Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第五五話 明るけりゃ月夜
「―――お前さんの言う通り、こいつを調べてみたがいたって正常、どこにも異常はなかったよ。」
「そんなバカな……チョビの機体には問題が無かっただろ。」
戦術機ハンガー、吹雪の検査を終えたヴィンセントの言葉を受け入れられないユウヤ。
そんな彼に親友であるが故にヴィンセントは厳しい指摘を行った。
「機体には問題はねぇ、あいつの機体にもお前さんの機体にもな―――となると、原因は一つだ。」
「―――俺、だってのか。」
震える声で自らの腕が原因だと言うユウヤ、実際その通りだ。
だが、ユウヤがどれほど真剣に戦術機に打ち込み、その腕前を磨いてきたかを知っているヴィンセントにはそれが痛々しいものにしか見えない。
だが、ユウヤが戦術機の操縦に全霊を賭してきたように、ヴィンセントも整備士として培ってきたものがある。
矜持と言い換えてもいい。プロの整備士として、そしてユウヤの親友として、またユウヤをプロの衛士として見るからこそヴィンセントは戦術機に関して嘘は言えない。
「……日本の機体は米軍の機体とは根本的に設計思想から異なる。あの唯依姫の旦那になるっていう斯衛のお偉いさんが言ってたのは正しいと思うぜ。」
「なに・・・・・」
「厳しいことを言うがよ、今のお前さんには此奴もタイプ94も――――あのF-4の改造機だって乗りこなせない。これが整備士としての俺の見解だ。」
ヴィンセントは今しがた自分が手掛けた鋼鉄の巨人を見上げながら言い切った。
「……いいのかい?」
「何がだ?」
建造途中の不知火弐型を見下ろす忠亮に甲斐が問いかけた。
「……君が相当不満そうな顔をしてるからさ。」
「確かに不満だな。――この機体が実用化されたところで日本が持つ戦術機の総数は変化しない。F-4の退役を考えるとむしろ減少する。」
戦いは結局のところ数の勝負だ。防衛においても、攻撃においてもそれを支える補給能力さえあれば基本、数が多い方が勝つ。
また、日本のような海岸線の長い地形では必然と敵上陸阻止のために数と速力が必要となってくる。
不知火をアップグレードするだけではこの数の問題に対処ができない。また、F-4に搭乗している衛士が宙に浮いてしまう。
「……しかし、経済が崩壊し円の価値が暴落した今の日本では外国機の導入は相対的にコスト高となりやすい。
しかも、海外機導入による貨幣の流出による円安への圧力は本来極力回避すべき事案だ。」
「―――となると国産兵器の輸出による外貨獲得とそれによるドルの流通量の間引きが必要だね。」
「そうなる、そしてそれは各地の前線国家に共通する問題だ。EUがEF-2000のセールスを仕掛けてきているのはそれが理由の一つとなるのは周知の事実だからな。」
EUに滞在していたころ日本へのEF-2000導入を要求してきた高官等を思い出して肩をすくめる忠亮。
実際には、それに加え日本固有の技術をライセンス生産の規約。自国運用する際の改修による内容の提供義務を笠に着た日本からの技術獲得がその裏にあるのは明白。
それもそのはず、EF-2000は不知火やF-22のようなアクティブ・フェーズ・ドット・レーダーを装備してはいない。
F-15と同世代のパルス・ドップラー・レーダーだ。
第三世代機としては電子装備が脆弱な部類に入る―――尤も、パッシブ式なら兎も角、アクティブ式となると日本と米国しか実用化には漕ぎつけていない為、其方のほうが標準なのかもしれないが。
「しかし、そうなると難しいね。前線国家は同一の事案を抱えてる。そして、兵器はそういう国家にこそ需要があるけど事実上、米国にその市場は独占されている。」
「ああ、そして不知火弐型は自国運用する分には文句を言ってこないだろうが―――他国へ輸出をするとなれば一々米国の裁可を仰がねばならん。
一応、F-35の開発に秘密裏に協力していた事でFACOとMRO&Uの設置権は獲得できた、F-35の幾らかのパーツの生産・輸出が可能となるが……それでは来るべき日に於いて足かせとなる。」
「よくあの左翼が湧いていた時期に武器禁輸状況でそこまで米国と交渉できたね。―――こと外交に関して榊首相の腕前には舌を巻くしかないな。」
「名目を変えて幾つもの技術提供を行ってきたからな。俺の此奴と一緒だ。」
唸る甲斐に向け自身の背中を親指で示す忠亮。
日本が秘密裏に開発協力してきた技術、それは世界に誇れる技術の一つ材料工学だ、ローテクと呼ばれる類の技術であり地味ではあるが、最新の材料工学による支えがなくては近代工業製品はその構造と機能を維持出来ない。
そして、高出力ジェットエンジンの肝はどれだけエンジンを軽くし、そして空気をどれほど圧縮出来るか、だ。
しかし、所詮は機械。どれだけ高度な仕組みを追求しても、その究極系はシンプルイズベストへと帰結する。
そして、その単純であるがゆえに究極を成す技術はその素材に始終する。この世のあらゆる工業製品の性能限界を決定するのはその素材技術だ。
古代の動物の骨や毛皮などが銅の刀剣や鎧へ、そして鎧や刀剣が鉄へと進化してきたように。
人類の文明、兵器の進化はその材料技術の進化でもあると言っても過言ではない。
「尤も此奴は戦術機側も含めて未完成の技術だ。だからこそ手に入れることが出来たが、完成すれば外交的にも軍事的にも大きな力となる。」
「しかし、完成すればそれを寄越せと言ってくるんじゃないかな。」
甲斐の怪訝な言葉、過去何度かそういった事例があったからだ。
「そこでホイホイと馬鹿正直に渡すようなら、今の日本はどっちみち終わりだ。」
肩をすくめ苦笑する忠亮、むしろそれを望んでいるかのような違和感がそこにはあった。
だが、BETAに食い潰されるか、米国に食い潰されるかの違いしかないのは事実。
自立、自存を勝ち取る以外に日本帝国に未来はない。
BETAによる場合は言うに及ばず、米国に下ったとしてそうなれば日本はG元素を巡る各国との対人類戦争の先兵として使いつぶされる。
そして、相手は同じ―――BETAに祖国を蹂躙された者たちを相手にだ。
そんな情けない国に堕ち果てるのならいっそ、滅びてしまった方がマシだとさえ感じる。
「―――甲斐、日本がそうなる時が来れば……己は己の正義に従って動く。付いてきてくれるか?」
「水臭いよ、戦友だろ?―――ともに戦うさ、それが僕たちの大切な人を守ることに繋がる。」
「そうじゃない可能性もあるだろ。」
「今の君にそれはあり得ない―――あの子を守るために戦うんだろ?なら僕と同じだ。」
分かり切ってはいた、目指すものが違う可能性を指摘する忠亮。
しかし、それすら分かりきっていた甲斐が告げる。
戦う理由は同じ、ならばともに戦える。
「そうか、しかしお前が何時までも守るモノでもないだろ。奴も何時かは誰かの女になるんだぞ?」
「……それを言われると辛いね。それでも、たった一人の血を分けた家族、だからね許される限りは守っていきたいさ。」
静かな笑みとともに告げる忠亮に、引き攣った笑みを浮かべるもそれをすぐさま引っ込めて心の内を明かす甲斐だった。
「君にだったら安心出来るんだけどね。―――側室を囲う甲斐性は無さそうなのが残念だ。」
「お前、本気で言ってるのか?脳に蛆でも湧いたか。」
「冗談だよ。第一……妹を一番に考えない輩なんぞ、僕が斬って捨てる。」
「シスコンかよ。」
真顔で本気としか思えない甲斐の発言に、割と結構ドン引きな忠亮だったとさ。―――思わず地が出るほどに。
「其れはともかく、本気はおいておいて。」
冗談じゃなかったのか。
「彼らの鍛錬、一体どうする気だい?一週間やそこらじゃ付け焼刃にもならない。」
「確かにな、だから一度徹底的に叩き潰す。」
不適な笑みを浮かべる忠亮、野性的・好戦的ともいえるその笑みは唯依が見たこともないものであったが、その行動は唯依の読み通りでもあった。
「……彼らには同情するよ。」
そんな戦友に嘆息する甲斐、それに付き合わされるのは火を見るより明らかだった。
それにこう見えて、彼は指導に向いている気質があるのを知っているが―――どうにも、スパルタが過ぎるのが玉に瑕だった。
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