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自然地理ドラゴン

作者:どっぐす
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一章 小さき魔物 - 海竜と共生する都市イストポート -
  第13話 蘇生

 ティアは差し込んでくる朝日で目が覚めると、ベッドの上で大きく伸びをした。

 泊まっていた宿屋は、前日までと同じ。部屋も同じで、ベッドが二つと、小さな机が一つ置いてある。
 隣のベッドを見ると、シドウがまだ仰向けで寝ていた。

 一緒にパーティを組み始めてから、おそらく初めて、ティアのほうが朝早く起きた。



 二人はあの後、夜遅くまで、ある建物で事情聴取を受けていた。

 案内された部屋は、テーブルとソファーが置かれたごく普通の応接室だった。
 だが出入りする際に見た建物の外部は、周囲に壁が高くそびえ立っており、内部もどことなく陰鬱な雰囲気が漂っていた。
 詳しい説明がなかったので正確には不明だが、おそらく囚人を収容する施設であるように思われた。

 聴取の内容は、もちろんドラゴンに変身したシドウのことである。妙に腰の低い担当者が出てきて、終始やや下卑た笑いを浮かべながら質問をしていた。
 出自を詳しく聞かれたシドウは、ややうつむきながら淡々と答えていた。

「この都市に敵対する意思はないのか」

 という質問は、されなかった。街を襲ったシーサーペントと戦っていたため、その意思がないことは誰の目にも明らかだったからだろう。
 しかし、今後の予定についてはややしつこく聞かれた。
 遠まわしに、『いつこの都市から出て行ってくれるのか』と聞かれているようだった。

 その場では冒険者ギルドの職員も同席していたが、そちらからは質問ではなく、ギルドとしての今後の対応について説明があった。
 ペザルの山でドラゴンが人間と一緒に住んでいるという事実があるため、ハーフドラゴンというだけで冒険者の資格を剥奪されることにはならないと言われた。
 そしてやはり、その職員の態度も不自然なほど丁寧でへりくだっていた。

 〝敬して遠ざける〟

 それがよく伝わってきた。



 シーサーペントの最期があまりにあっけなかったことを、シドウはかなり気にしていた。
 戦おうと思えば、もっと戦えたのではないか、と。

 そのシドウは……まだ寝息を立てている。
 珍しく寝坊だ。

 今日はすぐにイストポートを出る予定だったが、ティアはシドウを起こす気にはなれなかった。
 寝たいだけ寝かせてあげよう――ティアがそう思った矢先。

「大変です! また昨日のシーサーペントが街に!」

 部屋の扉を乱暴に叩く音とともに、そんな叫びが。
 ティアは耳を疑った。

「え? なんで? シドウが倒したはずだけど?」

 扉を開けると同時に、そう突っ込む。
 そこにいたのは若い男だった。おそらくギルドの職員だろう。

「それが……また現れたそうで……」
「ええっ? たしかに死んだはずなのに」

 何がどうなっているのかわからず、ティアはそう聞き返した。
 昨日、シーサーペントは確実に死亡していたはずで、その目でしっかりと確認していた。

「どういう……ことですか……?」
「わっ! 起きたんだ? シドウ」

 後ろからの声にティアが振り向くと、いつの間にか起きていたシドウが、ベッドで半身を起こしていた。

「間違いなく、昨日倒したはずです。違う個体が現れたのではないですか?」
「いえ、それがどうも……シドウさんの倒したシーサーペントの……死体が動いているような感じだそうで」
「……。そう、ですか……」
「え? 死体が動く? ど、どういうことなのよっ」

 シドウがやや斜め下を向いたまま、小さな声で何かをブツブツ呟いた。
 ティアにはよく聞こえなかった。

 そしてシドウはベッドから降り、

「わかりました」

 と表情がない顔で答え、やや足をもつれさせながら、手ぶらで入口を出て行った。
 ティアは、慌ててシドウの道具袋を手に取り、追いかけた。



 * * *



 昨日の現場には、シーサーペントはいなかった。
 そこには、瓦礫の山と、自警団の人間がほんの数名いるだけだった。

 自警団の人間たちはシドウを見ると、まだ人間姿であるにもかかわらず、ビクンとなって固まった。
 しかしすぐに、そのうちの一人が、

「こ、この先に」

 と声を絞り出し、上流側を指差す。
 シドウとティアは、川岸を走った。



 一般人にはすれ違わなかった。昨日の件があったので、早めに避難は終わっていたのだろう。

「このあたりは……」
「問題の工場があったところよね」

 昨日の現場よりも上流側。船着き場は少なく、商業施設や工業施設があったエリアだ。
 汚染源だった工場もあった……はずだったが。シドウとティアが到着したときにはすでに存在しておらず、あたりには水浸しの瓦礫だけが広がっていた。

 周囲には冒険者や自警団がまた取り囲んでおり、クロスボウによる無数の矢と火魔法が放たれていた。

 そしてその先には……シーサーペントがいる。

 姿勢は昨日と変わらない。そして周囲に水の槍が四本立っている。
 だが、焼けただれた、上半身。
 喉元には、露出した骨。

「シドウ、これって……」
「うん」

 これは明らかに、昨日倒したシーサーペントの死体だ。
 それがこうやってアンデッド化している。

「……」

 これはつまり、誰かが、魔法でアンデッド化したということになる。

 このような強大な生物をアンデッド化。生半可な術では不可能なはずだ。
 シドウ以外にシーサーペントと交信していたという人物と、死体をアンデッド化した人物が同じかどうか、それはわからない。
 だが、もう間違いない。
 今回の件は、裏でなんらかの意図が働いている。
 こんなことをして何のメリットがあるのか、まったくわからないが――。

「ティア」
「うん」
「悪いけど、また集まっている人たちを頼む……」
「任せて!」

 シドウが近づいていくと、気づいた者が声を上げ、射撃が止まった。
 そのままシドウは、取り囲んでいる人たちの半円の中に入って、変身――。

 昨日までシーサーペントだったアンデッドが、変身したシドウに気付いたのか、顔を向ける。
 その目に、光はなかった。
 ドラゴンの姿を見て、言葉を発することもない。
 生前の自我は……もうないのだろう。

 シドウはティアによる避難誘導を確認し、高く飛び立った。

 ――今、自然に返してあげるから。

 狙いを定め、急降下した。  
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