さくらの花舞うときに
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監禁は犯罪です。
例えば。
あの男達が血眼で探しているのが本当にあたしだとする。
「見つけたか!?」
「いや…こちらには誰もいない」
そしたら…そしたらどうなる?
えっと…とりあえずあたしが一体どこに紛れ込んでしまったかは定かじゃないけど、状況と話を一旦整理してみた方がいいわよね。
まず、ここはどこかの審査場。あっのエッラそうな男が「審神者に任ずらるるば…」とかいってたわよね?てことは、審神者の選定の儀?サニハって何のこと、ってゆーと、もちろんあたしみたいな一般的な姫には聞き覚えない単語だけど、確か神様を降ろしたときに、その神様の言葉を聞く、って人を審神者と言うんだったと思う。
神降ろしは、常に望む神が降りて来てくれるとは限らない。それが本当に求めていた神様なのか判断し、そして時に害成す禍つ神が降りてくることさえあるから、場合によっては逆に祓ったりするのが審神者のお役目。
てゆーか、そーゆー神社仏閣関連のウチウチの話はあんまり外の人が関わることもないから、選定方式も知らなかったけど、こんな感じでやってるんだ、へぇ~。…えっ、ここに集まったみんなあんな足だしたり腕だしたり好き勝手乱れた格好してましたけど、へ、へぇ…神聖なる審神者…ほ、ほんとに?男郎とか、転び巫女の集いって言われた方がまだしっくりきたような…?
いやでも、あの高慢男が霊力不足云々で不合格とか言ってたから、やっぱり間違いなく審神者選び…?だって春をひさぐのに霊力関係ないよね?
「くそっ、どこにいる…!?」
「そもそも本当に金色なんて出たのか?」
「いやでも間違いなんて…」
あぁ、そうそう、言ってましたね、金がナントカってね…。
んで、この会場に集まった人の中で、『金』…奴らの話的にはものすごい膨大な霊力、千年にひとりとか言ってた?それくらいヤバい霊力を持った人が現れた、と…。
…。
いやいやいや、うん、違う違う。あたしじゃない。
あたしはごくごく普通の姫よ。
だって、『今』のあたしに霊力なんてない…わよね?
うん、ない。ないはず。だって、今生で霊力があったのは兄上だけ。
前世のあたしはなんか一部族まるごと永遠にいかす、とか予言されたぐらい奇跡的な霊力持ってたみたいだけど。まさかそれが未だに残ってるとかないよね?あっはは、まっさかぁ~!あはは、はは、は、は…。
い、いや!例え、例えよ!もしも前世で持ってた佐保の霊力が残っていたとしても!あたしワケワカラン神社の審神者になんてなりませんからー!これでもあたし歴とした前田の姫だし、そんなことになったら父上が泡吹いちゃうわ。
なんとしてもここは逃げ切ってやるっ!そのためには…。
話声が遠ざかったのを確認して、あたしはそっと身を乗り出し通路を伺った。
誰もいない。
そろーりそろーりとあたしは木箱の隙間から這い出して、ダッ!と走った。
とりあえず入ってきたところを目指して走る。そして誰にも見つからないうちに明かりもついていない部屋にサッと滑り込んだ。すぐさま戸を閉めピタリと木戸の裏に張り付き、慎重に外を伺う。追ってくるものはいない。
よしよし、上々である。この家の入り口はすぐそこだ。もちろん、錠は降りてるし、外には何人か人もいるんだけど。
残念なのは、あたしが抜け出した部屋の喧騒はもう落ち着いてしまっていたこと。騒ぎに乗じて、ってのがもう出来ないわね。
まぁいいや。とりあえずここまで来たんだ。期を伺おう。急いては事を仕損じる、ってね。
あたしはふぅと息をついてくるりと室内を振り返った。
そして、ぴしり、と固まった。
誰もいないと思って飛び込んだ部屋は、人がいました。しかも、二人も…。
しかし驚くべき事に、左右対称に置かれた花台の上に、それは恭しく飾られている透明な箱?の中に入っているんです…。見世物?
もう一回言うね。人が。人が、透明な箱の中に詰め込められてんの!信じられる?
しかもその箱、人が正座するぐらいの高さしか無い。
えっちょっと意味わかんない。監禁?にしては狭すぎるでしょ!あたしヤバいところ入っちゃったんじゃ…?
あまりにも非現実すぎて、あたしは一瞬、中に入っているのが精巧な人形かと思った。
だって左側の赤い爪紅をした人は、膝を両手で抱えてその間に顔を突っ込んだままピクリとも動かないし。
でも右側の箱の中にいる人は違った。頭からボロボロの布を被ったひとは片足を立てて座り、その間に刀を抱えていた。あたしがぎょっとした顔で見ていることにも気づいているのかいないのか、何もかもを諦めたような顔で、光無い瞳で、外の風景を映し、ゆっくり瞬きをする。
そうだ、瞬き、しているんだ。この人は、生きてる。
生きてる!
あたしはがばあっと感情の高ぶりのままその箱に飛びついた。その衝動で男が揺れ、花台がゆらりと傾く。倒れる!
あたしは声なき声で叫ぶと、反射的にぐわしいっと傾いた箱を支えた。間一髪、箱は落下すること無く、もとのように収まった。あたしはほーっと胸をなで下ろす。箱が、大の大人一人が入っていると思えないぐらい軽かったのも幸いだった。
よかった。落ちなくて。とりあえずこの人、助けてあげないと。
「…聞こえる?」
一連の流れで無表情が剥がれ落ち、驚いた顔をしているその人の目線のところに自分の顔を持って行く。すると、その人の顔が怪訝なものになった。何かを呆然と呟く。音は聞こえない。ああ~言葉を交わすのは無理かぁ。結構厚そうだもんなぁ、この箱…。というか顔を至近距離で見てわかったけどやたらキレイな顔してるなこの子。マツゲなっが。
なんて余計なことを考えていたら、いままでの無関心はどこに行ったんだという激しさで、箱の中の子がこちらに突進してきた。ダン!っと音が出そうなくらいである。当然箱の内壁に遮られる訳だけれども、それでも勢いは衰えない。中で何かを必死に叫んでいるけど、あたしには全く聞こえない。とりあえず「助けてくれ」ってことだろうと勝手に解釈する。そうだよね…こんな箱の中に閉じ込められていたらそれは辛いよ…はやく出してあげなきゃ。
とりあえず、どうしよう…叩き壊す?
くるりと箱の四方から覗いてみたが鍵穴などはないようだった。完全に密接されている。いや、中の彼が意識を保っているのを見ると、どこかに空気穴ぐらいはあるんだろうけど…。
音を出したら外の人に気がつかれてしまうかも知れない。そしたらこの人だけじゃ無く隣の人も助けられなくなる。慎重に、でも確実に助けるんだ…。さっきのこの人の無機質な瞳を見てしまったら、このまま見なかったことに何て絶対できない。
落として壊すのは、音が出るからダメ。何かでたたき壊すのも、音が出る…どうしよう!鍵穴もないし、中から開けられるもんならとっくに開けてるだろうから内側からどうにかして貰うのもダメ。としたら…どうすればいい?
霊力?
ふと思いついた事に、いやいやと自分で蓋をする。
あたしには霊力は無いんですよ。あの男達が探しているのはあたしじゃないはずだし。
しかしその時ピーンと閃いた!
玲瓏だ!
何を隠そう、あたしは前田家の麗しき総領姫なんだけど、その前田を守護する神様から貰った剣があったのを思い出したのだ!なにせその剣玲瓏は多分この世に斬れぬものなどない刃!…っぽいし!多分!きっとこんな箱なんて一太刀でスパリよ。
「玲瓏!」
あたしは掌を空に突き出した。目の前の男の視線が怪訝なものから驚愕に変わる。虚空にピーッと青白い線が引かれたかのように直刀の形をとり、それは現実となる。
「伏せて!」
あたしは顕れた玲瓏を握りこむと、狭い箱の中、できるだけ男を傷つけないようにと短く叫んだ。しかし、向こうの声が聞こえないのならこちらも推して知るべし。男は動くこと無く呆然と、あたしを見ていた。まぁいいか、小さい箱だけど、斬れるところはどこでもある。
あたしは男を動かすのを諦めて、確実に狙ったところを斬ろうと、箱の表面にぴたりと掌をつけた。
壊れろ!
(ピシリ…)
「えっ!?」
玲瓏を振りかぶり、体重を乗せてついた手のところに、細かい亀裂が無数に走った。それはあたしが体勢を立て直す間もなく、あっという間に砕けて散る。どれだけ脆かったのかの思うぐらいに、そのヒビは箱全体に広がり、見る間に散と剥がれ落ちた。
「あわぁあ!?」
しかしね、人間様はそんな急な事態に簡単に対処できるようにはなっていないのですよ!
とりあえず男を傷つけてはいけないと咄嗟に抜き身の玲瓏を手放したのはいいけれど、所詮そこまで。あたしは手をついた勢いのまま、男の胸元に頭から飛び込んでしまった!箱が乗っていた花台も共になぎ倒され、ガシャーン!と盛大な音が鳴る。箱の破片が、薄桃色の花びらと共に散る。
まずい、室外のざわめきが聞こえる。人が来る前にもう一人も助けなきゃ!あたしは跳ね起き…ようとして、後頭部と背に男の腕がまわっているのを知る。庇おうとしてくれたのか。自分こそ、あたしの体重を受け止めながら背から落ちたのだ。痛くない訳が無い。怪我だってしているかも知れない。でもそんなことを確かめるヒマすら無い。
「ありがとう。はやく逃げて」
あたしはニッと笑うと、背から男の腕を乱暴にならない程度に急いで外し、玲瓏を拾うとすぐさま隣の箱に向かう。
こっちは楽だ。寝ている?から、動かれて一緒に斬ってしまう心配が無い。
あたしは男の左横の空間に刃を入れ、ざくりと大胆に切り落とした。
剣は擦っていないはずだけれど、異変を察知したのか、箱の中にいた男の目がゆっくりと開く。
「ちょっと!起き抜けで悪いけど、寝ぼけてるヒマは無いわよ!はやく逃げるのよ」
がくがくと男を揺り動かしながら、怪我をしないよう地に引きずり下ろす。
そんなことをしている間にも、部屋の板戸は外からガタガタと揺らされている。
「あんたもなにやってんの!はやく!この人連れて逃げて!とりあえすこっちと反対に…えっ?」
まだ呆然としてる助け出したばかりの男の手を、先に助けた方に預けようとしたら、男はなぜかあたしの手首を強く掴んだ。
「こっちだ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ…」
あたしが爪紅の塗られた男の手を引き、その手を先に助けた男が引く。わけがわからない。あたしは実は残って敵の目を欺こうと思ってたんだけど、確信を持って歩むその背に考えを変えた。逃げ道を知っているのかも知れない。ついていこう。後頭部を向けた板戸はもう限界だ。ミシミシと激しい音を立てている。あーもう!本当になんでこんなことになっちゃってるんだろー。高彬に知られたらまたこってりお説教だわ…と考えながら、あたしは走る速度を上げた。
後書き
玲瓏の漢字はあとで正しいものに変えます。ちょっと今資料が無くて…。昤朧、だったかな…。
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