ギルド-Guild-
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第一部
1章:新天地の旅
2話 始まりの光
光の中は暖かかった。
光の中にいるのに、目を開けることは出来た。
そこに広がる光景は光の中というより、真っ白な部屋というようなもの。それでも、感じる浮遊感がエドアルド自身に起きた出来事を鮮明に思い出させてくれる。
彼は光の梯子の中を飛んでいるのだ。
あるのはまるで死んでいた自分が生き返るかのような感覚。
心の空白に何かが染みこんでくるような、満たされていく快感。
天国へと向かう準備として、全ての罪が精算されていくようで……これから本当に神と対面するのではないかという考えが生まれてくる。
――僕は死んだ……んだよな。
あの光が僕に何をもたらしたのか。想像すれば、思い浮かぶ答えは一つしか無かった。
きっとここは死後の世界で、次なる生へ至るための道か、はたまた神の元へ赴くまでの道か。ひょっとすると全てを溶かされ消え去っている途中という考えもある。
エドアルドには、ただこの場所が暖かいということしかわからない。周りは全部が真っ白で、体の感覚から、頭の向いている方へ進んでいるのだろうという予想が立てられるだけ。
しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。
――お?
それから……おそらく十分も経っていない頃。エドアルドの行く先――つまり遥か彼方の天上に、ほんの僅かな、それこそ胡椒の一粒と見まごうくらいに小さな黒点が滲んできた。
それを見て、彼は小さく表情を動かし、それから顔を覆う戦闘用スーツの機能で視界を強化する。
「なんだ……? 石のレンガ?」
この光の梯子を抜けた先にあるのは、荘厳な神殿であるべき。というのはエドアルドの考えで、確かに黒い点でしか無い出口の先は神がいる場所にしては薄暗く、どうやらやけに埃も溜まっているように見える。
なぜ自分がまだスーツを纏っているのかという部分に疑問を抱かないまま、エドアルドは自分の思考を矯正する方を選んだ。
――またこれも、人の想像出来なかった神の居場所ってことか。
人の想像力では神の考えの御下にもたどり着かないのだろうと、エドアルドは一人で納得した。別にいまでも神を信じているわけではないが、それでもこんな場所を通っている間に影響を受け始めてしまったようだ。
だが――
「……xkjr」
「olkjkr……keksic……」
スーツによって増幅された聴覚が不思議な音を捉えた瞬間、エドアルドの思考は兵士のものに戻る。
――人の声……だよな。
何を言っているのかはまったく理解できなかったものの、聞こえてきたのは確かに人の囁く声だった。それも相当年をとっていらしきるしわがれ声と、心地よいバリトンボイスの中年男のもの。纏っていた感情は、恐らく期待と不安……そして小さな恐怖。
その時点で、エドアルドの中からここが天国へ向かう通り道だという考えは完全に消え去った。
またしても答えは消えてしまったが、しかしそれはもうどうでもいいこと。エドアルドはいつもの様に、自らの腰にある剣の柄に手を添える。
柄の頭から鞘の尻、いまは見えない刀身まで、光が反射しないほど真っ黒に染められたその剣の名前は『空心』。エドアルドの居た国――ウェルクセルにて造られた、刃が細かく振動することで圧倒的な切れ味を生み出す高周波ブレードの一振りだ。
ひとたびそれを震えば、人体などは言うまでもなく、分厚い鉄板ですら難なく切り裂けてしまう。それでいて羽のように……とまではいかないものの、相当な軽さをほこるのだから暗殺には最適な武器だろう。
エドアルドも何度となくお世話になっており、その威力に大きな信頼をおいている。
――気は抜かないように……でも、果たして話の通じない相手に対してどう出るべきか。
何をされるかはわからないのだから気を配ることは忘れず、しかしいまエドアルドには指示がない。スーツ越しの視界に浮かぶ、幾つものオンライン情報を映す仮想ウィンドウには『圏外』と表示されていて、自国に指示を促すこともできない。
つまりエドアルドは、話の通じない人間相手に自分の意思で行動することを迫られているのだ。それはもちろん、これまで兵士をやってきた彼にとっては初めてのことである。
――考えている暇も無い……か。
黒い粒はエドアルドは確認にされた瞬間から、それまでとは比べ物にならないほどの速さで拡大を始め、浮上していく彼の行く手を侵食していく。暖かさも消え始め、ひんやりと埃っぽく、書物の匂いをふんだんに蓄えた空気に包まれる。
そして光が完全に消えたとき――エドアルドの体は、薄暗くバカでかい、円形の部屋の中にあった。
「kssiffnla!!」
「ksla!」
「ksla!」
そこにいたのは、両手を何度も上げて喜びを示している二十数人の男たち。しかし彼らの言葉は何一つとして理解できず、笑顔で涙を流している者の存在から、エドアルドは自分が現れたことに何か特別な意味があるのだろうと理解する。
地面には、部屋の形に沿って余すところ無く描かれた不思議な文様。四角形と三角形、円と文字らしきクネクネのパーツだけが使われていて、ほんのり光っていることから神秘的な雰囲気を醸し出していた。
記憶の底を漁ってみると、このゴツゴツとした石レンガの地面に描かれている文様はエドアルドも似たようなものを見た覚えがある。
――魔法陣……ってやつか。
はるか昔の時点で科学によって淘汰された『魔法』。その夢を追う者が書いた本で魔法陣と呼ばれていた模様に、地面のそれはピッタリ当てはまる。そうなるとここにいる男たちは魔道士だろうか。確かに足首まで隠す長いローブを纏っていて、一部の者は杖まで手にしているからその可能性は高い。
少し部屋を見回してそんなことを考えていると、さっきまで喜び一色だった魔法使いらしき者たちの中に疑心が広がった。
「jgjeiso?」
小声で何やら相談を始め、チラチラとエドアルドの方を伺う。これがエドアルドの理解できる言葉だったのなら、彼らの考えていることを完全に把握することが出来ただろう。しかし残念ながらそれは叶わず、またしてもエドアルドは首をかしげざるをえない。
「keksi! kkeenssai!」
それから一分も経たず一つの怒声が響いたかと思うと、今度は困惑気味だった視線を鋭く光らせて、魔法使いらしき人々はみんなエドアルドの方へ向いた。そして、
「keosi……」
何故か全員が右手をエドアルドの方へかざす。
すると人々の体が様々な色に発光を始め、その光が粉のような物質となって部屋の中を舞い始める。
「hu!」
掛け声とともに伸ばされた手から大量の炎が放たれた瞬間――エドアルドは一気に跳躍していた。
天上の高さが幸いし、まずは一気に上まで上がった彼は、自分を囲んでいた魔法使いたちの集団の最後列へ音もなく着地する。そして、とつぜん獲物が消えたことに驚き周囲を見回している者の一人を、即座に切り払った。
胴体に線が走り、男の切り離された上部分がずり落ちる前に、もうエドアルドは次の魔法使いを捉える。
首を斬り、胴を斬り、頭頂から股まで剣を通し、混乱に混乱を極めている男たちを殺す。もはやその部屋に響くのは悲鳴と恐怖に慄く呟きだけになって、ただ逃げ惑う彼らからの反撃もなく、エドアルドにしてみれば何てことはない自衛行為となった。
――何だってんだよ、まったく……。
視界の中に動く者がいなくなったところで剣大きく振るい、べっとりと張り付いた血を落とすと、辺り一面に横たわっている男たち――いや、単なる無数の肉の塊へ視線を落とす。
「ん?」
何気なく向けた目の先……左脇から右腹までを袈裟懸けに切り取られた肉塊の胸の部分に、エドアルドは黄色く煌めく何かを見つけた。思わず近寄って見下ろしてみると、断面から零れ落ちそうになっている心臓に、何やら透き通った黄色い石のようなものが付いていることがわかる。大きさはビー玉くらいのもので、しかしそれよりもっとゴツゴツと野生的だ。
「宝石……か?」
その輝きに目を奪われ、エドアルドは幽霊に手を引かれているかのように、その石を取った。ブチブチと張り付いていた心臓から引き離し、手のひらに乗せてまじまじと見つめてみる。
「特に何も……ッ――」
何の変哲もない石かと、そう思って放り投げようとの考えが生まれた瞬間だった。
エドアルドの体のあちこちから白い光……いや、白い光の粒子が立ち上り、それが手にある石の元へと集まり始めたのだ。石を取り囲むように、まるで中から何かを絞り出そうとするかのごとく渦を巻いて、登った粒子たちはエドアルドの中へと染みこむように帰ってくる。
そしてほんの数十秒。漏れだした全ての粒子がエドアルドの中に帰り、手の中にあった石が完全に消え去ったとき――
ここがどこなのか。
自分の身に何が起きたのか。
今の現象は何なのか。
感じていた疑問の答えを全て、手に入れていた。
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