暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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17
前書き
ナデナデ
(〔〕:〔l。il〕/^)(д`゜ )
「こ、こんにちわ~…」
ヘコヘコと頭を下げながら僕は登城した。
傭兵としてのレヴァンテンはお役御免となり、昨日付けで試験的特例近衛と言う従者もどきのレヴァンテンとなった僕はデトワーズ城に訪れていた。
デトワーズ皇国が誇るデトワーズ城は相変わらず御立派。
見せつけるかのような堅牢さは実態よりも大きく見えた。
門番も格式が高そうな雰囲気を漂わせている。
自分がここに訪れるのはこれで実質二度目。 けれど、小市民な性根のせいで腰が引けていた。
「ん、あんたは…」
格式が高そうな門番さんは訝しげに自分を見て…そして、後ろにいる仮面の人に視線を向けた。
「話には聞いている。 通っていいぞ」
なんと、それだけ言って要件も聞かずに門番は通してくれた。
ぼ、僕が姫様に目を付けられた事が、もうそんなに早く噂になっているのだろうか…。
「――、―――」
それをただ、僕の後ろでサンタと呼ばれる仮面の人は無言に見守るだけだった。
―――。
門を潜り、青空が見える中天の下を通って城に入る。
中は派手さはあるものの、実用的な側面が窺える内装は相変わらず格が高く、自分みたいな下々の人間から見れば圧倒される光景に足の動きが鈍くなる。
前は道案内のメイドさんがいたが、今ではそれもなく足の向ける先すらわからず迷子のようになって、キョロキョロと視線を彷徨わせた。
「えと…昨日は城に来いとしか言われてなかったけど…お迎えの人とかいないんだけど……」
そこかしこに警備の兵士さんはいるけれど、自分の姿を見ても声をかける様子はなかった。
「あ、あのぉ…仮面さん?」
たまりかねて、自分は後ろをチョロチョロと付いてきている仮面の人に声をかけた。
目を覆う形の仮面はその視線を窺う事は出来ないが、小柄な体格から低い位置にある顔は自分を認識するように見上げているのはわかった。
「何か…訊いてないですか? ほら、今日の初仕事には何をするのか、とか…どこかに向かうか、とか…知っていたら教えて貰いたいかな~、って」
「―――、――」
しかし仮面の人はやっぱり無言かつ無反応。 相槌すら打たない。
自分が期待していた返事が返ってくる事はなかった。
「誰かに訊くしかないかなぁ……メイドさんとか見かけられたらいいんだけど」
試験的特例近衛というエルザ姫の従者という扱いになってるだろうから直接赴くという選択肢もあった。
だが“あの”姫様に対面するのはちょっと躊躇われた。
間に誰か入ってもらえないかな~、という気持ちも混じっていて、二の足を踏んでいる。
そんな時だった―――。
「おい貴様、そこで何をしている?」
「はひぃい!?」
僕は思わず条件反射で身が竦んだ。
高圧的で、上から物を言う態度、攻撃的なその声は自分の染みついた危機感が素早く反応した。
振り返ればそこには一人の男―――貴族だ。
「き、き、き…貴族様……」
僕は声が震えていた。
上等な服。
腰に提げた派手な剣。
胸を張った佇まい。
汚れていない顔。
見下すような視線。
自分のような格が下の人間からすれば、それら全てが委縮させる印象となって目の前にいた。
「こ、これは……その、あの…」
緊張と恐れと、染みついた小物根性のせいで、何か言おうとしてもしどろもどろになってうまく説明のしようが出来なかった。
「何をしているのかと聞いている。 それすら答えられないのか、この平民が」
「い、いえ…これは…僕は傭兵で…でも今は……その、ひ、姫様に呼ばれたからで…」
「はぁっ? 貴様のような奴に? 戯言も大概にしろっ」
貴族の男は僕の足元を見て、そう切って捨てた。
人を見るのは足元から、そこから育ちの良し悪しはすぐにわかる。
自分の靴はヨレヨレにくたびれていて、予備もなければ新しく買い替える余裕もないのがすぐわかる。
その時点で、自分の言葉には信用するに値しないのだと、あからさまに表情に表れていた。
「出てけ」
そして、短い一言を告げられた。
「え…あの…」
「出てけ、と言った。 聞こえなかったか」
貴族らしく、横暴に、耳も貸さず。
ただ自分が目障りだから一方的に、言葉だけで視界から排除しようとしてきた。
そして…僕はそれに逆らえない。
言い返すだけの力も、金も、地位も、持っていないからだ。
「牢にぶち込まれたいか!」
「ひぃいっ…す、すみません…!」
腰を折り、頭を低め、申し訳なさそうに自分の非を認めた。
そうすれば被害を受けない…そう納得して、この場は逃げるように立ち去る他なかった。
貴族の男は鼻を鳴らし、当然だろう、と言わんばかりに見下した視線をぶつけてくる。
あぁ、ダメだ…やっぱり怖いよぉ…。
この当然のように強気な目線で責めてくる雰囲気に居た堪れない。
「そ、それじゃ僕はこれで…」
すごすごと、頭を低くさせながらその場を立ち去ろうとした。
エルザ姫に会わなきゃいけないと思っていても…情けなくても、そうするしかなかった。
―――だが、その足を止める手が僕を引き留めた。
「え?」
サンタだ。
たった一日一緒に過ごしただけだけど。
無言でほとんど自己主張する事はなく付きまとっていたあのサンタが、自分の意思を強く見せた行動をとっていた。
僕の腕を掴んで離さない。 そんな明確な行動の力は弱くとも、自分は足を止めてしまった。
訴えかけるように引き留めるこの子は一体…。
「なんだその小さなキメラは?」
サンタを見て貴族の男は、訝しげに睨み付けてきた。
目障りだった自分が立ち去ろうとしているのにそれを止めるサンタの存在で、さっきよりも声に不機嫌さが伴っていた。
ヤバイ、と経験豊富な危機感が訴えかけてきた。
「あ、いや、これはその…」
「ガキがキメラの真似事か? どこから紛れ込んだんだ。 ここをどこだと思っている、さっさと出て行け!」
「いや、でもこれはですね、この城に元からいたみたいで…だから、出て行けってのはちょっと…」
僕は何とか宥めようとするものの、それが逆にこの男の神経を逆撫でした。
「黙れ! 誰が口答えしていいと許可した!」
「んひぃい!」
反射的に身が竦んだ。
普通の人に怒鳴られるより何倍もの恐怖が蝕んで、紡ごうとした言葉があっさりと中断させられてしまった。
「ね、ねぇ…サンタ。 これ、まずいから…」
「―――、――」
小柄な体から伸びる手は頑として離そうとしない。
ここから離れたい自分、ここから離そうとしないサンタ…そして、ここから追い払いたい貴族との意思は見事に分かれた。
そして…一人の男が、苛立ちの感情を見せてすぐに行動に出た。
「ちっ! これ以上勝手をするのなら目障りだ…この場で手打ちにして…!」
シャリン、と研いで真新しい鞘走りの音と共に、貴族の男は剣を抜いた。
ヤバイ…そう思った時にはもうヤバかった、本格的にヤバい。
そう、剣を抜いたからには、斬らなければ止まらない。
なかなか剣を抜かない貴族もいれば…こうやって易々と抜く貴族もいる…そしてそれらは総じて、その対象を斬らなければ収まりがつかないからだ。
「あ……ダメッ…!」
僕は咄嗟に、サンタを引き寄せて抱え込むようにして貴族の男に背を向けた。
小柄なサンタは呆気なく腕の中に納まったが…嗚呼、やってしまった!
脱兎の如く逃げればいいものを、なんで背を向けて踏み止まろうとしているのだろうか。
「(丸まってどうするの! 僕の馬鹿ーーー!)」
咄嗟に動いた行動はもはや手遅れ。
後ろで振りかぶる殺意を感じ取って、背中から強張った。
「死ねぇ!!」
「ひぃぃ~~~っ!」
「―――何勝手に殺そうとしてんだテメェ」
その時―――冷水をかけられたかのように、痛烈な存在感が声を投げかけた。
僕はこの声を知ってる。
サンタも勿論この声を知ってる。
貴族の男も当然この声を知ってる。
声に重圧がかかってるかのように…いや、その存在の大きさが踏み付けてすらいる。
その存在を知っていたら、否が応でも固まる。
不機嫌そうな声色が乗っていたら尚更身が強張ってしまうだろう。
―――だって彼女は、姫陛下なのだから。
「へ、陛下……」
貴族の男は、剣を振り上げた体勢のまま固まっていた。
首だけを動かして、視線をエルザ姫に向けている。
自分は腕の中にサンタを抱えたまま、そっと後ろを振り向く。
そこには相変わらず視線を上に向けられる高い位置するように、階段の上からエルザ姫陛下がいた。
「もう一度訊くぞー。 何勝手に殺そうとしてるんだ?」
口調に威圧はなし、されど誤魔化しを許さない。
それはそうだろう。 彼女はこの国における最高権力者だ。
その身分に相応しいほどの行使力がある。
権力がある者なら、それがわかるはずだ。
「あ、いやこれは……」
今度は貴族の男の方が口籠る番だった。
さっきの僕のような狼狽えぶりだ。
「あぁん?」
エルザ姫は更に短気だった。
貴族の男の態度を見るに見かねて、せっかちにもカツン、と靴音を鳴らしながら階段を一段踏み込んだ。
あれは危険だ。
「そう! これはそこにいる下賎な男が悪いのです! そこの薄汚れた男は、不遜にも王城を我が物顔のように闊歩していたため、これは許されぬと判断して私は誅罰を与えようと奮い立ったのです!」
うわっ、汚い! この男、さも僕が悪いように言ってる!
謂れもない悪事を擦り付けられるのは甚だ不本意すぎる。
汚い、貴族って汚い。
何か反論を返そうとするものの、舌の滑りがいいこの男は口を挟む暇を与えず弁論を続けた。
「ご安心を、このような度し難い不埒な者はすぐに始末して…ああ!挨拶もせずにこれは失礼をば! お久しゅうございます、本日もご機嫌麗しくお会いできて光栄です! この度は陛下と親睦を深めるために遥々と―――」
「知らねぇよ」
長々とした口上が耳障りだと言わんばかりに、エルザ姫が一言で切って捨てた。
「なっ…!?」
「長々とどうでもいい事言ってるけどさ、結局の所…誰なんだお前?」
敬意も何もなく、姫様は冷たく言い捨てた。
そんな粗雑な態度はいっそ清々しく、一種の暴力にも思えた。
「こ、この私をお忘れですか!?」
「知らん」
「昔お会いしてこの国を導く事を約束し…」
「知らん」
「私は貴族の…!」
「知らん」
まともに話を聞かないエルザ姫は、問答を切り捨てながら続けて畳みかけるように言葉を続けた。
「“貴族”なら顔と名前は全員把握してるんだけどな、“貴族”にもなってない奴の事なんていちいち覚えてないんだよ。 ましてや片手で数える程度にしか出入りしていない奴じゃあな」
あの男は貴族ではなかった。
正確には貴族の血縁なだけの貴族未満。
貴族の位を拝命されていないという事だ。
それでも血縁に貴族がいるから、それだけでおこぼれのような影響力・将来性・経済力がある。
それは下々の民からすれば大きな差ではあるが…しかしながらエルザ姫にとっては等しく格下なのだ。
「それよりもだ―――」
カツンカツン……鏡のように磨かれた階段を、エルザ姫が一歩一歩降りてくる。
有無を言わせない迫力を伴わせ、こちらに近づいて来ようとしていた。
「お前、誰に断ってこの城で勝手な事してんだ?」
何を、と問い返す事は出来なかった。 男も、僕も。
だがそれを向けられているのは当然…そこにいる男の事なのだというのは鋭い視線の向きでそれがわかった。
だからこそエルザ姫は問いかける。 その行動全てに、だ。
な、なぜだろう…心なしか、空気が重い…。
「ここは俺の国で、俺の城だ。 俺の意思一つで決まって、俺の意思で物事が動く。 貴族にもなっておらず、身内ですらなく、ましてやロクな権限もない奴が―――なに好き勝手な事をしてるんだ?」
あっ……察した。
これ、重圧だ。
信じられないけど…エルザ姫から、踏み潰すかのような威圧感が放たれている事に気付いた。
エルザ姫が暴力的なのは拳だけではなく、存在感そのものまで暴力的だった。
「あ……ぁ…あ………あが…それ、は……」
戦場にも慣れていないような男も、その重圧に耐えられず口が麻痺したかのように返事を返せなかった。
「わからないか? 理解出来てないか? なら俺様が教えてやる」
ヒェ……。
ゾクリ、と僕の背中がビクついた。
エルザ姫から、獲物を嬲る猛獣のような気配が感じられてしまった。
狙いはそこにいる男だとわかっていても、弱気の虫がざわざわしてしまう。
「お前は自分で偉いとでも思っているようだが、そんなわけがないだろ。 この国において法を超えた横暴が許されるなどと、誰がそんな事を吹き込んだ? 親か?部下か?取り巻きか?それともお前の自尊心か?」
畳みかけるような言い方は、とても威圧的。
だが裏付けされた理性的な物言いに加えて、明確な格差が有無を言わせなくさせていた。
「この国ではな、正当な権利と権限を持つ者でなければ勝手は許されねぇんだよ、例え国王でもだ。 知らなかったか?」
ハッキリと、貴族の何をしても許される横暴さに喧嘩を売るような発言だった。
それはほとんどの国が民と貴族で分かれているという現実に対して挑戦的でもあった。
エルザ姫はその体現と言わんばかりに強気な姿勢を示していた。
「―――それがデトワーズ皇国だ。 俺の国だ」
お、雄々しい…。
有無を言わせない状態で一方的に言っているだけだけど、その溢れるほどの自信のある姿は素直にカッコいいと思えた。
「そして、もう一つ大事な事を教えてやる」
「も、もう一つ……?」
エルザ姫が男の前に立った。
あと一歩で“手が届く”かのような距離にまで近づいて、ニヤリとエルザ姫が笑みを浮かべた。
「それはな……」
そして僕は見た。
更にもう一歩、彼女が踏み込むその直前…あの拳を握り込むのも見た。
「世界で一番―――俺様が正しいんだよ!」
その瞬間、拳が唸った。
エルザ姫陛下の握られた拳が男の顔にめり込み、殴り飛ばす…わずか一瞬の出来事。
男は反応する事も出来ずに、あの冗談みたいな一撃を喰らって……自分の横を通り過ぎていった。
「―――ぉぉごあああぁぁぁ……っ!」
自分の耳がおかしくなったような気がした。
声が遠く感じたと思ったら、耳元で峠を越していくような悲鳴が通り過ぎていくと、すぐに遠く消えていった。
音が遠く、近く、遠くの順番に変化していくという珍しい現象を体験したその直後、背後でドガァン、と壁でもぶち抜いていったかのような恐ろしい破壊音が聞こえた。
「(……ふ、振り返るのが怖い…)」
し、死んでないとと思う……多分。
背後で、壁に人の形の穴が空いてたりしないよね?
一方、エルザ姫は男の末路を気にする事なく、清々しい表情をさせた。
「ふぅ~、スッとした。 この方が手っ取り早くて一番だな」
ええぇぇえええっ……?
さっきまで秩序めいた事を言っていた姫様の最後のセリフはなんだったのか、エルザ姫は前言を引っ繰り返してこの言い草である。
自分はそれを呆気に取られるしかない。
この人、これで姫陛下なんだよ?
「よぉ、ちゃんと来たなバッテン」
まるで親しみを覚えた友人のような気安さで、エルザ姫が自分に声をかけてきた。
先ほど男をブッ飛ばしたその手でヒラヒラと振って、この国で最も偉い人の姿からはかなり遠い姿だ。
なんかもう…色々と規格外で、身分の差で恐れ多いという気持ちよりも…その呼び名は止めてほしい気持ちの方が勝っていた。
「レ、レヴァンテンです! ていうか…今の人、いいんですか!? 貴族…ではなかったけど、殴って…飛んでいきましたよ!? 絶対無事じゃなさそうな感じの物凄い音を立てて!」
「細かい事は気にするな。 それとも……何か問題でもあるか?」
「アッハイ、モンダイナイデス」
僕は、あの男の事を高速で忘れる事にした。
勢いのまま色々言っちゃったけど、エルザ姫はあまり気にする事はない様子だが、あれ以上踏み込んだらヤバイと身の危険を感じていた。
アハハ…怖いなぁ……。
「よーし、それじゃ付いてこい。 謁見の間の椅子の方が座り心地がいいからな」
「アッハイ」
うん、それって…“エルザ姫だけ”が座り心地がいいんだね。
そしてその空間には椅子は一つしかない専用のですよね。
そこに自分が座る席は無いんですよね、わかります。
エルザ姫はスタスタと前に進んでいく。
付いてこいと言いながら、マイペースに動くからズンズンと先に行って自分達を置いていく勢いだ。
嵐のような人だ……わかってはいるけど、僕はあの人についていかないといけないんだよね…。
「サンタぁ……僕、やっていけるかなぁ…」
「――、―――」
僕のすぐ傍でサンタが寄り添っていた。
もう自分の引き留める手は放しており、ただ何事もなく佇んでいる。
さっきみたいに何かを自己主張するような素振りはなく、ただ無機質に無言を貫いていた。
当然、僕の悩みを聞いてくれる人はいない。
はぁ~………。
溜め息が出る。
まだ仕事も何もしてないのに、僕は早くも不安を募らせていた―――。
後書き
安心してください、生きてますよ。(貴族未満の男が)
■世界で一番俺が偉い
モデルというわけではないですが、参考にしているゲームからのオマージュです。
暴れん坊○リンセスという、ちょっと際どいくらいタイトルに近いゲームからですが「世界で一番私が正義」というセリフがあります。
傍若無人、破天荒、実力行使上等と文字通りの暴れん坊なお姫様ですが、あいにくと筆者は正義と言った言葉を自称したくない節があります。
正義の味方、という褒め言葉はあるにせよ、自称で「正義」と名乗るには「己にとっての悪は、相手の正義」という事実を認識しないといけません。
というわけで、エルザ姫には正義は語らず、正しい理屈を並べた上で俺ルールを押し通すといったセリフになりました。
このセリフを捻り出すために今回のお話しが難産になった理由でもあります。
次回は新キャラ…ではなく既に登場している人物が改めて判明します。
07話で登場したあの人が間を置いてようやく、あの女医さんが再登場&紹介です。
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