提督はBarにいる。
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フルフラットさんの憂鬱
「……らっしゃい、珍しいなぁお前がこっちの店に来るなんて」
ウチの鎮守府には、仕事の後に飲める店が3ヶ所ある。1つは『間宮』……普段は甘味処なのだが、夜間は軽食と酒も出してくれる。もう1つは『居酒屋 鳳翔』、お艦こと鳳翔が趣味で経営する小料理屋だ。正にお袋の味といって差し支えない、暖かみのある料理と雰囲気が自慢だ。そして最後が俺の店『Bar Admiral』だ。俺の趣味が全開の品揃えなのでマニアックな料理や酒、本格的なカクテルなんかを飲みたい生粋の飲兵衛の溜まり場だ。そんな他の鎮守府の食いしん坊と飲兵衛共にしてみれば楽園のような環境のウチだが、店の雰囲気や料理の味付け等によって贔屓になる店は自ずと決まってくる。勿論、はしご酒する奴も少なくないし、その日の気分で選ぶ店が変わるなんてのもしょっちゅうだ。それでも滅多に贔屓の店を変えない拘りの強い奴もいる。今宵、ウチの店にやって来たのもそんな客の1人だった。
「……別にえぇやろ?ウチがこの店来たらアカンの?」
「いや、そういう訳じゃねぇがよ」
「ほな、座らしてもらうで……よっこらせっと。とりあえず、『もつぽん』と熱燗……いや、ぬる燗で頼むわ」
流暢な関西弁で会話をしつつ、注文を受ける。目の前の娘は関西生まれじゃなかった筈だが……なんて余計な事を考えつつ、アシスタントの早霜に目配せする。料理は俺、酒は早霜。この辺の役割分担もそつなく出来るようになってきた。
《さっぱりコリコリ!豚もつポン酢》
・豚もつ:500g
・玉ねぎ:1個
・青ネギ:適量
・ポン酢:適量
まずはモツを細く刻んで茹でる。生モツから作るなら1~2時間茹でてやる。その際、途中で水を変えながら茹でると余分な脂や臭みが抜けて美味しく仕上がるぞ。今日は時間短縮で予め茹でて刻んで冷凍しておいたボイルモツに助けてもらおう。こいつなら10分も茹でれば上等だ。
モツを茹でている間に玉ねぎをスライス。辛いのが苦手なら薄い塩水でサッと洗うといいぞ。……まぁ、俺は薬味代わりにピリッと効いてくれる方が好きだがね。
モツが茹で上がったらザルにあけてしっかりと水を切り、スライス玉ねぎとボウルに入れて和える。ポン酢で味付けし、器に盛って小口切りにした青ネギを散らしてやれば完成。
「あいよ、『もつぽん』とぬる燗ね」
「あー、お猪口やなくてグラスもらえる?チビチビ飲むの性に合わんのや」
背は小さくて子供っぽいくせに、何とも親父臭い奴だ。早霜も苦笑いしながらグラスを手渡す。徳利から中身を全てグラスに移し、もつぽんを頬張る。モツのコリコリとした食感と玉ねぎのシャキシャキとした食感。そこに加わる玉ねぎの辛味とポン酢の酸味、そしてモツ特有の旨味。それらが一体となって口一杯に広がった所に、ぬる燗を流し込む。一息でグラスの半分を飲み干してゲフッとゲップを1つ。
「ホントに親父臭ぇな。見た目が見た目なんだし、もう少し考えて飲んだらどうだ?」
「なんやの、君ぃ?ウチがチビッ子に見えるとかそんな話かいな?……喧嘩売っとんのやったら喜んで買うで?」
俺の苦言に目付きが鋭くなる。いつもの人をからかったような目付きから、肝の据わった『海鷲』の目付きに。
「やめとくよ、お前さんと喧嘩するのは後々が面倒そうだからな……龍驤」
軽空母・龍驤。目の前で親父臭い飲み方を展開している艦娘の名前である。ウチの鎮守府における航空戦力の最古参であり、今の主力となっている赤城や加賀といった正規空母達の『鬼教官』。正確には、鳳翔とのコンビで技術面を叩き込んだのであるが。基礎体力は勿論俺。『教え子』達が一人前になったのを見届けると、教官2人はさっさと一線から退き、一人は鎮守府を裏から支える小料理屋の女将に、もう一人は未熟な艦娘をさりげなく導く陰の指導者へと収まった。そんな2人は平時から仲が良く、いつもは鳳翔の店で晩酌を楽しんでいるのだが。
「はぁ……」
そんな陰の指導者である龍驤が、大きな溜め息を吐きながらもつぽんをつつく。どうみても何やら悩んでいる様子だ。
「どうした龍驤?何か悩み事か。一人でウジウジしてねぇで、打ち明ければ楽になるんじゃねぇか?」
「……打ち明けてどうにかなる悩みやないねん」
そう言ってグラスを干した龍驤は、早霜にぬる燗のお代わりを頼む。
「んなモン解んねぇだろ?ほら、遠慮しねぇで言ってみな」
元々この店は俺の趣味を兼ねて艦娘のメンタルケアを目的として作ったのだ。最近は飯や酒が主目的になってきていて、あまり相談を持ち掛けられる事も無かった。そこに降って湧いた龍驤の悩み……これを解決してやらない手はあるまい。
「……じゃあ言うで?」
「おう」
「変な顔しないで聞いてや?」
「解ったから」
「ホンマに痛いとか思わんといてや?」
「はよせい」
散々引っ張った挙げ句、龍驤が発したのはたった一言だった。
「……足らんねん」
「何が?」
「おっぱい成分が足らんねん!」
龍驤が突然出した大声に静まり返る店内……と言っても、店の中には俺と早霜、龍驤しかいないんだが。そして俺と早霜も恐らく似たような顔をしているんだろう。
『お前は何を言っているんだ?』
とでも言いたげな顔を。
「はぁ。やっぱそういう顔になるか、まぁエエわ……相談して解決するような話とちゃうやろし」
「えぇと……その、おっぱい成分が足りないというのはご自分の胸が、という事でよろしいですか?」
言うだけ無駄だった、という表情の龍驤に対して、早霜がおずおずと尋ねる。龍驤の身体的特徴といえば、真っ先に上がるのがその独特のボディーラインである。言い方は悪いが、女性的な膨らみが皆無、といえるレベルで無い龍驤は鎮守府内の『貧乳艦娘同盟』の首魁とされている人物であり、自らもその身体をネタにされたイジリには過敏に反応していたりするのだが。
「あー、ちゃうちゃう。ウチの胸が無いのは自分でもようわかっとるわ。おっぱいとの触れ合いが足らん!言うとるんや」
更に混乱してきた。えぇと、自分のまな板っぷりに悩んでいる訳ではなくておっぱいとの触れ合いが足りない?となると龍驤は……
「……〇ズ?」
「ド直球やな君も。生憎やけど、ウチ女の子好きにはなれんで?ちゃーんと男の子と恋愛する気マンマンやで?」
ますます解らん。女の園である鎮守府生活、中にはそういう趣味に走る娘もいるし、事実ウチの鎮守府にも存在する……後が怖いので誰とは言わんが。
「ウチはそんな特殊性癖とちゃうで?純粋におっぱいの感触やら何やらが好きやねん」
龍驤の言い分はこうだ。自分の低い身長で胸が大きく背が自分より高い艦娘……戦艦や空母組、重巡なんかがそうらしいが、そういう娘達に正面から思いっきり抱き付くと顔面がちょうど谷間に埋もれるような形になるらしい。その時の柔らかさや安心感、香りなんかが堪らなく好きらしい。
「あ~……まぁ、何となくは解る、かな?」
俺も男だし、小さいよりは大きい胸の方が好きだと自覚はある。だからこそ、龍驤の言いたい事は解る……ような気がする。
「せやろ?けどなぁ……ウチ『貧乳艦娘同盟』の頭やろ?中々デカい娘に近付きにくいねん」
自分が貧乳ネタでイジられてきただけに、その苦しみが解るからこそ貧乳の娘達を裏切るような真似は出来ない。だが、やり過ぎたせいか胸の大きい娘達は自分の事を避けるようにさえなってしまった。何というジレンマか。
「それこそ、赤城とか加賀に頼めばいいんじゃねぇか?」
「どの面下げて頼むねん!?『乳に顔埋めたいから抱き付かせろ!』ってか!」
龍驤が男だったら間違いなく『おまわりさんコイツです!』と突き出されるであろう事案だし、何より教え子にそんなはしたない真似は出来ないだろう。さてどうしたものか……
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