが判らなかった。ユーリが相手だから負ける事も有り得るかもしれない。だけど、トーマの死だけは ハンティも信じたくなかった。

 そして パットンの衝撃はまだ体の髄にまで響いている。

「ば、ばか……な。いや、馬鹿をぬかすな!! あの、あのトーマを いったい誰が倒しうるというのだ!」
「し、しかし……将軍が その部隊が帰還せぬ事事態が異常な状況かと……。伝令1つなく姿を完全に消しています。今までそのような事は一度も……」
「………あ、あのトーマが、負けた……? 斬り合いで 命を……??」

 その報告は、トーマが死んだとパットンの頭に入れるのには十分過ぎた。
 パットンも認めたくなかった様だ。自分自身の師であり 決して負けぬと信じていた最強の将軍だったから。
 その上笑う膝が身体の重みに耐えかね、玉座に沈み込んだ。

「……それで、北部の状況は?」
「は……。白の軍と青の軍に完全に鎮圧されました。双璧の将を抑えれる戦力もなく……ですが、わずかな生き残りはこちら戻ってきています」
「そっか………」

 ハンティが再び深く息を吸い込んだその時だ。

「も、申し上げます!」

 再び伝令兵が入ってきた。
 パットンには嫌な予感しかしなかったが、訊かない訳にはいかなかった。

「…………なんだ」
「サウスが、陥落いたしました!! 将兵は討ち死に多数、……マーガレット大隊長も、恐らくは………」
「…………!!!!!」

 ヘルマン第3軍のNo2と言っていい剛の者であるミネバ・マーガレット。
 トーマに続いての実力者だった。……なのにも関わらず トーマに続いて敗れた報せだった。それも――こちらも討ち死にの可能性が高いとの事だ。これ以上ない追い打ちであり更に1つの結論が嫌でも導き出された。

「で、では……もう 残っているのは………」
「このリーザスだけ、になるね……」

 そう、残っているのは リーザスただ1つしかないのだ。
 その上増援は全く期待できない。……寧ろ本国はパットンの死を望むと言うのだから。

「終わり、か……」

 パットンがぽつりとそう呟いてしまうのも仕方のない事だった。

「……………」

 ハンティも何も言わなかった。戦で言えばもうほぼ負け戦なのだから。ここからの起死回生の一手、そんな都合のよいものが直ぐに見つかる訳もない。裏技、隠し技とも言っていい最大にして最悪、最凶の手である魔人も簡単に使えるとは思えないから。……いや 寧ろこちら側が火傷をしかねないのだ。

「………く、くくくく……はは、はははっははははは………!!!」

 暫くの沈黙後にパットンは、手を顔に当てて朗らかに笑い始めた。

「……パットン?」
「魔人と取引までして、50000もの兵を引き連れ…… その、末路が……国の誰にも顧みられず、こんな こんな所でくたばる、のか……」

 誰も否定の言葉が見つからない。 
 ただ、静かに重くパットンの悲痛な叫びが木霊していた。

「とんだお笑いぐさだ! オレは、結局……結局何もできないのか………。くく、くくく、くははははは………」

 誰も声を上げず、ただ見つめるだけだった。
 パットン自身も 喉からこみあげ続ける虚ろな笑みだけは、止める事が出来ない様だった。





~リーザス城 客間~


 この客間はヘルマン軍は誰もが使用していなかった。
 それは当然だ。……魔人の使途や魔人が往来している部屋の1つだった為 入る事が出来なかった。味方だと言う状況であっても 相手は魔人。人外の者だから許可でもされない限り誰一人として入る事は出来なかったのだ。

 その部屋の中では人影が4つあった。

「……サファイア、トパーズ、ガーネット。間違いは……ありませんね?」
「「「………は」」」

 パットン達にも劣らない程重い空気がそこには流れていた。
 魔人と言う凶悪なオーラに似たモノを瘴気の様に放っている訳ではない。

 ただ―― 魔人アイゼルが使途達に命じ、秘密裏に調べさせていたものの結果が……判明した事に対するものだった。

「……ファウンド……、間違いありません」
「ボクも、……古い書庫を見つけて文献を読み漁ってみたけど……間違いは……」
「し、信じられなかったです。……まさか カオスに、このリーザスにあんな(・・・)秘密が……」

 事の大きさ。そしてその衝撃の大きさ。
 流石のアイゼル自身もいつもの冷静さを保つのが難しい様だった。

「………ノス」

 そして口にするのは同じ魔人の名。
 いや、同じではあるが その力量には絶対的とも言える程の差がある。気の遠くなる程の力の差が。魔人の中でも四天王とも呼ばれている実力者がノスだった。
 魔人の持つ無敵結界も同じ魔人相手には通じない。完全な上下関係の位置しているのだ。

 今回の一件。
 唯一良かった点は ノスに今回の件 調べていた事がバレていない事にあった。ノスの位置はある程度なら判るし、そして何よりも警戒せよと指示を出している。洗脳した兵士を使ったりもすれば、3使途であれば容易に出来るから。

 「……ホーネット様」

 静かに口ずさむのは主と仕えた魔人の名だった。
 主の為にと……今回の件には手を貸した。だが、いざ蓋を開けてみれば全くの逆である事を思い知らされたのだ。


――カオス。


 その封印が解かれれば、ノスが取る行動は1つしかないと言う事が判り切っていたから。

 そして、それを止める術は自分達には無いという事も。……もう時間が無さすぎるという事も。

 そんな時だ。重厚とも言える足音が聞こえてきた。独特とも呼べる足音がいったい誰のものであるのか、それを把握するのは容易かった。神経を張り詰めていたから、可能だっただけなのかもしれないが、直ぐに手でアイゼルは使途達にここから離れる様に指示を出した。

「「「っっ!」」」

 3人の使途も誰が来たのか判った様で、部屋のノックが聞こえたと同時に、反対側の出入り口からすぐにこの部屋から出て行った。

「………どなたです?」
「アイゼル。……入るぞ」

 そう、入ってきたのはノス。
 言葉の上だけ断りを入れて、姿だけは老体。……中身は完全なる別物の魔人が姿を現した。

「ノス……」
「戻った様だな。……随分と長かった様だが、何かあったのか?」
「いえ、少々……。すみませんね。手が必要でしたか?」
「いや、そうではない。……聖武具はどうだ?」
「残念ながら、発見できませんでしたね。……あのランスと言う男も身に付けてはないようで」 
「ふん……探す前に、ヘルマンが崩れた様だ」

 当たり障りのない会話が続く。
 だが、アイゼルは淀みなく言っている様で気は抜けなかった。鋭いノスの眼光は心の奥まで射貫く。そんな気配を強く感じたからだ。……少なくとも今のアイゼルにはそう見えた。

 だが、今は話題をヘルマンに向ければ一先ずは大丈夫だと思い、会話を続けた。

「そのようなところですね。あの少人数で本当に大したものです。……こうなってしまえば、強引に仕掛けるより、彼らにここまで来させる方が良いかと」
「うむ。それでいい。……ようやく、手に入るわ。我らの主のための力が………」

 口髭の奥で、ノスの唇がゆがむのがはっきりと判った。

「カオス……、ようやく見つけたわ。この時が来るのをどれ程待ちわびた事か……」
「……………………」

 ノスの発言。
 調べさせた件で、確信出来たが、これは以前までの自分であっても不自然。違和感を持ったであろう事 それをアイゼルは強く認識した。

 何故なら、ノスはここまでの忠誠心をホーネットには見せていなかったからだ。

 四天王とも呼ばれているノスの実力は 主であるホーネットを除けば、ホーネット派の中では上位に位置する。だからこそ、独自の行動をしても咎められる事は殆ど無かった。成果で示してきたからこそだ。
 だからこそ、何も知らない状態の自分であったとしても、違和感を間違いなく残す事だろう。

 その強さ故に、ノスは今まで最低限の義務を果たすだけだったから。いったいどのような心変わりがあったのか? と思える程。

「………アイゼルよ」
「………なんでしょう」

 不意にノスの眼光がアイゼルの眼に叩きこまれた。
 だが、決して臆する様な事はせず、なるべくいつも通りに返事をするアイゼル。

 きわめて自然に務める事は出来た。……傍から見ても大丈夫だろうと言える。

 だが、ノスの警戒心を完全に抜ける事は難しい。一番大事な時であれば尚更だった。

「貴様……少々様子が妙だぞ。何ぞ、変化があったか」
「………っ」

 僅かだ。ほんの僅かな瞳の中の濁った部分がノスには見て取れた様だった。
 人間であれば、その眼光を見てしまえばそれだけで気死しかねない程の圧力。……仲間である筈のアイゼルにも見せるその威圧感。
 アイゼルにはある種の疑惑が向けられてしまったと思ってしまうのは仕方なかった。

 だが、それでも自然を強く意識した。

 今回の件。……ノスの事実も驚愕だが それ以上とも言える事態にも見舞われてしまっているアイゼル。ただの人間だった筈の相手の底さえ見えない深い力を目の当たりにした。その事実が、本来であれば屈辱とも言える事実が この窮地を脱する切っ掛けになったのだ。

「……なんでも、ありませんよ。ノス。少々、遠征の疲れが出たのかもしれません。……手ごわい相手でした。私の使途を打ち負かす程の力の持ち主が揃っていましたから」
「…………」

 ノスはそのまま暫くアイゼルを無言で眺めた後……威圧感が消えた。

「ふむ。そうか。そう遠くない内にまた動く時が来よう。我らが主のために」
「……楽しみにしています。ええ、()のために」

 威圧感は消えても、重量感とアイゼルには向けられていないが、圧倒的強者がもつ圧力は健在だった。……そして その後はその強大な力を纏った老魔人は音を立てる事なく、ゆらりと姿を消したのだった。

 完全に気配が無くなった所で。

「主――ですか……ノス。……あなたにとっての主とは―――――」

 呟くアイゼルだったが、ノスがいなくなったとはいえ、最後までその言葉を口にする事は出来なかったのだった。
















~翌日~




 英気を養い――気力に満ち溢れている解放軍の兵士達が街の広場に集っていた。
 目指す場所はただ一つしかなく――その最終地点にまでたどり着いているのだ。全員の気力が満タンなのは間違いなかった。

「さぁ……、残すは王都リーザスのみね」
「ええ。……漸くです。必ず――」

 レイラの一言。それに加わるのはエクスだ。
 そして、アスカ、メルフェイスの2人も頷いていた。

「ようやくお家に帰れるおー!」
「……ですね。私達の故郷はもう目と鼻の先です。最後まで頑張りましょう」

 最後まで、気を抜かずに力強く頷いていた。

「がははは。オレ様に掛かれば楽勝なのだ! と言う訳だ。ちゃっちゃと叩き潰すぞ」

 ランスも気をよくした様だ。……エクス以外は女の子だから、だという理由も多分あるだろう。……いや間違いなく。

「ま、最後くらいは最初っからやる気十分な様で良かったな」
「……どーせ 最初だけでしょ。アイツが最初から最後までやる気だしてるの、見た事ないし」

 ユーリと志津香も少しだけ離れた場所でそう呟いていた。志津香の発言には誰も否定できないからただ苦笑いしかできなかった。

「こらぁ! 志津香! 聞こえているぞ!! リーザスを取り戻した暁にはベッドの中で最後までやる気でヤってやるから覚悟しろ!」
「………それで、マリア。北部の方はどうなったって? 確か聞いてたでしょ?」

 志津香は完全にいない()として マリアに訊くがそんな事をスルーできるランスではない。

「コラァァ! 来てるのか、志津香!!」
「は、はうっ ら、ランス様。落ち着いて……」
「やかましい! 奴隷の分際で 指図するんじゃない!!」
「ひんひん……」

 シィルが何とか止めようとするのだが……、いつも通り シィルが頭を殴られるだけだった。
 それを見て苦笑いする1人であるマリア、そして真知子が説明をした。

「あはは……。えっと 殆ど終息しつつあるらしいわ。青と白の軍も、リーザスで合流出来るかもしれないし、戦力が上がるのが期待できるわね」 
「後は、サウスには都市守備隊も少なからずではありますが存在してました。あのヘルマン軍に痛手を負いましたが、今回の戦いには参戦出来るとの事です」

 全ての持ち得る戦力がリーザスを目指している。
 魔人と言う不確定要素が多いのも事実だが、追い風が吹いていると言う雰囲気は確かにあった。

 そんな時 リックがユーリの方へと歩み寄った。

「………」
「ユーリ殿」
「ああ。言おうとしてる事は判ってる。……間違いなくいる。リーザスには 魔人が。……それも今までの様な単独ではない。少なく見積もっても2体以上の魔人がいる」
「そうだな。……改めて滾るというものだ。あれ程の化け物が待つ場所へ行くのだからな」

 相変わらずの清十郎の言葉。誰が聴いても頼りになるものだと思えるだろう。魔人の強さを知った上で、恐怖する事も臆する事もなく戦えるというのだから。

 ユーリもその辺りの事は重々承知だ。頼もしい限りだから。
 でも、要点だけはまとめて、簡潔に伝える。

「カオスが魔人に通じる武器なのであれば……、カオスに集中するのが一応は現時点では得策だ。相手の無敵結界をどうにかしなければ、こちらの攻撃は一切遮断されるからな。相手は通じる。こちらは通じないじゃ、話にならない」
「……ええ。了解しております」
「ああ。……精々出来るのが時間稼ぎ。だが 望む所だ」

 無敵結界。
 勝機を見出す為には まずそれを突破しなければならない。

 ユーリの持つ《リ・ラーニング》で サテラとアイゼルの結界は《見た》が まだ他にいる可能性も大であり、自分ひとりだけが通じただけでは意味は殆どないだろう。
 
 確かに単独でその魔人2人を後退させているのがユーリだ。……だが、その力はいわば諸刃である。自分自身が倒れでもすれば総崩れになってしまう可能性だって極めて高い。

 アイゼルとの一戦後は 志津香がいてくれたおかげであり、更に追撃が無かったという幸運もあって生還を果たしたのだから。

「……ゆぅ?」

 マリアと話をしたり、他のメンバーと話をしていた時 ユーリの視線が自分自身に向いていた事に気付いた志津香は、とりあえずきりの良い所で終わらせた後、ユーリの方へと体を向けた。

「どうしたの?」
「いや……、ただ」

 ユーリはニコリと笑った後 志津香の頭をそっと撫でた。

「ありがとな? って言いたくてな」
「っ……! も、もう 子供扱いしてない? そんな簡単に……何度も頭、なんか撫でて……」
「ぁぁ。悪い。不躾だった。……ヒトミと長くいたからか、礼を言う時とか 癖になってしまったみたいだ」
「……って事は私の事子供扱いしてるって事?? ……あまりし過ぎると、ゆぅにとっての会心の一撃になる一言、私も言うからね!」
「……注意する。止めてくれ」

 志津香は、撫でられる事が不快な訳ではない。寧ろユーリだから良い。暖かく感じるから良いと思っている。だけど、それでも それは親愛の感情だという事は志津香自身も判っている。……ユーリが家族として思ってくれている事も強く判っている。
 それは本当にうれしい。志津香にとって家族はもうユーリ以外にいないのだから。親友と呼べる友はいても、家族と呼べる者は いなかったから。

 だけど、志津香はそれこそが不満だった。

 矛盾しているかもしれないが、それが不満だったから、こういってしまうしかなかった。
 

 此処にヒトミやロゼ、ミリがいたら大変だったな、と頭の片隅に思いつつ、志津香は笑った。

「ゆぅ。……1人で突っ走らない事。周りを見て、頼る事。……良い?」
「……ああ。勿論だ」

 志津香の向けられた拳。
 それにユーリも答える様に 拳を当てた。

 そして、勿論 ユーリの傍には かなみもいる。
 まるで、自分自身の主であるかの様に、いつの間にか斜め後ろに片膝をついて控えていた。

「……私も、頑張ります。ユーリさん。志津香」

 その言葉に笑顔で頷く2人。そんなやり取りを見ていた真知子は。

「かなみさん。何だかリーザスの忍者じゃなく、ユーリさんの忍者になってますね? 心境の変化でもありましたか?」

 と、ずばりと一言。つまり志津香の言う会心の一撃な一言。
 思わずどきんっ! と心臓を強く脈打たせてしまった。

「はは。違うだろ。かなみは リーザスの忠臣だ。……リーザスが目前だから、その自分自身が出たんだろうさ。……もう直ぐだ」
「あ……。はぃ……」

 かなみは、顔を赤くさせてゆっくりと頷く。
 嬉しい言葉ではあるが……、非常に複雑な一言でもある。リアの事があるというのに……、何度も助けてくれるユーリを見て、今までの事もあって……、何度思ってしまったのか判らない程だったから。
 全てが終わった後には、ユーリの力望んでいるリアの為に ユーリに仕える様に――とも思ったりも。以前リア公認だったから出来ない事もない、とも思ってて 色々と悶々とさせていた事もあった。

 だからか……、やっぱりユーリからの一言は 複雑だった。

 でも、何とかユーリの前では顔に出さない。
 そのまま、ユーリはバレスに呼ばれて離れていったのを見送った。

「ふふ。頑張りましょうね? かなみさん。それに志津香さんも」
「っ……」
「真知子。何言ってんのよ」
「あら? 志津香さんはリードしてるつもりですが、私も虎視眈々ですからね。勿論 私だけでなく……」

 真知子が物凄く良い笑顔で振り返った先には、本当に沢山の女の子達がいた。

 剣をぶんぶんと振っているトマト。
 視線があって ぺこり、とお辞儀をしてるクルック―。
 色んな覚悟と不吉な予感(出番減的な)を思わせているラン。

 剣を肩で担ぎ ニヤニヤと笑っているミリ。
 露出の多過ぎる淫乱なシスターロゼ。
 

 これでまだ一部だ。書けば書くほどきりがないから、割愛。

「ね?」
「っ、う、うるさいわね。今は一番大切で、大変な時でしょ! 集中するの!!」
「はい。……終わったら、また あの楽しいユーリさんとのゲーム。楽しみましょう」
「はぅっ」
「っっ!」

 第一回、と銘打っていた件のゲーム。……マリアやカスミがちゃっちゃと作った例の機械もまだまだ健在だったりする。

「おう。それを楽しむ為にも ぜってー生きて帰ってくるぞ。お前ら」
「そうよん。飲み友も大切だし~、あんたたちも 私にとっちゃ大切な酒の肴なんだからね~♪ 死んだりしちゃ、シスターとしては見過ごせない、許せない、ですわよ~?」

 ミリ、そしてロゼ流の激励とでも言うのだろうか。いつもの言葉じゃないから複雑も良い所だが、ある意味で力が入るというものだった。

「死んでも治します」
  
 ロゼやミリの言葉の中に死を連想させる。死を口にした為か、クルック―がいつもと変わらない口調と大きさではあるのだが、それでも何処か力強くそう宣言していた。

「ったく……アンタたちは」
「は、あはは……。はい。絶対に、皆で勝ちましょう。……勝てる筈です。皆で力を合わせたら……」

 残るのは魔人とリーザス。
 数は減ったとはいえ魔人と言う脅威は健在だ。それでもこのメンバーで、皆で戦えば乗り越える事が出来る。

 その決意を感じ取った様で それ以上は茶化す様な事は今は言わなかった。


 ただ―――、勝利する事。


 どんな事でもそうだ。……それが戦いであっても、例え以前のゲームであっても、それだけを胸に秘めて。





 
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