SAO-銀ノ月-
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第百二十四話
俺たちは勘違いしていのかもしれない。いや、かもしれない、ではなく、実際に勘違いしていたのだ。悲劇が起きることに前触れなんてない、そんなことは、あの浮遊城で分かりきったことの筈だったのに。
……いや、だからこそ、か。あの浮遊城での暮らしや、その後に続いた事件を終えた俺たちは、無意識に思っていたのもかもしれない。もう自分たちに悲劇なんて起こらない、と――そんなことがあるわけがない、にもかかわらず。
結局俺たちは、彼女のことをまるで理解していなかった。難病だとは自分から打ち明けてくれていたが、そこから安っぽい同情心でどんな病気なのか聞くこともなく、ただその事実から目を逸らして共に過ごしてきた。その代償は――
――風を切る。弦楽器の如き翼の音は、最初は耳障りだったものの、もはや耳に慣れてきた。脇目も触れずに飛翔していくために、ブレーキなどと考えてはいなかったが、幸いにも他のプレイヤーの姿はない。遠慮なくスピードを出させてもらうと、雲を突き抜けてその場所が眼下に広がり、まるで隕石のように着地する。
その層の名は、湖上都市《パナレーゼ》という。
「……来たね」
ゴリゴリと地面を削りながら着地した俺を迎えたのは、小柄な闇妖精の少女――ユウキだった。その格好はクエストに行く時のように武装しており、《絶剣》として名を轟かせた姿のままだった。
「決着をつけよ、ショウキ。中途半端だった決着を!」
いつになく真剣なユウキの表情に対して、何もかも全てを飲み込むような深呼吸を一つ。こちらも真摯にその感情を受け止め、ゆっくりと頷いた。
「ああ……」
以前、あのエクスキャリバー入手クエストの折、お互いにOSSを習得した俺とユウキは、どちらも試し斬りとばかりにデュエルをしていた。勝敗は、勝負に熱中したために初撃決着を忘れ、ユウキの片手剣を手で受け止めたこちらの負け。ただし確実にこちらの反撃が入る、というタイミングでの決着だったため、ユウキはいたくその結果にご立腹だった。
「……ありがと」
感謝の言葉とともにユウキの表情は微笑みに変わり、こちらにはデュエル申請の申し込みが届く。もう前回のような轍は踏まないということか、初撃決着ではなく半減決着モードによるデュエル申請。その申請にOKを押すと、デュエル開始のカウントダウンとともに、ユウキがその細剣かと見紛うような片手剣を抜く。
「ショウキは抜かなくていいの? カタナ」
「ああ、大丈夫だ」
「ふーん……」
対照的にこちらは、日本刀の柄に手をかけたのみで、その刀身を鞘から解き放つことはなかった。ユウキから警告の言葉が放たれるものの、心遣いはともかく抜刀術の構えのままこちらは動かない。
「……手加減なんて、しないでよね」
「――分かってる」
そしてデュエルが開始されるとともに、視界からユウキの姿が消える。こちらの高速移動術《縮地》のような、相手の視界に入らないほどの高速移動。
「…………」
しかしそれはユウキの得意技であると同時に、こちらの得意な技術でもあった。視界から消えるほどの高速移動というのは、ただ相手の視界の範囲から外れたというだけで、常にそんな速度で移動しているわけではない。
「そこだ!」
よってユウキの位置は、こちらが見もしていないほどの下部に潜り込んだ、沈み込むようなダッシュ。その進行地点にクナイを投げつけるものの、ユウキに近づいた瞬間にクナイは両断され、まるで届くことはない。
「はっ!」
それでも、鞘に属性付与のアタッチメントを入れる、そんな程度の足止めにはなった。疾風を巻き起こすアタッチメントが装着された日本刀《銀ノ月》を鞘から解き放つと、こちらの前方を一瞬だけ台風のような突風がなぎ払っていき、体重の軽いユウキはその横風に耐えられず空中に吹き飛んだ。
「っ!」
そこに追撃として、鞘に設えられた引き金を引くことで、刀身を弾丸のような発射する。ただし空中にいるはずのユウキは、器用に矮躯を丸めて刀身の弾丸を避け、そのまま大地に着地する。
――だがその場所には、こちらもすでに高速移動術《縮地》で接近していた。日本刀《銀ノ月》は既に鞘にしまい込み、着地の隙を狙った予備動作の少ない蹴りが、ユウキの腹部に吸い込まれていくとともに、さらに吹き飛んだユウキはゴロゴロと大地を転がった。
――危なかった。
その状況だけ見ればこちらが有利なようだったが、ユウキはこちらの剣を愛刀でガードしていた。もしもこちらの足に、仕込み刀こと足刀《半月》が仕込まれていなければ、俺の足は切り裂かれていたことだろう。
「へへ……」
そして視界の端で小さく笑みを浮かべていたはずのユウキが、次の瞬間には既に片手剣の間合いまで迫っていた。いや、ユウキの姿だけではなく、まるで弓から発射された矢の如き突きも。
「せっ!」
矢ならば一度避ければ、あとは通り過ぎるだけだろう。しかして生憎とそれはユウキの剣であり、胴体を狙った突きを左にズレることで避けた俺に、すぐさま追撃の第二打の突き――しかもソードスキルが伴った――が迫る。
それを避けられないと直感すると、ガントレットを装備していた腕で防ぐ。完全には防ぎきることは出来ずに、ソードスキルの衝撃がこちらを襲うが、その衝撃を利用して一旦は距離を取る。
「せいっ!」
ただし離れた距離は、あくまで片手剣の距離から片手剣の距離までだ。高速の抜刀術がユウキに襲いかかったが、その髪の毛を数本斬ったのみに終わる。すぐさま放たれるユウキの反撃に対し、こちらも抜刀術を放った日本刀《銀ノ月》を引き戻し、鍔迫り合いのような格好となった。
「くっ……っ!」
鍔迫り合いともなれば、筋力値でも武器の重さでもこちらが有利であり、ユウキはすぐに形勢不利を悟る。だがユウキから仕切り直そうとするより早く、ユウキに対して放たれたこちらの横蹴りが迫る。それをジャンプして避けつつも同時に翼を展開し、こちらの日本刀《銀ノ月を飛翔の勢いで力任せに弾き飛ばすと、すぐさま斬撃が――
「なっ……!?」
――放たれることはなく、ユウキの斬撃を防ごうとしていた日本刀《銀ノ月》をすり抜け、予想だにしていなかった蹴りが俺の肩に炸裂する。斬撃だけで戦ってきていたユウキから放たれたその蹴撃に、動揺して肩を抑えながら後退する。筋力値も少なくスキルを伴っているわけでもないため、特にダメージがないのは不幸中の幸いか。
「ショウキの真似、だよ!」
「俺はそんなに足癖は……悪くない!」
既に何回も蹴り技を繰り出している身としては、どうにも説得力に欠ける抗弁ではあったが。飛翔したユウキに対抗し、こちらも翼を展開するものの、飛翔の隙を与えまいとユウキも接近してくる。
「いや……そうかもな」
わざわざ飛翔の隙を与える必要もなく、急ぎ近づいてきたユウキに飛び蹴りを放つ。それ自体は避けられてしまうものの、翼をはためかせてすぐさまユウキの方に飛翔しながら、放たれていた一撃を足刀《半月》で逸らす。
「やっぱ悪いじゃん……足癖!」
「悪い!」
空中。言葉とともに放たれる斬撃を日本刀《銀ノ月》で受けるものの、一度弾き飛ばしたと思った片手剣は、既に俺の脇腹に迫っていた。まるで二刀流のような剣の振る速度に舌を巻きながら、剣がコートを突き刺した感覚に襲われる。どうやら串刺しにされることはすんでのところで避けられたようで、唱えていた風魔法が互いの距離を強制的に離した。
「えいやーっ!」
とはいえ、ユウキもこちらが詠唱をしていたことには気づいていたらしく、すぐに空中で旋回し体勢を立て直した。対するこちらは日本刀《銀ノ月》を鞘にしまい込みながら、翼を畳んで地上に着陸した。
もちろんユウキはすぐにこちらを追撃せんと、空中から真っすぐに飛翔してくる。そんなユウキが目の前にしたのは、巨大なカマイタチだった。
風魔法によって鞘の中に風圧を発生させた後、抜刀術において風圧を圧縮させ斬撃の形になって飛ばす。こちらの必殺技とも言える技の一つであり、そのカマイタチとも呼べる一撃はあらゆるものを斬り裂く。
「そんなの!」
もちろん、当たればの話だが。そのカマイタチの存在はユウキも知っており、空中を自在に飛翔するユウキには、あっさりと避けられてしまう。
「わっ!?」
ただそんなことは、こちらも承知の上だ。カマイタチはユウキに避けられた瞬間、まるで穴の開けられた風船のように破裂し、意識していない風圧がユウキの背後から炸裂した。まるでジェットコースターにでも乗っているような感覚だろうに、ユウキはそれでも目をつぶらないように見開き、剣を放さないようにしっかり握っている。
「……そこだ!」
こちらからの反撃に対抗しようとしているのだろうが、それならユウキの手と剣と目が届かない場所に攻撃するのみだ。必死にジェットコースターの風圧から逃れようとしているユウキの両翼を、背後から放ったクナイが貫いた。
「わぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして翼を失ったユウキは飛力を失い、ジェットコースターの勢いのまま地上に着陸――いや、落下した。そんな落下の勢いでHPが半減しないかと期待したものの、デュエルが決着しないところを見るに、どうやら上手く受け身を取ったらしい。
「…………」
「……残念、近づいて来ないなんて」
ユウキの落下地点――土煙があがってよく見えない場所に、俺は近づくことはなく容赦なく観察する。そして大地に流れる風によって土煙が晴れていくと、愛刀を如何なるソードスキルにでも対応出来る構えでもって、ユウキがこちらを待ち構えていた。予想通り、落下の隙を狙ってこちらが攻め込むのを、逆に利用してやろうという腹積もりだったらしく。
「危ない、危ない」
「そんな平気そうな顔で言われてもなー」
こちらも反応速度と高速の斬撃には自信があるつもりだが、細剣が如くカスタマイズされたユウキの片手剣は、明らかにこちらの日本刀の斬撃より早い。翼を奪ったとはいえ、下手に近づいたらやられる、というのは変わらない。
「……なんて。ショウキは平気そうな顔して、内心『近づいたらヤバかった……』とか思ってるんでしょ?」
「……黙秘する」
どうしてバレてるんだ――と、内心では頭を抱えていると、ユウキが構えていた剣を平常時に戻していく。いや、平常時に戻しているのではなく、元とはまるで違う構えに変わっていた。
「でも……そろそろ、決着をつけようかな……」
その構えはあらゆるソードスキルとは違うもので、故にあるソードスキルであると示していた。この世界で彼女にのみ許された、オリジナル・ソードスキル――マザーズ・ロザリオ。
以前、ユウキにその名の由来を聞いたことがある。すると照れくさそうに笑った彼女は、『昔、お母さんが神様の話をしてくれたことがあって』と、嬉しそうにもしながら語ってくれた。
特に宗教のことは詳しいというわけでないが、ロザリオとは神に祈りを捧げるための、日本でいう数珠のようなものだったはずだ。マザーズ・ロザリオ――母の祈りとでも言うべく名付けられたそれは、神速の十一連撃を誇るソードスキル。
「…………」
それに対抗するためには、俺の力だけでは足りない。システムアシストを借りなくては、ユウキの速度にはついて来れないだろう。そしてソードスキルを使えない俺が、システムアシストを得ることが出来るのは、こちらも同様にOSSしかない。
日本刀《銀ノ月》を突きの態勢で構え。剣先にユウキの胸当てを捉えると、こちらもいつでも四連撃OSS《無明剣》を発動する準備が整った。かなりの距離が離れてはいたが、俺たちにとっては一足飛びの距離であり、お互いにOSSを構えて睨み合いとなった。
どちらが先にOSSの初撃を当てるか、相手の隙を狙いあってジリジリと距離を詰める。まるで永遠に続くかのような一瞬であり、事実、この瞬間は当人たちにとっては永遠となる。
「来ないなら……こっちから行くよ!」
その瞬間を破ったのはユウキだった。姿勢を低くした神速のダッシュに、今度はその位置を見失わないように、突きの態勢を維持しながら迎え撃つ。こちらのOSS《無明剣》は、音速の突きを三段、同時に別の場所に放った後、トドメの横斬りを放つOSS。同時に放たれる三段突きに対しては、流石のユウキもOSSのシステムアシストに身体が縛られている状態で、三段突き全てを避けることは出来ない。
しかし、その発動より先にユウキのOSS《マザーズ・ロザリオ》が発動したならば、対して十一連撃を防ぐ手段は俺にはない。それにOSS《マザーズ・ロザリオ》が発動してからでは、こちらがOSSを打つ暇などありはしないだろう。
よってこの勝負は、どちらが先に自らが心血を注いで作り出したOSSを、相手に炸裂させるかの勝負。ただしタイミングを間違えて空撃ちしてしまえば、それは相手に多大な隙を晒すことになる。
「やぁぁぁぁぁっ!
「っ――!」
ユウキが裂帛の気合いとともに、こちらに近づいてくる。OSS《無明剣》の必殺の射程まで、あと五、四、三、二歩――
「ユウキ!」
――結論から言ってしまえば、OSS《無明剣》がユウキに届くことはなかった。だが、ユウキのOSS《マザーズ・ロザリオ》が、俺に届くことも同様になかった。
「あ、れ……?」
……そしてその瞬間は、この先、永遠に来ることはないだろう。
「ショウキ……? ショウキ……どこ……?」
「……ここ、だよ……」
「そっか……あったかいね」
ユウキは疾走の途中に、まるで操り人形が糸を失ったように、突如として力を失った。剣を握っている力すら維持することが出来ずに、愛刀を取り落として倒れ伏すのを、急いで日本刀《銀ノ月》を投げ捨てた俺が抱き留めた。
「もう時間なんだね……最期ぐらい、もうちょっと時間をちょうだい、神様……」
耳元でそうして呟くユウキが、まるでどこかに消えてしまうような錯覚に陥ってしまい、抱き留める力を強くしてしまったところ――俺は確信することになった。この彼女が消えてしまうのは、錯覚でもなんでもないのだと。
――この日、アスナからあるメールが届いた。内容は、とても信じられないものであったにもかかわらず、まるで頭の中から離れることはなかった。
ユウキの容態が急変したと、ユウキの主治医を名乗る者から連絡があった、と。ユウキからメールアドレスを聞いていたその人物は、ユウキがよく話していたというアスナに、最期を看取って欲しいと連絡を取ったのだ。
そこで俺たちは初めて、ユウキの身体をずっと侵していた、病魔の名前を知ることとなった。後天性免疫不全症候群――通称、エイズ。医療に携わる者でなくとも、その名には聞き覚えがある名前に、俺は居ても経ってもいられずにALOにログインした。
ALOにログインしたところで、俺に出来ることはない――それでも、ただ黙っていることは出来なかった。恐らく、アスナのメールを見た、他のみんなもそうだろう。そうして前回ログアウトした、リズベッド武具店の二号店に現れると、俺を待ち構えていたような人物に会った。
「……どうも、ショウキさん」
「テッチ……」
ユウキが大変なんだ――と言いそうになった言葉を、すんでのところで俺は飲み込んだ。俺が知っているのに、同じスリーピング・ナイツの仲間が知らないわけもなく――ユウキがどんな状況なのか知った上で、この糸目のノームは俺を待っていたのだ。
「ショウキさん……ユウキを、怒らないであげてください。共に遊んだ初めての『友人』たちに、エイズのことを打ち明けることは出来なかった……」
感情というものを感じさせない――いや、無理やり抑えつけているような表情のテッチから、そんな言葉が告げられた。
かつてユウキから、難病を患っていて治療中だとは聞かされた。メディキュボイドという環境のことも――だが、既にエクスキャリバーの入手クエストを共に行く間柄になっていた俺たち、いずれ死に至る病だとまではユウキは言えなかった。
もっと違う出会い方をしていたならば、彼女の真実を知ることが、彼女にもっとしてやれることがあったのだろうか――
「……湖上都市《パナレーゼ》。そこでユウキが待っています……行ってあげてください。デュエルの決着を、つけたいと」
――いや、そんなことは今更語ることではない。それに今からでも出来ることはあると、こうしてテッチが震える唇から紡いだ言葉で伝えてくれた。
「……テッチは行かないのか?」
「最期の挨拶は、しないことにしてるんです……お互いに」
そうしてリズベット武具店二号店の扉を開くと、俺は一路、湖上都市《パナレーゼ》に向かい――こうして、ユウキと対面した。力を失ったユウキの表情を見ないようにしながら、大きな木の下に二人で歩いていく。
「ボク……この世界にいた証が欲しかったんだ……」
隣に座るユウキがとつとつと語りだした。その言葉に相槌を打ちながら、俺はユウキとともに、どこまでも広がる空を見上げていた。自由自在に飛翔できる、あの空を、
「ずっと……ずっと考えてた。死ぬために生まれてきたボクが……この世界に存在する意味はなんだろう……って。何を生み出すことも与えることもせず……たくさんの薬や機械を無駄遣いして……周りの人たちを困らせて……自分も悩み苦しんで……その果てにただ消えるだけなら……今この瞬間にいなくなったほうがいい……何度も、何度もそう思った……なんで……ボクは……生きてるんだろう…って……ずっと……」
友人となったセブンと戦う原因ともなった、スリーピング・ナイツのみでのフロアボス攻略も、そんな彼女なりの生きた証の証明法だったのだろう。この世界に自分たちがいた証に、パーティー全員の名前を残す――奇しくも、同じことをかつての仲間は考えていたらしい。
「そしたら……クロービスの幽霊がさ、ボクに聞いたんだ。『お姉ちゃんは、何か目的があって生きてるの?』……ってさ」
かつて、スリーピング・ナイツで戦っていた仲間だという、クロービス。彼はかつてスリーピング・ナイツが戦って――生きていたVRMMOに、自分たちの活動記録を残したプログラムと、自らの名を冠したAIを遺していた。
「その言葉でさ、ずっと探してた答え……見つかったよ。意味なんて、なくていいんだって……ボクだけじゃなく、みんな、生きてる意味なんて、生きてる間は分かんないんだって……」
「……ユウキ。ユウキがいてくれたおかげで、ルクスはグウェンとまた仲良くなれた。レインとセブンは姉妹として再会出来て……俺も、俺だって!」
一度でも口にしてしまえば、もう溢れ出してしまう。デュエル中にずっと抱いていた気持ちが、止まることはなく流出していき、言葉としての意味すらなくなっていく。
「こんな展開……認めないぞ……認めてやるか!」
「……ふふ。ありがと……ボクの最期のデュエルに、何も言わずに付き合ってくれる、優しい……優しい、見栄っ張り」
そう言って、ユウキは立ち上がった。彼女がどんな表情をしているのか、怖くて恐ろしくて見れなかったが、向かい合ったその表情は、朗らかに笑っていた。今すぐ泣き出したいぐらいに怖いだろうに、ユウキはもう一度しっかりと片手剣を握りしめた。
「fylla heill austr……」
デュエルで傷ついていたユウキと俺の傷を、一応程度に取得していたヒールの魔法で回復する。……もちろんヒールで回復出来るのは、アバターの傷だけだが。
「ねぇ、優しい見栄っ張りさん。最期に……もう一つだけ、お願いしていいかな? ついでにそれを、見なかったことにして欲しいな……」
「ああ」
もちろん断る理由もなく、彼女のお願いを聞きながら、愛刀を鞘にしまったユウキの隣に立った。すると先程倒れた時のように、ユウキがこちらにしなだれかかってきた。また力を失ってしまったかと慌てたが、俺の背中に回された手は、震えながらもしっかりと俺の身体を抱き留めていた。
「死にたくない……」
――絞るような小さい声。まるで聞き間違いかのような声だったが、俺の胸元から聞こえてくる少女の声は、泣きじゃくる音に混じって徐々に大きくなっていく。
「死にたくない……死にたくない……死にたくない死にたくない死にたくない! ボクだって、まだここにいたいよ! ここで……みんなと生きてたいよぉ……」
ずっと隠してきた、彼女の偽ることのない正直な気持ち。どこか超然的な雰囲気を漂わせていて、自らに待つ最期に常人には計り知れない覚悟をしてきた少女の、最初で最期の本当の気持ち――今は、その本音を、誰も聞いてはいない。
「……ごめん。ありがと、忘れて……」
そうして俺から離れていったユウキに、もうどこにも涙はなかった。いつも通りに朗らかな笑顔だったが、今はどこか脆い。
「ユウキ!」
するとアスナもまた、この場所にたどり着いた。悲痛な表情を隠してユウキに語りかけるアスナに、ユウキもまた笑顔で返すと、ゆっくりと振り向いた。
そこにあるのは、俺たちが今まで寄りかかっていた大木。その大木に向かって、ユウキは先程と同じ構えで鞘から愛刀を解き放った。
「やあっ!」
そして炸裂するOSS《マザーズ・ロザリオ》――すると大木に魔法陣が浮かび上がり、アスナの手に魔法陣から浮かび上がった巻物が渡される。OSSを習得した者が一つのみ作り出すことが出来る、OSSを受け継がせることの出来る巻物――あれもまた、ユウキがこの世界にいた証なのだろう。
「私に……くれるの……?」
「うん……やっぱり、アスナしかいないかな、っ、て……」
「ユウキ!」
そしてOSS《マザーズ・ロザリオ》で全ての力を使い切ったかのように、ユウキはまたもや倒れ伏した。アスナがその身体を抱き留めたものの――もう、ユウキに生きる力はないのだと、直感的に理解できた。
「約束するよ……私がこの世界から旅立つ時が来ても、この技は誰かに託す……あなたの技は、ずっと生き続ける……から……だから……」
「お願いね……あれ、変だな……痛くも苦しくもないのに、力が入らない……でも――」
その先を、アスナが言葉にすることは出来なかった。我慢していた大粒の涙が、ユウキにポタポタと流れ落ちていったからだ。
「――音が聞こえる」
その飛翔音に気づいたのは、ユウキが最初だった。それはこの世界の妖精たちが飛翔する際に発生する音で、その飛翔音の先には――数え切れないほどのプレイヤーたちがいた。
「なんだ……みんな、最期の挨拶はしないって決まりだよ……スリーピング・ナイツは……」
それは俺とリズが新生ALO開始の時に見た、あのフェアリィ・ダンスと同様のものだった。ユウキはその妖精たちが見えるのか、アスナに抱かれながらそちらに笑いかけていく。
「ルクス……グウェンとまた仲良くなれて……セブンもレインもスメラギさんも、仕事あるでしょ……あっちは打ち上げでデュエルしたサラマンダーの人で、向こうの人は……シャムロックの……」
スリーピング・ナイツや俺たちといった友人たちや、共に戦ったことも多かったシルフやケットシーだけではなく、フロアボス攻略の打ち上げの際にデュエルしたサラマンダー、セブンと共に戦ったシャムロックのメンバー――数千を超えるメンバーが、この場に向かっていた。
「ボク、この世界に来て良かった……こんないっぱいの人に見送られて……大好きな人の腕の中で、旅を終えられるんだから……」
――ボク、がんばって、生きた……ここで、生きたよ……
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ありがとう
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