機動戦士ガンダム SEED C.E71 連合兵戦記(仮)
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第3話 形勢一変
3機のジンは指揮官機であるバルクの機体を後ろにその左右前方に部下の2機を配置する形で集合した。
それは、戦力を集中する行為で、正面戦力で劣る第22機甲兵中隊にとっては不利な状況であった。
「まずは、アウトレンジといくか…」
ハンスは、再び信号弾を打ち上げた。
「信号弾?ナチュラルめ 何考えてやがる」
ウェルが怪訝な表情を浮かべた次の瞬間、頭上より砲弾が降り注いだ。
「なんで!?連合の大砲は、全部爆撃で叩き潰されたんじゃ…」
「砲台!?馬鹿な重砲は全て破壊したと報告があったはず!」
バルクは、予想外の攻撃に驚愕した。
彼は作戦前、事前偵察に出動したディンのパイロットより、市内に重砲、車両の類は確認できずの報告を受けていた。
「畜生!アレクの役立たずが!」
ウェルは、ディンのパイロットの同僚を罵った。
彼らがそういう間にも砲弾は周囲に着弾し、着弾の衝撃と爆発、舞い飛ぶ瓦礫が3機を揺さぶる。
この砲撃を行ったのは、市街の中心区、戦争前は市民の憩いの場であり、現在は、ゴミ捨て場と野良犬や烏の餌場となっている公園に設置された榴弾砲によるものだった。
公園中央の丘……燃料として樹や草花を根こそぎ抜き取られた土色の大地……
ゴミと廃墟の中、怪物の様に榴弾砲は悠然と鎮座していた。
その周囲には、王の馬車を守る鉄の甲冑姿の騎士さながらに鈍色の装甲を煌めかせるパワードスーツが6体展開していた。
155mm榴弾砲、ロングノーズボブの愛称を持つこの大砲は、この時代としては珍しい液体炸薬式の大砲であった。
液体炸薬は、再構築戦争以前、由来となった人物の生年を起源とすることから俗にキリスト暦と呼ばれた西暦の頃、当時主流であった固体炸薬の爆発力を利用した火砲に代わる方式として電磁加速によって砲弾を発射するリニアガンと共に考案されていた技術である。
液体炸薬式の原理は、固体の炸薬に代わり、タンクに充填された液体の炸薬を注入、点火することで砲弾を発射するというもので、砲の構造が複雑化するという欠点と発射する砲弾ごとに薬莢が不要であるという利点があった。
再構築戦争期、液体炸薬式は、リニアガンと共に各国の火砲に導入された。
だが、機構が複雑であることとリニアガン程の威力の向上が望めないため、リニアガンに敗れ、消えていくのも時間の問題であった……だが、NJの影響によるエネルギー危機が状況を変えた。
原子力発電が使用不可になったことによる電力供給の問題は、リニアガンやビーム等の電気を馬鹿食いする兵器の運用する軍隊にも影響を与えた。
宇宙軍は、核分裂炉を搭載する艦艇がガラクタと化したが、68年以降、大西洋連邦を中心に宇宙艦艇のレーザー核融合炉動力化を進めていたことと、プトレマイオス基地を初めとする月面基地や宇宙要塞には太陽光発電システムやレーザー核融合炉によるエネルギー生産設備があった為影響は少なかった。
反対に海軍は、原子力空母と原子力潜水艦を初めとする原子力艦艇が使用不能となった。
また沿岸警備隊は、それまで哨戒網の大半を担ってきたUAVや無人哨戒艇が電波障害で使用不能となり、その能力を大きく低下させた。
その為、旧式艦艇の再就役や旧式のヘリ空母とその艦載機にエアカバーを頼らざるを得なくなった。
これは、ボズゴロフ級潜水空母の跳梁を招く原因ともなった。
陸軍は、発電所から補給が期待できない為、電源車を多数引き連れねばならなくなった。
それは、かつて化石燃料が国家の血液であった頃に各国の機甲師団がタンクローリーを補給部隊に多数編入していた時代の再来であった。
またエネルギーを節約せざるを得ないためリニアガンの威力低下を招いた。
開戦初頭、リニアガンタンクの主砲がジンに有効打を与えることができなかったのには、このような事情もあった。
それに対して液体炸薬式のこの砲は、今では骨董品に片足を突っ込みつつある火薬式の火砲と同様にさほど電力供給に依存していない為、電源車が存在しない状況でも十分に運用可能であった。
またハンスは、この砲を航空偵察対策にゴライアスと作業用パワードスーツを利用して丁寧に横倒しにさせた後、比較的重量の軽い瓦礫を積んで擬装とする等の念入りにカムフラージュしていた。
その為航空偵察でもスクラップと判断され、ザフト軍は警戒以前にその存在を想定すらしていなかったのである。
そしてそのつけは、現在、前線を戦っているザフトの兵士が贖うこととなった。
付近の歩兵と機甲兵による信号弾を用いた着弾観測の元、正確に砲弾を送り込んでいた。
これらの砲弾は全て榴弾である。
その為、ジンの装甲を貫徹するのは困難だったがその衝撃は相当のものであった。
着弾の衝撃が3機のジンと操縦者を襲う。
だが、不意に砲撃がやむ……
「弾切れか?」
バルクがそう判断したのと同時に、周辺に聳え立つ幾何学的な廃墟群の間からゴライアス6機が飛び出す。
さらにくすんだ灰色のコンクリートの廃墟の中に潜む歩兵部隊が対物ライフルや対戦車ミサイルで支援する。
ゴライアス部隊は、人工筋肉によって強化された筋力でグレネードを投擲すると一気に散開し、離脱する。
グレネードは、ジンの腰ほどの高さまで舞い上がると次々と炸裂し、黒煙を撒き散らした。
ジン3機の周囲は、タコが墨を吐き出したかのように黒煙に包まれた。
同時に砲撃が再開され、再び砲弾がジンの頭上に降りかかる。
この時、砲撃は、ジンの周囲のビルの屋上に展開していた迫撃砲部隊も行っていた。
彼らは迫撃砲を撃ち込むと即座に撤収した。
カートのジンが、右スラスターに被弾し、甲虫の羽の様な形状のスラスターが破損した。
「よくもやりやがったな」
「カート!待て!くっ!」
「ナチュラル共が!逃がすか!」
上官の指示を無視してカートはジンを走らせた。
つい数分前の上官の命令も先程の砲撃の嵐が彼の頭から吹き飛ばしてしまっていた。
また、このまま同じ場所に止まっていれば友軍が撃破された際誘爆に巻き込まれかねないというのと
瓦礫の下敷きになる危険を恐れていたのもあった。
彼が、市街地から離れた病院付近に到着すると同時に6機のゴライアスに変わって7機のゴライアス部隊が出迎えた。
7機のゴライアスの鋼鉄の腕には、20㎜チェーンガンが握られている。
無人攻撃ヘリの武装を転用したこの火器は、当り所次第で装甲車をも撃破可能であった。
無論、20㎜では、戦車のリニアガンをも弾くジンの装甲を貫通することは不可能である。
だが、関節部やメインセンサーを攻撃することで有効打を与えることが可能であった。
「こいつ!」
カートのジンが重突撃機銃をゴライアス部隊めがけて乱射した。
だが歩兵より少し大きい程度で、装甲車より少し遅い程度の速度で疾走する機甲兵を狙い撃つのは至難の業である。
次々とゴライアスの頭上を戦車砲並みの太さの火線が過ぎ去った。
「全機、指揮官機の肉薄を援護!」
先頭を行くゴライアスの装着者 ハンスは、無線通信と肩部の赤色ランプを点滅させることによる光学信号で指示を下した。
電波が拡散するNJ下の戦場では、無線通信の信頼性は低下し、遥か産業革命以前の狼煙や光による連絡手段の存在も無視できなくなっていた。
「了解!」部下の機体も彼の指示を受け、周囲の廃墟を巧みに利用しながら、20㎜チェーンガンで牽制する。
20㎜弾の着弾の火花が甲冑の様なジンの装甲に輝く。同時に周辺の歩兵が左右のビルより、煙幕を展開した。
煙幕の白い煙は、幕の様にジンの足元を覆い隠した。
「くそ!何処に行った!」
その隙にハンスのゴライアスは、ジンの真下に接近していた。
「当たれ!」
ハンスは、真上に向けて20㎜チェーンガンを連射した。
彼のゴライアスの20㎜チェーンガンから炸裂弾が次々と発射される。
超高速で吐き出された炸裂弾は、射線上に存在したジンの右手に握られた重突撃機銃のバナナマガジンに突き刺さった。
1連射もしない内にハンスは、背部ブースターパックを全開にしてその場を離脱した。
その直後、バナナマガジンの弾倉が誘爆、戦車を破壊する破壊力を秘めた弾薬が一斉に炸裂し、
ジンの手首から先が吹き飛んだ。
ジンの正面モニターは、一面黒煙に覆い尽くされる。
「うわぁ」
カートは一瞬何が起きたのか理解できなかった。彼が事態を理解したと同時に左右の廃墟から2機のゴライアスが飛び出す。
左の機体は、グレネードランチャーと、20㎜チェーンガンを、右の機体は、小型の対戦車地雷を握っていた。
「ブラウン少佐!止めは任せてください!」
右のゴライアスの装着者 ディエゴ・マルティネス曹長は、部下の掩護の元、火器を失ったジンに吶喊した。
「食らえ!」
右のゴライアスが右手に握ったグレネードランチャーを発砲、煙幕弾を詰めたグレネード弾が砲口から高速で射出された。
炸薬と共に内部に充填された煙幕用の薬剤がジンの頭部の間近で炸裂した。
鏃型の物体が砕け散り、小麦粉を撒き散らしたかのように白い煙がジンの頭部を包み込む。
センサーが盲目状態になったジンに後ろに回り込んだディエゴ軍曹の着用するゴライアスが小型の対戦車地雷を投擲する。
その動作は、大理石でその筋骨隆々たる姿を残した古代ギリシャの円盤投げ選手さながらである。
フリスビーの様な形状をした対戦車地雷は、ジンの脚部関節部に直撃した。
人間の向う脛に当る箇所に激突したその物体は内蔵された爆薬を炸裂させた。
プラントの工業技術の粋を集めて作られたモビルスーツ ジンの80t近い重量と18mの巨体を支える脚の関節部は、その攻撃で無残にも破壊された。
2本の脚の片方をガラクタに変えられたジンは、大きく体勢を崩した。
警報がコックピット内に鳴り響く。
「デカ物が倒れるぞ!巻き込まれるなよ!」
ディエゴと部下のゴライアスも次々と退避する。
「うわぁー」
左足を破壊されたジンは左腕で隣のビルを掴む…MSの重量に耐えかねたビルの一部分が崩落を初めた。
鋼鉄の左腕が窓ガラスやコンクリートを引き裂き、負荷に耐えかねた巨大な鈍色の指がちぎれ飛んだ。たて続けに両腕を使用不能に追い込まれたジンは、漸く地面にその身を横たえた。
それは、傍目から見れば非常に滑稽で、もしこれを子供が見れば、大笑いしたであろう光景だった。
だが、当事者である鋼鉄製の魔神の乗り手にとっては、笑いごとなどではなかった。
衝撃で撹拌された胴体コックピットに座っていたカートは軽い脳震盪を引き起こしていた。
もし彼がシートベルトを装着していなかったら、コーディネイターでも重傷を負っていたであろう。
「くそ!歩行不可だと!」
自機が無敵の鉄巨人から巨大なブリキの木偶の坊に変換されたことを理解させられた彼は、即座にコックピット内のサバイバルキットと自動小銃を取り出した。
彼がそれを使用することは、ザフト軍の訓練学校での射撃訓練以来であったが、彼はそのことを恐れていなかった。
「どうせ、相手はナチュラルだ。」
自らの持つ最大の戦力であるモビルスーツを無力化されたにも関わらず、彼は、その慢心を捨てきれていなかった。 意を決してカートは、コックピットを開いた。
「地獄に堕ちな!」
だが同時に接近していた連合兵が、半開きのコックピットに手榴弾を投げ入れた。
カートは、コックピット内に投げ込まれたそれが何かわからなかった。
そして彼にとって不幸なことにそれを理解する時間すら彼は与えられなかった。
数秒後、それは信管を作動させ、内部に充填された爆薬を炸裂させた。
破片と爆風が、カートとその周辺に配置された操縦レバーやコンピュータ、モニターといった操縦機器を引き裂いた。
宇宙空間の真空と高温と絶対零度、放射線からパイロットを保護するパイロットスーツは、原始的な衝撃と炎の重奏に対して何の役にも立たなかった。
ジンの胸部の半開きのコックピットハッチは、爆風で吹き飛ばされ、林立する廃墟の部屋の一つに突っ込んだ。
そして肉の頭脳を粉砕された機械仕掛けの魔神は、迫る死に震える末期の病人の如く巨大な手足を痙攣させた後、動きを止めた。
それは、現在地球最強の兵器であるモビルスーツが撃破された瞬間だった。
「ざまーみろ!宇宙の化け物ども!」
「やったぜ!」
撃破されたジンの周囲にいた歩兵達は、思わず一斉に歓声を上げた。
モビルスーツの巨体と比べればネズミ程にも等しい彼らは、自分たちがモビルスーツに止めを刺したことに奇跡が起こったのではないかと思う程であった。
「全員退避!敵MSが来るぞ!」
連合軍歩兵の一人が叫ぶ。同時に地響きが兵士達の鼓膜に響く。
即座に歩兵隊は、地下鉄入口へと退避する。彼らは、現状のこの都市では地下こそが敵の目と大火力の猛威を逃れることのできる数少ない場所だと認識していた。
地響きを立てて2機のジンは、先行した同型機に追いついた。
彼らの正面の道路には、胴体から黒煙を上げて倒れ込んだジンが倒れていた。
一目見ただけでパイロットのカートの生存は絶望的だと理解できるものであった。
「カート!先行しすぎるなといったのに…」
バルクは撃破された部下のジンを見て顔を歪めた。
胴体コックピットを爆破されては、生きてはいまい…自分の過失で部下を失ったという事実を嫌でも認識させられ、バルクは思わず歯噛みした。
そして彼にとってその経験は、最初ではなかった。
「何?!カート!よくもナチュラルがああ!」
モニター上で戦友の死を確認したウェルは、心から湧き上がる怒りの儘に重突撃機銃を乱射した。
突発的な暴風さながらの砲弾の連射が周囲の廃墟を薙ぎ倒す。
「よせ!ウェル!」バルクがすかさず静止したことでその弾薬の浪費は短時間で終わりを告げた。
だが、それが周辺の廃墟に齎した結果は破滅的であった。
死体が内部にそのまま放置されていた病院は、汚い落書きが描かれていた白い壁を穴だらけにされ、マンションは、そこに人が居住し、文化的な生活を行ってきていたということを、見る者全員に疑わせるであろう無残な姿に変換されていた。
そこに隣接していた小洒落たピンクとアイボリーホワイトで彩られたカフェは、至近距離で炸裂した複数の76㎜弾の爆風を受けて、無残に破壊され、その内側に残されていた19世紀の英国貴族が愛用していた様なテーブルや調度品は、粉々に粉砕されていた。
数ヵ月前には、子供の笑い声が絶えなかったであろう公園は、76㎜弾が中心で炸裂したことで着弾点にクレーターが形成されていた。
周囲に存在していたブランコやキリンを象った滑り台等のカラフルな遊具は、爆風と衝撃波でひっくり返り、横転し、引き裂かれていた。
燃料として周辺住民に切り倒される事無く残されていた樹木は、
散乱していた生ゴミや動物の死体等の可燃物と一緒に炎上していた。
中に即席爆弾や弾薬でも存在していたのか白い屋根の公衆トイレは、オレンジの爆風に呑まれた瞬間に爆発を起こして粉々に砕け散ってしまっていた。
これでは、周囲に潜んでいたであろう連合兵どころか野良犬や小動物等も生きてはいないだろう…
思わず、バルクもそう思ってしまう程であった。
「弾倉を交換しろウェル。カートのジンの弾倉を回収するんだ。」
「りょ、了解」
ウェルのジンは、撃破されたジンの腰に装着されていた予備弾倉に手を伸ばす。
その金属の腕が1連射で戦車を撃破可能な爆発物の詰まった物体に接近した。
そして鈍色の指がその表面に触れようとしたその時、
そこに巻き付けられていたクモの糸の様な白く細長い〝何か〟が、偶然雲間から差した陽光を浴びて光った。
「ウェル!トラップだ。離れろ!触るんじゃない!」
それを見たバルクは思わず、部下に向かって怒鳴った。
次の瞬間、76㎜弾が詰まった予備弾倉が爆ぜた。
オレンジの爆風がジンの右腕を呑み込んだ。
衝撃波でウェルのジンが酔っ払いの様によろめいた。
ウェルのジンは、即座に体勢を立て直した。
だが、爆風で右腕のマニュピレーターが破損していた。
武器を保持するのは、難しいであろうことは一目でも理解できた。
「ワイヤートラップか…」
バルクは、予備弾倉に爆薬が仕掛けられており、それに触れようとすれば、張り巡らされたワイヤーによって爆薬が作動する様になっていたことを理解した。
だが、それはいささか手遅れであった。
「ウェル、右マニュピレーターの状態は?」
「重突撃機銃の保持自体は辛うじて可能です…しかし射撃は無理です!」
「わかった。左腕で重突撃機銃を持て。弾倉の換装は不可能だから今度こそ無駄弾は使うな」
バルクは、〝今度こそ〟という箇所を強調して言った。
「それで隊長、これからどうするんですか?」
「本隊と合流することが先決だ。この都市の中央区を迂回して郊外に抜けるぞ」
「砲台はどうするんで?あれは本隊の脅威になります。」
「我々だけで破壊するのは、困難だ。郊外に出た時に信号弾で航空支援を要請する。今度こそ確実に叩いてくれるさ」
「だといいですがね」
「ウェル、お前は後ろをカバーしろ。先頭は俺が警戒する。いくぞ!」
「了解!」
2体の鋼鉄の魔神は、再び歩みを始めた。彼らの周囲を廃墟が取り囲んでいた。
こんなはずじゃない……偵察バルク小隊2番機のパイロットであるウェル・オルソンは、ジンのコックピットで呟いた。
遺伝子操作の結果であるその端整な顔は、戦場の恐怖に直面したことで短期間のうちにやつれ、脂汗が幾つもあった。
つい数時間前まで彼と話していた同僚、カートは、彼らが劣っていると考え、上官や両親、マスコミを隔てた先で演説する政治家から繰り返し教えられてきた相手の手によって殺害されていた。
「どうしてナチュラルは……俺の努力を無駄にするんだよ…!」
苦々しい口調で彼はその言葉を絞り出すように言った。
ウェルは、マイウススリーの宇宙港区画に隣接する住宅地区で宇宙船整備技師の父と港湾作業員の母の間に生まれた。
彼は、6歳の頃に大好きな母親からある重要な任務を与えられた。
それは、母が庭に植えたサフランを仕事で忙しい彼女に代わって育てることだった。
彼は、その任務を忠実に実行した。
水をやり、図書館から本を借り、隣で同じく園芸に励んでいた女性に何をすればいいか聞いた。
彼にとって幸いなことに環境が調整されたスペースコロニーであるプラントでは、降雨時樹も1日の気温変化も秒単位で専門の機関によって調節されており、古代より農業従事者や園芸に関わっていた者達を苦しめてきた干ばつや豪雨とは無縁であった為、全ては順調に進んでいった。
同様の存在である気持ち悪い害虫もコロニーでは、考慮の必要すらなかった。
最初に薄紫色の花が咲いた時、よくやり遂げたと父に褒められ、宇宙船整備で鍛えられた大きな腕で頭を撫でられたことと母から褒められたことは、今でも鮮明に覚えていた。
その2年後、彼は、任務に失敗した。
理事国軍で構成されるプラント駐留軍の兵士がコロニー内生態系を乱す危険のある違法栽培植物の撤去の名目で現れたことによって……この当時、プラントでは、脆弱なコロニー内生態系を安全状態に保つとの名目で食用可能な植物の栽培を違法化する法令が理事国の行政官らによって可決されていた。
この食用可能植物の定義は拡大していき、一時期には西暦の歴史時代に非常食に用いられた松やタンポポ、蘇鉄、蜜が取れる薔薇等の一部観葉植物さえ含まれるほどであった。
両親と泣きじゃくる彼の眼の前で、兵士達によって菜園は容赦なく軍靴で踏みにじられ、そこに咲いていたサフランは、一本残らず引き抜かれ、透明のゴミ袋に土と一緒に詰め込まれていった。
この時、作業の為にやってきた兵士の一人が言った一言「いい加減、ガキを黙らせてくれませんかね。遺伝子操作で俺らよりもいい職について、遥かに賢いアンタらなら簡単でしょう」は、ウェルを自分がコーディネイターであることを初めて、そして否応なく意識させた。
以来彼は、それまで単にかっこいいと思っていた駐留軍の装甲車を威圧的に感じるようになり、プラントを占領者の如く闊歩する駐留軍兵士に嫌悪感を抱いた。
これは、彼だけでなくプラント市民の多くが持っていた感情であった。
プラントを防衛し、治安を維持するという大義の名の元に駐留していた理事国軍は、その目的とは裏腹に旧式化した正規軍の装備を使用しており、他のコロニーの軍事・警備部隊に比べて重武装化されていた。このことは、刑務所の中の囚人と変わらない。と主張したザフトの関係者や独立論者の主張を補強することとなった。
理事国の代表は、プラント駐留軍の重武装化について、コーディネイターが住民の大半を占める為、ブルーコスモスのテロを受ける危険があること、またプラントが理事国にとって宇宙に存在する最大の工業地帯であることと、コストカットの為に軍の中古機材を転用しているだけに過ぎないだと反論していた。
だが、毎日町で軍服を着た兵士と装甲車を目撃し、外の宇宙空間を航行する完全武装の艦艇が水族館の肉食鮫の如く我が物顔で遊弋する姿を見せつけられているプラントの市民にとっては言い訳にしか聞こえなかったのである。
その6年後、プラントの基準で成人に達した彼は、父親と同様に宇宙港を仕事の場に選んだ。彼は、宇宙港でのパワードスーツによる物資の搬出入作業に従事した。
この時期、職場の同僚から勧められ、ザフトの前身であるプラント住民の政治団体 黄道同盟に入党した。
一般党員として後のプラント最高評議会議員としてコンピュータにその適性を見いだされ、選出される幹部達の演説する姿に熱狂し、秘密裏に行われる軍事訓練に汗を流した。
数年後、彼の所属する組織は、ついに占領者を追放した。
その1年後、地球連合は、独立を果たしたばかりのプラントに宣戦布告し、1度目と同様にプラントを守護する巨人達に蹴散らされ、逃げ帰った。
だが、この時農業実験が行われ、指導部が〝未来のプラントのパン籠〟と喧伝したユニウスセブンが核攻撃を受けて崩壊した。
漆黒の空間に浮かんだ硝子の砂時計が、縊れから桃色の炎を吹き上げて、音もなく砕け散っていく光景を、宇宙港のモニターから目撃したウェルは、多くの同志同胞と共に無実の同胞を襲った悲劇に涙し、この悲劇を生み出して尚も自作自演だと声明を発表した〝卑劣なナチュラル〟に激怒した。
その数か月後、彼は、以前に適性検査を合格していた、プラントの守護者であり、コーディネイターの技術の結晶であるモビルスーツの訓練を修了した。
5月21日 大洋州連合領 カーペンタリアに降下した。
彼に与えられた任務は、ザウート部隊と共に、軌道上から分割降下した基地施設の資材を組み立てる設営部隊として子供が積み木で城を組み立てる様に基地施設を1日でも早く設営することであった。
この作戦で彼が一番覚えているのは、大洋州連合軍とザフト軍により、基地設営後に開かれた歓迎会の時に食べたステーキが美味かったことであった。
その後も彼は、作戦に参加したが、占領地での幾つかの小戦闘を除くと最前線での戦闘に参加したのは、この戦いだけであった。
最初の戦いで同僚が死ぬなんて……何としても生き延びてやる…ウェルは、そう心に誓うと右横のサブモニターを確認した。部下が突然の同僚の死の衝撃と戦闘の恐怖に何とか対処しようとしていたのと同じ頃、バルクは、モニターに映された外の情景を凝視していた。
敵が機甲歩兵主体である以上、都市のどこに敵が潜んでいてもおかしくないと彼は判断していた。
4月1日以来、放置され痛々しくひび割れたコンクリートの壁を曝す建造物、道路は、アスファルトやコンクリートが捲れ上がり、街路樹は燃料にする為に残らず引き抜かれていた。
道路上には、放置された車両が幾つも放棄されていた。
暴徒の襲撃を受けたのであろうパトカーは無残にも横倒しにされ、ドアや窓ガラスが破損していた。
開戦前は、商品に溢れていたであろう商店の列は、混乱の中略奪され、無残な姿に変換されていた。
特に食料品店は、中で爆弾が炸裂したのかと思う程荒らされていた。
アイスや冷凍食品が保管されていたアイスケースは店の外に転がっている。
衣料品店のショーウインドは軒並みガラスをたたき割られ、中にはガラス片とゴミに塗れた惨死体の様にバラバラの白いマネキンが転がっていた。
マネキンが着用していたであろう衣類は引き裂かれ、劣化し、色紙の屑や原始人の服さながらに変貌して付着していた。
それはゴーストタウンといった表現ですら生易しく、人類が産業革命以来創り上げてきた大量消費社会という名の華やかなる文化文明の生態系が、流通という川の流れを失えば、瞬時に死滅してしまうということを見る者すべてに対して雄弁に教えていた。
「酷いものだ…」
周囲の惨状を見て、思わず、彼は呟いた。
彼が、ザフト兵として地球に降下する直前の説明やプラント最高評議会議員達の演説では、地球に未曾有のエネルギー危機と通信・交通障害と死者を齎し、現在進行形で被害を与え続けている装置 ニュートロンジャマーは、地球連合が野蛮にも核を撃ち込んだのと反対に自ら核を使用することを封じたコーディネイターの崇高な英断である。とされていた。
バルクも多くのザフト兵同様、その言葉を信じていた。
そして彼が初陣を迎えた北アフリカ戦線で、その常識…いや妄想は、粉々に打ち砕かれた。
そこで彼が見たものは、NJ災害と地球連合軍の焦土作戦で起こった食糧不足によって餓死していく人々、医薬品不足によって薬局で安価に手に入る薬品で治療可能な程度の病気で死ぬ子供達、わずかな生活物資を巡り、村落間で殺し合う地獄……これらの事態に対して新たに統治者となった北アフリカ共同体も、ザフト軍も重要な拠点である都市と周辺部以外なんら対策を取ることはなかった。
ザフト軍の中には、愚かなナチュラルは、効率の良い遺伝子組み換え作物を用いていない(地球では再構築戦争期に一部の国家やテロ組織が行ったバイオテロ、飢餓作戦の記憶から遺伝子組み換え作物に対しての規制が敷かれていた。)からこのような事態を招いたのだ。等という暴論を吐くものさえいた。これらの情景を見たバルクには、NJ投下が反文明的な行為以外の何物でもないと考えていた。
…この戦争がどんな終わり方を迎えるにせよ、彼の祖国が4月1日にしたことは、西暦でのソビエト連邦の飢餓輸出やナチスドイツのアウシュヴィッツ収容所、共産中国の文化大革命の様に語り継がれることは間違いないだろう…だが、プラントの勝利で終われば後世に悪名を残す程度で済むだろうが、敗北すれば、文字通り住民全員が、抹殺される事すら不思議ではない。
地球連合が宣戦布告の数日後に宇宙移民の生活の根本であるスペースコロニーに対して核兵器を撃ち込んだという事実は、地球連合がプラントのコーディネイターを交渉相手以前に、同じ人間として見做していないことの証であるとバルクを含むザフト兵やプラント住民の間では考えられていた。
「…家族の為にも、生き延びねばな」
バルクの心に秘めた思いが、不意に音声化されてコックピットに響いた。
かつてブルーコスモスのテロが頻発していたユーラシア連邦領の故郷から逃れてプラントに移住し、プラント建設に労働者として従事することに人生の半分を奉げてきた彼は、プラントの未来の為、同胞であるコーディネイターの為、そして家族の為に命を捨てる覚悟を持っていた。
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