ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
天然は迷子で、迷子は天然で
何だか情けない野郎二人の声が聞こえたような気がして、天然ふわふわ系女子ネモフィラは振り返って天空を仰いだ。
ALO大陸の中央にそびえる巨大な大樹、《世界樹》に抱えられた形で高空に浮かんでいるイグドラシル・シティの特性として、空のある程度の面積が世界樹の巨大な幹やら枝やらで常時塞がっている。
そのため天候は抜けるような蒼だったが、その一割ほどは世界樹で黒く塗り潰されていた。
だがそのどこにも音源を見つけられなかったネモフィラは、小さく小首を傾げて、そこら辺の屋台で購入したコロッケを小さく齧った。
見た目だけは普通に現実にもあるような揚げコロッケなのだが、いざ食べてみるとその中身はイモでも蟹クリームでもカレーでもなく、なんとミックスベリージャムだった。
なんとも微妙な顔つきになりそうなものだったが、タイ焼きとかと同じく最近のコロッケ業界も明後日の方向に走り出しているのかもしれない、と前向きに考えだしたら何となく気にならなくなるのだから、人間なんて不思議なものだ。
揚げ物特有のカリッとした衣の食感とベリージャムのねっとりした甘さを口の中で転がしつつ、ネモフィラは猫妖精に特徴的な、ネコ科動物に生えていそうな尻尾をくねらせた。
「はぁ~、探してもいないものですねぇ~」
彼女が空いている手に持っているのは、一枚のメールウインドウだ。とはいっても、彼女個人に向けたメールではない。一斉送信でネモフィラ含む狼騎士隊に名を連ねる全隊員へ向けられた量産メールだ。
依頼内容が詳しく書かれてはいるが、一度読んでしまったそれらは置いておいて、ド天然少女が見ているのは添付された一枚の画像データだ。
映っているのは、一人の少女。
少女というより、いっそ幼女と言っても間違いでもないような眩しいまでの幼さに、特徴的なシルクのような真っ白い長髪。そして大きな瞳を構成する瞳は猫のように左右で違う色で、黄金と白銀の輝きを放っていた。
お人形さんみたい、と思うと同時、ネモフィラは若干疲労の滲む吐息を吐き出す。
「特徴的だし、最初は簡単だと思っていたんですけどねぇ~」
彼女――――いや、彼女を含むフェンリル隊の面々が今やっているのは、いなくなった迷子の捜索だ。
過剰な人数だと思うだろうか?
だが、迷子の捜索とは、えてして人海戦術になりがちだ。というのも、合理的な行動をとらない迷った人間というものを確実に捕捉するためには、点でやるより面で捜索ポイントを潰していくローラー作戦が適任だからだ。
種族そのものの人数が多く、女子特有の謎のネットワークが広い彼女達は、そういう意味ではこれ以上ない人員配置だろう。
現に、ネモフィラが今メールの文面をわざわざ開きっぱなしにしている理由は、こうしていないとメール画面が次々更新されて、本命のメールが流されて行ってしまうからだ。
イグシティ、並びに下部のアルンにまで散らばって捜索しているフェンリル隊の面々から上がってくる報告はまるで洪水。追いつくだけで精一杯のそれらを、我らが副隊長は涼しい顔で処理しているのだろう。
そういう意味では、あの地位には彼女以上の人材はないだろう。もっとも、それはヒスイ自身にとって否定したいことなのかもしれないが。
とはいえ。
「うぅん、ここまで人手を駆りだしてるのにまだ捕まらないなんてぇ、かくれんぼの達人さんだったりするんでしょうか~?」
目撃証言はある。
だが、それは捜索隊の当人達が見たのではなく、第三者からの情報提供だ。時間も正確性も、提供された身として忍びないが、何より真偽が不透明であるその情報をまるまる鵜呑みにするのは、集団を操る上ではいささか危険だ。
しかもそれを信じるにしても、当の迷子ちゃんの出現地点がバラつきすぎている。イグシティ直下の央都アルンで目撃された三分後にイグシティのド真ん中で目撃されているらしいから分からない。
―――転移魔法なんて実装されてましたっけぇ~?
ネモフィラはまるで見当違いなことをほわほわ考えながら、おとがいに人差し指を添えた。
ともあれ、動かないことには見つかるものさえ見つからない。
むん、と小さく気合いを入れるケモミミ少女は、突如
「ふぁぎゃッッ!!?」
物凄い怪音とともに転倒することになる。
理由は尻尾。
ケットシー族特有の三角耳と尻尾は、もちろん人間には存在しない器官だが、どういう仕組みなのか感覚はある。あまり慣れていないプレイヤーは、いきなり強い刺激を受けると《すっごいヘンな感じ》がするのだ。
たとえば今のように――――思いっきり握りしめられると。
「な、ななな何なんですかぁいったい!?」
身体を起こそうとすると、背中にのしっという、どう考えてもアバター単体の重みではないものが加わる。背中に伝わる丸っこい感触にネモフィラは全身の毛を逆立たせた。
「こ、ここなッ、子泣きジジイッ!?」
「むッ、失礼な!マイはまだぴちぴちだし、そもそも性別からして違うんだよというか仮想世界の中で妖怪とかぷぷぷって笑えると思うんだけど今はとりあえず歩きっぱなしで疲れた身にこの背中は結構いい具合だからちょっと安楽の地にしたいかも定位置にしようそうしようふふーんどうだ胸が密着する大サービスだぞー」
てなわけで背にかかる生暖かい体温の塊が重みを増す――――が、台詞の後半にあったような感触はない。もう薄いのを通り越して、なんかコツコツとした硬さが伝わるだけだ。
だがネモフィラとしてはそんなことはどうでもいい。
背中のぞわぞわ感がクライマックスに達した天然巨乳は両手を頭上方向から後ろへ回し、背中にくっついているものをがっちりホールドすると、ちぇいさー!とばかりに顔の前へ引きずり出す。
すると。
「……あれ?」
ぶらん、と逆さまにぶら下がっていたのは、真っ白な髪を持つちっこい少女だった。
どこかで見たけどどこだったっけ?といつものようにド天然を炸裂させた少女は首を傾げる。
上下反対になっている女の子も仕草を真似て首を傾げていた。
よっしゃでかした連れて来い今すぐに、なう。
というのが狼騎士隊の副隊長から(速攻で)送られてきたメールの内容であった。よっぽど進展がないのにご立腹だったらしい。いや、ドヤ顔で受けておいてパッとしない成果を早い所塗り潰したいのか。
という訳で連行。
時代劇よろしく本当にお縄にかけられた真っ白な少女は、当然ながら大人しくしているタマではない。
アレ欲しいコレ欲しいお腹減ったなど、とにかく騒ぎまくる。
縄でふん縛っているという罪悪感も相まって、何となく市中引き回しの刑をしている気になってくる。周囲の視線が痛い。
だが。
「ふぅ~ん、《縄が巻きつけられた》ってことは普通のプレイヤーじゃないんですねぇ。とはいえ、NPCでもないですし」
恐るべきド天然少女は、そんな視線ごときで折れるほどヤワではないのだ。
ほわほわと騒ぎまくる少女を前に、そんな冷静なコメントをするくらいの余裕は持つネモフィラは、三角耳をぴくぴく動かしながら視線を巡らせる。
「背中に翅もなし。引っ込めててもある紋様もなし。ついでにカラー・カーソルもなし。……分類上はクエストNPCって感じなのでしょうか?」
「マイはマイかもってマイは人権の保証を訴えかけるんだよ!何が言いたいかというとは・な・し・てッ!!」
「ダメですよぉ~アホ毛ちゃん。あなたの保護者さんが捜してるんですからぁ~」
「人の話を全部スルー!?マイにはマイってちゃんと名前があるもん――――ッッ!!」
何だかゴチャゴチャと少女が言っていたが、それの首元をひょいっと抱え上げ、全然ロマンチックでもない米俵スタイルでネモフィラはケットシー領の方角へと歩き出す。
どう好意的に見てもザ・人さらいだったが、尻尾をゆらゆら揺らす彼女のほわほわオーラの前には無力だった。
ざわつくイグシティの中をテクテク歩きながら、ネモフィラはわめく幼女を担ぎ直す。
―――けど連れてくって言っても、どうしましょうか~?
ケットシーの基礎ステータスは、いくら小さいと言っても他プレイヤーを担ぎながら安定飛行を持続できるほど高くない。そういうのは筋力値と耐久値に全振りしている土妖精あたりの専売特許だ。
「……首吊りみたいにしたら、少しは軽くなりますかねぇ~」
「ちょっと待って今何か不穏な一言が聞こえた気がするかもッ!!」
さすがにそれは可愛そうだ。……ではなく可哀想だ。
となると運搬用の風呂敷系のアイテムを買った方が良さそうだ。あの手のアイテムは、自らの許容超過した分のアイテムの荷運びくらいしか使われていないが、包めるならプレイヤーも運べるのだ。
とは言え、さすがに風呂敷で包める少女ではない。
ここは寝袋にするかいやでも値が張るしなー、と思っていたネモフィラの思考は、しかし少女の思いがけない抵抗で中断される。
軟体動物みたいなアクロバティックな動きで縄を抜け出した真っ白な少女が、近くの酒場に勢いよく駆け込んでいってしまったのだ。
「あっコラ!アホ毛ちゃーん!!」
急いで少女の背を追って酒場に駆け込む。
駆け込んでから気付いたが、そこは酒場というよりパブという形だった。
店主の趣味なのか、出入口に取り付けられた西部劇風の小さなオープンドアは、バグってるのか半開きのまま固定されていることによって中の音が丸聞こえになっていた。
少女の目立つ髪はすぐに見つかった。
カウンターの上に座標固定されている、大きなテレビウインドウを食い入るように見つめている。急に駆け込んできた場違いな闖入者に目を白黒させる店主や客達の視線など意にも解せず。
釣られるようにネモフィラはウインドウを見上げる。
だがそこには、ノイズや砂嵐でとびとびになった不鮮明な画像しか映っていない。露骨な不具合に天然少女は首を傾ける。
画面右上にはケバケバしいフォントで『GGO最強決定戦!第三回BoB生中継』と銘打ってあったが、あまりALO以外のVRMMOに触れないネモフィラにはよく分からなかった。
少女達のそんな様子を見て、カウンター席に座っていた吟遊詩人という風体の音楽妖精が背に負うリュートを背負い直しながら肩をすくめる。
「しばらく前からこうなんだよ。回線が悪いのか機材トラブルか……何にしても、楽しみにしてたこっちの身にもなってほしいぜ」
うんうん、とマスターまで一緒になって頷く彼らを見ながら、ネモフィラは「はぁ」と生返事を返した。
だが、回線の影響などでこんなことになるのだろうか。
VRMMO歴は短いながらもネモフィラ自身、こんな明確な《不具合》を感じたことはなかった。せいぜい、ログイン数が激増する時間帯に映像と音声がズレるラグを少々見かけたことがある程度だ。
―――これって~、バグっていうより
「うるさい」
やんわりと思考していたその糸が。
食い入るように、噛みつくように、画面を観ていた少女の一言とともに、断絶した。
オープンドアの向こうで、昼下がり――現実世界ではもう夜だが――の大通りを行き交う雑踏の声が響いてくる。
その粗野なさえずりは、誰も声を発しない酒場の中で空虚に反響し、消える。
だが、人がいないという訳ではない。
むしろ、人がいて、動いて、喋っているにもかかわらず、音だけが出ていないのだ。
一見すると、パントマイムのような滑稽さを見る者に与える。だが次の瞬間、彼らの表情から匂う《日常》に顔を引き攣らせることになるだろう。
音のないその異様な空間の中、一人の少女は一心不乱に見つめていた大画面ウインドウから目を離した。次いで、雪よりも白く、絹よりも滑らかな長髪を翻し、踵を返す。
金と銀、黄金と白銀。
異なる色彩を持つ金銀妖瞳が、それこそ猫のように細められる。
宿る光は剣呑。
彼女の普段を知る者から見れば信じられないような、邪悪な表情を浮かべ、少女は軋るような声で桜色の唇の合間から言葉を放った。
「あの野郎……」
どういうつもりだ?
そう呟いた後、弾かれるように少女は駆けだす。
後書き
おや?と時系列が急に分からなくなっている読者様がいるかもなので補足しておくと、数話前の閣下パートより今話、というか前話の野郎二人回は数刻前という時系列関係となっております。地味に前話の始めにも時戻す地文挟んでるしね。
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