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銅像

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第一章

                  銅像
 その芸術家富岡清十郎は明らかに狂気に取り憑かれていた。
 彼の目を見てだ、妻の育子は蒼白になり娘達に言った。
「お父さんいよいよまずいかな」
「そうよね、最近何かね」
「お父さん様子がおかしいわ」
 娘の聡美と愛実も言う。
「目が血走って変なことブツブツと言って」
「寝てなくて痩せこけて」
「今にも何かしそう」
「殺人とかしないでしょうね」
「わからないわね」
 育子は娘達に答えた、心から警戒している顔で。
「刃物持ってることも多いでしょ」
「まさかあれで」
「誰かを」
「私達がそうなるかも知れないわよ」 
 娘達にこうも言った。
「あの人前から思い詰めて思い詰めて創作する人でも」
「絵でも彫刻でもね」
「いつもそうして創作してきたわね」
「じゃあ今は思い詰め過ぎて」
「それで遂に」
「そうかも知れないわ、ここは誰もお父さんに近付けない様にしてね」
 そしてというのだ。
「私達もよ」
「お父さんから離れるべきね」
「そうしないと私達も」
「おかしな人の傍にいたらね」
 それこそというのだ。
「何をされるかわからないからね」
「何かをされる前に」
「そうしてなのね」
「そしてそのうえで」
「難を逃れるっていうのね」
「病院にも連絡した方がいいかしら」
 首を傾げさせてまた言った育子だった。
「精神科のね」
「それがいいかも」
「何かしてからじゃ遅いから」
「誰かを殺したりとかね」
「本当にしかねないし」
 娘達も危惧を覚えて言う、育子は細面で色白の和風の顔立ちをした美人だが娘達もその母に似ていてどちらも細面で色白だ。勿論二人共顔立ちは和風だ。三人共黒髪がよく似合っている。
「今のうちにね」
「警察にも行ってね」
「病院にもお話して」
「大事になる前に止めましょう」
 娘達も言ってだ、そしてだった。
 育子と娘達はまずは一旦家を出てだった、そのうえで。
 警察と病院にも連絡し知人達にも今の夫には近寄らない様に頼んだ。こうして万全の警戒体制が敷かれたが。
 当の富岡は至って平気な顔でだ、助手であり育子達の言葉を聞かずひたすら彼を慕い敬意を以て接し今も傍にいる松坂聖陽にこう言った。
「わしは人は殺さぬ」
「はい、そのことはです」
 松坂も言う。
「私も」
「知っているな」
「弟子ですから」
 それ故にというのだ。
「知っていますし」
「信じているか」
「今も」
 強い返事だった。
「ですから」
「わしの傍にいるか」
「はい、先生は人を殺すおつもりはないですね」
「下らぬ」
 吐き捨てる様にだ、友香は松坂に返した。
「わしはその様なことは考えておらぬ」
「殺人は」
「その様な芸術には興味はない」
「例え殺人が芸術であろうとも」
「わしは興味がない」
 全く、という言葉だった。 
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