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婆娑羅絵巻

作者:みかわ猫
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閑話
  桜の恋煩ひ

 
前書き
京~織田屋敷~ 

 
_______嘆けとて 月やはものを 思はする
   かこち顔なる わが涙かな____________

いつしか季節は巡り、桃薫る桃月の侯から砂金のように小さな稲穂がたわわに張る稲張り月の侯へと移ろっていく。

今宵もまた、信芽は藤次郎と逢瀬を果たすため身支度を整えていた。

美しい黒髪を梳く度、僅かに紅に染まった白磁の頬が御髪の隙間から見え隠れし、青銅の燭台から漏れ出す紅い小さな焔のちらちらとした光に照らされて御髪が鈍く輝いていた。


一方、戸口から其の姿が見える少し離れた渡り廊下の柱にも齢二十歳程の女が一人。
信芽にまるで恋人に向けるような熱っぽい視線で見つめている。

その容姿は信芽によく似ているがその瞳は桜色で、御髪も黒髪だがこちらは僅かに茶色掛かった黒檀である。

女は古参の信芽付きの侍女の一人だったが信芽の義兄である信忠の命で御役御免、の筈だったが本来の姿である桜色掛かった白蛇の姿で信芽の傍に控えている。


その彼女は時折、月を憎らしげな顔で見つめていた。

______都を照らす月の美しさは今も昔も変わらず、…ですがいまはこの月が血涙を流すくらい憎くて堪らない。

………何故って?
それは勿論わたくしのとっても、愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しいいとしい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しいイトしい愛しい愛しい愛しいイとしい愛しい愛しい愛しいいトしい愛しい愛しい愛しい愛しい食べちゃいたいくらい可愛いあの人が月を見上げる度に思い悩んでしまうから。

事の始まりは、五ヶ月前に和泉の杜に行ってから。
あの日以来、少なくともわたくしがあの娘と再会した九年前から一度も聞いたことのない名を自室に籠っては度々呟いている。

『トウジロウ』
名前からして男だろうか?
わたくし達の【再会】した時よりも前ならば知る由もないので致し方ないが、五ヶ月前ならば話は別だ。

少なくとも十日に一日は其奴に逢っている。
無論、毎回毎回後を追おうとするがあの子が気付いて撒かれたり、あの憎き白鳩頭がいつもいつもいつも邪魔をしてくる。
ほんと、鳩に戻った隙を狙って鳥黐で捕獲して焼鳥にでもしてしまおうか……?

あんな小娘風情がわたくしよりも長い間あの人と連れ添ってるなんて断じて赦せない……が、今はそんな何時でも出来るような事を同時に行う余裕は無い。

唯でさえあの薄気味悪い兄面する男から異様に執着されたり、私利私欲しか考えていない屑共や下賎なあやかし共が虎視眈々と夜這をする機会を狙っているのに素性の知れない男なんて言語道断だ。

きっと、賊か何かに違いない、そんなのにあの娘が連れ去られた…ら…嗚呼あ゙あ゙あ゙あ゙アあアァアあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あああアあああああああああアあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ああああああああアア…許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない私の可愛いあの子愛しいあの人大好きなあの娘は絶対に誰にも渡さないワタサナイ渡さないワタサナイ渡さないワタサナイ邪魔するならころす殺すコロスころす殺すコロスころす殺すコロス……ぜ・っ・た・い・殺・し・て・殺・る



_____あぁ、いけない。
またわたくしときたら、冷静さを失ってしまいましたわ…。

さて………その『トウジロウ』とやら、如何にしてこのわたくしの毒牙で噛み殺してやろうか…?


_____女はまるで般若のような形相で血が滲む程、強く自身の爪を噛みながら藤次郎という男を如何にして殺すか考えていた。

 
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