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ギルド-Guild-

作者:相羽 桂
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第一部
1章:新天地の旅
  4話 異世界の女流騎士

 目の前には、一人の女騎士が居た。
 すらりと細身の剣を構え、白銀を基調として金の散りばめられた鎧の上から見ても、細身のエドアルドより更に細い体躯をしていることがわかる。逆に全身を鎧で包み兜までかぶっているために、端正な顔立ち以外にわかることは少ない。多少、背が高いといえるだろうか。

 彼女が魔物と呼んだ、目の前の黒い人型に対する視線は当然ながら鋭く、向けられている人型――エドアルドに充分な威圧感を与えている。これが幾つもの殺しを経験していきた者でなかったのなら、間違いなく足がすくんで動けなくなっていたはずだ。ついさっき、地下の広間内まで降りてきた兵士たちとは比べ物にならないほどの経験が、彼女の存在を濃密なものにしているのだろう。
 だがもちろん、エドアルドは何時も通りの自然体で、油断なく剣を構える。

「僕が魔物だと?」
「……へぇ、驚いた。言葉がわかるのか」

 スーツで全身を覆ってはいるものの、それでもエドアルドが人型であることは変わらない。それなのに女騎士が魔物だといったのは、この世界は人型を取る魔物など数多くいるからだ。それこそ全身真っ黒の人間など、魔物と判断してしまうのが当然なほどに。
 確かに、少なくとも『異物』という点では間違っていない。
 それは魔物の様に『人間』に対する異物ということではなく、この『世界』自体の異物という意味で……だが。

「知性のある魔物か。どんな世界から来たのかはわからないし、勝手に呼び出してしまったのは申し訳ないが……この国の為、死んでもらうぞ」

 時空転移魔法の研究は、女騎士の使えるこの国――メルクリオの秘匿する最重要機密。
 他世界の人間を拉致して殺し、その魂を兵士に振り分けることで、他国にバレないよう軍力を高めるために行われている非道な研究だ。決して、外に漏らしていい内容ではない。少しでも他の国にバレてしまえば、その瞬間に攻めこまれても仕方がないほどのスキャンダル足りうるだろう。

 それは全てを知ったエドアルドなら理解できる。
 研究の内容に納得がいかずとも、目の前に居るのはメルクリオに仕える女騎士だ。国に家族もいるのだから、そんな時空転移魔法によって呼び出されたエドアルドを逃がすわけにはいかない。加えて彼が魂の力の効果で既に全てを知っていると気が付かれれば、何があっても、どんな事をしてでも、全力で逃亡を阻止したことだろう。

「……まだ死にたくは無いな」

 だが女騎士がそんなことを知る由もなく……そのせいで、エドアルドが頭に手をやってスーツの頭巾を解除した瞬間、驚きに目を見開いてしまった。

「人間? の、子供?」

 男にしては多少長めの、しかし肩までは届かない黒髪。フワリと吹いてきた風にさらりと流され、星々から降り注ぐ光で艶やかな輝きを見せる。
 兵士が一番驚いたのは、その顔だった。
 自分の姿を貫かんばかりに向けられる瞳の青にそぐわず、柔らかそうな頬も、ぷっくりと健康的な唇も、つやつやの肌も、明らかに幼すぎる。それなのに、有象無象の後輩兵士とは比べ物にならないほど重い雰囲気をまとっていた。それこそ、呼び出される前の世界で、自分と同じように兵士だったのではないかと思えるくらいに。

 そして、彼女の考えは正しかった。

「ウェルクセル遊撃軍孤児特務隊大尉エドアルド・サリッジ。自由のため、押し通る」

 最初で最後となるだろう前世の階級という口上を述べ、スーツの力は使わずに一歩を踏み出す。
 突進の勢いを乗せた薙ぐ一撃。

「はやッ――」

 女騎士が驚愕の声を上げ、それでも反射的に剣を持ち上げる。
 さすがは歴戦の勇士……といったところだろう。たった一人で最後の防衛線を任されているだけあって、それに見合う動きを見せた。襲いかかるブレードは完全に防がれることだろう。
 だがブレードと剣がぶつかり火花を散らす寸前で、エドアルドは振るう腕を止めた。
 彼の持つ高周波ブレード『空心《うつごころ》』は細く薄い。兵士の持つ細いものの厚みのある剣とまともにぶつけたくは無かったのだ。
 多少欠けても空気中の炭素分子によって修復されるとはいえ、やはりそれも一瞬ではない。これから未知なる世界(魔法使いたちの知識である程度は知っているが)へ踏み出そうとしているときに武器がないというのは避けるべき事態だろう。

 高周波を起こす機能を使って斬れ味を高めていれば、剣など関係なく兵士まで斬り捨てることができただろうが……今回に限ってそんなつもりはない。
 こんな扱いを受けているというのに、感謝しているのだ。楽しそうなこの世界に来れたことが嬉しくて、どこかおかしくなってしまっているのだ。そんなわけで、エドアルドに目の前の女騎士を殺す気は無かった。

「ただ……腕くらいはもらっていこうか」

 相当な速度で放った斬撃を止めた反動を利用して、敵を巻くようにスピンしながら後ろへ回る。死角へ回ったところで軽く上に飛び、振り向き始めた女騎士の姿を空《くう》から見下ろして――高周波ブレードのスイッチを入れた瞬間に右上腕部分へ筋の方向へ合わせて差し込む。
 手応えはない。何かしらの金属で作られたのだろう防具すら難なく貫通し、肉を潜って現れた切っ先は真っ赤な血を滴らせている。

 ガラァンと、騎士の持っていた剣が落ち、そこでエドアルドもブレードを抜いてスイッチを切ると着地した。即座に腕をふるってブレードに付いた血を振り落とす。それから鞘にしまうと、一つ息をついて――

「それくらいの怪我なら、魔法……で、すぐ治せるんだろ。……安心してくれ、この国の不利になることは言わないから」

 小さく笑顔を浮かべ、そう言った。
 これでもうこの場所に留まる意味は無いだろう。まさか重要機密関係者を表で指名手配するなどという暴挙にでることはあるまい。人の姿を見せたことで多少は慌てることになるかもしれないが、それはエドアルドあずかり知らぬところ。
 呆然とする女騎士を横目に、彼は壁を蹴って中庭を囲む城の屋根へ登る。

「……さすがに暗いな」

 街頭など無い夜のメルクリオを見てそう呟くと、スーツの機能でフードを作り出して頭を隠す。後ろから大広間より飛び出してきた無数の兵士たちの怒声を聞いたところで屋根を蹴り、更に身を包む外套を生み出すことで旅人に扮して街の闇に紛れた。

   □□□

「……なんという強さだ、あの少年。エドアルド……と言ったか」

 自分より小さな男に翻弄され、武器を落とされ、しかもまんまと逃げられて、女騎士――パステル・カリス・オストロンは呆然とごちる。
 有象無象の兵士たちが地下室から出てきて、大声でエドアルドを――いや、正しくは黒い人形の魔物を、だが――探し始めても、彼の消えて行った屋根の上から目が離せない。

 これまで、自分は負けたことが無かった……とは言わないまでも、そうそう負けることは無かった。後輩や同期にはもちろん、先輩たちにだって充分に勝てる実力があるのだから、この敗北はパステルに大きな屈辱を、敗北感を、そして悔しさを思わせる。

「オストロン隊長……あの、魔物は」

 しかしそこらの兵士たちにとっては、ただ自分たちを蔑ろにして脱出しただけの、つまり単なる魔物なのである。
 兵士隊の指揮官らしき人物の問いによって我に帰り、それからパステルは努めて冷静な声で解散を告げた。

「奴は逃げた。……いや、逃げられてしまった。私はこれから報告に向かう。今日は解散、全員持ち場に戻れ」

 持ち場……とは言っても、この日パステルに仕える兵士たちの担当する仕事はもう無い。つまり暗に帰って良いと言われているわけで、意味のわからない研究に対する不安を抱えていた兵士たちにとって、彼女の言葉は笑顔を取り戻すのに足りるものだった。

「……あの青年なら、街で騒ぎを起こすこともないだろう」

 いちど剣を交え、何かを感じ取ったのだろうか。誰にも聴こえないほどの声で呟いて、それからパステルはマントを翻し浮かれる兵士たちと共に城内へ戻る。

 この日からメルクリオの上層部は、実験の失敗と有能な魔法使いたちの消失に頭を悩ませることとなる。そしてたった一人、召喚によって現れたエドアルドなる人物の顔を知っているパステルは……これ以上にない貧乏くじを引かされたのだった。 
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