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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第162話 バトル・オブ・ガリア

 
前書き
 第162話を更新します。

 次回更新は、
 3月8日。『蒼き夢の果てに』第163話。
 タイトルは『トリステインは今』です。
 

 
「そうしたら次は――」

 今、何を優先すべきか……。少しの逡巡を伴いながらそう考える俺。
 確かに気になる部分は多い。少なくとも俺が居なく成ってからコッチの、世界の大まかな流れぐらいは早い内に知っておくべきだと思う。
 俺が知っている前世での流れと、今回の人生での流れの差に付いて。前世では確か、ゲルマニアは聖戦の前に大きく叩いたので、一番、ガリアが危険な時。ガリア軍の主力を聖地に送った時には動けずに終わった……はず。
 しかし、今回の人生ではロマリアが聖戦を発議するまで表面上奴らが動く事はなかった。
 いや、そもそも前世ではアルビオンとトリステインとの戦争など起こらなかったような気がする。少なくとも、その辺りの記憶が俺にはない。

 もっとも今更、こんな事を思い出してもあまり意味がないのだが。

 ただ、何から聞くべきなのか。右手を自らの顎に当てながら僅かに考える者のポーズ。それは少しの空白。イザベラやダンダリオン以外も何故か期待に満ちた雰囲気を発している奇妙な静寂。
 そして――
 そして、答えは割とあっさり出た。
 矢張り、時間的に近い分から聞いて置くべきか。
 そう考えを纏める俺。多分、(くだん)の空戦の結果を聞けば、去年の夏以降に俺やタバサが動き回った事が無駄ではなかった。そう思えるだけの答えを得る事が出来ると考えたから。
 ただ、実の処、今一番気になっているのはそのような硬派な事などではなく、実はもっと下世話な事。何故か卓の下で繋がれたままの湖の乙女の手が一番気になっていたのも事実なのだが……。

 もっとも、ソレはこれから先に下す判断に取ってそれほど重要なファクターと成る訳はない。

「それなら、リュティス爆撃部隊への対応の結果はどうなったのです?」

 先ずはここからか。繋がれたままの左手に関しては頭の隅に追いやり、そう問い掛ける俺。
 尚、一応、自らの探知ではリュティスへの爆撃の兆候を感じない以上、イザベラの言うようにマヴァールの飛竜騎士団に因ってゲルマニアの航空部隊は壊滅させられたのでしょうが……。

 しかし、俺の問いに対して少し難しい顔を見せるイザベラ。
 ……ん、この反応は?

 何か不都合な事でも起きて居たのか。現在のガリアはそれほど兵の数が多い訳ではない。まして、臨時の徴兵を行って居る訳でもないので雑兵に関しては限りなく少ない。
 おそらく国境から遠い地域に住んで居る民や、貴族たちに取って今回の聖戦と言う戦はまるで別世界の出来事のように感じている事でしょうが……。

 ただ、兵の数が少ないと言う事は少しの損害でも大きな物となる。そう言う事なので……。
 少々不吉な予感。下手をするとある程度の兵の募集ぐらいは行う必要があるかも知れないな、などと考え始める俺。しかし、飛竜騎士団にはアリア……マジャール侯爵の娘シモーヌ・アリア・ロレーヌが居るはず……なので、本来ならそれほど心配する必要もないはずなのだが。彼女はクトゥグアだの、イタクァだのを相手に戦う事が出来た、俺やタバサたちと同様の少しばかり特殊な能力がある人間。
 彼女一人……及び、彼女の両親に俺の術が加われば、アニメに登場するような超未来兵器が相手でも七星の太刀で敵を真っ二つにして行けると思うのだが。

 魔法で科学を凌駕する。科学は極められた魔法の前では無力である。……と、ハルケギニアの人間にそう思い込ませる。これまでの聖戦の経過に因っては、この大前提すら崩れる可能性もある。そして、もしそうだとすると、その科学を凌駕した魔法の種類や方法を秘匿してガリアには未だ知られていない特別な魔法が存在する。……と他国に警戒させる企ても、もう少し練り直す必要が出て来るのだが。
 少なくとも、完全に信用し切る事の出来ない臨時雇いの傭兵の類に、俺の作成した呪符を使わせる訳には行かない。そうすると、近代兵器を投入して来ている可能性の高いゲルマニアとの戦争はかなりの損害を覚悟しなければならなくなる。

 眉根を寄せ、かなり難しい顔をしているであろう……と言う自身の顔を想像して仕舞う。

 そう、この聖戦を無事に乗り越えられれば、ハルケギニア世界で言うトコロの場違いな工芸品(オーパーツ)。異世界から流されて来た戦車や零戦をハルケギニアの戦争に使おう、などと考える馬鹿はいなくなる。そう言う方向にこの世界の為政者たちの思考を誘導させる為、ガリアには出来るだけ近代兵器の類を使用させない方向で話を進めて来たのだが……。
 可能性としてはそれが裏目に出たと言う事なのか。

 こんな事になるのなら、火石・風石を使用した兵器をもっと前面に押し出した方が良かったのかも、などと少々、物騒な事を考え始めながら。
 ガリアのアカデミーで開発されたアレは俺の仙術ならば無効化は簡単なのだが、このハルケギニアの魔法では、例えエルフの反射などを使用されても無効化する事は出来ない、非常に危険な攻撃力を有する兵器。言うなれば地球世界の核に相当する兵器だと思う。故に、人間相手の戦争へと簡単に投入する訳には行かないと考えて居たのだが……。
 しかし――

「そんな心配など無用なのです」

 そもそもイザベラの語彙では説明が難しい戦闘になった、と言うだけの事なのです。
 少し煮詰まり気味の俺に対して卓の上に置かれた湯呑みに手を伸ばしながら、やや呑気な口調でそう話し掛けて来るダンダリオン。何と言うか、これは非常に面倒臭げな雰囲気。

 そして、

「端的に言って仕舞えば、来た、見た、勝ったの三言で十分なのです」

 そう言ってから、何故か俺の方に向けて左手を伸ばして来る彼女。
 半径が一メートルほどあるような円卓の対面側から手を差し出して来る少女。まして腰を浮かせる……などと言う訳でもなく。これではどう考えても卓の真ん中までも手が届いていない状態。
 ただ、彼女が何をやりたいのかは何となく分かるのですが……。

「何をぼおっと見ているのですか。さっさと私の手を握りやがれ、このウスノロ、なのです」

 大体、シノブが私の話も聞かずにそんな遠い処に座る方が悪いのですよ。
 まさかこの状態を予測した上で自らの隣に座れ……などと言った訳はないか。流石に智慧の女神さまでも其処まで先を見通して居たとも思えない。
 いくら能力が上がったと言っても、現世で行使出来る能力には限界がある。まして、もしそのレベルにダンダリオンが到達していたのなら、ルルド村の事件解決に赴く前に、危険を報せて来たはず。そう考えて、先の考えを心の中のみであっさり否定。
 ただ――
 ただ、どう考えてもダンダリオンがこれ以上、手を伸ばして来るとは思えないので。

 先ほどから繋がれたままと成っていた湖の乙女の右手を離し、そのまま円卓に左手を突く。これ以上、ウダウダと何か余計な事を言って彼女を怒らせても意味はない。そして、上半身を卓の上に覆い被せるようにしながら、差し出されたダンダリオンの小さな左手を自らの右手で包み込んだ。
 一応、立膝状態なので、卓の上に膝を突くような形とは成ってはいないのだが……ただ、矢張り非常に行儀の悪い体勢であるのは間違いない。
 その瞬間!

 かなり上空から見たと思しき映像が目前……いや、脳裏に浮かぶ。これはおそらく、伝承に語られるデカラビアの鳥の眼と言うヤツだと思う。
 伝承によれば、ソロモン七十二の魔将の一柱、魔将デカラビアと言う悪魔は数多の鳥を支配し、その鳥を使って情報収集を行って居たと言う魔物。
 もっとも、この映像はどう考えても人工衛星から地上を映した画像だと思うのだが。

 その映像の手前の方にゆっくりと動く影。これはかなりの数の航空機……だと思う。少なくとも羽ばたく羽根を持たない、尖がった形の先端を持つ飛行機械群と、その真ん中で守られるように飛ぶ十機程度の双発の飛行機械。
 そう考えた瞬間、ズームアップされる映像。その映像の中心に存在して居たのは――

 小さな影は日本の三式戦飛燕に似ているような気がするな。大きな方はあまり見た事のない妙な形の翼をして居る。
 ただ、どちらにしてもレシプロ機である事は間違いない。
 日本の大戦中の戦闘機や爆撃機のフォルムはある程度知っている……心算なのだが、その中にこの双発の爆撃機らしい機体のフォルムを持つ機体は知らない。おそらく、日本以外の国の機体だと思う。
 そして多分、三式戦に似たフォルムと言う事は、戦闘機の方は液冷式のエンジン。ただ、米軍のムスタングと比べると翼の形がビミョーに違うと思う。

 そう言えば、このリュティス爆撃に投入された機体の航続距離が短くて、リュティスの上空では真面に戦闘が出来ない……とイザベラが言っていた以上、このレシプロ戦闘機らしき機体は落下式増槽を標準装備していたムスタングである可能性は低いか。

 成るほど。だとするとコイツは一撃離脱しか能のない不細工な戦闘機の可能性が高い。
 その戦闘機と爆撃機のフォルムやその他の情報から、その戦闘機の種類のある程度の予測を行う俺。こいつ等ではホバリングや後退、垂直方向への細かな動きが可能なマヴァールの飛竜たちを射線上に捉えるのは難しいでしょう。おそらく、爆撃機の方が旋回銃を装備しているのなら、そちらの方が実質的な対飛竜の戦闘能力は上。
 記憶にあるその戦闘機の標準的な武装と、俺が知っているマヴァールの標準的な飛竜騎士の能力を比べて見る俺。
 そう、タバサに譲ったワイバーンは論外だが、一般的なマヴァールの飛竜は水平飛行時に最速で時速二百キロ以上は出る。しかし、ゲルマニアが手に入れた戦闘機は時速六百キロ以上。正体不明の爆撃機はもっと遅いとは思うが、それでも最低四百以上は出ると思う。

 これだけ速度に差が有って、マヴァールの騎士たちはレシプロ戦闘機が初見ではない。時速四百キロ以上で蒼穹を飛び、空戦フラップを装備した強風を相手に巴戦の模擬戦を行って居る以上、一撃離脱しか能がない戦闘機を相手にして撃墜されるとは考え難い。

 ……などと考えながら、脳裏に浮かぶ映像を見つめ続ける俺。すると、ゆっくりと飛び続けるゲルマニア航空機部隊の前方に黒い点が現われた。
 その時、何故かその航空機群から嘲笑にも似た気配が発せられたように感じる。

 もっとも、その前方に現われた飛竜らしき影は、数で言えばゲルマニア側の半分以下。おそらく、二十騎もいないように見受けられた。流石にハルケギニア的に言えば二十ミリ機関砲三門に、十二.七ミリを二門装備した最新鋭の戦闘機の前に、前時代の槍を装備した飛竜騎士が現われたら、普通に考えるのなら嗤われて当然だと思う。
 ……但し、それが本当に、彼らが知っている飛竜騎士ならば、なのだが。

 刹那、それまでこれ見よがしにホバリングを続けていたらしいマヴァールの飛竜騎士たちが一気にゲルマニア航空機隊との距離を詰め始めた。その速度はゲルマニア側よりは幾分劣る物の、それでも彼らが駆るのが飛竜だと考えるのなら、異常な速さだと言えるレベル。
 対してゲルマニア側は速度と言う点から言えば、その機体の持っているポテンシャルを完全に発揮させているとは言えないレベル。

 完全に真上から見た映像故に詳しくは分からないのだが、おそらくマヴァールの飛竜騎士たちは待ち伏せ状態。少し上空から襲い掛かるような形で重力を味方に付けていると思う。そして、ゲルマニア側は機体の航続距離が短いので、こんな場所……上空から見る限り、地上は鬱蒼とした森や川は存在するが、街の姿は見えない辺り。この感じならば多分、リュティスは未だ遠い。目的地も遠いそのような場所では流石に全速力で戦闘が出来ない点と、相手を時代遅れの飛竜騎士だと侮っている点が合わさって、巡航速度での戦闘が適当だと判断したのでしょう。
 何故ならば、完全に確認出来た訳ではないのだが、ゲルマニアの航空機から投棄された物がないように感じたから。普通に考えると、燃料用の増槽を着けたまま自分たちよりも蒼穹を自在に動く相手に対して格闘戦を行うとは考え難いし、リュティス爆撃が彼らの主たる任務なら、戦闘機の方にも多少の爆装をして居る可能性もあると思うのだが。

 機首を僅かに上げ、その射線上に竜騎士を捕らえたゲルマニア航空機隊。
 そして、その銃眼に捕らえた前時代の騎士たちをハルケギニアの科学力では再現する事さえ不可能な二十ミリ機関砲で――

 瞬転!

 それまで彼の国の国民性が非常に分かり易い見事な編隊飛行を行っていた戦闘機群に綻びが発生する。そして、その混乱した編隊の中央を紅い光輝に包まれたガリアの飛竜騎士たちが貫いて行く!

 そう、紅い光輝の正体は彼らに施された術が起動した証。彼らには物理的な攻撃を一度だけ反射する術と、更に、すべての金行に由来する武器からの攻撃により傷付く事を禁止する初歩の禁術が施されている。
 そう、つまりこれは『人を呪わば穴二つ』と言う事。
 そもそも二十ミリ機関砲で生身の人間を、何の躊躇いもなく攻撃出来るような奴は既に人間には非ず。俺の感覚から言えばそいつ等は悪鬼羅刹の類……だと思う。
 ……ならば、自らの攻撃により自らが滅びたとしてもそれは自業自得。ここに、悪しき気の流れ。陰に向かう気が発生する可能性は低い。
 ……はず。そう思い込もうとする俺。

 自らの放った二十ミリをそのまま反射され、何が起きたのか理解出来ずに墜ちて行く戦闘機たち。おそらく、墜ちて行く機体は、二十ミリの弾をそのまま素直に反射され、パイロット自身が被害を受けたのでしょう。
 流石にすべての飛竜に物理攻撃反射の呪符は使用していないはず、ですから。
 そう、飛竜は金行に属する攻撃を無効化する事は出来るが、反射する事は出来ない。しかし、飛竜を操る騎士たちは、自らに対する攻撃の最初の一撃だけは無条件で相手に対して反射する事が出来る。
 つまり、相手の航空機を操るパイロットに対して二十ミリ機関砲一斉射分を返すと言う事。これでゲルマニアのパイロットが生き残っていたのなら、それは奇跡に近い。
 そして、その隊列の乱れた戦闘機群の真ん中を抜け、そのまま低空域に向かうガリアの飛竜騎士たち。

 しかし、一撃離脱しか能のない戦闘機たちでは、その交差した飛竜たちを即座に追えるほどの運動性はない。そもそも旋回半径が二百メートル以上必要な戦闘機では、滞空(ホバリング)すら出来る飛竜を完全に射線上に置き続ける事は本来不可能。
 確かに彼らの操る機体に関して精確なスペックを知っている訳ではないが、それでも零戦の旋回半径が百八十メートル程度。ここから推測すると、このゲルマニアが用意した戦闘機は少なくともコレよりも大きな旋回半径を有する機体だと考える方が妥当でしょう。

 交差し、訳の分からない方法で味方機を撃墜した時代遅れの飛竜騎士たちを、あっさりと低空域へと逃がして仕舞うゲルマニア戦闘機たち。
 おそらく彼らは今の一瞬に何が起きたのか未だ理解すら出来ていないはず。
 しかし、と言うか、当然と言うべきか。ゲルマニア航空機部隊の悲劇がこれで終わった訳ではない。

 一瞬の空白。その空白に新たなる影が迫る。

 刹那、上空から一直線に降下してきた二騎の飛竜。その飛竜が編隊を突きぬけた瞬間、双発の爆撃機の翼が根元から綺麗に斬り裂かれ――
 そのまま、地上に向けて墜ちて行く。

 このハルケギニア世界の飛竜は、そもそも風の精霊をその支配下に置く事が出来る、魔法使いの階梯として言うのなら、系統魔法使いたちよりも高位に当たる精霊使いたち。
 それでなければ、五,六メートルの巨体で時速にして二百キロ以上の速度で人間を背に乗せて戦闘行為など出来る訳がない。そもそも竜騎兵としてフル装備をした人間の体重は百キロ以上。それに飛竜自らの体重を合わせると、魔法でも使わない限り、飛び立てるほどの揚力を得る事など絶対に出来はしない。

 つまり、上空から自由落下に等しい速度で急降下を行ったとしても、風の精霊を自在に操れる飛竜と、その飛竜を自在に操れる騎士ならば、その結果、例え音速の壁を破るほどの速度を得たとしても、其処から急制動。そして、反転、急上昇が出来たとしても何も不思議ではない。
 まして、その二騎の飛竜騎士はおそらくマジャール侯爵と、彼の娘アリア。
 確かに今世のマジャール侯がどの程度の能力を持つ術者なのか定かではない。が、しかし、今の人生の彼が前世の彼……俺の父親だった人物と同一人物だと仮定すると、彼は覚醒した龍種。わざわざ飛竜の背に乗らずとも精霊の加護により蒼穹を翔け、槍など使用せずとも脆弱な第二次大戦当時の戦闘機なら自らに備わった手刀のみで断ち切る事が可能。
 当然、その部分に関してはアリアにしても同じ。
 彼らは、彼らに備わった能力として風の精霊を友とし支配する事が出来る以上、ゲルマニアの編隊の中に斬り込み、そこで常識外れの人間対飛行機と言う格闘戦を挑む事が出来ると言う事。

 二人の振るう剣が、槍が陽光を反射する度に、まるで泥を切るかのように斬り裂かれて行くゲルマニアの航空機たち。
 いや、その斬り裂かれた断面をもしもつぶさに確認する事が出来たのなら、その人物はそれが断ち切られたのではなく、一瞬の内に溶かされたのだと気付くはず。
 そう、幾ら彼の二人の武術の技量が高くとも、流石に刃物で斬り裂いた切断面が溶解する事はない。これは仙術。火克金。火は金属を熔かす。
 つまり初歩の火行の仙術を施す事で、金属を泥のように斬り裂く武器を作り出したと言う事。ここまで俺がハルケギニアの騎士たちに施した術は、仙人を目指す駆け出しの道士たちでも使用可能な初歩の初歩。入門編と言うべき術式。
 確かに俺の知らない原理で効果を表わす強化や固定化と言う、ハルケギニア特有の魔法は存在するし、おそらく、機体自体の強化は行われているとも思う。思うのだが、しかし、ハルケギニアの魔法では、その材質を金属から別の物質に変換している訳ではない。

 翼を、胴体を断たれ、次々と撃墜されて行くゲルマニア航空隊。
 ただ――

【なぁ、ダンダリオン。ゲルマニアの連中は、何故、パラシュートを使って脱出を試みないんや?】

 何故か斬り裂かれた機体から逃げ出すパイロットが一人もいない事に疑問を抱く俺。流石に船乗りは船と運命を共にする、……などと言う訳はないと思うし、ましてこいつ等は、生身の人間に対して二十ミリ機関砲で攻撃出来る人間。更に言うと、こいつ等の任務はリュティスの爆撃。つまり、直接戦闘を行っている兵士たちを目標にした訳ではない、無辜(むこ)の民を虐殺しても平気……かどうかは分からないが、それでも命令とあれば殺す事を躊躇なく行える連中。
 こんな連中が自らの機体と運命を共にする、とも思えないのだが。
 確かにあのドイツ製の機体のキャノピーが横開きで脱出し難かった、などと言う話を何処かで聞いた事があるような気もするのですが。
 しかしソレは戦闘機に関してのみ。爆撃機に乗っている連中まで逃げ出さないのはかなり不思議なのですが。

【そんな事も分からないのですか、このノータリン】

 相変わらずシノブは何処か大事な処が抜けているのです。
 何かエラい言われ様なのだが、相変わらず不機嫌……とは言い難いか。気分的には通常運転に戻ったダンダリオン。

【奴らは自らの事を優秀な魔法使い(ハルケギニア的エリート)だと思い込んでいる連中。そもそもそんな連中が、自分の操る機体が撃墜される事など最初から想定していないし、更に言うと、レビテーションの魔法があるから、最初からパラシュートなど必要と考えていなかったのです】

 そう言えば、ハルケギニアの魔法使いの多くは空中浮遊の魔法を使用していたか。ただ、アレを使用する際は、風の精霊たちの断末魔の悲鳴が俺に聞こえる以上、あの魔法は精霊力を浪費する魔法。
 そして、戦闘が行われた場所は風の精霊に溢れた場所なのだが、しかし、其処はガリアの国内。

 成るほど、ここにも他人の領地に土足で踏み込んで来て、問題なく自らの魔法を発動させられる……と考えているマヌケが居た、と言う事か。
 確かに今回の場合、俺やタバサが直接、その場に居なかったが、しかし、其処にはマジャール侯カルマーンと、その娘アリアがいた。そして、この二人は間違いなく精霊魔法の使い手。この二人が居ると言う事は、その気になれば系統魔法使いの魔法を発動させなくする事など朝飯前のはず。
 もしアリアが、俺が良く知っている前世のアリアと同じ存在ならば、彼女の魔法の才は風水や卜占。時間や空間に作用する仙術を得意としていた術者であった。そんな人間が待ち構えている所に、のこのこと大した準備もせずにやって来たゲルマニアの航空隊の運命は……。

 航空隊の半数以上をアッと言う間に撃墜され、事ここに至って自らが相手にしている敵が尋常ならざる相手だと気付いたゲルマニアのリュティス爆撃部隊。もっとも、既に当初の半数程度に機体が減っていたので……。

 明らかに鈍重な……と表現される回避運動を行いながら大きな半径を描くゲルマニア航空機群。
 しかし――

 しかし、その円を描く先に待ち受ける無数の黒い影。
 俺の瞳に最初からしっかりと映っているその黒い影の存在に、何故か気付きもしないゲルマニアの連中。

【このハルケギニア世界には何故か幻術系の術がないので、こう言う小細工はこれまで百パーセント成功しているのです】

 例えば、前衛の戦車部隊と、補給やその他を担う歩兵の部隊の分断など。
 空中戦ではあまり考えられない伏兵により次々と撃墜されて行くゲルマニア航空隊。その理由をこちらから聞く前に説明してくれるダンダリオン。
 そう言えばそうだった。前世の経験や、今世で見聞きした事を思い出す俺。
 但し、この説明には欠けている部分がある……と思う。それは幻術系の術が、見鬼の才が高い人間には効果が薄いと言う事。

 そりゃ、幾ら見た感じで敵がいないように見えていたとしても、見鬼の才と言うのは実際の目に映る物を見るのではなく、本来は見えない物を感じる能力。幻を見せられて、其処が表面上は危険がないように見えたとしても、実際に其処には敵兵が伏せられているのなら、見鬼の能力を持つ者に取ってその場所から危険を感じ取る事はそれほど難しい事ではない。
 つまりこの作戦を実行したと言う事は、ゲルマニア航空隊に所属して居る……と言うか、今回のリュティス爆撃の任務に就いたパイロット=ゲルマニアのメイジたちは、見鬼の才に恵まれた奴がいない事が、ダンダリオンには最初から分かっていた可能性が高いと言う事だと思う。

 そして、最後の一機が撃墜された瞬間、脳裏に再生され続けて居たバトル・オブ・ガリアの映像は終わった。おそらく、ガリア側の被害はゼロ。そもそも、金属製以外の武器がゲルマニアの航空機に装備されている訳はなく、機体もすべて金属製。故に、仮に飛竜と接触したとしても壊れるのはゲルマニアの航空機の方だけ。
 これでは初めから勝負になる訳もなく、少し危険だと思われる場面はすべてマジャール侯とその娘のみに任せると言う徹底ぶり。

 尚、最後の一機まで確実に撃墜した理由は、此方の陣容――特に攻撃の反射や無効化の魔法が在る事をゲルマニアの指導者層に報せない為。おそらく、ゲルマニアの方は無線すら使用不能の状態に追い込まれていたと思う。
 電波と雖も、それはつまり雷の気。ならば、場の木行を完全に支配して仕舞えば敵の無線も、レーダーも簡単に無効化して仕舞える。
 そう、こちらの情報は徹底的に秘匿して、相手の戦力は白日の元に晒して置く。少なくとも、種の知れた手品状態にはして置く。これは俺の依頼で、マジャールの飛竜騎士たちはそれを正確に実行しただけ。
 つまり、これは彼らが血に酔った訳ではなく、最初からそう言う作戦だったと言う事。

 成るほど、これではダンダリオンが言うように、来た、見た、勝ったの三言ですべてが終わる。リュティスの七面鳥撃ちとでも言うべき結果だと思う。多分、地上の方には墜ちて来たゲルマニアの航空機の残骸や、パイロットの回収をする歩兵部隊が展開しているとも思うので、もしも生き残ったゲルマニアのパイロットが居たとしても、此方の情報がゲルマニア側に漏れる心配はない……はず。
 少なくとも、開戦前に俺が描いた青写真。敵を招き寄せてガリアの国内で叩く。そして、出来るだけ敵兵を逃がさない。この目標通りに彼らが行動したのは間違いない。
 そう考えながら、繋がれていたダンダリオンの手を離し、元の位置に座り直す俺。
 ただ……。

「敵兵を死なせた事は仕方がないだろう」

 此方に落ち度はなかったんだからね。
 確かに落ち度はなかった。二十ミリを反射されて死亡した戦闘機のパイロットは自業自得だと思う。それに、爆撃機に乗っていた連中だって、奴らの任務を考えると反撃され殺されても仕方がない、と考えるべき。
 そもそも自らの魔法の能力に慢心してパラシュートを準備していない奴らの方が悪い。

 そう思い込む事は可能……なのだが。

 俺の表情や発して居る雰囲気から、俺自身が完全に納得している訳ではない。そう感じたらしいイザベラの言葉。
 確かに、完全に納得した訳ではない。しかし、少なくとも現場に居なかった人間が、後から何かを言う資格はないとも同時に考えているのも事実。
 それに――

「この結果を見ると、開戦からコッチ、少なくともゲルマニアから侵攻して来た兵力はすべて倒す、もしくは捕虜にした。そう考えて間違いないんですね?」

 普通の戦争だと考えると不可能に近い事を平気で問い掛ける俺。
 もっとも、こう考えたとしても不思議でも何でもない状況なのは間違いない。
 何故ならば、開戦から一カ月半。未だゲルマニアからの侵攻が行われているようだから。
 しかし、俺の施した策。物理反射や金行の無効化などが破られる……ドコロか、未だその金行を主体とした近代兵器を先頭に押し立ててゲルマニアは攻めて来ている。
 これは余程の無能でなければ、攻め込んだ連中の中に逃げ帰った兵が居たのなら、そいつ等からの証言を聞いたはず。その中に、最前線で戦って居た連中が逃げ帰って居たとすると、そいつ等の口から此方の手の内が漏れている可能性がある。
 しかし、先ほど見た映像から推測すると、ゲルマニアが未だ金属製の武器でのみ戦争を仕掛けて来ているのは間違いないので……。

 俺の問いに対して、まるで彼女の父親がそうするように鷹揚に首肯くイザベラ。
 そして、

「ガリアに対する聖戦が発動されたのは事実だけど、本格的な侵攻が行われた訳ではないからね」

 暗殺者を送り込んで来たり、ガリア国内の不満分子を焚き付けたりと、狡すっからい事は色々とやって来たけど、少なくとも、陸上部隊が攻め寄せて来たのは最初の一度。オルレアン大公家の所領に対して数十両の戦車と、それに続く数千規模の歩兵が侵攻して来ただけさ。
 ……と答えた。
 う~む、ゲルマニアの方に何か思惑があるのかも知れないが、それでは余りにも数が少な過ぎるな。
 確か前世では、聖戦が開始される以前にも三万の兵を侵攻させて来た挙句に、……国境の関所を難なく破った迄は良かったのだが、進軍中の国境の森の中で正体不明の魔物。実は俺の式神、ソロモン七十二の魔将たちの襲撃を受け、散々迷った挙句に指揮官クラスを失い右往左往。其処に待ち受けていたマジャール侯爵率いる地上部隊にコテンパンにのされ、国境は既に遠い位置だった為に、大半の兵が捕虜となり、エルフとの国境付近に作られた開拓村に送り込まれる、と言う結果に終わった事がある。
 尚、その結果をアルブレヒトは一部の暴走した貴族が勝手に行った事だと言って、その参戦した(つまり、作戦に失敗した)貴族共を処罰した後に、その際に没収した財貨からガリアに賠償金を払っただけで、捕虜たちの返還交渉には応じる事もなく、結果、国内の不満は溜まり、キュルケがリュティスの魔法学院に留学して来て俺と接触するに至る、と言う歴史が作られたはず。

 そもそも、ゲルマニアの場合、北に向かっての国の広さが尋常ではない。正直、北極圏までそうだ、と言われても不思議でもない国家故に、はっきりとした総人口が分からないので、兵の最大増員数が読めないのが実情。
 まして、中世ヨーロッパの……と言うか、ハルケギニア貴族のメンタリティからすると、農奴を前線で使い捨ての雑兵にする事に躊躇いなどないはずなので、自分の国の民を本来の限界を越えて徴兵する事に対していささかの躊躇も感じていない……と思う。
 公称人口百万のトリステインがアルビオンへ最初に送った兵の数は六万。これは総人口の六パーセントに当たり、本来ならばこれは根こそぎ動員と言うやり方。少なくとも地球世界の歴史上から言うとかなり異常な事態。本来なら一から、多くても二パーセント程度が妥当な数字だと思う。
 当然、この中には傭兵の類も居るのでしょうけど……。
 その根こそぎ動員を初戦用の戦力として投入する戦力の為に簡単にやってのける辺り、トリステイン政府が異常でない限りこの世界の常識と言うのは、貴族ではない一般的な国民に取ってかなり過酷な世界だと思われるので……。

 其処から考えるとゲルマニアの動きは異常。考えられる可能性としては……。

 現世のゲルマニア皇帝が勝てる可能性の薄い戦争に乗り気ではなく、さりとてロマリアとの関係上、聖戦を無視する事は出来ない。故に、取り敢えず攻めたと言う実績を残す意味だけで、場違いな工芸品(オーパーツ)を中心に編成した部隊だけを送り込んでお茶を濁した。
 運が良ければ辺境の都市ぐらいを略奪出来れば儲け物……ぐらいの感覚で。
 今回のリュティスへの爆撃も、その延長線上の行為。他国の不満分子で、自分たちの手ゴマとして使っていた奴らの援軍要請に応えただけで、ゲルマニアとしては積極的に動く心算はなかった。もしくは積極的に動かせる戦力はなかった、と考えられるとは思う。

 その辺りを補足する情報として考えるのなら、ガリアのアルサス地方で反乱が起きて、その対処に西薔薇騎士団が動いているようなので、そちらの方にゲルマニア軍の主力が送り込まれている可能性はある。

「まぁ、ゲルマニアとしては新しく得た領土の保全を一番に考えたいのだろうから――」

 
 

 
後書き
 う~む、想像以上に文字数が嵩む。既に世界地図自体がかなり変わっているからなぁ。
 独立国が二つばかり出来ているから仕方がないのだが。
 後、それに関わる内乱がアチコチで……。
 それでは次回タイトルは『トリステインは今』です。
 
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