小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~
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第十五話 作戦発動 その②
前書き
遅くなってすまんのじゃよー。
やっとこ片がついたのじゃよー。
「それまで!勝者アルフレット・フォン・グリルパルツァー生徒」
シュテーガー校長の人選が完璧だったのか、悪魔どもが居眠りしたふりをしながら何か小細工をしていたのか。
その後も番狂わせが起こることはなく、試合は順調に消化され、オフレッサー大将への挑戦権はブルーノとホルスト、俺を入れて四人までが埋まった。
残っているのは、アレクとシュラーとオイゲン公子の三人。
他の有象無象は士官学校生一人を除いて全員、潰し合って消えてくれた。最高の展開だ。これなら追加で小細工をする必要もなく、最初の予定通りに戦えばいい。
「やったな、アルフ」
「ああ、完璧なタイミングで決まったよ」
「日頃の訓練の成果だな」
俺たちがアレクとシュラーと学生らしくハイタッチして勝利を祝い、お互いの健闘を祈っている後ろで、オイゲン公子は顔を真っ赤にして唸っていた。どうやら完全に間違いに気づいたようだ。あとは負けて思い知るだけだ。
「アルフは明日からもう少し訓練の時間を増やした方がいいな。さっきの試合、最後の三十秒はぎりぎりだったよ」
「同感だ。実戦なら死ぬか捕虜になっていた」
「うがああああ」
すでに皇帝陛下のお役に立てると自負していた自分よりずっと強いと分かった俺たちの反省会を聞いていられなくなった公子が自制の限界に達して立ち上がりかけた瞬間、審判が絶妙のタイミングで公子とシュラーの試合の開始を宣言した。
「残り人数が奇数のため、機会の公平を期するべく以後の試合はトモエ式で行う。二連勝した者を勝者とする。でははじめ!」
トモエ式、古代日本において編み出された多人数での決闘の決着法、古式の表記法で書けば『巴戦』。無論最初から予定の展開だ。
公子にしてみれば突然のルール変更、顔を真っ赤にした公子が不満を言い出すのではないかと俺はちょっぴり不安だったが、そんな領域を遥かに越えて頭に血を上らせた公子は獣のような唸り声以外いかなる言葉も発せず、不安の表情を作って見守る俺たちを怒鳴りつけることもなく、執事の捧げ持った斧を受け取って試合場に上がった。
一瞬胸を撫で下ろしかけたが、公子の顔、背中を見た瞬間安心感は一瞬にして消え失せた。
誰に対してのものが主なのかは分からないが、怒気が全身から陽炎のように立ち上っている。
まずい。
公子の目に見えるほどの怒気に俺の脳裏から薔薇色の未来が消え失せ、代わって最悪の、論外の未来図が展開した。
『なるべく長引かせろよ』
この期に及んで小細工をする危険は考えないでもなかったが、俺は戦斧を構えるシュラーにアイコンタクトで予定変更を指示せずにはいられなかった。公子が怒りの威力でシュラーを一蹴し、アレクを最初の一撃で粉砕してしまいでもしたら、計画は全て崩れ去る。
『了解、アルフ』
『時間もだけど、公子を動かして消耗させて』
ハンドシグナルで追加の指示を出しているブルーノも思いは同じのようだった。頬に冷や汗が伝っている。
試合が始まると、不安感はますます大きくなった。
「どうした!幼年学校の訓練とはその程度か!」
「シュラー!」
戦斧の唸りに体がすくむ。刃と刃が撃ち合う金属音に心臓が飛び出しそうになる。
理性では雄叫びをあげて攻め込むオイゲン公子の勢いが続かないと分かっていても、攻め込まれたシュラーの後退が擬態と分かっていても、思わず声が出てしまうほどに、立ち上がってしまうほどに、俺たちは動揺していた。試合時間が五分を越える頃にはシュラーが俺たちの指示を守って試合を引き延ばしていることも忘れ、早く決着してくれ逆転してくれと本気で願い始めていたほどに。
『えー、ゲロ袋に紙おむつ、電気ショックに棺桶はいかーっすかーっと』
『ばうっばーう』『がうっがーう』
物売りの仮装までして好き放題にふざけ回る悪魔と楽器をめちゃくちゃに掻き鳴らして騒ぐゆかいなしもべたちを怒鳴りつけて追い払う余裕すらない恐怖の時間は終わってから確認すると二分以上も続いた。
「あっ」
「……勝負あったな、寒門の子」
「芝居がうまいのも考えものかも。心臓に悪いよ」
ブルーノが心臓のあたりを手で押さえながら、反対側の手の親指だけを上げるのを見て、俺はようやく平常心を取り戻すことができた。
「それまで!最終戦第一試合、勝者オイゲン・フォン・ツィンマーマン生徒。続けて最終戦第二試合、アレクサンデル・バルトハウザー生徒」
倒れたシュラーに戦斧をつきつけながら肩で息をしているオイゲン公子の姿、そしてこちらも倒れたまま右手の親指だけでうまい芝居だったろうと自慢したシュラーが引き上げてくるころには、うますぎる役者に肘鉄をくらわせ次の役者に出番を合図するとともに演出の変更を指示する余裕も戻っていた。
「最終戦の第一試合、第二試合ってのもなんだかおかしな言い方だな」
「文学者だね」
「そうだな、ひとつ騎士物語でも書いてみるか」
「騎士物語なら、君はろくな死に方をしないね。僕は天を仰いで死ぬ役回りになりそう」
「嫌なことを言うなよ」
一息ついた俺たちがおちゃらけながら──精神状態を回復させるには寝ることの次に効果が高い方法である──見守る前で、アレクとオイゲン公子の試合は予想通り、筋書き通りに展開した。
「お前は本当に平民の子か!!」
序盤の攻防、アレクの怒涛の攻めをかろうじてしのいだオイゲン公子の驚いた声が試合場に響く。
アレクとオイゲン公子は勢いはともかく、動きの早さも手数の多さ、一撃一撃にこめられた力もまるで比べ物にならなかった。アレクは試合開始からいきなり、次の試合のことを考えているのか心配になるほどの骨惜しみない動き、激しい攻撃であっという間にオイゲン公子を追い込んだ。
本格的に鍛えていない悲しさ、十合も打ち合い、三分も走り回ると公子は連戦の疲れもあって、息が切れて防戦一方になった。
「ツィンマーマン生徒、無理はするな!バルトハウザー生徒は父親から手ほどきを受けている。バルトハウザー大佐は平民とはいえ突撃戦功章三度の勇者、その子とあれば負けても恥にはならん!」
幼年学校生を引率してきた教官が無理はするなと制止する。もちろん仕込みであることはいうまでもない。名誉心と羞恥心を刺激した効果は抜群だった。ふらふらになっていたオイゲン公子はたちまち勢いを取り戻し、雄叫びをあげてアレクに突進した。
だが、勢いだけで実力の差を埋められるわけもない。アレクは公子を軽くいなすと本格的な攻撃に移った。郎党はここで負けてやるのだろうがアレクは当然、手は緩めてやらない。それどころか嵩にかかって、本当に殺す気かと思うほどの激しさで──卑怯な喧嘩技も使って──攻め立てた。頭上に斧を構えて頭への一撃を防ごうとする公子の斧の柄の上から、アレクの斧が何度も叩きつけられる。公子の膝が震えだすと、斧の柄が足元を素早く払う。
「汚いぞ!!」
足元を攻められ横転しかかった公子の口から怒りの叫びがあがった。身勝手な怒りに自分の愚かさへの理解も何もかも吹き飛んだようだったが、それもわずか数秒のことだった。
「叛徒ってやつらはもっと汚いぜ、おぼっちゃん」
アレクが動じることなく言い返すと、公子ははっとした表情になって動きを止めた。
「いただきだ!」
再び、アレクが足元を払う。足払いをよけて崩れた体勢のまま振るわれた公子の戦斧をかわしたアレクが戦斧を三度振るうと、公子の戦斧は持ち主の手から跳ね飛ばされて試合場の床に転がった。
仕掛けは完了。残るは、説得だけだ。
「出番だね」
「ああ。ルーカスのな」
公子の怒りも憎悪もない、虚脱した表情に脚本を一部修正する必要を感じながら、俺はブルーノに頷いた。
後書き
オイゲン悟りすぎ。
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