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提督はBarにいる。

作者:ごません
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肉の日メニュー争奪戦・2

「これでよし、と……」

 ビーフストロガノフを仕上げた後、看板代わりの黒板付きイーゼルに『肉の日メニュー 始めました』の文字を白墨で書き込み、支度は万事整った。時刻は12時40分。出来れば昼前には仕上げて出してやりたかったが、こればっかりはどうしようもないからな。看板を出しに表へと出ると、

「待ってたよ提督~!」

「お肉っ、お肉っ!」

 列の先頭に居たのはウチの鎮守府きっての食いしん坊コンビであるニ航戦。その後ろにも20人程が並んで、店が開くのを今か今かと待ち構えていた……全く、暇人共め。

「程々にしとけよお前ら?明石が艤装のフィッティングに苦労してるってぼやいてたからな」

 列の人数を確認しつつ、目の前のニ航戦コンビに苦笑いしながら話しかける。艦娘の制服を含めた艤装は、個人のパーソナルデータ……身長や体重等の身体データで細かく調整されている。多少の遊びは作ってあるものの、ニ航戦コンビの場合は美味しい物があると際限なく食べるので、腹回りや尻、太股等々肉が付きやすい所のサイズが変わりやすくて調整が大変だと明石がぼやいていた。『食い過ぎで太った』とストレートに言わなかったのは、同じ女性としてのそれなりの配慮からだと思うが。

「う゛っ、そう言われると辛い……」

「でも提督のスペシャルメニューは逃せないもん!」

 まぁ、食べた後に運動してしっかりとカロリーを消費すればいいんだからと強く止めない所が、俺も甘いというか、何というか……。

 決して、『あの抱き心地の良い身体が失われるのが少し勿体無いな』とか思った訳ではないからな?うん、きっと。さてと、それはさておき店を開けるとしよう。

「じゃあ今から店を開けっけど、押し合いとかしないように、順番に入ってこいよ!」

 俺の一声に歓声が上がる。やれやれ、これが美味しい飯にありつけるという歓声じゃなければどんなに良かったか。腹ペコの男子高校生じゃねぇんだぞお前ら。

「あ~いい匂~い」
「今月のメニューも美味しそうだね」
「っていうかメニュー何だろ?」

 ワイワイと話をしながらカウンター前に並ぶ艦娘達。ここで注文し、料理を受け取ってから席に着いて食べるというのが肉の日のいつものやり方だ。

「今月は特製ビーフストロガノフだ。付け合わせの米やらパスタ、芋なんかはお代わり自由だからな」

 1人1人の注文を聞きつつ、皿に付け合わせを盛り付けてその上からビーフストロガノフを掛けていく。受け取った連中は嬉しそうに、思い思いの席に着いて料理を頬張っていく。ニ航戦コンビの他にも、非番の吹雪型の3人とか睦月型、夕雲型など駆逐艦の姿が多い。ちょうど訓練終わりの時間と重なってこちらにやって来たらしい。軽巡や重巡、空母などの姿もチラホラ見える。

「ハーイ、Admiral。ランチ食べに来たわ!」

「こ、コンニチハ……」

「おぅ、アイオワにサラトガじゃねぇか。遠慮しないで食ってってくれ」

 心なしかサラトガの表情が固い気がするが、まぁまだウチの雰囲気に馴れてねぇんだろう。数分後にはビーフストロガノフを頬張ってホクホク顔になっていたからあまり心配は無いとは思うが。結局、昼間のラッシュで半分近くの40人前強を売り捌いた所で客足は弛くなった。





 その後も散発的には客が入り、追加で20人前程がはけた。残るは30人前を少し割り込んだ程度といった所で、店のドアが開いた。

「やぁ司令官、今日が肉の日だとすっかり忘れていてね。遅くなってしまったけど……まだ残っているかい?」

「運が良いなぁ、今月はまだ残ってるぞ……しかし珍しいなぁ?今日はヴェールヌイの制服じゃねぇのか」

 やって来たのはヴェールヌイこと駆逐艦・響だ。自他共に認める飲兵衛であり、ウチの常連でもある彼女がカウンターに腰掛ける。

「今月はビーフストロガノフだが……付け合わせはどうする?」

「ん~……そうだね、平打ちのパスタにかけて貰おうか。それとストリチナヤも」

 やはり飲兵衛としては酒は欠かせないらしい。まぁ、今日は非番との事だから俺が咎める事でも無いのだが。

「しかし懐かしいなぁ、その制服着てる姿は」

「雷に奪られてしまってね。『こんなお天気なのに、お洗濯しないなんて勿体無いじゃない!』と言われて」

「ククク、違えねぇや」

 窓から見える空模様は快晴。雲ひとつない洗濯日和といえるだろう。そして響による雷のモノマネがそっくりで、思わず笑ってしまった。本来艦娘が洗濯をする必要性は無く、洗濯物の集積所に出しておけば専門の妖精さんと職員がそれぞれに洗濯・乾燥・折り畳みまでこなして各部屋に届けてくれるのだ。しかし中には自分の拘りや趣味の範囲で洗濯をしたがる者がいるのだ。中でも雷は何くれとなく他人の世話を焼きたがるので、その姿を見て付けられたあだ名が『ロリおかん』。実際、同期の元アメリカ人のプリロコン提督が雷を嫁にしているのを見ているからか、物凄く納得できるあだ名ではあるのだが。

「あれ?響じゃん。珍しいねぇこんな時間に」

「……おや?瑞鶴さんか。貴女達も珍しいね」

 店のドアを開けたのは瑞鶴だった。その後ろには翔鶴とグラーフもいる。

「アハハ……訓練終わりでね。集中してたらご飯食べそびれちゃって」


 そう言いながらカウンターに腰掛ける3人。拭って来たのだろうが、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「瑞鶴と弓を引いていたのですが……グラーフさんも挑戦されたいと仰られまして」

「うむ、私の発艦方法だと弓の技術は必要ないのだが……中々精神集中等には向いた技術だと思ってな」 

「成る程ね、いい心がけだと思うよ。司令官ご馳走さま」

 ビーフストロガノフを平らげた響が、勘定をカウンターに置いてピョンと飛び降りる。その手にはストリチナヤのボトルがしっかりと握られている。

「私はもう少し、休みを満喫するよ」

 大方ウォッカを楽しみながら、心地よい陽射しの下で昼寝でもするつもりなのだろう。なんとも贅沢な休日だ。

「さてと?そっちのお三方の注文は?」

「決まってるでしょ!肉の日メニューよ!」

 ビーフストロガノフなのは響の食べているのを見ていたから解っているだろう。

「私はサフランライス!大盛りね」

「では……私はショートパスタで」

「ふむ……では私は揚げた芋にかけて貰おうか」


 上から瑞鶴、翔鶴、グラーフの注文だ。はいよ、と応じながら盛り付けを進めていく。今日の注文としては白飯かサフランライスが大勢を占めており、次いでパスタ、じゃがいもを頼むのは少数派だ。カウンターに座る3人の会話も、その辺が話題に上っている。

「でもビーフストロガノフってご飯にも合うのね」

「元々は年老いた貴族が好物のステーキを食べる為に、柔らかくするのに煮込んだのが始まりとされているからな。味も濃いからご飯にも合うのだろう」

「博識だな、グラーフ。日本だと一品料理である事が多いが、本場ロシアじゃ主食と食べるのがポピュラーらしいからな」

 俺が褒めるとグラーフの頬が紅潮している。そんな様子に生暖かい視線を送る鶴姉妹……なんだお前ら、雰囲気がおかしいぞ?

「だって……ねぇ?翔鶴姉」

「提督、グラーフさんはこの間の空母会で酔っていた時に提督さんへの愛を叫んでいたんですよ?」

「ぐっ!?……ゴホッ、ショーカク!それは秘密にしておいてくれと言ったじゃないか!」

「でも、今みたいなリアクションとられたらスケコマシの提督さんならバレバレだよ。ねぇ?」

 そうやってキラーパスをえげつない角度で放ってくる瑞鶴。

「誰がスケコマシだ、誰が。……あー、まぁ言われ方には不満があるが、態度で何となくは察してたよ」

「あ、あうぅ……」

 俺がそう言うと真っ赤になるグラーフ。色素の薄い色白な肌だから余計に赤面しているのが目立つ。

「錬度も95ともうすぐだしな。まだ指輪をやるわけにはいかんが、時期が来たら受け取ってくれるか?」

「なっ!?……こ、こんな場で言われるのは甚だ不服だが。けれどその申し出は有り難く受けようと思う」

 何故か始まった公開プロポーズにキャーキャー騒ぎ出す鶴姉妹。いや、こうなった状況の原因はお前らだからな?

「これは加賀さんに報告して、お赤飯炊いてもらいましょう!」

「翔鶴、落ち着け」

 瑞鶴よりも翔鶴の方が盛り上がっていたのが驚きだったが。 
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