提督はBarにいる・外伝
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提督はBarにいる×中川翔平編
前書き
さて、読者参加企画1発目の作品ですが、作者の方と同じ名前の主人公が活躍する、という特徴的な書き方で様々な作品を書かれている方です。中々面白いので一度読んでみる事をオススメします。
さて、早速だが例の企画の参加者がやって来た。聞けばパラオに着任したばかりの少佐……要するにド新人らしい。年は22,3と聞いていたが、顔立ちを見る限りしっかりしてそうだ。秘書艦は吹雪……まぁ、無難だな。正門から店に案内するまでに何も無い所ですっ転んで、額を強打。明石からオデコにデカい絆創膏を貼って貰った以外はまぁ普通の、俺もよく知る吹雪だ。そしてもう一人、提督の補佐官が一緒に来訪。こっちはなんと女性で、名前は……森川瑞季ちゃんとか。聞けば2人は恋人同士で、その新米少佐・中川翔平君の方がベタ惚れらしい。で、今そのお三方は何をしているかと言えば……
「ちょっと翔平、ちゃんと挨拶しなさいよ!」
「そうですよ司令官!お相手は大将なんですよ!?司令官よりメッチャ偉いんですよ!」
「だ、だってよぉ……」
とまぁ、こんなやり取りをかれこれ10分近く見せられている。全く、仲の宜しい事でこっちが胸焼けしそうだぜ。…ちょうど煙草吸いたかったし、いい休憩にはなったがな。とは言えいつまでもこのままという訳にもいかない。
「あ~……そのままトリオ漫才続けてもいいんだがよ、そろそろ注文貰えるか?」
紫煙を吐き出し、絶賛漫才中の3人に問い掛ける。すると気まずくなったのか恥ずかしくなったのか、3人の論争はピタリと止んだ。
「す、すんません……お見苦しい物を」
「あぁ、気にせんでいいよ。『喧嘩するほど仲がいい』ってのは昔からの常識だ」
本気で毛嫌いしている相手なら、喧嘩するのすら嫌だから近付こうとすらしないモンだ。喧嘩が出来るってのは互いに互いの事を思いやっているからこそ、相手の為を思って出来る事だ。一方的な意見の集中砲火はただの愚痴と変わらんからな。
「さて、と。喋りっぱなしで喉も渇いたろ?さぁさぁ、飲み物頼んでくれぃ」
「あ、じゃあ『山崎』を貰えますか?肴はそれに合う物を」
『山崎』と聞いた時に、俺は思わずほぅと唸りそうになった。日本のウィスキーの歴史を語る上で、山崎という名は地名としても銘柄としても、とても意味のある物だからだ。
時は1923年、かつて千利休が茶室を設けたとされる山崎の地に、寿屋(後のサントリー)が日本初のモルトウィスキー蒸留所を開設した。初代所長は後に北海道に渡り、ニッカウヰスキーを創業する『マッサン』こと竹鶴政孝である。竹鶴は当時から日本におけるウィスキー造りの好適地は北海道である事を訴えていたが、当時の寿屋の社長であり創業者でもあった鳥井信治郎は輸送コストの問題や、消費者の工場見学を企画していた為に固辞。蒸留所の立地以外は全て本場のスコッチ造りを学んできた竹鶴に任せた、と言われている。
竹鶴が所長を務めていた1929年、山崎蒸留所は日本初の国産ウィスキー『白札』を製造・出荷した。これが後に世界の5大ウィスキーと称されるようになるジャパニーズ・ウィスキーの歴史の始まりである。……しかし所長であった竹鶴政孝は契約更新をせずに寿屋を退社、北海道に大日本果汁(後のニッカウヰスキー)を興している。この因縁が無ければ、サントリーとニッカ、日本のウィスキー二大巨頭は生まれなかったかもしれない。
時は移ろい1984年、サントリーは蒸留所の名前をそのまま冠した『山崎』を発売。利休も愛したという名水をふんだんに使い、スコッチ・ウィスキーの伝統的な造り方を守りつつ日本独自の個性を持ったシングルモルトウィスキーを造ろうと、実に5種類もの熟成樽を使い分け、それらをブレンダーの匠の技で調合して作られる複雑な香りの複合体は、正に芸術品。現行品としては山崎(ノンエイジ)、山崎12年、山崎18年、山崎25年が販売されている。
※ウィスキーの年数はヴァッティング(ブレンド)に使われている原酒の一番若い熟成年数を示しています
ウチの店には現在販売中の4種類、全てを取り揃えてある。どの『山崎』を選ぶか、そしてどの飲み方を選ぶかによってオススメの飲み方は変化する。それによって肴のオススメも変化するので難しい。
「う~ん……じゃあ俺はロックで」
「私は水割りを」
「じゃあストレートで!」
中川少佐がロック、森川大尉が水割り、そして吹雪がストレートか。じゃあついでにオススメの造り方を解説しながら、オススメの肴も紹介していこう。
①オン・ザ・ロックの場合
オン・ザ・ロックの強味は時間の経過と共に変化する香りと味だ。ロックアイスでウィスキーが徐々に冷やされていく過程で香りが変化していくのを楽しむ飲み方がいい。長い時間を掛けてチビチビと飲むのに適した飲み方だ。特にも『山崎』という銘柄はその複雑に絡み合った香りが特徴なので、飲み始めはその鮮やかな香り、時間経過によって氷が溶けてきたら円やかな口当たりと、強くなってくる穀物や樽の香り
に気付くハズ。一通り楽しんだら加水して更なる味と香りの変化を楽しむのも良いだろう。薄まるのを良しとしないのなら、ペットボトルキャップ一杯分位の加水でも十分に香りを引き立ててくれる。
合わせる肴としてはシンプルにナッツ類やチーズ等が良いだろう。
「ハイよ、『山崎12年』のロックと『揚げ銀杏』だ」
銀杏の殻と薄皮を剥き、180℃の油で素揚げ。カラリと揚がった所に岩塩をまぶしただけのシンプルなツマミだ。カリカリサクサクという歯ごたえと、銀杏独特の香りと苦味が『山崎』の香りをより感じさせてくれる。
「ん、美味っ!」
中川少佐が目を見開いて驚いている。因にだがロックアイスは家で作るよりも市販されている物を使おう。その方が氷の純度が高いからな。
②水割りの場合
山崎の水割りの特徴を一言で表すなら『上品なテイスト』だ。加水される事により43゜というアルコール度数は抑えられつつも、その華やかな香りは薄まる事がなく、ウィスキーでありながらある種日本酒のような雰囲気さえ漂う。ウィスキーの代表的な飲み方の中では、最も食中酒に適していると言える。寿司をはじめとした和食との相性は驚きの一言だ。ウィスキーはその強烈な香気で繊細な香りの和食とは合わないと言われているが、山崎の上品で華やかな香りは寧ろ、和食の引き立て役になる。
「お待ち、『山崎12年』の水割りと、『鰈のえんがわ 山葵和え』だ」
《えんがわワサビ》
・えんがわ(鰈でも鮃でも可):130g
・野沢菜:2本
・山葵:お好み(ツンと来るくらいが美味いぞ!)
・白だし:大さじ1/2~お好みで
えんがわを食べやすい大きさにカットし、野沢菜を2~3mm位の厚さに刻む。ホントなら山葵の茎があればいいんだがな、野沢菜で代用しても十分に美味い。山葵と白だしを合わせてタレを作り、えんがわと野沢菜を和えたら完成。少し置いてやった方が馴染んで美味い。
「ん~!このツーンと来る感じがお酒に合うわ~♪」
うんうん、いい笑顔だ。
③ストレートの場合
『山崎』に限らずウィスキーの奥深い味わいを楽しむならストレートが最適だ。水や氷が味をぼやかしてしまう事なくウィスキー本来そのままの味を堪能できる。氷を入れない分、ボトルと共にグラスを冷やしておくのもオススメだ。山崎なら18年と25年は特にもストレートで味わって貰いたい。長い熟成期間が香りと味を更に複雑にさせているので、混じりっ気なしの味を……という訳さ。
口をリセットさせるチェイサーはミネラルウォーターがオススメ。銘柄によっては牛乳などの方が合う場合もあるが、山崎のように重厚な味わいの物はシンプルな方がいい。
もうひとつ、オススメの飲み方がある。ストレートを半分程飲み干したら、残りのウィスキーと同量の水を加水する。氷は入れない。これはトワイスアップという飲み方で、ウィスキーの香りが最も引き立つ飲み方と言われている。ワイングラスやテイスティンググラスでトワイスアップを作り、グラスを回して空気を含ませて香りを立たせて楽しもう。『香り』と『個性』を引き立たせる為、初めて飲む銘柄やボトルを開ける一杯目に適している。
摘まむ物としてはドライフルーツやチョコレート等の甘い物がストレートには向いているだろう。今回は湯煎したチョコレートをドライマンゴー、ドライパイン、ドライオレンジに掛けて冷やし固めた物を準備した。
「お待たせ、『山崎25年』のストレートと、『ドライフルーツのチョコレートがけ』の盛り合わせだよ」
早速フルーツを一口かじり、ウィスキーをグイッと煽る吹雪。途端に顔が真っ赤になり、ひっくり返ってしまったが。
「吹雪!?」
「吹雪ちゃん!?」
あちゃ~……やっぱり43゜は駆逐艦にゃキツ過ぎたか。ウチの駆逐艦連中は平気な顔して水みたいに飲むモンだから、感覚が麻痺してたらしい。
「すまん、俺の責任だ。明石にゃ連絡しとくから、早いトコ医務室に連れてってやんな」
「は、はい!」
2人は吹雪を抱えて慌ただしく店を飛び出して行った。
「あれ?司令官お客さんだったんですか?」
入れ替わりにやって来たのはウチの鎮守府の吹雪。真面目なんだが、中川少佐の所の吹雪よりもだいぶはっちゃけた性格の持ち主だ。
「ん?……まぁな。新米の少佐とその秘書艦の吹雪をもてなしてたんだがな、秘書艦が酒飲んでひっくり返っちまってな」
「え!?秘書艦私だったんですか!会いたかったなぁ~……」
ガックリと肩を落とした吹雪だったが、カウンターに置かれたボトルに目が止まる。
「あ、それ『山崎』じゃないですか!ズルいですよお客さんばっかり高いお酒を!」
そう言うと吹雪はカウンターに腰掛け、残っていた山崎のストレートを一気に飲み干してしまった。
「お、おい大丈夫か?」
「ぷはぁ~っ、やっぱり高いお酒は美味しいですねぇ!御馳走様でした、司令官!」
そう言って吹雪はしっかりとした足取りで寮の方に戻っていった。やはりウチの連中は飲兵衛の集まりらしい。同じ艦娘なのにこうも違うとは。中川少佐の吹雪の容態を気にかけつつ、俺はウチの異常性を思い頭を抱えた。
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