NARUTO日向ネジ短篇
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【止まり木にまどろむ二羽の小鳥】
前書き
二部のネジとヒナタの話。
長期任務から数日空けて、今日は従妹のヒナタとの、久し振りの修行の約束の日だった。
……しかしネジは、朝から頭痛が酷い。
長期任務明けの数日間、身体はそれなりに休めたはずで、前日まで大した事はなかったのに、今朝から重苦しい頭痛に見舞われる。
とはいえ、久し振りのヒナタとの修行の約束を断るのも申し訳なく、いそいそと身支度をしたが頭痛のせいかいつもより少し行動が遅れてしまい、ヒナタの待つ日向本宅の敷地内広場へと急いだ。
「───あ、ネジ兄さん」
「すみません、ヒナタ様……5分ほど、遅れてしまいました」
「いいんです、それくらい…。でも、珍しいですね、兄さんが遅れるなんて。必ずといっていいほど、約束の時間前には来るのに……。何か、あったんですか?」
「いえ、何もありませんよ。───では、早速修行を始めましょうか」
「ちょっと待って、ネジ兄さん。...寝癖、ついてるよ?」
「は、えッ、寝癖……?!」
ヒナタに言われてネジは、左側の長い横髪の外側がぴょんと跳ねている事に今しがた気づく。
「す、すみません、すぐ整え直して来ます」
「兄さん、待って? 私のヘアオイル、貸してあげるからそれを使って下さい。今すぐ、部屋から持って来ますねっ」
そう言ってヒナタは、素早く自分の部屋からヘアオイルの入った小瓶を手に戻って来た。
「はい、持って来ました...! 私が、整えてあげますね」
「いえ、自分でやりますから...」
「ううん、私にやらせて下さい。一旦、縁側に座りましょう」
ヒナタはネジの左側に座り、小瓶からヘアオイルを適量片手に出し、両手になじませてからネジの片側の長い横髪の寝癖を優しく丁寧に整えてゆく。
(ヒナタ様の…、髪の香りと、同じ───)
優しいフローラルな香りに包まれ、重苦しい頭痛の事など一時忘れてネジは夢心地に浸る。
「はい、ちゃんと整いましたよ。...ネジ兄さん?」
「え...? あぁ、ありがとうございます、ヒナタ様」
「そういえば私が戻って来る時、頭に片手を宛ててるように見えたけど…頭痛が、するんですか?」
「何でもないです、額当てを...整えていただけですから。───では気を取り直して、修行を始めましょうか、ヒナタ様」
「はい、ネジ兄さん...よろしくお願いします!」
修行を開始して中程、ヒナタの繰り出した技がネジの懐にヒットしてしまい、ネジは勢いよく後方に横倒れた。
(あっ、当たっちゃった...!? おかしいな……いつもならネジ兄さん、技の受け流しは完璧なのに───)
「大丈夫ですか、ネジ兄さん...!」
「大丈夫、ですよ…。ヒナタ様、腕を上げましたね...」
ネジは上体を起こし、後ろに結っている長い髪が前の方に横流しになってしまったのを、さり気なく後ろへ払いのけた。
「ネジ兄さん、いつもより反応が遅かった気がするけど、身体の調子……良くないんじゃありませんか?」
「俺は平気です。反応が遅れたのは、それだけヒナタ様の方が成長して・・・──ッ」
立ち上がったネジが目眩を起こしたようにフラついた為、ヒナタは咄嗟に従兄を抱き支えた。
「ね、ネジ兄さん、やっぱり具合が悪いみたいじゃないですか...!」
「い、いや、大した事は……」
そう言いつつも、抱き支えてくれたヒナタからすぐに離れられないネジ。ヒナタの片側の肩に頭を乗せる形になっているネジの声は、ヒナタの耳元で弱々しく感じた。
「兄さんったら、強がらないで...! ちょっと、失礼しますねっ」
「え...? あ、ちょッ、ヒナタ様……!?」
ネジの後頭部に両手を差し入れたヒナタは、額当ての結ばれている布部分を解いて額当てを外し、露わになったネジの“日向の呪印”のある額に、何の躊躇もなく片手を横にして宛てがった。
「やっぱりちょっと熱っぽいかな……?」
(そ、それはあなたが、急にそんな事をするからで…ッ)
熱くなった顔を悟られまいとネジは反論しようとしたが、声にならなかった。
「身体の調子が悪いなら、先に言って下さい。修行は中止にしたのに───」
「長期任務明けから久し振りの、ヒナタ様との修行だったので……、頭痛程度で断るのが、申し訳なくて」
ネジは間近のヒナタを前に呪印を晒してしまっている事に気後れしつつ、うつむき加減に述べた。
「頭痛程度って…、目眩を起こすほどだと休まなきゃダメだよ。私だって、ネジ兄さんとの修行をとても楽しみにしてたけど、無理したら本当に身体壊しちゃうよ。...とにかく、今日の修行はここまでですっ。ネジ兄さん、今すぐ休んで下さい。自宅には戻らずに、日向本宅に宛てがわれてるネジ兄さんの部屋で安静にして下さいね?」
「いえ...、離れの方の自宅に戻ります」
「いいえ、こっちで休んでいって下さい」
ヒナタが若干凄んできたように見えて、ネジは一瞬怯む。
「わ、判り...ました」
「じゃあ、部屋まで一緒に行きましょう」
ヒナタはネジの腰に片手を添え、歩き支える姿勢をとる。
「あの...ヒナタ様、そんなに寄り添わなくとも───」
「頭痛で目眩がするんじゃ足元おぼつかないでしょう? 私がネジ兄さんを休める部屋まで誘導します。それとも横抱きして部屋まですぐ運びます?」
「いや、このままで結構です……」
心配してくれていると同時にどこか嬉しそうなヒナタを横目に、ネジは日向敷地内で従妹にお姫様抱っこされる耐え難い恥ずかしみを覚え、しかしどこかでされてもみたい気にもなって余計頭痛が激しくなってきてしまう。
「───はい、ネジ兄さん。お布団の準備出来ました、今すぐ横になって下さい。...あ、後ろの髪解いておかないと」
自分でやりますと言ったが、ヒナタが率先して布団を敷いてくれて、更には手際良く後ろ髪の紐を解かれるネジ。
「やっぱり、ネジ兄さんの髪はいつだってサラサラで綺麗だね……」
「そ、それは……あなたの方でしょうに」
「ふふ、お世辞でも嬉しい。──私、兄さんみたいな髪にしたかったから、伸ばすようになったんだよ」
言いながらヒナタは、ネジの指通り滑らかな髪をうっとりと何度も撫ぜやった。
ネジにはそれがくすぐったくて、しかしやめて下さいともいえず、黙ってされるがままになる。
「……あ、ごめんなさい、こんな事してる場合じゃないよねっ。休んで下さい、ネジ兄さん」
「え、あ、はい……」
ヒナタに促されネジは遠慮がちに布団に入って横になり、掛け布団を口元まで引き上げ、どこか恥ずかしげだった。
「風邪かな...、それとも疲れが抜けきってない事から来る頭痛……? ネジ兄さん、長期任務明けのこの数日間、ちゃんと休みました?」
「休み...ましたよ。瞑想に耽ったり、ちょっとした所用で出掛けたり……、軽く自主トレーニングしたりしてました」
「───普段通りに過ごしただけで、しっかり休んでるようには思えないけど」
ヒナタは布団の横に正座してネジを見下ろしたまま、呆れたように溜め息をつく。
「任務の無い普段なら修行に励みますから、これでも休んだ方ですよ」
「ネジ兄さんはストイック過ぎるよ……。もう少し自分を甘やかしてあげたら? それこそ一日中、寝て過ごすとか」
「そういう訳にはいきません、甘えから油断が生じるんです。常日頃から自身に厳しくあらなければ───」
「上忍でただでさえ長期任務が多いのに、それじゃあ気が休まらないじゃない...! ちゃんと身体を休めるのも仕事の内だって、教わったはずだよ?」
「それは……そうですが、一日中寝て過ごすなど、大怪我して入院でもしない限り、性に合わないんですよ...」
きまりが悪そうに、ヒナタから少し顔を逸らすネジ。
「疲れが蓄積して任務を続けたらいつかは身体壊しちゃうのに、それが原因で大怪我して入院でもしないとちゃんと休めないって事? ネジ兄さん、それ本末転倒だと思うよ……。死んじゃったりしたら、それこそ取り返しがつかないんですからね! とにかく今日は……ううん、数日間しっかり身体を休めてもらいます。おフトンから出るの、ほとんど許しませんからそのつもりでっ」
「え…ッ」
「お話は終わりです。さぁ……眠って下さい、ネジ兄さん。私が傍に付いてますから」
「ヒ、ヒナタ様に見られていると落ち着きませんから、付いていなくとも───」
「じゃあ、こうしましょうか」
「!」
ヒナタはネジの額の中心を人差し指で軽く触れ、脳神経の極一部を眠らせる刺激をほんの少し与えると、ネジの目は眠たげにとろんとして、おもむろに瞼を閉じ深い眠りに落ちてゆく。
(普段のネジ兄さんには効かないだろうけど、具合が悪くて弱ってるせいか、私でも眠らせられたみたい……。お休みなさい、ネジ兄さん。ゆっくり寝てね)
───どれくらい時が経ったろう。ヒナタはネジの穏やかで美しい寝顔を独り占めしていた。
……しかしふと、前髪に紛れた額の呪印に目が止まる。
(いつも、包帯か額当てに隠れてる、日向の呪印)
ヒナタはそっと、中指と人差し指でその額に触れる。
(これさえ、無ければ……私の方が分家だったなら、ネジ兄さんのお父上は───)
「とう…さま……」
「!?」
その微かに開かれた口元から漏れ出た声は、いつもの従兄の声より上擦って聴こえた。
「とうさま、いかないで……。おいて、いかないで……」
(ネジ、兄さ───)
「ひとりは、いやだ……さみしい、よ。とう、さま・・・──」
瞳をぎゅっと閉ざして苦悶の表情をうかべ、ネジの震える片手が虚空へと伸ばされ、ヒナタはその手を両の手で掴まずにはいられなかった。
(ごめんなさい……ごめんなさい、ネジ兄さん...! 私はあなたから、大切なお父上を───)
『父は……自らの自由な心で、里の仲間や家族の為に命を賭した。だから、あなたのせいじゃない。──もう謝らないで下さい』
ヒナタは、ハッとして思い出す。
(これまであなたに数々の無礼を働いてしまったと、ネジ兄さんが謝罪して来た時私は……兄さんは何も悪くありません、ネジ兄さんを苦しめたのは全部私のせいだからと……私は何度も、何度も頭を下げた。その時に…、ネジ兄さんが言ってくれたのが、さっきの言葉だった。
“もう謝らないで下さい”と言った時、本当は私に笑いかけようとしてくれていた。
でもうまく表情に出来なかったみたいで、すぐ恥ずかしそうに顔を背けてしまったけれど)
ヒナタに片手を両の手で包まれたネジは、先ほどの苦悶の表情は和らいで、静かに穏やかな寝息に戻っていた。
(───そしてネジ兄さん、あなたはあの事件が起こる前、弱音を吐いていた私にこう言ってくれたよね)
『大丈夫です、ヒナタ様。私があなたを強くします。そして、命をかけてあなたを守りますから』
(あの時向けてくれた優しい笑顔を、私は今でもはっきりと覚えてる。──ありがとうネジ兄さん、でも守られてばかりじゃいけないの。私が、兄さんを守れるくらい強くならなきゃ。安心して背中を預けてもらえるように……私はあなたと共に強くなるよ)
ヒナタはそう心に誓い、ネジの額に自分の額をそっと合わせた。
……ネジがぼんやりと目を覚まし、ふと横に目を向けると、ヒナタが正座したままうとうととまどろんでいて、その膝の上ではネジの片手を両手で優しく包んでいた。
(───・・・!? ヒナタ様に、いつの間にか手を握られていたというのか……??)
どぎまぎしたネジは、布団から身体を起こし両手に包まれたヒナタから片手を離そうとしたが、気持ち良さげにまどろんでいるヒナタを起こしてしまうのは気が引けたので、ヒナタが不意打ちでしてきたように額を人差し指で軽く触れ、深く眠らせればいいのではと思い立ち、気付かれないようにそっと人差し指で額に触れ、脳神経の極一部を眠らせる刺激を与えてみる。
──するとヒナタは力を失って深い眠りに入り、ネジの上にパタリと寝落ちしてきた。
(……俺の寝ていた布団で悪い気はするが、ヒナタ様を寝かせるか)
ネジはそっとヒナタを低く抱き上げ、布団の上に寝かせて掛け布団を首元まで掛けてやった。
……ヒナタのすやすやと眠っている寝顔が、余りにも可愛いと感じ、このまま独り占めしようかとも思ったネジだが、魔が差してはいけないと、そっと部屋を出ようと立ち上がりかける。
「ねじ兄さぁん……、行っちゃヤダ…っ」
寝ぼけているとはいえ、従兄がどこかへ行ってしまうと無意識の内に感じたヒナタは、ネジの服の裾を片手で掴んで離さない。
(仕方、ないな……。ヒナタ様も傍に居てくれたんだ、俺も……傍に居てあげよう)
ネジは、フ...っと優しい微笑みを浮かべ、ヒナタの傍に座り直した。
───ヒナタは、夢を見ていた。
ヒナタ自身が、その額に“日向の呪印”を施されている。
(そう……、私が分家でいいの)
(宗主のヒザシ様と、宗家生まれのネジ兄さん)
(そうしたらきっと、大切なお父上の傍に居るネジ兄さんの笑顔を、遠目からでも見ていられたはずなのに)
(私は……分家生まれの役立たず。宗家に呪印の力を使われて、苦しめばいいの)
『───ヒナタ? どうしてそんなに、悲しそうな顔をしてるんだ』
額に呪印の無いネジが、ヒナタに呼び掛ける。
(そう、私に敬語なんて必要ない。ネジ兄さんに、呼び捨てにされたいの)
『──・・・なぁヒナタ、君にそんなものは必要ないだろう?』
(え……?)
ヒナタに近寄り、ネジが額にそっと片手の二本指で触れると、ヒナタは額の呪印がすぅ...っと消えてゆくのを感じた。
『ヒナタは、籠の鳥なんかじゃない。父様も、俺だってそうさ。──心までは決して、自由は奪えない。俺達は……どこまでも“自由な心”であればいいのさ』
(ネジ兄...さん……)
ネジの優しい微笑みに、ヒナタは心が暖かくなり、一筋の涙を流す。
『さぁ……もう行こうヒナタ。自分から籠の鳥になってはいけないよ』
(うん……ありがとう、ネジ兄さん)
ヒナタは差し伸べられた手をとって、ネジと共に蒼空へ向けて飛び立ってゆく。
……ヒナタがふと目覚めると、何故か布団の中にいて、ネジの方がヒナタの寝ている布団の横で正座してまどろんでいた。
(え...? あれ、私ったらネジ兄さんの代わりにおフトンで寝ちゃっててどうするの……!?)
ヒナタは慌てて身体を起こし、ネジが頭を垂れている顔をそっと覗き見た。
(やっぱり……ネジ兄さんの寝顔、綺麗……)
ヒナタが見とれていると、ネジが不意に瞳を開いて目覚める。
「ん...? あぁ、ヒナタ様。起きましたか?」
「ひゃっ、ご、ごめんなさいネジ兄さん...! おフトンから出るのほとんど許しませんとか言っといて、私がお布団で寝てしまって───」
「構いませんよ、大分頭痛も良くなりましたから」
微笑むネジにドキリとしながらも、しかしヒナタは納得しない。
「う、ウソですっ。まだ一日も経ってませんよ! おフトンに戻って下さいっ」
「あなたも結局、俺の傍で寝てしまうのでしょう?」
ネジは少しイジワルな笑みを見せる。
「それは...! ネジ兄さんの綺麗な寝顔、ずっと見てられるけど、私もつい眠くなってきちゃって……。ネジ兄さんも、寝てる私を見ていて眠くなったんでしょうっ?」
「違い、ますよ。瞑想していたんです」
不機嫌そうにそっぽを向くネジ。
「とにかく布団に寝直して下さい! 言う事聴いてくれないと“おデコつん”して、また強制的に眠らせちゃいますよっ」
「そうはいきません、これ以上あなたに無防備な寝顔を見せる訳には……!」
「えいっ!」
「はッ!」
「「 あ、」」
互いの額を同時に人差し指で小突いたヒナタとネジは、脳神経の極一部を刺激して眠りを誘発させ、一緒になって布団の上に寝落ちしてしまう。
「もう……こうなったら、一緒にとことん眠りましょう、ネジ兄さん・・・───」
「そう…ですね……。お休みなさい、ヒナタ、様…。お互い今度こそ、最初から最後まで、いい夢を───」
二人は寄り添って、深い深い眠りに落ちてゆくのだった。
《終》
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