提督はBarにいる。
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目出度い鯛でお祝いを・1
昼下がりの鎮守府・武道場。柔らかな陽射しの差し込む場内ではあったが、室内の空気は張り詰めている。
「行きます!」
「来い」
向き合うのは大小2つの人影。両者は互いに得物であるナイフを手にしていた。勿論、殺し合いではなく訓練であるのだが、その手に握られているのは紛れもなく真剣ーー模造品ではない切れるナイフだ。本物で対峙する緊張感が無いと訓練にならないという相手からの申し出で使っているが、何も訓練で……と大きい方の影である提督は呆れていた。そんな気の弛みを感じ取ったか、向かい合っていた小さい影が打ち込んで来た。キン!という甲高い音が場内に響く。体格に似合った素早い踏み込みからの刺突。悪くはない、悪くはないが得物の特性から考えるとそれは悪手だ。
ナイフというのは刀や脇差しよりも刃渡りが短く、どうしても破壊力や間合いで劣ってしまう。その為、映画や小説等では一撃必殺を狙う戦い方か、トリッキーな動きで相手を惑わす動きが多い。提督が相対している相手もまた、そういう動きをしている。ナイフを水平に構えてみたり、右や左に持ち替えたりという動きだ。しかし、そんな動きに惑わされる提督ではない……が、これは相手を鍛える為の訓練。口出しはせず、打ち込んで来るのを待ち構える。その後も何度か刃を合わせ、十分にナイフの存在を印象付ける。
『……そろそろか』
俺は頃合いだと判断して、とある『罠』を張った。仕掛けるのは次に刃を合わせたその瞬間だ。大きくバックステップした相手が飛び込んで俺のナイフと打ち合った。その瞬間、俺がナイフを取り落とした。相手はそれを拾おうと屈むーー掛かった。その飛び込んでがら空きになった横っ腹に、すかさずボディーブローを叩き込んだ。
「痛っ……ぐうぅ」
「北米のインディアンに伝わる奥義でな。相手に得物を印象付けた後にわざと落として、相手の動きをコントロールするんだ」
取り回しがしやすい、というのはそれだけ戦略の幅が広いという事でもある。その引き出しの多さもナイフ使いの強味である。まぁ、俺は講釈垂れるよりも実地で教えた方が早いからな。
「さ、次だ。行くぞ初霜」
「はいっ!」
相手をしていたのは初春型4番艦・初霜。改二となって対空と運が強化された駆逐艦娘である。本人はそれだけで飽き足らず、近接戦闘も強くなりたいと俺に指南を求めてきた。そういう青臭い努力家は、俺も嫌いじゃない。
それから一時間程、初霜の訓練に付き合った。身体中、切り傷やら青アザだらけで何とも痛々しい。やった本人の台詞じゃねぇ、と言われればそれまでだが。
「うし、今日はこのくらいにしとくか。お前は大淀に言ってバケツ用意して貰って、風呂入れ」
ここでいう風呂は入浴ではなく、入渠の事だ……って、説明せんでも解るか。まぁとにかくとっとと傷を治させる。
「ありが……とう、ございました………」
ズルズルと左足を引きずりながら、入渠ドックへと向かう初霜。その後ろ姿が完全に見えなくなった所で口を開く。
「妹がいたぶられてる所を覗き見たぁ、感心できた趣味じゃねぇな?初春よ」
「なんじゃお主、気付いておったのかや?」
物陰から姿を表したのは初霜の姉である初春型駆逐艦の1番艦である初春。今日は遠征の予定だった筈だが、何故だかクーラーボックスを抱えている。
「あぁ、これかや?遠征に向かう途中で襲われている漁船に出くわしての。助けたらばお礼にと頂いたのじゃ」
まぁ、お陰で遠征の燃料やら弾薬が足りなくなって引き返して来たがの、とカラカラ笑っている。遠征の部隊は既に入れ替わりで他の連中が任務を引き継いで向かったらしい。流石は大淀、アクシデントの対応が早い。
「それで俺の所に持ってきた、ってワケか。……んで?中身は何だい」
「これじゃ」
パカッと開けると、そこには見事な真鯛と金目鯛がクーラーボックス一杯に納められていた。
「おぉ、見事な桜鯛じゃねぇか」
真鯛の旬は2~4月。5月に産卵する為に沖合いから沿岸部に寄ってくる。丁度桜の季節と被る上に、見事な桜色に鱗が染まるから桜鯛と呼ばれる。
「そうじゃろう?今宵はこれで初霜を労ってやろうと思うての」
「ほぅ、悪くねぇな」
「なので提督よ。料理はそちに任せたぞ?」
これだけ見事な鯛を見せられちゃあ、俺の腕も疼くってモンだ。
「あぁ良いぜ、今晩2人で来な」
さぁて、こいつで何を作るかな……?
開店と同時にやって来た客がハケて、一段落した午後7時頃。初春が初霜を引き連れてやって来た。
「らっしゃい」
「提督よ、約束通りに来たぞえ」
「こ、今晩は……」
「準備できてるよ。今夜は鯛のフルコースだ……おっと、その前に何か飲むかい?」
カウンターに腰掛けた2人は似たように腕を組んでう~んと唸っていたが、
「やはり、魚を食べるなら日本酒でしょうか?」
「そうじゃのぅ。何かオススメはあるかえ?」
オススメを尋ねられて、俺はそういう事ならと一升瓶を出してやる。
「『本仕込 浦霞』……宮城の酒なんだがな。柔らかい口当たりと爽やかな香り、端正なキレが特徴で魚との相性がいい。冷やでも熱燗でも美味いぜ」
「ほほぅ、ならばそれを貰おう……して、最初の肴は何じゃ?」
初春の言葉に俺は不敵にニヤリと笑う。
「最初はシンプルに刺し身と『昆布締め』だ」
《そのままでもお茶漬けでも!鯛の昆布締め》
・鯛の刺身:サクで1枚
・昆布:2枚
・粗塩:小さじ2
・酒:100cc
まずは昆布だ。乾燥した状態の昆布をバットのような容器に入れ、酒に浸して10分程置いて戻してやる。鯛の身は食べやすい大きさにカット。……あぁ、勿論スーパーで売ってる引いてある(切ってある)状態の刺身を買ってきてもOKだ。
昆布の1枚を酒から引き上げて酒を切り、粗塩を振る。塩を振った面に刺身を並べ、その上から塩を振る。そしてもう1枚の昆布も酒を切って上に重ねたら、ラップできっちりと包む。汁漏れ対策にバットに入れて、全体に均等に重さが掛かるように皿などで重石を載せたら、冷蔵庫にIN。大体4時間位で食べ頃になるぞ。勿論、更に長く置いておけば昆布の風味が更に染み込んで豊かな味わいになる。晩酌に半分食べて、残りは昆布に包んでおいて朝に茶漬けで……なんてのもオツなもんさ。
「はいよ、刺し身と昆布締めの盛り合わせに、浦霞の冷やだ」
「さぁ、遠慮せずに食べるがよいぞ初霜。今宵は妾の奢りじゃ」
「えぇ?でも……なんで?」
初春の奢りだと聞いて首を傾げる初霜。特に誕生日などでは無いし、大きな作戦の打ち上げでもない。お祝いするような事があっただろうか?と不審に思っている。
「そちは提督から一本取っておったではないか。これまで取れなかった相手からの一本……十分に祝う事じゃと思うがの?」
「み、見てたんですか姉さん!?」
ボッ、と効果音が付きそうな位に初霜の顔が赤くなった。そう、今日の俺との訓練で初霜は最後の最後に俺から一本取って見せた。これまでは一方的にやられるばかりだったのに……だ。
「ほほほ……妾にかかれば当然の事よな。ささ、遠慮せずに食うがよい」
「じゃあ……いただきます」
昆布締めはわさび醤油もいいが、三杯酢も美味い。一切れ摘まんで、三杯酢をちょいちょいと付けて口に放り込む。二度三度咀嚼して口に味が広がった所に浦霞を流し込む。柔らかな口当たりのお陰でスルスルと口に入っていき、昆布締めの旨味と混じりあって得も言われぬ絶妙な味を醸し出す。
「ふわぁ……美味しい」
「そいつぁ何よりだ。さぁて、まだまだ料理は出てくるぜ」
さぁ、色々な料理を味わって貰うとしよう。
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