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Fate/PhantasmClrown

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MySword,MyMaster
Act-1
  #4

 グレーシャとセイバーが聖杯戦争の舞台となる鏡面界に入る(ログインする)と、そこに広がっていたのは現実世界とはまるで異なる、奇妙な空間。
 過去に出現した鏡面界は、現実世界と合わせ鏡のようになった場所だった、と聞くが。

 グレーシャとセイバーが立っているのは、日本の首都・東京の、そのまた都心と同じか、それに近い規模の大都市……と思しき場所の一角だった。聖杯研究機関の本部、その召喚室ではない。

「……完全に、異空間ですね……」
「ああ……精霊種どころか、人の気配すら感じられん。おそらく、一般の人類は存在すらしないだろう」

 聖杯戦争において、殺し合うサーヴァントと、マスターの為だけの、世界。無意識に、グレーシャの
喉がごくり、と啼いた。

「セイバー、サーヴァントの数は分かりますか?」
「生憎だが、気配察知のスキルは持ち合わせていないのでな。サーヴァント特有の、何基までが召喚されたか、というのを感知する力しかないが……今現在では俺を含めて、三基が世界入り(ログイン)しているらしい」

 ふむ……とグレーシャは考え込む。
 此度の聖杯戦争、その性質上、全サーヴァントが揃うまで、本戦は開始されないようなものだ。だが、前哨戦は起こり得る可能性は十二分にある。

 セイバーを見る。彼のステータスを閲覧するためだ。
 マスターになった人間には、見たサーヴァントのステータスがある程度察知できる力が与えられる。もちろん、真名や宝具などは見ることができなかったり、自分のサーヴァントでなければそのスキルや一部ステータスも、露見するまでは見ることが叶わない。まるでゲームのモンスター図鑑システムみたいだな、とは裕一の意見だが、そういうモノらしい。

 グレーシャには、電子パネルに映し出されたゲージと、アルファベットとして数値が認識でいる。
 セイバーのステータスはそのほぼすべてがC以上で、Aが殆ど。耐久に至ってはA+だ。唯一幸運だけが極端に低いが、これはセイバーの生前の経歴や、グレーシャとの相性によるモノだろう。一流のサーヴァントに相応しい一流のマスターとは言い難いグレーシャとの契約だ。この数字は仕方あるまい。
 逆に言えば、それでなおこの凄まじいステータス。正真正銘の一流魔術師……例えばそう、裕一と契約したならば、全ステータスオールA以上もあり得るのではないか、と思えるレベルだ。

 これだけのステータス。過信することは出来ないが、頼りにはして良いだろう。ログイン時点で既に夜中近かった鏡面界。時刻は23時を回っていた。グレーシャは、残り少ない時間のみとなった、今日の予定を定めた。

「どこか、塒にできる場所を探しましょう。幸い、ビルは多いようですし」

 高層ビルが立ち並ぶエリアからは遠いが、逆に言えばテナントビルや住居ビルと言ったものが多いということになる。セイバーが人間はいない、と言っていたので、どこかに潜り込むことならできるはずだ。

「ふむ……ならば簡易的な工房にできるような場所が好ましいな」
「はい。私はあまり工房を利用しないタイプの『魔術使い』ですが」

 それに、武器の手入れなどができる場所が欲しいのは事実だ。

 となると――とセイバーが続ける。

「あまり目立たない廃工場がいいだろう。まぁ全てのビルが廃屋、と言っても良いが、特に『最初から廃棄された建造物として設定されている場所』を選ぶべきだ。叶うならば一階建て」
「破壊工作をされても脱出しやすいですしね」

 非常に納得がいく。
 聖杯戦争に限らず、気位の高い魔術師がホテルなどを根城にして、それごと魔術師殺しの者に爆破された、などと言う例も少なからず聞くからだ。魔術師とは時計塔のような順当なものだけではない。既に没落したが伊勢巳のように機械文明と融和したり、グレーシャたち束のように、最初から科学と魔術を融合させている存在だっている。

 そう言った存在と手合いにはなりたくない、と思いながら歩くことしばらくして、丁度よさそうに埃を被った廃工場を発見。探知魔術などをいくつもかけ、何の工作もされていないことを確認すると、グレーシャとセイバーは中に入った。

 二人とも玄関近くに陣取る。もしもの時に脱出しやすいように、だ。
 
 グレーシャはベルトからいくつか魔術的処理を施した短剣を抜き取ると、手入れを始めた。セイバーはその様子から、興味がない、とばかりに目を外すと、窓の外を眺めはじめたようだった。


 ――しばし、静かな時間が流れる。
 裕一といる時も、時々、彼は話題を失って、あるいは意図的に切り上げて、沈黙する。グレーシャとしてはもっと話していたいのだが、裕一は口数こそ多い方だがあまり会話に喜びを見出すタイプではないため、無理に話しかけるようなことはしない。彼に、出来るだけ気分を害してほしくないからだ。
 
 騎士王も、彼と血が繋がっているからなのだろうか? 沈黙を好む性格なのか――と、グレーシャが思った頃。

「ところでマスター」

 ふと。
 セイバーはこちらを向くと、グレーシャに向かって問うた。白銀の兜に阻まれ、その表情を伺うことは出来ないが、視線はこちらを見ている気がした。

「はい、何でしょうか」

 答える。なんだか、ろくなことではない気がする――とグレーシャは直感的に感じた。
 直後。その直感は真実であったことが分かる。

「オマエ……あの『王』と呼んでいる金髪の男に、懸想でもしているのか」
「――――――!!?!??!?」

 ぼっ、と自分の頬が熱くなるのを感じる。今きっと、セイバーの目に映っている顔は真っ赤になっているのだろう、と思うと、とても他人には見せられたものではなく、思わずうつむいてしまった。

 その様子をみて、セイバーは数刻ほど固まった後、唐突に大笑いし始めた。

「わ、笑わないでください……! 仕方がないじゃないですか、好きなものは好きなんですから!」
「ふ……ふは、ふっははははははは!!! そうか! そう言い切るか魔術師の娘! なるほど……なるほど……ククク……俺の末裔と俺の今世におけるマスターが恋人……くくく、これはマーリンも爆笑ものの一大事件だな……」
「もう……それに、言いがかりは止めてください。我が王の沽券に係わります。まだ正式にお付き合いしているとかそう言うのじゃありませんし……そもそも私程度が、あの人に相応しいとお思いですか。そんなわけがありません」
「――――」

 するとまたセイバーは、今度は腹を抱えて笑い始めた。これはダメだ、もうダメだ、豊穣祭の際にガウェインが出した料理が全部イモだった時よりも笑える、などとのたまう騎士王。

 あまりにも『あんまり』な彼の態度に、グレーシャは頬をふくらませてぷい、と彼から目線を外した。

 グレーシャは、裕一のことが好き。まさか露見したが最後、ここまで笑われるとは思わなかった。単純にセイバーの笑いのツボがおかしいのか、それとも誰に言っても笑われるのか。
 本来ならば絶対的な主従関係、敬意と敬愛を以てして仕えるべき対象に、恋愛感情を抱く――それがいいことではないとグレーシャ自身は考えていた。その事実を知っているのは、本当にごくごく一部の友人たちだけだし、全員にかたく口止めを依頼している。彼女たちの反応は何故か微笑ましいものを見る大人の目であったが、彼女たちが特別なのか。セイバーが特別なのか。

 何にせよ、上司と部下の恋、というのは、騎士王にとっても、恐らくあまりいい思い出の無いワードなのではないか、と類推される。彼の妻グヴィネヴィアは、円卓一の騎士たるランスロットとの不倫関係にあり、それを契機に円卓は瓦解を始め、アーサーの子、モードレッドの反逆を以て完全に崩壊するのだ。
 しかし騎士王はそんなことは知らぬ存ぜぬとばかりに笑い続ける。

 しばらくして、やっと笑いのピークが治まったのか。セイバーは、しかしまだ微妙に肩を震わせながら、言った。

「無事この戦争より生き延びたら受肉でもして、オマエらの仲人にでもなってやろう……こう見えて、なかなか難儀な恋をしていた男の恋愛を成就させたこともあるのだぞ」

 それがランスロットの事なのか、ガウェインの事なのか、それともまた別の円卓の事なのかまでは分からなかったが。

 取りあえず、余計なお世話です、とだけ言っておいた。


 
 ***



 僕と出会った時、グレーシャに名前は無かった。より正確には、そんなものは必要が無かった、というのが正しい。

 グレーシャは戦場(いくさば)で生まれた。国は知らないとのことだった。八歳の時までそこで暮らしていたが、閉鎖空間であったが故に、一切の情報は分からなかったらしい。

 親のどちらかは日本人だったと聞く。顔も見たことが無いため、人づてで聞いたことでしかないらしいが。確かなことは二人とも魔術師で、傭兵として雇われていた父と、戦争奴隷(マムルーク)として駆り出されていた母だった、ということ。
 グレーシャもまた、戦奴となる運命だったのだと思う。特に女性の戦奴の末路は悲惨なもので、母もグレーシャが生まれたことさえ知らなかった可能性まである、と語っていた。

 グレーシャが戦場に駆り出されなかったのは、銃器を扱う才能も、肉体を使っての戦闘の才能も、魔術を使っての戦闘の能力も無かったが故。今はどれもある程度(というか僕の主観としては超一流の域で)こなせるが、それらは全て彼女の魔術系統や戦闘術適正をきちんと整理し、適切な方式で訓練を施してきた現代円卓騎士団の人々のおかげ……らしい。当時は、まるで役に立たない存在だったそうで、察処分されなかったのは、それでも魔術回路を有していたからだろう、と、かつて父さんは僕に語った。

 しかしグレーシャは、幼い母胎として利用されることもなかった。快楽の道具として使われることも無かった。もっと優秀な母胎がいたのか。理由は、良く分からない。

 何にせよ、グレーシャはあの禍の中に在って、奇跡と言っていいほど清らかなまま、存在した。

 僕が名も無い彼女に名前を付けるように依頼され、『雪華』という名前を付けたのも、それが理由。


 
 ***



 何の曇りもない、自分。裏を返せば、全くの『空』な自分。
 そんなグレーシャを変えたのは、自分にその名前を付け、自分を助け、そして自分に手を差し伸べてくれた、裕一を護る、という意思。彼への恋。

 崩れゆく故郷を無感動に眺め、ああ、ここで私も死ぬんだな、と、やはりこれも無感動に悟った時に、たった一人で現れて、『こんなところに居ちゃだめだ!』と、丸でこちらの事情も理解しないままにやってきた、()()()の男の子。しばらく前に傭兵としてやってきた奇妙な集団の中に一人だけ混じっていた、自分より少し年上くらいの彼が、どうしてか、そこに。生まれて初めて、彼女を『出来損ないの母胎』ではなく『一人の人間』として見てくれた、彼。

 その手に、黄金の剣を握って。光の奔流で、落下してくる瓦礫や、ふさがれた退路を焼き尽し。小柄なのに、とてもその身からは想像できない恐るべき揚力でもって幼い自分を抱きかかえると、倒壊する故郷の街を、物の数分で抜け出して、郊外まで飛び出した。

 次に見た時、その髪と目は焼け焦げ、金色に、そして真っ青に変わっていた。
 同じく金髪碧眼の、よく似た男に叱咤され、縮こまっている彼の姿が、まだ目を閉じれば想い返せる。

 きっと最初に会った時がきっかけで。
 きっと助け出されたその時が、全ての始まり(ターニングポイント)

 彼はずっと否定する。自分を助けたのは僕じゃない、父さんだ、と。「僕のだけの力では救えないよ。父さんの聖剣があったから、僕は君を助けられた。だから、凄いのは僕じゃなくて父さんだ」と、何度も、何度も、念を押すように。

 そんなことは無い。
 たとえ、聖剣があなたのモノでなくっても。
 たった一人だけ、未来も価値もない『私』を助けるために戻ってきてくれて。
 全力を振るった彼は、紛れもない救世主。勇者様。

 名も無き少女に「雪の様に綺麗だから」と、『氷室雪華』の名前を与え、そして騎士『グレーシャ・スノードロップ』を生み出した……『価値無き少女』に『価値』を与えた、あなた。

 ――当代の騎士王。
 ――私の、王様。

 グレーシャは誓う。

 彼にこそ聖杯を捧げると。
 彼にこそ勝利は相応しいと。



 氷室雪華。王の両腕(グレーシャ・スノードロップ)

 彼女は聖剣使いたる剣の英霊を用いて、愛する主の為に、聖杯戦争に剣戟を浴びせる。 
 

 
後書き
 今回がAct-1のラストとなります。

 次回からはAct-2。いよいよ聖杯戦争本戦です。セイバーとグレーシャの前に立ちはだかる六基の英霊――真名当ても本格化しますね!(なお即バレの模様)

 更新は明日、またも18時です。よろしくお願いします! 
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